ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症

執筆者:Edward R. Cachay, MD, MAS, University of California, San Diego School of Medicine
レビュー/改訂 2023年 2月
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ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症は,2つの類似したレトロウイルス(HIV-1およびHIV-2)のいずれかにより生じ,これらのウイルスはCD4陽性リンパ球を破壊し,細胞性免疫を障害することで,特定の感染症および悪性腫瘍のリスクを高める。初回感染時には,非特異的な熱性疾患を引き起こすことがある。その後に症候(免疫不全に関連するもの)が現れるリスクは,CD4陽性リンパ球の枯渇の水準に相関する。HIVは脳,性腺,腎臓,および心臓を直接障害することがあり,それぞれ認知障害,性腺機能低下症,腎機能不全,および心筋症を引き起こす。臨床像は無症候性キャリアから後天性免疫不全症候群(AIDS)まで様々であるが,AIDSはAIDS指標疾患(重篤な日和見感染症または悪性腫瘍)の存在またはCD4陽性細胞数200/μL未満によって定義される。HIV感染症は,抗体,核酸(HIV RNA),または抗原(p24)検査によって診断できる。全ての成人および青年を対象としてスクリーニングをルーチンに勧めるべきである。治療の目的は,HIVの酵素を阻害する2剤以上の薬剤を併用することによりHIVの複製を抑制することであり,複製の抑制を維持できれば,治療により大半の患者で免疫機能が回復する。

乳児および小児におけるヒト免疫不全ウイルス[HIV]感染症も参照のこと。)

ヒト免疫不全ウイルス(HIV)はレトロウイルスである。レトロウイルスは,エンベロープを有するRNAウイルスのうち,逆転写により産生したDNAコピーを宿主細胞のゲノムに組み込むことによって自己複製する機序をもつものである。

HIVにはHIV-1とHIV-2の2つの型がある。世界中の大半のHIV感染症の原因はHIV-1であるが,HIV-2も西アフリカの諸地域における感染症のかなりの割合を占める。西アフリカの一部の地域では,両方のウイルスが蔓延しており,患者に同時感染することがある。HIV-2はHIV-1よりも毒性が弱いようである。

HIV-1の起源は,20世紀の前半に中央アフリカで近縁種のチンパンジーウイルスが初めてヒトに感染した際である。流行が世界的に広がり始めたのは1970年代後半で,AIDSは1981年に認識された。

HIV感染症の疫学

世界保健機関(World Health Organization:WHO)の推計(UNAIDS: Global HIV & AIDS statistics — Fact sheetを参照)によると,2021年の全世界におけるHIV感染者数は約3800万人で,そのうち170万人が小児(15歳未満)で,54%が女性であった。HIV陽性者の約2560万人(約67%)がサハラ以南アフリカに住んでいる。サハラ以南アフリカの多くの国では,HIV感染の発生率は1990年代の非常に高い水準から著しく低下しているが,それでも,世界保健機関(World Health Organization)のFast-Track strategy to end the AIDS epidemic by 2030の基準とは大きな隔たりがある。

2021年には約150万人が新たにHIVに感染し,そのうち約860,000人(57%)がサハラ以南アフリカの人々であった。2021年時点のHIV感染者のうち,約85%が自身のHIV感染を把握し,75%が治療を受けていた。2021年には,世界で約65万人がAIDS関連疾患により死亡したが,この数字は2004年では190万人,2010年では140万人であった。

一方,国際協力を通じて,2021年時点で推定2870万人のHIV感染者が抗レトロウイルス療法を受けており(2010年時点の780万人から増加した),多くの国で死亡および伝播が劇的に減少している(UNAIDS: Global HIV & AIDS statistics — Fact sheetを参照)。

米国では,2019年末時点の13歳以上のHIV感染者数が1,189,700人と推定されており,そのうち推定158,500人(13%)は感染の診断を受けていなかった。2020年には,米国で30,600人以上がHIV感染症と診断され,20,758例が男性間の性的接触によるものであったが,COVID-19パンデミックがHIV検査,医療関連サービス,および症例サーベイランス活動へのアクセスに及ぼした影響を考慮すると,2020年のデータの解釈には注意が必要である。(Centers for Disease Control and Prevention: HIV Statistics Centerも参照のこと。)

HIVは疫学的に異なるパターンで広がっている:

  • 異性間性交(男性および女性を同等に侵す)

  • 男性と性行為をする男性

  • 感染血液との接触(例,注射針の共用を介して,献血者の効果的なスクリーニングが開始される前は輸血を介して)

大半のHIV感染症は異性との性的接触を介して伝播するが,危険因子は地域によって異なる。例えば,医療などの資源が豊富な国では通常,男性と性行為をする男性間での伝播が最も一般的な感染経路であるが,南アジアでは薬物を注射する人が偏って大きな影響を受けている。

異性間伝播が優勢な地域では,HIV感染は都市へ向かう商業,輸送,および経済移民の経路に沿って広がり,それに続いて地方への伝播が起こる。アフリカ,特に南アフリカでは,HIVの流行により数千万人の若年成人が死亡しており,数百万人の孤児が生まれている。伝播の増加と関連する因子としては以下のものがある:

  • 貧困および性暴力

  • 教育の欠如

  • HIV検査と抗レトロウイルス薬へのアクセスを提供していない医療システム

  • HIV感染者に対する偏見,犯罪化,および差別

HIVに合併する多くの日和見感染症は,潜伏感染の再活性化を表す。したがって,潜伏感染の有病率を決める疫学的因子もまた,特定の日和見感染症を発症するリスクに影響する。HIV感染症の発生率が高い国々の多くでは,他の国々と比べて一般集団の潜在性結核およびトキソプラズマ症の有病率が高くなっている。これらの国では,HIVによる免疫抑制の流行に続いて,再活性化した結核およびトキソプラズマ脳炎が劇的に増加している。同様に米国でも,HIV感染症によってコクシジオイデス症(南西部に多い)およびヒストプラズマ症(中西部に多い)の発生率が増加した。

カポジ肉腫を引き起こすヒトヘルペスウイルス8型感染は男性と性行為をする男性ではよくみられるが,米国および欧州ではそれ以外のHIV感染患者ではまれである。したがって,米国ではカポジ肉腫を発症したAIDS患者の90%以上が男性と性行為をする男性である。

HIV感染症の伝播

HIVの伝播には,遊離HIVウイルス粒子または感染細胞を含む体液(特に血液,精液,腟分泌物,母乳,または創傷もしくは皮膚および粘膜病変からの滲出液)との接触を要する。急性感染症の間は,たとえ無症状でもウイルス粒子の量が多いため,伝播が起きる可能性が高い。唾液を介して,または咳嗽もしくはくしゃみの際の飛沫を介して伝播することはありうるものの,極めてまれである。

体液の交換を伴わない接触によってHIVが伝播することはない。

通常は以下により伝播する:

  • 性感染:性交を介した直接伝播

  • 針や器具関連:血液で汚染された針の共用または汚染された器具への曝露

  • 輸血または移植関連

  • 垂直感染:感染者の母親から子どもへの妊娠中,分娩中,または授乳中の感染

HIVの性感染

フェラチオ(男性に対するオーラルセックス)やクンニリングス(女性に対するオーラルセックス)などの性行為は,比較的リスクが低いとみられているが,絶対に安全というわけではない(性行為毎のHIV伝播のリスクの表を参照)。精液または腟分泌物を飲み込んでも,リスクは有意に増加しない。しかしながら,口腔内に開放したびらんが存在するとリスクが増加する可能性がある。

最もリスクの高い性行為は,粘膜の外傷を引き起こす行為であり,典型的には性交である。肛門性交の受け側は最もリスクが高い。粘膜の炎症はHIVの伝播を容易にし,淋菌感染症クラミジア感染症トリコモナス症などの性感染症,特に潰瘍を引き起こすもの(例,軟性下疳ヘルペス梅毒)は,リスクを数倍に高める。粘膜を損傷するその他の行為として,フィスティング(拳の大部分または全体を直腸または腟に挿入すること)や性玩具の使用などがある。これらの行為は,HIVに感染したパートナーや同時期の複数のセックスパートナーとの性交中に行った場合,HIV感染のリスクを高める。

伝播のリスクは,血漿中および性器分泌物中のHIV濃度が高くなるHIV感染症の初期および進行期に増大する。抗レトロウイルス療法による治療を受けてウイルス量が検出限界未満になった(ウイルス学的に抑制されている)HIV感染者は,性行為を介してパートナーにウイルスを感染させないことがエビデンスによって示されている(1, 2)。

包皮環状切除により,男性がHIVに感染するリスクは約50%低下するようであるが,これは切除される陰茎粘膜(包皮下側部)が,陰茎の残りの部分を覆う角化重層扁平上皮と比べて,HIV感染症に対する感受性がより高いことが理由であると考えられる。

表&コラム

注射針および器具関連の伝播

感染血液で汚染された医療器具を皮膚に刺し,曝露後の抗レトロウイルス薬による予防法を施さない場合,HIVが伝播されるリスクは平均約1/300(300回に1回)である。抗レトロウイルス薬による予防を迅速に行えば,リスクはおそらく1/1500未満に低下する。創傷が深かったり,血液が接種されたりすると(例,汚染された中空針により),リスクが高まるようである。中空針の使用と動脈または静脈の穿刺も,多量の血液が移行するため,血液の付着した中実針または他の貫通用器具と比べてリスクが高まる。したがって,他者の静脈に刺入された注射針を共用することは,非常にリスクの高い行為である。

