バンコマイシンは,細胞壁合成を阻害する殺菌性抗菌薬である。
薬物動態
バンコマイシンは経口投与しても正常な消化管からはほとんど吸収されない。注射剤で投与すると,胆汁,胸水,心膜貯留液,滑液,および腹水に移行する。しかしながら,たとえ炎症を起こしていても,髄液への移行は不良で一貫性もない。
バンコマイシンは糸球体濾過により未変化体のまま排泄される。
バンコマイシンの適応
バンコマイシンは以下に対して活性を示す:
ペニシリン系およびセファロスポリン系薬剤に耐性を示すほぼ全ての黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)株およびコアグラーゼ陰性ブドウ球菌株を含む,大半のグラム陽性球菌および桿菌
多くの腸球菌株(主にEnterococcus faecalis)
ただし,多くの腸球菌株と一部の黄色ブドウ球菌(S. aureus)株は耐性である。
バンコマイシンは以下の細菌(バンコマイシン耐性株を除く)による重篤な感染症および心内膜炎にしばしば使用される:
メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(S. aureus)
メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌
特定のβ-ラクタム耐性および多剤耐性肺炎球菌
β-溶血性レンサ球菌(薬物アレルギーまたは耐性のためにβ-ラクタム系薬剤を使用できない場合)
Corynebacterium species including C. jeikeium, and C. striatum
緑色レンサ球菌(薬物アレルギーまたは耐性のためにβ-ラクタム系薬剤を使用できない場合)
腸球菌(薬物アレルギーまたは耐性のためにβ-ラクタム系薬剤を使用できない場合)
しかしながら,メチシリン感受性黄色ブドウ球菌(S. aureus)感染症に対するバンコマイシンの有効性は,抗ブドウ球菌β-ラクタム系薬剤のそれよりも低い。バンコマイシンは,メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌による人工弁心内膜炎または腸球菌による心内膜炎を治療する際には,他の抗菌薬と併用される。バンコマイシンはペニシリン感受性が低下した菌株による肺炎球菌性髄膜炎に対する代替薬としても使用されるが,バンコマイシンの髄液への移行に一貫性がないこと(特にデキサメタゾンの同時使用中)や臨床的な失敗例の報告もあるため,肺炎球菌性髄膜炎の治療に単剤で使用することは至適とは言えない。
Clostridioides(かつてのClostridium)difficile関連下痢症(偽膜性大腸炎)の治療にはバンコマイシンの経口剤が使用される。非重症C. difficile感染症の初回エピソードには,メトロニダゾールよりもバンコマイシンが推奨される。バンコマイシンの経口剤は,重症のC. difficile感染症患者ではメトロニダゾールより望ましく,メトロニダゾールに反応しない患者には使用が推奨される。しかしながら,Infectious Diseases Society of America(IDSA)およびSociety for Healthcare Epidemiology of America(SHEA)による成人におけるClostridioides difficile感染症管理に関する2021年版診療ガイドラインでは,フィダキソマイシンが利用できる場合,C. difficile感染症にはバンコマイシンに優先してこれを使用することが推奨されている。
バンコマイシンの禁忌
バンコマイシンは,同薬剤に対するアレルギー反応の既往がある患者では禁忌である。
妊娠中および授乳中の使用
バンコマイシンの動物生殖試験では,胎児に対するリスクは示されていない。ヒトの研究におけるエビデンスは不十分である。バンコマイシンの妊婦への投与は,明らかに必要な場合に限定すべきである。妊婦におけるC. difficile関連下痢症の治療にはバンコマイシンの経口剤を使用できる。
バンコマイシンは母乳中に移行するため,消化管細菌叢の乱れを防ぐ上で授乳期間中の使用は推奨されないが,正常な消化管を介した経口吸収性は低いことから,乳児に全身性有害作用が発生する可能性は低い。
バンコマイシンの有害作用
バンコマイシンの主な懸念は以下の通りである:
過敏症(アレルギー性または肥満細胞の直接の脱顆粒による)