適切な予防措置を講じている感染した医療従事者から伝播するリスクは,不明ではあるが最小限と思われる。1980年代に,経路などは不明であるが,1人の歯科医師が少なくとも6名の担当患者にHIVを感染させた。しかしながら,HIVに感染した他の医師(外科医を含む)の診療を受けた患者の広範囲な調査では,同様の症例はほとんど発見されていない。

垂直伝播(母子感染)

HIVは以下の経路で母から子に伝播される:

  • 妊娠中に胎盤を介して

  • 分娩中に

  • 母乳を介して

抗レトロウイルス薬を使用しない場合の垂直感染の累積リスクは全体で35~45%である(3)。

HIV感染症の母親を妊娠中,分娩中,および授乳中に抗レトロウイルス薬で治療することで,感染率を有意に低下させることができる。

帝王切開による分娩と出生後数週間以内の乳児の治療によってもリスクが低下する。

HIVは母乳中に排泄される。授乳を介した感染の全体的なリスクは約14%であり,変動する授乳期間と血漿ウイルスRNA濃度を反映する(例,妊娠中または授乳中に感染した女性ではリスクが高い)(4)。

医療などの資源が豊富な国では,HIV感染女性には授乳しないよう助言されている(Centers for Disease Control and Prevention: Breastfeeding and Special Circumstancesを参照)。しかしながら,資源が限られた状況では,授乳が乳児における栄養障害や感染症による罹病率および死亡率の低下と関連している。医療などの資源が少ない環境で生活しているHIV感染者の女性に対して,世界保健機関(World Health Organization:WHO)は,抗レトロウイルス療法およびアドヒアランスサポートを組み合わせた少なくとも12カ月間の授乳を推奨している(WHO: Guidelines on HIV and Infant Feedingを参照)。

多くのHIV感染女性とその乳児が治療を受けるか妊娠中に予防的に抗レトロウイルス薬を服用しているため,小児におけるAIDS発生率は多くの国々で低下している(乳児および小児におけるヒト免疫不全ウイルス[HIV]感染症を参照)。

輸血および移植関連の伝播

献血者に対してHIV抗体およびHIV RNAの両検査によるスクリーニングを行うことで,輸血による伝播のリスクが最小限に留められている。米国において,現在輸血を介したHIV感染のリスクは,輸血量1単位当たり200万分の1未満と推定されている。しかしながら,HIVによる疾病負担が大きい国々の多くでは,血液および血液製剤に対してHIVスクリーニングが行われておらず,輸血によるHIV感染症の伝播のリスクは依然として高い。

まれに,HIV血清反応陽性の臓器提供者からの臓器移植を介して,HIVが伝播している。感染症は腎臓,肝臓,心臓,膵臓,骨,および皮膚(いずれも血液を含む)のレシピエントで発生しているが,HIVのスクリーニングを行うことによって,伝播のリスクが大幅に低下する。角膜,エタノール処理された骨および凍結乾燥骨,骨髄を除去した新鮮凍結骨,凍結乾燥した腱もしくは筋膜,または凍結乾燥および放射線照射処理した硬膜の移植では,HIVが伝播する可能性はさらに低くなる。

HIV陽性のドナーからの精子を使用した人工授精を介してHIVが伝播することもある。症例の一部は1980年代前半,予防策が導入される前に起こったものである。

米国では,HIV陽性の精子ドナーからパートナーへの感染リスクを低減する方法として,精子洗浄が効果的と考えられている。

伝播に関する参考文献

  1. 1.Rodger AJ, Cambiano V, Bruun T, et al: Risk of HIV transmission through condomless sex in serodifferent gay couples with the HIV-positive partner taking suppressive antiretroviral therapy (PARTNER): final results of a multicentre, prospective, observational study. Lancet 393(10189):2428-2438, 2019.doi:10.1016/S0140-6736(19)30418-0

  2. 2.Rodger AJ, Cambiano V, Bruun T, et al.Sexual activity without condoms and risk of HIV transmission in serodifferent couples when the HIV-positive partner is using suppressive antiretroviral therapy [published correction appears in JAMA. 2016 Aug 9;316(6):667] [published correction appears in JAMA. 2016 Nov 15;316(19):2048]. JAMA 316(2):171-181, 2016.doi:10.1001/jama.2016.5148

  3. 3.Newell ML, Coovadia H, Cortina-Borja M, et al: Mortality of infected and uninfected infants born to HIV-infected mothers in Africa: a pooled analysis. Lancet 364(9441):1236-1243, 2004.doi:10.1016/S0140-6736(04)17140-7

  4. 4.Dunn DT, Newell ML, Ades AE, Peckham CS: Risk of human immunodeficiency virus type 1 transmission through breastfeeding. Lancet 340(8819):585-588, 1992.doi:10.1016/0140-6736(92)92115-v

HIV感染症の病態生理

HIVはCD4陽性分子およびケモカイン受容体を介して宿主のT細胞に付着して侵入する(HIVの生活環の概略の図を参照)。付着後には,HIV RNAとHIVがコードするいくつかの酵素が宿主細胞中に放出される。

ウイルスの複製には,逆転写酵素(RNA依存性DNA ポリメラーゼ)によるHIV RNAの複製とプロウイルスDNAの産生が必要であるが,この複製機序はエラーを起こしやすく,結果として頻繁に変異が起こり,そのため新たなHIV遺伝子型が発生しやすくなっている。こうした変異により,宿主の免疫系と抗レトロウイルス薬に抵抗できるHIVの発生が促進される。

プロウイルスDNAは宿主細胞の核に侵入し,宿主DNAに組み込まれるが,その過程で別のHIV酵素であるインテグラーゼが関与する。細胞分裂のたびに,組み込まれたプロウイルスDNAは宿主DNAとともに複製される。その後,プロウイルスHIV DNAはHIV RNAに転写され,エンベロープ糖タンパク質41および120のようなHIVタンパク質に翻訳される。これらのHIVタンパク質は,宿主細胞の内膜で組み立てられてHIVウイルス粒子となり,ヒト細胞膜の一部が変化してできたエンベロープに包まれて,細胞表面から出芽する。それぞれの宿主細胞は,何千ものウイルス粒子を生産しうる。

出芽後に,別のHIV酵素であるプロテアーゼにより,ウイルスタンパク質が分解され,未成熟のウイルス粒子が成熟した感染性ウイルス粒子に変換される。

HIVの生活環の概略

HIVが宿主のT細胞に付着して侵入し,次にHIV RNAおよび酵素を宿主細胞内に放出する。HIV逆転写酵素がウイルスRNAを複製してプロウイルスDNAを産生する。プロウイルスDNAは宿主細胞の核に侵入し,HIVインテグラーゼの働きで,プロウイルスDNAが宿主のDNAに組み込まれる。その後宿主細胞はHIV RNAおよびHIVタンパク質を生産する。HIVタンパク質は組み立てられてHIVウイルス粒子となり,細胞表面から出芽する。HIVプロテアーゼがウイルスタンパク質を分解し,未成熟なウイルス粒子を,成熟した感染性ウイルスに変換する。

感染したCD4陽性リンパ球は,血漿HIV粒子の98%以上を産生する。感染したCD4陽性リンパ球の一部は,再活性化しうる(例,抗ウイルス治療が中止された場合)HIVの病原巣となる。

中等度から重度のHIV感染では,約108~109個のウイルス粒子が,毎日産生されて除去される。血漿中のHIVの平均半減期は約36時間,細胞内では約24時間,細胞外ウイルスとしては約6時間である。個々の感染者の総HIV量のおよそ30%が,毎日入れ替わっている。また,5~7%のCD4細胞が毎日入れ替わり,CD4細胞の全プールが2日毎に入れ替わっている(1)。こうして,HIVの持続的かつ一貫した複製の結果としてAIDSが生じ,ウイルスおよび免疫を介したCD4リンパ球の殺傷に至る。さらに,この膨大な数のHIV複製とHIV逆転写酵素による高頻度の転写エラーの結果として,多数の変異が発生することで,宿主の免疫と薬剤に対して耐性を獲得したウイルス株が出現する可能性が高まる。

別の種類のレトロウイルスであるヒトTリンパ球向性ウイルス(HTLV)の感染は,あまり一般的でないが,重篤な疾患を引き起こす可能性がある。

免疫系

HIV感染は2つの主な結果を招く:

  • 免疫系の損傷,特にCD4陽性リンパ球の枯渇

  • 免疫活性化

CD4陽性リンパ球は,細胞性免疫,およびより程度は低いが液性免疫に関与している。CD4陽性細胞枯渇の原因として以下ものが考えられる:

  • HIV複製による直接的な細胞毒性

  • 細胞性免疫による細胞毒性

  • 胸腺損傷によるリンパ球の産生低下

感染したCD4陽性リンパ球の半減期は約2日間であり,感染していないCD4陽性細胞よりはるかに短い。CD4陽性リンパ球の破壊率は血漿HIVレベルに相関する。典型的には,初感染または急性感染期にHIVレベルが最も高く(106コピー/mL以上),CD4陽性細胞数が急速に減少する。

正常なCD4陽性細胞数は約750/μLであるが,350/μLを超えていれば,免疫系への影響はほとんどない。この数が約200/μL以下に低下した場合は,細胞性免疫が損なわれることにより,様々な日和見病原体が潜伏状態から再活性化し,症状を引き起こす。

液性免疫系も同様に障害される。リンパ節内におけるB細胞の過形成は,リンパ節腫脹および以前に遭遇した抗原に対する抗体の分泌増加を引き起こし,しばしば高グロブリン血症を招く。全体の抗体レベル(特にIgGおよびIgA)ならびに以前に遭遇した抗原に対する力価は異常に高くなりうる。しかしながら,CD4陽性細胞数が減少するにつれ,新たな抗原(例,ワクチン)に対する抗体反応は低下する。

腸内細菌叢の構成菌が吸収されることが一因となって,免疫が異常に活性化することもある。まだ機序は解明されていないが,この免疫系の活性化がCD4陽性細胞の枯渇と免疫抑制に寄与する。

他の組織

HIVはまた,非リンパ系単球細胞(例,皮膚の樹状細胞,マクロファージ,脳の小膠細胞)と脳,性器,心臓,および腎臓の細胞にも感染し,それぞれ対応する器官系に疾患を引き起こす。

神経系(脳および髄液)や生殖器(精液,頸腟部からの分泌液)など,一部の臓器に感染したHIV株は,遺伝子変異を獲得して血漿中のHIV株とは遺伝学的に異なるウイルス株に変化することがあり,それらは,そのような解剖学的区画によって選択されたか,そこに適応したことが示唆される(2-4)。したがって,このような区画内のHIVレベルおよび耐性パターンは,血漿中のものとは異なる独立のものである。

疾患の進行

急性感染後の最初の数週間は,液性および細胞性免疫応答がある:

  • 液性:HIVに対する抗体は通常,急性感染後の数週間以内は測定可能である;しかしながら,患者の現在の抗HIV抗体では制御できない変異型HIVが産生されるため,抗体によって十分HIV感染を制御できない。

  • 細胞性:細胞性免疫は,高レベルのウイルス血症(通常は106コピー/mL以上)を制御するため,初期はより重要である。しかしながら,リンパ球による細胞傷害の標的であるウイルス抗原が急速に変異するため,数パーセントを除くほぼ全ての患者では,HIVを制御できなくなる。

患者間で大きなばらつきはあるものの,HIV RNAコピー/mLで表す血漿中のHIVウイルス粒子密度は,約6カ月後に平均して30,000~100,000/mL(4.2~5 log10/mL)の水準(セットポイント)に落ち着く。このばらつきは,複数の宿主因子がどのように相互作用し,HIVウイルスの遺伝的多様性にどのような影響を及ぼすかに依存している(5)。このセットポイントが高ければ高いほど,免疫機能が重篤に障害される水準(200/μL未満)までCD4陽性細胞数は急速に減少し,AIDS指標疾患である日和見感染症や悪性腫瘍を発症する(6, 7)。

日和見感染症,AIDS,およびAIDS関連悪性腫瘍の発症リスクおよび重症度は,以下の2つの因子によって規定される:

  • CD4陽性細胞数

  • 日和見感染の可能性がある病原体への曝露

特定の日和見感染症への罹患リスクは,以下のように一部の感染症ではCD4陽性細胞数が約200/μL,他の感染症では50/μLを下回ると増加する:

未治療患者では,血漿HIV RNAが3倍(0.5 log10)増加する毎に,次の2~3年間にAIDSに進行するリスクまたは死に至るリスクが約50%増加する(6)。

無治療の場合,AIDSに進行するリスクは,感染後最初の2~3年は約1~2%/年であり,それ以降は約5~6%/年である。最終的に,未治療の患者ではAIDSがほぼ必然的に発生する。

HTLV感染症

ヒトTリンパ球向性ウイルス(HTLV)1型または2型の感染では,T細胞性白血病およびリンパ腫,リンパ節腫脹,肝脾腫,皮膚病変,ならびに易感染状態が生じる可能性がある。一部のHTLV感染患者は,HIV感染患者で起こるものと類似した感染症を発症する。HTLV-1はHTLV-1関連脊髄症/熱帯性痙性麻痺を引き起こす可能性もある。

ほとんどの場合,以下の様式で伝播する:

  • 授乳による母子感染

しかし,HTLV-1は以下の様式でも伝播する:

  • 性感染

  • 血液感染

  • まれに,HTLV-1血清反応陽性ドナーからの臓器移植を介した伝播

病態生理に関する参考文献

  1. 1.Ho DD, Neumann AU, Perelson AS, et al: Rapid turnover of plasma virions and CD4 lymphocytes in HIV-1 infection.Nature 12;373(6510):123-6, 1995.doi: 10.1038/373123a0

  2. 2.Bednar MM, Sturdevant CB, Tompkins LA, et al: Compartmentalization, viral evolution, and viral latency of HIV in the CNS. Curr HIV/AIDS Rep 12(2):262-271, 2015.doi:10.1007/s11904-015-0265-9

  3. 3.Mabvakure BM, Lambson BE, Ramdayal K, et al: Evidence for both intermittent and persistent compartmentalization of HIV-1 in the female genital tract. J Virol 93(10):e00311-19, 2019.doi:10.1128/JVI.00311-19

  4. 4.Ghosn J, Viard JP, Katlama C, et al: Evidence of genotypic resistance diversity of archived and circulating viral strains in blood and semen of pre-treated HIV-infected men.AIDS (London, England).18(3):447-457, 2004.doi: 10.1097/00002030-200402200-00011

  5. 5.Bartha I, McLaren PJ, Brumme C, et al: Estimating the respective contributions of human and viral genetic variation to HIV control. PLoS Comput Biol 13(2):e1005339, 2017.Published 2017 Feb 9.doi:10.1371/journal.pcbi.1005339

  6. 6.Lavreys L, Baeten JM, Chohan V, et al: Higher set point plasma viral load and more-severe acute HIV type 1 (HIV-1) illness predict mortality among high-risk HIV-1-infected African women.Clin Infect Dis 1;42(9):1333-9, 2006.doi: 10.1086/503258

  7. 7.Lyles RH, Muñoz A, Yamashita TE, et al: Natural history of human immunodeficiency virus type 1 viremia after seroconversion and proximal to AIDS in a large cohort of homosexual men.Multicenter AIDS cohort study.J Infect Dis 181(3):872-80, 2000.doi: 10.1086/315339

HIV感染症の症状と徴候

初期のHIV感染症

最初,急性HIV感染症は無症状のこともあれば,一過性の非特異的症状(急性レトロウイルス症候群)を引き起こすこともある。

急性レトロウイルス症候群は,通常感染後1~4週間以内に発生し,一般に3~14日間持続する。症状および徴候は伝染性単核球症や良性かつ非特異的なウイルス性疾患のそれと間違われることが多いが,具体的には発熱,倦怠感,疲労,数種類の皮膚炎,咽頭痛,関節痛,全身性リンパ節腫脹,無菌性髄膜炎などがみられる。

最初の症状が消失した後,大半の患者は,たとえ無治療でも無症状に経過するか軽度の間欠的な非特異的症状が若干みられるのみであるが,この期間の長さには大きなばらつきがある(2~15年)。

この比較的症状の少ない期間にみられる症状は,直接HIVに起因することもあれば,日和見感染症に起因することもある。最もよくみられるのは以下の症状である:

  • リンパ節腫脹

  • 口腔カンジダ症による白苔

  • 帯状疱疹

  • 下痢

  • 疲労

  • 間欠的な発汗を伴う発熱

症状を伴わない軽度から中等度の血球減少(例,白血球減少,貧血,血小板減少)もよくみられる。一部の患者では進行性の消耗(感染症による食欲不振および異化亢進と関連する可能性がある)ならびに微熱または下痢がみられる。

HIV感染症の悪化

CD4陽性細胞数が200/μL未満に低下すると,非特異的症状が悪化し,AIDS指標疾患が次々と発生する。

HIV感染症の患者では,特定の症候群がよくみられ,違った判断が求められることがある(器官系別に見たHIV感染症の一般的な臨床像の表を参照)。一部の患者で頻発する悪性腫瘍(例,カポジ肉腫,B細胞リンパ腫)は,非常に重症化するか,HIV感染特有の所見を呈する(HIV感染患者によくみられる悪性腫瘍を参照)。また,神経機能障害が生じる患者もいる。

評価により,一般集団では典型的には発生しない以下のような感染症が同定されることがある:

一般集団にもみられる一方で,非常に重症であるか頻回に再発する場合にAIDSが示唆される感染症として,以下のものがある:

HIV感染症の臨床像
HIV感染症における播種性バルトネラ症
HIV感染症における播種性バルトネラ症

このHIV感染症患者では,顔面の皮膚に播種性の丘疹および眼瞼に外向発育性の結節がみられる。

© Springer Science+Business Media

角化型疥癬(ノルウェー疥癬)
角化型疥癬(ノルウェー疥癬)

この写真には,角化型疥癬を合併したHIV感染症患者に生じたびまん性の鱗屑および角化局面が写っている。

© Springer Science+Business Media

カポジ肉腫(AIDS関連)
カポジ肉腫(AIDS関連)

カポジ肉腫は,ヘルペスウイルス8型の感染によって引き起こされる血管性腫瘍である。AIDS関連カポジ肉腫は,進行の速い多中心性の腫瘍であり,顔面,体幹,粘膜面,リンパ管,消化管に生じることがある。病変は青色調から紫色調の斑,局面,または腫瘤として出現する。

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Image courtesy of Sol Silverman, Jr., via the Public Health Image Library of the Centers for Disease Control and Prevention.