バンコマイシン輸注反応(顔面,頸部,および肩にそう痒および紅潮が生じるヒスタミンを介した反応)の発生を回避するため,バンコマイシンは希釈した溶液(2.5~5.0mg/mL)で60分以上かけて,または10mg/minを超えない速度でゆっくり点滴すべきである。その他の過敏反応(例,発疹,発熱)が生じることもあり,特に治療が2週間以上続く場合に多くなる。
起こりうるその他の有害作用には,可逆的な好中球減少および血小板減少などがある。高用量で使用しないか,他の腎毒性物質(例,アミノグリコシド系薬剤)と同時に投与しない限り,腎毒性の発生はまれである。ピペラシリン/タゾバクタムとの併用も腎毒性のリスクを高めうることを示唆する報告がある。まれに点滴静注の間に静脈炎が発生する。
現行の製剤では用量依存性の聴器毒性はまれであるが,バンコマイシンを聴器毒性のある他の薬剤と同時投与する場合には発生頻度が増加する。
バンコマイシンの投与に関する留意事項
髄膜炎に使用するときの用量は通常よりも高く設定する必要がある。
腎機能不全がある患者では減量が必要である。
侵襲性メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(S. aureus)(MRSA)感染症が確認されたまたは疑われる患者には,400~600の濃度-時間曲線下面積(AUC)を目標とする用量でバンコマイシンを投与すべきである。最小発育阻止濃度に対するAUCの比(AUC/MIC)を400以上とすることの代替マーカーとしてトラフ濃度を用いることは,もはや推奨されていない。用量の最適化は,分布後の濃度を複数回(点滴終了の1~2時間後とトラフ時点)測定して,1つまたは2つの濃度値を用いてソフトウェアによるベイズ流アプローチにより一次反応式からAUCを計算するか,あるいは定常状態の濃度である20~25μg/mL(13.8~17.25μmol/L)になるまで持続静注とすることによって達成できる。(American Society of Health-System Pharmacists,Infectious Diseases Society of America,Pediatric Infectious Diseases Society,およびSociety of Infectious Diseases Pharmacistsによって改訂された2020年版メチシリン耐性黄色ブドウ球菌による重篤な感染症の治療モニタリングに関するガイドラインも参照。)
これらの推奨用量はMRSAにのみ適用され,他のグラム陽性細菌感染症に対する用量の指針として用いるべきではない。
多くの病原体に対するバンコマイシンのMICは過去10年間で上昇してきている。バンコマイシンのMICに基づく黄色ブドウ球菌(S. aureus)の感受性は以下の通りである:
≤ 2μg/mL(≤ 1.4μmol/L):感受性
4~8μg/mL(2.8~5.5μmol/L):中間
> 8μg/mL(> 5.5μmol/L):耐性
しかしながら,バンコマイシンのMICが2μg/mL(1.4μmol/L)以上の黄色ブドウ球菌(S. aureus)感染症では,たとえ1日当たりのAUCが400~600であっても,標準用量の投与では十分な反応が得られない可能性があるため,臨床的な反応が不良でMIC ≥ 2の患者では,治療法変更の閾値を低く設定すべきである。
より詳細な情報
有用となりうる英語の資料を以下に示す。ただし,本マニュアルはこれらの資料の内容について責任を負わないことに留意されたい。
Infectious Diseases Society of America (IDSA) and Society for Healthcare Epidemiology of America (SHEA): Focused update guidelines on the management of Clostridioides difficile infection in adults (2021)
American Society of Health-System Pharmacists, the Infectious Diseases Society of America, the Pediatric Infectious Diseases Society, and the Society of Infectious Diseases Pharmacists: Therapeutic monitoring of vancomycin for serious methicillin-resistant Staphylococcus aureus infections guidelines (2020)