カポジ肉腫(早期)
カポジ肉腫(早期)

HIV患者の下眼瞼の皮膚にみられる赤紫色の結節は,カポジ肉腫を示唆する。

© Springer Science+Business Media

カポジ肉腫(顔面)
カポジ肉腫(顔面)

この写真には,顔面,耳,および頸部のカポジ肉腫が写っている。

© Springer Science+Business Media

カポジ肉腫(肩)
カポジ肉腫(肩)

この写真には,HIV感染患者の肩にみられたカポジ肉腫による播種性の卵形局面が写っている。

© Springer Science+Business Media

カポジ肉腫(上肢)
カポジ肉腫(上肢)

この写真には,HIV感染男性の前腕に生じた紫色の局面が写っている。

© Springer Science+Business Media

口腔毛状白板症
口腔毛状白板症

口腔毛状白板症は,舌外縁の白い疣贅状増殖として現れる。

Image courtesy of J.S. Greenspan, BDS, University of California, San Francisco and Sol Silverman, Jr., DDS via the Public Health Image Library of the Centers for Disease Control and Prevention.

肛門癌
肛門癌

この写真には,HIV感染者におけるヒトパピローマウイルス(HPV)の持続感染に起因するコンジローマ(1)と浸潤性扁平上皮癌(2)が写っている。

Image courtesy of Dr. Edward R.Cachay.

表&コラム
表&コラム

後天性免疫不全症候群(AIDS)

AIDSは以下の少なくとも1つに該当するHIV感染症と定義されている:

  • AIDS指標疾患が少なくとも1つある(1)

  • CD4陽性Tリンパ球数(ヘルパー細胞数)が200/μL未満

  • CD4陽性細胞数の割合が総リンパ球数の14%以下

AIDS指標疾患としては以下のものがある:

AIDS指標疾患

米国疾病予防管理センタ(Centers for Disease Control and Prevention)のMorbidity and Mortality Weekly Report(MMWR):Revised Surveillance Case Definition for HIV Infection, United States, 2014も参照のこと。

* 6歳未満の小児のみ

† 成人,青年,および6歳以上の小児のみ

症状と徴候に関する参考文献

  1. 1.Selik RM, Mokotoff ED, Branson, B, et al: Revised Surveillance Case Definition for HIV Infection—United States, 2014.MMWR63(RR03):1–10, 2014.

HIV感染症の診断

  • HIV抗体検査(HIV p24抗原検査を併用することがある)

  • 核酸増幅法によるHIV RNAレベル(ウイルス量)の測定

持続性かつ原因不明の全身性リンパ節腫脹,またはAIDS指標疾患(コラム「AIDS指標疾患」を参照)に挙げられている疾患のいずれかがみられる患者では,HIV感染症が疑われる。急性HIV感染症を示しうる症状のある高リスク患者でもHIV感染を疑うことがある。

診断検査

抗HIV抗体の検出は感度および特異度が高いものの,感染後の最初の数週間(急性HIV感染症の「ウインドウピリオド」と呼ばれる)は例外である。しかし,HIV p24抗原(ウイルスのコアタンパク)はこの時期の大部分においてすでに血中に存在しており,検査によって検出できる。

現在では,抗原検査と抗体検査を組み合わせた第4世代の免疫測定法が推奨されており,HIV-1とHIV-2の両者に対する抗体とp24 HIV抗原を検出することができる。感染早期の診断には,おそらくポイントオブケア検査よりも検査室での検査が望ましいが,どちらも迅速(30分以内)に実施できる。検査結果が陽性であれば,HIV-1とHIV-2を鑑別する検査とHIV RNA検査が行われる。

旧世代の酵素結合免疫吸着測定法(ELISA)による抗体検査は,非常に感度が高いものの,抗原を調べるものではないため,第4世代の複合的検査ほど早くから陽性にならない。また,まれに偽陽性となることがある。したがって,ELISAが陽性であれば,ウェスタンブロットなどのより特異度の高い検査で確定する。しかしながら,これらの検査にはいくつか欠点がある:

  • ELISAは複雑な機器を要する。

  • ウェスタンブロットは,熟練した技術者を要し,また高価である。

  • 検査工程全体で少なくとも1日を要する。

血液または唾液を用いるポイントオブケア検査(例,粒子凝集法,immunoconcentration,免疫クロマトグラフィー)は,素早く(15分内),容易に行えるため,様々な状況で検査が実施でき,患者へ迅速に結果を報告できる。これらの迅速検査で陽性であれば,医療などの資源が豊富な国では標準的な血液検査(例,場合によりウェスタンブロットを併用するELISA)で,HIVによる疾病負担が大きい国ではその他の迅速検査による再検査で確認すべきである。陰性であれば,再確認の必要はない。

抗体検査で陰性であるにもかかわらずHIV感染が疑われる場合(例,感染直後の数週間)には,血漿HIV RNAを測定してもよい。この検査で用いられる核酸増幅法は,感度および特異度が非常に高い。HIV RNA検査には,逆転写PCR(RT-PCR)法などの先進技術が必要であるが,極めて低レベルのHIV RNAも検出することができる。ELISAによるHIV p24抗原の測定は,血液中のHIV RNAを直接検出する場合と比べて感度および特異度が低い。

病期分類

HIV感染症はCD4陽性細胞数に応じて4期に分類される:6歳以上の患者では,以下のように病期が定義される:

  • 1期:≥ 500/μL

  • 2期:≥ 200~499/μL

  • 3期:< 200/μL

治療から1~2年後のCD4陽性細胞数が最終的な免疫回復を予測する指標となるが,HIVが長期間抑制されたとしても,CD4陽性細胞数は正常範囲に戻らない場合がある。

モニタリング

HIVと診断されたら,以下の項目を判定すべきである:

  • CD4陽性細胞数

  • 血漿HIV RNA濃度

どちらも予後予測と治療のモニタリングに有用である。

CD4陽性細胞数は以下の数値の積で計算される:

  • 白血球数(例,4000cells/μL)

  • 白血球におけるリンパ球の割合(例,30%)

  • リンパ球におけるCD4陽性細胞の割合(例,20%)

上記の数値を用いると,CD4陽性細胞数(4000 × 0.3 × 0.2)は240/μLであり,これは成人の正常CD4陽性細胞数(約750 ± 250/μL)の約3分の1である。

血漿HIV RNAレベル(ウイルス量)はHIV複製率を反映する。セットポイント(一次感染後の比較的安定したウイルスレベル)が高ければ高いほど,CD4陽性細胞数は急速に減少し,たとえ無症状の患者でも日和見感染症のリスクが高まる。

ベースラインのHIV遺伝子型は血液検体を用いて判定できるが,この検査が利用できるかどうかは場所によって異なる。HIV遺伝子型判定は,特定の抗レトロウイルス薬に対する耐性をもたらすことが知られている変異の同定に用いられ,個々のHIV感染患者に効果的となる可能性が高い薬物療法の選択に役立てられる。

HIV関連疾患の診断

HIVに感染した患者に発生する種々の日和見感染症,悪性腫瘍,およびその他の症候群の診断については,本マニュアルの別の箇所で考察されている。多くは,HIV感染症特有の所見がある。

血液疾患(例,血球減少,リンパ腫,その他の悪性腫瘍)は頻度が高く,その評価には骨髄穿刺と骨髄生検が有用となる場合がある。この手技は,MAC(Mycobacterium avium complex),結核菌(M. tuberculosis),Cryptococcus属,Histoplasma属,ヒトパルボウイルスB19,P. jirovecii,およびLeishmania属による播種性感染症の診断にも役立つ可能性がある。大半の患者は,末梢の血球が減少しているにもかかわらず骨髄中の細胞数は正常であるか過剰であり,末梢での破壊が示唆される。貯蔵鉄は通常は正常または増加しており,慢性疾患(鉄再利用障害)による貧血を反映している。軽度から中等度の形質細胞増加,リンパ球凝集,組織球数の増加,および造血細胞の異形成がよくみられる。

HIV関連神経症候群は,腰椎穿刺による髄液検査と中枢神経系の造影CTまたはMRIで鑑別することができる(器官系別に見たHIV感染症の一般的な臨床像の表を参照)。

HIVのスクリーニング

成人および青年,特に妊婦には,認識されている各対象者のリスクにかかわらず,抗体検査または新しい抗原抗体同時検査によるスクリーニングをルーチンに勧めるべきである。最もリスクが高い集団,特に複数のパートナーをもち,安全な性行為の習慣がない性的に活動的な人々には,6~12カ月毎に検査を繰り返すべきである。このような検査は,世界中の公立および民間の機関で秘密厳守の上,しばしば無料で利用可能である。

迅速検査には,初診時に25分未満で予備的な検査結果が得られるという利点がある。これは検査結果の確認のために再受診する可能性が低い人に特に有用である。HIV検査を受ける人には,予防,ケア,および治療サービスに関する情報も提供すべきである。

米国では,15~65歳の全ての青年および成人と感染リスクが高い若年青年および高齢者を対象として,HIV感染症のスクリーニングが推奨されている(US Preventive Services Task Force: HIV Screeningを参照)。また,陣痛または分娩時にHIV感染の有無が明らかでない場合を含めて,全ての妊婦にもスクリーニングが推奨されている。

世界保健機関(World Health Organization:WHO)は,HIVによる疾病負担が大きい地域では,HIV検査は迅速抗体検査および酵素免疫測定で行うよう勧めている(Consolidated guidelines on HIV testing services[2019年7月]を参照)。

HIV感染症の治療

  • 抗レトロウイルス薬の多剤併用(抗レトロウイルス療法[ART],ときにhighly active ART[HAART]または多剤併用ART[cART]と呼ばれる)

  • 高リスクの患者における日和見感染症の化学予防

HIV感染症の抗レトロウイルス療法も参照のこと。)

無治療の患者ではCD4陽性細胞数が高くても疾患に関連した合併症が発生する可能性があることから,また,新薬の開発に伴って抗レトロウイルス薬の毒性が低下していることから,現在ではARTによる治療が全ての患者に推奨されている。

ARTのベネフィットは,詳細に検討された全ての患者群と状況においてリスクを上回っている。Strategic Timing of AntiRetroviral Treatment(START)試験において,CD4陽性細胞数 > 350/μLで未治療のHIV感染患者5472人が,ARTをすぐに開始する群(即時開始群)またはCD4陽性細胞数が250/μL未満に低下してからARTを開始する群(遅延開始群)のいずれかにランダムに割り付けられた。AIDS関連事象(例,結核,カポジ肉腫,悪性リンパ腫)およびAIDS非関連事象(例,非AIDS関連悪性腫瘍,心血管疾患)のリスクは即時開始群でより低かった(1)。

少数の例外的な患者では,無治療でHIV株をコントロールすることができ,それらの患者は,CD4陽性細胞数が正常かつHIV血中濃度が非常に低い状態(long-term nonprogressor),またはCD4陽性細胞数が正常で血中HIV量が検出限界未満の状態(elite controller)が維持される。これらの患者はARTを必要としない可能性があるが,そうした患者の治療が助けになるどうかを検討する研究は行われておらず,またこのような患者は数が少ないうえ,ARTなしで長期間健康でいられる可能性が高いため,研究を実施するのは困難と考えられる。

抗レトロウイルス療法:一般原則

ARTでは以下を目標とする:

  • 血漿HIV RNAレベルを検出限界未満の水準(20~50コピー/mL未満)まで減少させること

  • CD4陽性細胞数を正常値まで回復させること(免疫の回復または免疫再構築)

治療開始時にCD4陽性細胞数が低い場合(特に50/μL未満の場合),および/またはHIV RNAレベルが高い場合,CD4陽性細胞数の反応が不良である可能性がより高い。しかしながら,進行した免疫抑制患者においても,著しい改善が得られる可能性が高い。

CD4陽性細胞数の上昇は,日和見感染症,他の合併症,および死亡のリスクの著しい減少に相関する。免疫の回復により,特異的な治療が存在しない合併症(例,HIVによる認知機能障害),または以前は治療不可能と考えられていた合併症(例,進行性多巣性白質脳症)を有する患者であっても,改善する可能性がある。悪性腫瘍(例,リンパ腫,カポジ肉腫)や大半の日和見感染の合併患者でも,転帰が改善される。

急性日和見感染症の患者の多くは,早期にARTを開始することが有益である(日和見感染症の管理の最中に開始する)。しかしながら,結核性髄膜炎やクリプトコッカス髄膜炎など,一部の日和見感染症では,ARTにより有害事象や死亡の頻度が高まるとされ,これらの感染症に対する初回抗菌薬療法が終了するまで,ARTの開始を(大半の症例では2~4週間)遅らせるべきであることを示唆するエビデンスがある。

通常,ARTの目標は患者が処方された薬剤を95%以上服薬すれば達成できる。しかしながら,この水準のアドヒアランスを維持することは困難である。部分的に抑制すると(血漿中HIV RNAレベルを検出限界未満まで低下させることに失敗すると),蓄積した単一または複数のHIV変異が選択される結果,ウイルスが単剤または全クラスの薬剤に対して部分的または完全な耐性を獲得する可能性がある。次の治療で,まだHIVが感受性を有する他クラスの薬剤が使用されない限り,治療は失敗する可能性が高い。

ARTが成功したかどうかの評価は,最初の4~6カ月または検出限界未満になるまで血漿HIV RNAレベルを8~12週間毎に測定し,その後は6カ月毎に測定することによる。HIVレベルの上昇は治療失敗の最初の所見であり,これはCD4陽性細胞数の低下に数カ月先行する可能性がある。失敗しかけている投薬レジメンを維持すると,より強い薬剤耐性をもったHIVの変異体を選択することにつながる。しかしながら,野生型HIVと比較すると,これらの変異体はCD4陽性細胞数を減少させる能力が低いため,完全に抑制できるレジメンが見つからない場合には,失敗しかけている投薬レジメンが継続して使用されることも多い。

治療が失敗した場合は,薬剤感受性(耐性)試験により,利用できる全ての薬剤について優勢なHIV株の感受性を判定することができる。遺伝子型および表現型検査が利用可能となっており,HIV株が感受性を示す薬剤を少なくとも2剤,できれば3剤含む新しいレジメンを選択するのに役立つ可能性がある。抗レトロウイルス療法を中止した患者の血中で優勢なHIV株は,数カ月から数年かけて野生型(例,感受性)株に戻ることがあり,これは耐性変異株の複製速度がより遅く,野生型に置き換えられるためである。したがって,患者がしばらく治療を受けていない場合,耐性検査によって耐性の全容が明らかになるとは限らないが,治療を再開すれば,しばしば耐性変異株が潜伏状態から再び顕在化し,野生型のHIV株に再度取って代わることになる。

HIV RNAレベル(ウイルス量)をコントロールするために多くのHIV感染者が複数の薬剤による複雑なレジメンを採用しているが,ウイルス治療が不成功に終わった場合,従来のHIV RNA耐性検査は行われないことが多かった。抗HIV薬の新しい合剤が使用可能になったことで,HIV DNAアーカイブの遺伝子型検査(GenoSure Archive)を指針とするARTレジメンの簡略化によって,多くの患者が便益を得るようになった。HIV DNA遺伝子型アーカイブは,患者の血漿HIV RNAレベルが低い(500コピー/mL未満)ために従来のHIV RNA耐性検査を実施できない場合に,HIV-1の抗レトロウイルス薬に対する耐性のデータを提供する。HIV DNAアーカイブを用いる遺伝子型検査では,宿主細胞に侵入して組み込まれたHIV-1プロウイルスDNAと組み込まれていないウイルスDNAを解析する。この検査では,全血検体中の感染細胞から細胞に付随するHIV-1 DNAを増幅し,次世代シークエンシング技術を用いてHIV-1ポリメラーゼ領域を解析する。HIV DNAアーカイブ耐性検査の陽性適中率から,未同定のHIV耐性変異を同定し,合剤(1つの錠剤に2つ以上の薬物を含有するもの)を使用するより簡便なレジメンを選択することが可能になる。

免疫再構築症候群(IRIS)

ART開始後,血中のHIVレベルが抑制され,CD4陽性細胞数が増加するにもかかわらず,ときに臨床的に悪化する患者がいるが,これは不顕性の日和見感染症に対して,または日和見感染症の治療が奏効した後も残存する微生物抗原に対して免疫応答が起こることに起因する。IRISは一般に治療の最初の月に起こるが,遅れて発生することもある。IRISは,実質的にあらゆる日和見感染症と腫瘍(例,カポジ肉腫)にさえ合併する可能性があるが,通常は自然に治癒するか,短期間のコルチコステロイドによるレジメンに反応する。

IRISには以下の2種類がある:

  • Paradoxical IRIS:過去に診断された感染による症状が悪化した場合を指す

  • Unmasked IRIS:過去に診断されていない感染の症状が初めて出現した場合を指す

Paradoxical IRISは,典型的には治療開始後の数カ月間に発生し,通常は自然に消失する。そうでない場合は,コルチコステロイドの短期投与がしばしば効果的である。Paradoxical IRISの方が症状を引き起こす可能性が高く,また日和見感染症の治療開始後すぐにARTを開始すると,症状が重度になる可能性が高くなる。そのため,一部の日和見感染症では,治療により日和見感染症が軽快または消失するまでARTを延期する。

Unmasked IRISの患者では,新たに同定された日和見感染症を抗菌薬で治療する。ときに,症状が重度の場合,コルチコステロイドも使用する。通常は,unmasked IRISが発生しても,ARTは継続する。例外はクリプトコッカス髄膜炎である。その場合は,感染がコントロールされるまでARTを一時的に中断する。

臨床的な悪化の原因が治療の失敗,IRIS,またはその両者のいずれであるかを判断するには,活動性感染症の持続を培養により評価する必要があるが,これは困難となることがある。

抗レトロウイルス療法の中断

ARTを中断する際は,全ての薬剤を同時に中止すれば通常は安全であるが,緩徐に代謝される薬物(例,ネビラピン)の濃度は高いまま維持されるため,耐性のリスクが上昇する。併存疾患の治療を要する場合,または薬物毒性に耐えられないか薬物毒性を評価する必要がある場合には,中断を要することがある。毒性の原因となっている薬剤を特定するために中断した後は,大半の薬剤は単剤療法として再開することができ,数日間までであれば安全に使用できる。注:最も重要な例外はアバカビルである;アバカビルへの過去の曝露時に発熱または発疹がみられていた患者は,再曝露によって致死的となりうる重度の過敏反応を発症することがある。アバカビルに対する有害反応のリスクは,HLA-B*57:01を有する患者で100倍上昇するが,これは遺伝子検査で同定できる。

パール&ピットフォール

  • アバカビルに対する有害反応がみられた患者には,この薬剤を再投与してはならない。それらの患者がこの薬剤に再び曝露すると,致死的となりうる重度の過敏反応が発生する可能性がある。アバカビルに対する有害反応のリスクは,HLA-B*57:01を有する患者で100倍上昇するが,これは遺伝子検査で同定できる。

日和見感染症の予防

(United States Public Health ServiceおよびHIV Medicine Association of the Infectious Diseases Society of AmericaのGuidelines for Prevention and Treatment of Opportunistic Infections in HIV-Infected Adults and Adolescentsも参照のこと。)

多数の日和見感染症に対して効果的な化学予防法が利用可能であり,P. jiroveciiCandidaCryptococcus,およびMAC(Mycobacterium avium complex)による合併症発生率を低下させる。治療によりCD4陽性細胞数が閾値を超えるまで回復し,その状態が3カ月以上持続すれば,化学予防は中止することができる。

一次予防の内容はCD4陽性細胞数に依存する:

  • CD4陽性細胞数200/μL未満または口腔咽頭カンジダ症(現在または既往):P. jirovecii肺炎に対する予防が推奨される。トリメトプリム/スルファメトキサゾール(TMP/SMX)の2倍量の錠剤,1日1回または週3回の服用が効果的である。週3回投与とするか漸次増量することにより,一部の有害作用を最小限に抑えられる可能性がある。TMP/SMXに耐えられない患者でも,ジアフェニルスルホン(100mg,1日1回)には耐えられる可能性がある。グルコース-6-リン酸脱水素酵素(G6PD)欠損症患者は,ジアフェニルスルホンの使用により重度の溶血を起こすリスクがあるため,ジアフェニルスルホンを使用する前にG6PD欠損症のスクリーニングを行うべきである。厄介な有害作用(例,発熱,好中球減少,発疹)のためにどの薬剤にも耐えられない少数の患者には,エアロゾル化されたペンタミジン300mg,月1回またはアトバコン1500mg,1日1回を使用することができる。

  • CD4陽性細胞数50/μL未満:播種性MACに対する予防は,アジスロマイシンまたはクラリスロマイシンで行う;これらのいずれの薬剤にも耐えられない場合は,リファブチンを使用することができる。アジスロマイシンは600mg錠,2錠,週1回で投与できる;クラリスロマイシンの連日投与と同様の防御率(70%)があり,他の薬物と相互作用しない。

潜在性結核が疑われる場合(ツベルクリン反応検査,インターフェロンγ遊離試験,高リスク曝露,活動性結核の既往,または結核有病率が高い地域での居住に基づく)は,CD4陽性細胞数にかかわらず,再活性化を予防するために,イソニアジド 5mg/kg(最高 300mg),経口,1日1回,およびピリドキシン(ビタミンB6)10~25mg,経口,1日1回で9カ月間投与すべきである。

一部の真菌感染症(例,食道カンジダ症,クリプトコッカスによる髄膜炎または肺炎)の一次予防として,経口フルコナゾール100~200mg,1日1回または400mg,週1回の投与が有効であるが,感染症1件を予防するのにかかるコストが高く,また通常これらの感染症は診断および治療がうまくいくことから,あまり使用されていない。

二次予防(初回感染の管理後)は,患者に以下の症状が発生した場合に適応となる:

真菌(Pneumocystis属など),ウイルス,抗酸菌,およびトキソプラズマ感染症に対する予防の詳細なガイドラインがClinical Info: Federally Approved Clinical Practice Guidelines for HIV/AIDSで公開されている。

予防接種

19歳以上のHIV感染患者への予防接種に関して,CDCの2022年の勧告では以下が推奨されている:

  • 結合型肺炎球菌ワクチンが未接種または接種歴不明の患者には,PCV15またはPCV20を接種すべきであり,PCV15を接種する場合は,その接種から8週間以上が経過した後にPPSV23を接種すべきである。

  • 全ての患者に,インフルエンザワクチンを毎年接種すべきである。

  • 全ての患者にB型肝炎ワクチンを接種すべきである。

  • A型肝炎のリスクのある患者またはA型肝炎を予防したい患者には,A型肝炎ワクチンを接種すべきである。

  • ヒトパピローマウイルス(HPV)による子宮頸癌および肛門癌を予防するため,相応の年齢の男女にHPVワクチンを接種すべきである。

  • 髄膜炎菌ワクチンの接種歴がない成人には,MenACWYの初回接種を8週間の間隔を空けて2回行い,5年毎に再接種すべきである。

  • 破傷風・ジフテリア混合ワクチン(Td)の一連の接種を完了したが,その一環として破傷風・ジフテリア・百日咳混合ワクチン(Tdap)の接種を受けていない患者には,次回のTdの追加接種の代わりにTdapを接種すべきである。Tdの一連の接種を開始予定または継続中で,まだTdapの接種を受けていない患者には,Tdによる追加接種のうち1回をTdapで代替すべきである。

  • 全ての患者に組換え帯状疱疹ワクチンを接種すべきである。

  • 水痘ワクチンは,CD4陽性細胞の割合が15%以上でCD4陽性細胞数が200/μL以上の患者に接種することができるが,CD4陽性細胞の割合が15%未満またはCD4陽性細胞数が200/μL未満の患者では禁忌である。

一般に,不活化ワクチンを使用すべきである。これらのワクチンは,HIV陰性者と比べてHIV陽性者で効果がみられる頻度が少ない。

生ウイルスワクチンは重度の免疫抑制患者には危険である可能性があるため,水痘の一次感染のリスクがある患者に対応する場合には,専門医の意見を求めるべきであり,推奨は一定していない(乳児および小児におけるHIVに記載の予防接種情報とHIV感染児における生ワクチンの接種に対する考慮事項の表を参照)。

治療に関する参考文献

  1. 1.INSIGHT START Study Group, Lundgren JD, Babiker AG, et al: Initiation of antiretroviral therapy in early asymptomatic HIV infection.N Engl J Med 373 (9):795–807, 2015.doi: 10.1056/NEJMoa1506816

HIV感染症の予後

AIDS,死亡,またはその両者のリスクは以下の項目により予測される:

  • 短期的なCD4陽性細胞数

  • 長期的な血漿HIV RNAレベル

ウイルス量が3倍増加(0.5log10)する毎に次の2~3年間の死亡率が約50%上昇する。HIV関連の合併症発生率および死亡率はCD4陽性細胞数によりばらつきがあり,HIV関連の原因による死亡率は,CD4陽性細胞数50/μL未満で最大となる。しかしながら,効果的な治療により,HIV RNAレベルは検出限界未満まで低下し,CD4陽性細胞数はしばしば劇的に上昇し,疾患および死亡のリスクは低下するが,年齢でマッチングしたHIV非感染者の集団と比べれば依然として高い(1)。したがって,進行し過ぎる前にHIV感染症を迅速に診断し,HIVに対する治療を直ちに開始することが,予後を良好にする上で必須となる。

ほかにあまり解明されていない予後因子として免疫活性レベルがあり,これはCD4およびCD8リンパ球上の活性化マーカーの発現を評価することにより決定される。HIVによる損傷を受けた結腸粘膜から細菌が漏出することに起因する活性化は,強力な予後予測因子であるが,この検査はあまり普及しておらず,また抗レトロウイルス療法によって予後が変化するため,この検査の重要性は低くなっており,臨床的には用いられていない。

HIV感染者の一部(long-term nonprogressorと称される)は,抗レトロウイルス療法なしでもCD4陽性細胞数が高く,HIV血中レベルが低く,症状がない状態が維持される。これらの人々は,in vitroの検査で測定した場合,感染HIV株に対して通常は激しい細胞性および液性免疫応答を起こす。この効果的な反応の特異性は,このような人々があまり有効な免疫反応を誘導しない2つ目の別のHIV株に重複感染した場合に,より典型的な疾患進行パターンを呈するという事実から示される。このように,最初の株に対する非常に効果的な反応は第2の株には通用しない。こうしたケースがあることは,すでにHIVに感染している人にも安全でない性行為や注射針の共用を介したHIV重複感染への潜在的曝露を回避する必要があることをカウンセリングで説明すべきであるという主張の根拠となっている。

HIV感染症の治癒はありえないと考えられており,そのため,生涯にわたる薬物治療が必要と考えられる。HIV感染者には,一貫して抗レトロウイルス薬の服用を続けるよう促すべきである。1例の乳児で約15カ月の抗レトロウイルス療法後に複製能を有するHIVが一時的に消失するという機能的な治癒の可能性を示唆する事例が報告され,大きな注目を集めた(2)。しかしながら,その後HIVの複製が再び認められた(3)。定期的なHIV治療の中断も有害である。ある大規模な国際臨床試験では,抗レトロウイルス療法が継続的に行われた場合と比べて,(CD4陽性細胞数を指標として)間欠的に行われた場合には,日和見感染症または死因を問わない死亡(特に早発性冠動脈疾患,脳血管イベント,または肝疾患および腎疾患による死亡)のリスクが有意に高かった(4)。

終末期ケア

抗レトロウイルス療法は,AIDS患者の期待余命を劇的に延長したが,依然として多くの患者が病状を悪化させ死亡している。死に至る要因には以下のものがある:

  • ARTを一貫して服用できないことによる進行性の免疫抑制

  • 治療不能な日和見感染症および悪性腫瘍の発生

  • B型またはC型肝炎による肝不全

  • 老化の加速および加齢に関わる疾患

  • 他の点では良好にコントロールされたHIV感染症患者で比較的発生しやすい非AIDS関連悪性腫瘍

死が突然訪れることはまれであり,したがって通常,患者には計画を立てるための時間がある。それでもなお,終末期ケアのあり方を明確に指示した医療計画を早い時期に記録すべきである。委任状や遺言など,その他の法的文書を作成しておくべきである。

患者の終末期が近づくと,疼痛,食欲不振,興奮,その他の苦痛症状を緩和する薬剤の処方が必要になることがある。AIDSの終末期には多くの患者で深刻な体重減少が生じ,適切なスキンケアが困難となる。ホスピスの職員は症状管理に極めて熟練しており,介護者および患者の自立を援助するため,ホスピスプログラムによる総合支援は,多くの患者で有用である。

予後に関する参考文献

  1. 1.Park LS, Tate JP, Sigel K, et al: Association of viral suppression with lower AIDS-defining and non-AIDS-defining cancer incidence in HIV-infected veterans: A prospective cohort study.Annals of Internal Medicine 169(2):87-96, 2018.doi: 10.7326/m16-2094

  2. 2.Persaud D, Gay H, Ziemniak C, et al: Absence of detectable HIV-1 viremia after treatment cessation in an infant. N Engl J Med 369(19):1828-1835, 2013.doi:10.1056/NEJMoa1302976

  3. 3.Ledford, H: HIV rebound dashes hope of 'Mississippi baby' cure. Nature 2014.doi.org/10.1038/nature.2014.15535

  4. 4.Strategies for Management of Antiretroviral Therapy (SMART) Study Group, El-Sadr WM, Lundgren J, et al: CD4+ count-guided interruption of antiretroviral treatment.N Engl J Med 30;355 (22):2283–96, 2006.doi: 10.1056/NEJMoa062360

HIV感染症の予防

HIVの表面タンパク質は容易に変異を起こし,極めて多様な型の抗原が生じるため,HIVのワクチン開発は困難である。それでも,様々なワクチン候補が検討されており,そのうちのいくつかは臨床試験で有望な結果が得られている。効果的なAIDSワクチンは現時点で存在しない。

伝播の予防

性的接触の前に挿入する腟殺菌薬(抗レトロウイルス薬を含む)は,現在のところ有効性が証明されておらず,一部の薬剤は,おそらくは細胞損傷を引き起してHIVに対する自然障壁を破壊することにより,女性側のリスクを増加させるようである。

効果的な手段として以下のものがある:

  • 市民の教育:教育は効果的であり,一部の国(特にタイやウガンダなど)で感染率を低下させたと考えられている。大半の症例で性的接触が原因であるため,安全でない性行為を避けるよう人々に教えることが最も重要な対策である(性行為ごとのHIV伝播のリスクの表を参照)。

  • セーファーセックス:ウイルス学的に抑制されていない(すなわち,ウイルス量が検出限界未満でない)HIV陽性者は,感染拡大の予防に不可欠な,より安全な性行動を実践するべきである。ウイルス学的に抑制されているHIV感染者は,性行為でパートナーにウイルスを伝播させない(1)。ウイルス学的に抑制されていないHIV感染患者は,パートナーがHIVに感染していないかどうかに関係なく,セーファーセックスを実践するべきである。両方のパートナーがHIV陽性で,かつ片方または両方のパートナーがウイルス学的に抑制されていない場合は,セーファーセックスが勧められる;ウイルス学的に抑制されていないHIV感染者同士で無防備な性行為を行うと,一方のパートナーが耐性株または強毒株のHIVに曝露することになる場合がある。さらに,セーファーセックスはAIDS患者に重症疾患を引き起こすその他のウイルス(例,サイトメガロウイルス,エプスタイン-バーウイルス,単純ヘルペスウイルス,B型肝炎ウイルス)や,梅毒またはその他の性感染症(STI)(多剤耐性の淋菌感染症や髄膜炎菌の性感染症などの懸念される感染症を含む)の伝播を予防するのにも役立つ。コンドームは最も優れた予防法である。油脂ベースの潤滑剤は,ラテックスを溶解させることがあり,コンドームの避妊失敗リスクを増加させるため,使用すべきでない。(米国疾病予防管理センター[Centers for Disease Control and Prevention:CDC]のHIVの伝播に関する情報も参照のこと。)

  • 静注薬物の使用者に対するカウンセリング:注射針共用のリスクについてのカウンセリングは重要であるが,滅菌された針とシリンジの供給(汚染された注射器具の共有によるHIVおよびその他の血液媒介ウイルスの伝播を減らすため),薬物依存の治療,およびリハビリテーションと組み合わせるとおそらくより効果的である。

  • HIV感染症に対する秘密厳守の検査:実質全ての医療現場で,青年および成人に対して検査をルーチンに勧めるべきである。ルーチン検査を簡易化するため,一部の州ではもはや同意書または検査前の長いカウンセリングが不要である。

  • 妊婦に対するカウンセリング:HIV検査とARTでの治療により,さらに医療などの資源が豊富な国では代用母乳の使用により,母子感染はほぼ完全にみられなくなっている。妊婦がHIV感染者またはHIV検査陽性者であることが判明している場合は,母子感染のリスクについてカウンセリングを行うべきである。HIV感染症の妊婦には,胎児または新生児の感染を予防するための治療(典型的には妊娠14週目頃から開始する)を受け入れるよう促すべきである。単剤療法より効果的で,薬剤耐性を引き起こす可能性がより低いため,一般的に多剤併用療法が用いられる。一部の薬剤は胎児または女性に毒性があるため,避けるべきである。女性がARTの基準を満たす場合は,患者の病歴および妊娠段階に応じて調節したレジメンを開始し,妊娠期間全体を通して継続すべきである。帝王切開によっても感染リスクを低減できる可能性がある。分娩前のレジメンおよび分娩方法にかかわらず,HIVに感染している全ての妊婦に対し,分娩中にジドブジンを静注すべきであり,産後は生後6週間まで新生児にジドブジンを経口投与すべきである(周産期感染の予防も参照)。子宮内でHIVが胎児に伝播する可能性があることや,その他の理由から,妊娠中絶を選択する女性もいる。

  • 血液および臓器のスクリーニング:感染初期は抗体は偽陰性となる場合があるため,米国では,まれに輸血による伝播が発生する可能性が残っている。現在米国では,抗体およびp24抗原に対する血液のスクリーニングが義務づけられており,これにより伝播のリスクがさらに減少すると考えられる。HIV感染症の危険因子を有する人には,最近のHIV抗体検査の結果が陰性であっても,血液または臓器を提供しないよう求めることでリスクはさらに減少する。FDAが献血の延期に関するガイダンスを公開しており,男性と性交した男性,および他の男性と性交した男性と性交した女性に対し,直近の性的接触から3カ月間は献血をしないことなどが推奨されている(Revised Recommendations for Reducing the Risk of HIV Transmission by Blood and Blood Products, August 2020を参照)。しかしながら,HIVによる疾病負担が大きい国々では,感度の高いHIVスクリーニング検査の実施や臓器,血液,および血液製剤の提供者に対する制限が一貫して導入されるわけではない。

  • 抗レトロウイルス薬による曝露前予防(PrEP):PrEPでは,HIVに感染していないが高リスクの人々(例,HIVに感染したセックスパートナーをもつ)が,感染のリスクを下げるため,抗レトロウイルス薬を毎日服用する。CDCは,性的に活動的な体重35kg(77ポンド)以上の成人または青年がHIV感染のリスクを大きく高める性行動を報告している場合を対象として,PrEPを推奨している(2)。CDCはまた,注射薬物を使用している個人とHIV感染のリスクを大きく高める注射行為を報告している個人に対しても,PrEPを推奨している(2)。フマル酸テノホビル ジソプロキシルとエムトリシタビンの併用(TDF/FTC)が選択されることがある。PrEPを行っているからといって,コンドームの使用や高リスク行動(例,注射針の共用)の回避など,HIV感染のリスクを低減する他の対策が不要になるわけではない。HIV陰性で,妊娠中にTDF/FTC PrEPを服用していた母親から生まれた乳児に関するデータは不足しているが,現在のところ,HIVに感染しておりTDF/FTCの治療を受けていた母親から生まれた小児における有害作用は報告されていない。注射薬物使用者でPrEPを使用することによりHIV感染症のリスクが下がるかどうかについては,現在研究中である。服薬アドヒアランスが不良な高リスク集団におけるPrEPをさらに改善するべく,長時間作用型の抗レトロウイルス薬が米国やその他の国で認可されているが,それらの入手可能性は限られている。CDCの最新の推奨については,Preexposure Prophylaxis for the Prevention of HIV Infection in the United States (2021 Update) – Clinical Practice Guidelineを参照のこと。

  • 男性の包皮環状切除:アフリカの若年男性のデータから,包皮の環状切除によって,腟性交時に女性パートナーからHIVに感染するリスクが約50%低下することが示されており,おそらくは他の男性患者集団においても包皮環状切除は同様に効果的と考えられる。男性の包皮環状切除がHIV陽性の男性から女性への伝播を減少させるかどうか,また感染した男性のパートナーからHIVを獲得するリスクを減少させるかどうかは判明していない。

  • 普遍的予防策(ユニバーサルプリコーション):医療および歯科医療従事者は,いずれの患者であってもその粘膜または体液と接触しうる状況において手袋を着用し,針刺し事故を回避する方法を教わっておくべきである。HIV感染症患者の家庭内の介護者は,自身の手が体液に曝される可能性がある場合,手袋を着用すべきである。血液または他の体液によって汚染された表面もしくは器具はきれいにふき取り,消毒すべきである。効果的な消毒方法としては,加熱処理,過酸化水素,アルコール,フェノール類,次亜塩素酸塩(漂白剤)などがある。HIV感染患者の隔離は,日和見感染症による適応(例,結核)がない限り不要である。

  • HIV感染症の治療:ARTによる治療は伝播のリスクを低下させる。

曝露後予防(PEP)

HIVに曝露すると重大な結果が生じうるため,医療従事者への感染リスクを低下させるための方針および手順,特に予防的治療が開発された。

以下の後には予防的治療の適応がある:

  • HIV感染血液に汚染された穿通性外傷(通常は,針刺し)

  • 精液,腟分泌物,もしくは血液を含む他の体液(例,羊水)が粘膜(眼または口)に大量に曝露する

唾液,尿,涙,鼻汁,吐瀉物,または汗は,明らかに血液が混じっているのでない限り,感染力はないとみなされる。

血液への初回曝露後,皮膚曝露の場合は石鹸と水,刺創の場合は消毒薬で直ちに曝露部位を洗浄する。粘膜が曝露した場合は,その部位を大量の水で洗浄する。

以下の項目を記録する:

  • 曝露の種類

  • 曝露からの経過時間

  • 曝露源の患者および曝露した個人に関する臨床情報(HIVの危険因子およびHIVの血清学的検査など)

曝露の種類は以下によって決まる:

  • どの体液が関与したか

  • 曝露に穿通性外傷(例,針刺し,鋭利な物体による切開)が関係しているかどうか,およびその創傷の深さ

  • 体液が損傷のある表皮(例,皮膚の擦過傷または亀裂)または粘膜に接触したかどうか

典型的な経皮的曝露後の感染リスクは,約 0.3%(1:300)であり,粘膜の曝露後は約 0.09%(1:1100)である。これらのリスクにはばらつきがあり,受傷者の体内に移行したHIV量に応じて変動する;移行するHIV量は,感染源のウイルス量や針の種類(例,中空かそうでないか)など,多くの要因によって決まる。しかし,PEPの推奨ではこれらの要因はもはや考慮されていない。

曝露源は,判明しているか否かによって分類される。曝露源が不明(例,路上または鋭利物廃棄容器内の針)な場合,リスクは曝露の状況(例,曝露が注射薬物使用が頻発する地域で発生したか,薬物治療施設で廃棄された針が使用されたかどうか)に基づいて評価すべきである。曝露源は判明しているが,HIV感染の有無が不明の場合は,曝露源をHIVの危険因子について評価するとともに,予防を考慮する。

予防が必要と判断した場合は,曝露後の可及的速やかにPEPを開始することが目標となる。CDCは曝露後24~36時間以内にPEPを行うことを推奨しており,曝露からより長時間が経過した場合には,専門家の助言が必要となる。

PEPを行うか否かは感染リスクに依存する;ガイドラインでは3剤以上の抗レトロウイルス薬による28日間の抗レトロウイルス療法が推奨されている(3)。薬剤の選択は,有害作用を最小化するとともに,投与スケジュールを簡素化してPEPが完遂されやすくなるよう慎重に判断すべきである。望ましいレジメンとして,ヌクレオシド系逆転写酵素阻害薬(NRTI)2剤とインテグラーゼ阻害薬1剤(ラルテグラビルまたはドルテグラビル)の併用がある。ドルテグラビルは妊娠第1トリメスターに使用する場合,催奇形性を有する可能性があるため,妊孕性のある患者にはラルテグラビルが望ましいが,この点については現在,疫学調査が実施されている。代替レジメンとしては,NRTI 2剤とプロテアーゼ阻害薬1剤の併用などがある。推奨事項の詳細については,CDCのUpdated Guidelines for Antiretroviral Postexposure Prophylaxis After Sexual, Injection Drug Use, or Other Nonoccupational Exposure to HIV—United States, 2016(2018年5月更新)およびInterim Statement Regarding Potential Fetal Harm from Exposure to Dolutegravir – Implications for HIV Post-exposure Prophylaxis (PEP)を参照のこと。

曝露源のウイルスが少なくとも1つの薬剤に対して耐性をもつことが判明しているか,その疑いがある場合は,抗レトロウイルス療法およびHIV伝播の専門家へのコンサルテーションを行うべきである。しかしながら,専門家へのコンサルテーションや薬剤感受性試験の結果を待ってPEPを遅らせてはならない。また,早急な評価および対面カウンセリングを行うべきであり,フォローアップ治療を遅らせてはならない。

予防に関する参考文献

  1. 1.Rodger AJ, Cambiano V, Bruun T, et al: Sexual activity without condoms and risk of HIV transmission in serodifferent couples when the HIV-positive partner is using suppressive antiretroviral therapy.JAMA 316(2):171-81, 2016. doi: 10.1001/jama.2016.5148

  2. 2.Centers for Disease Control and Prevention: US Public Health Service: Preexposure prophylaxis forthe prevention of HIV infection in the United States—2021 Update: a clinical practice guideline

  3. 3.Gandhi RT, Bedimo R, Hoy JF, et al: Antiretroviral Drugs for Treatment and Prevention of HIV Infection in Adults: 2022 Recommendations of the International Antiviral Society-USA Panel [published online ahead of print, 2022 Dec 1]. JAMA.2022;10.1001/jama.2022.22246.doi:10.1001/jama.2022.22246

要点

  • HIVはCD4陽性リンパ球に感染し,したがって細胞性免疫および程度はより低いが液性免疫を阻害する。

  • HIVは主に性的接触,汚染された血液への注射を介した曝露,汚染された組織または臓器の移植,および垂直感染(妊娠中,分娩中,または授乳を介した感染)により伝播する。

  • 免疫系の損傷に加え,頻発するウイルスの変異により,HIV感染を排除する身体の能力が有意に障害される。

  • 種々の日和見感染症および悪性腫瘍が発生する可能性があり,無治療の患者では通常これらが死因となる。

  • 抗体検査により診断し,ウイルス量およびCD4陽性細胞数の測定によりモニタリングする。

  • 抗レトロウイルス薬の多剤併用により治療し,一貫して薬剤が服用されれば,大半の患者で免疫機能をほぼ正常に回復させることが可能である。

  • HIVとともに生きていく患者には,セーファーセックスに関するカウンセリングを定期的に行う。

  • 適応があれば,抗レトロウイルス薬による曝露後および曝露前予防を行う。

  • CD4陽性細胞数に基づき,日和見感染症に対する一次予防を施行する。

より詳細な情報

有用となりうる英語の資料を以下に示す。ただし,本マニュアルはこれらの資料の内容について責任を負わないことに留意されたい。

  1. CDC 2022 Immunization Schedule: Recommended adult immunization schedule by medical condition and other indications

  2. Guidelines for the Use of Antiretroviral Agents in HIV-1-Infected Adults and Adolescents: Drug-Drug Interactions: Information regarding pharmacokinetic (PK) drug-drug interactions between antiretroviral (ARV) drugs and concomitant medications that are common and may lead to increased or decreased drug exposure

  3. Guidelines for Prevention and Treatment of Opportunistic Infections in HIV-Infected Adults and Adolescents

  4. Guidelines on post-exposure prophylaxis for HIV and the use of co-trimoxazole prophylaxis for HIV-related infections among adults, adolescents and children: Recommendations for a public health approach - December 2014 supplement to the 2013 consolidated ARV guidelines

  5. National Institutes of Health's AIDSInfo: HIV-related research information from the NIH’s Office of AIDS Research (OAR), the National Institute Of Allergy and Infectious Diseases (NIAID), and the U.S. National Library of Medicine (NLM)

  6. CDC: Post-Exposure Prophylaxis (PEP): Resources for providers and consumer regarding the use of antiretroviral drugs after a single high-risk event to stop HIV seroconversion

  7. Primary Care Guidelines for the Management of Persons Infected with Human Immunodeficiency Virus: 2020 Update by the HIV Medicine Association of the Infectious Diseases Society of America: Evidence-based guidelines for the management of people infected with HIV

  8. Updated U.S. Public Health Service Guidelines for the Management of Occupational Exposures to HIV and Recommendations for Postexposure Prophylaxis (PEP): Updated recommendations regarding HIV PEP regimens and the duration of HIV follow-up testing for exposed personnel

  9. Revised Recommendations for Reducing the Risk of HIV Transmission by Blood and Blood Products, 2020: Revised guidance document providing blood establishments that collect blood or blood components, including Source Plasma, with revised donor deferral recommendations for individuals with increased risk for transmitting HIV infection

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