高齢者の身体診察

執筆者:Richard G. Stefanacci, DO, MGH, MBA, Thomas Jefferson University, Jefferson College of Population Health
レビュー/改訂 2022年 5月
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高齢者の身体診察には,全ての主要な器官系を含めるべきであるが,病歴聴取の際に同定された懸念領域に特に注意を払うべきである(高齢者の評価の概要および高齢者の病歴聴取も参照)。

患者およびその動き(例,診察室への入室,椅子に座るおよび立ち上がる様子,診察台への乗り降り,靴下および靴の着脱)を観察することによって患者の機能に関する有用な情報が得られる可能性がある。身の回りの衛生状態(例,衣服の状態,清潔さ,臭い)が,精神状態および自己ケア能力に関する情報を提供することがある。

患者が疲労する場合は,身体診察を中断し,続きは別の来院時に行う必要があるかもしれない。高齢患者は衣服を脱いで診察台に移るのに余分な時間が必要な場合があり,急がせてはならない。診察台の高さを調整して患者が容易に乗れるようにすべきであり,足台があると乗りやすい。フレイルな患者を診察台上に1人で放置してはならない。診察の一部は,椅子に座っているほうが患者にとって楽なことがある。

医師は患者の全般的な外観(例,快適さ,落ち着きのなさ,低栄養,注意散漫,蒼白,呼吸困難,チアノーゼ)を記載すべきである。ベッドサイドで診察する場合は,保護用パッドまたは保護用マットレスの使用,ベッド柵(一部または全部),拘束具,尿道カテーテル,成人用おむつに注意すべきである。

バイタルサイン

来院毎に体重を記録すべきである。平衡感覚に障害のある患者は,測定時に体重計本体または近くに取り付けられているつかまり棒を握らなければならないことがある。年1回身長を記録して,骨粗鬆症による身長の低下を確認する。

体温を記録する。正常体温から数度以上低い体温を測定できない体温計では,低体温症を見逃す可能性がある。発熱がなくても感染症は除外できない。

脈拍と血圧は両腕で測定する。脈拍は30秒間測定し,あらゆる不規則性に注意する。多くの因子により血圧が変化しうるため,患者を5分超休息させてから数回測定する。

高齢患者では動脈が硬くなっているため,血圧が過大評価されることがある。これは偽性高血圧と呼ばれるまれな病態であり,持続的な収縮期血圧上昇の治療のために降圧薬を開始または増量後に,めまいが発生した場合に疑うべきである。

高齢患者では起立性低血圧がよくみられるため,全高齢患者で確認する。血圧は仰臥位で測定し,その後3~5分間立位をとった後に再度測定する。起立後に収縮期血圧が20mmHg以上低下した場合,または低血圧の何らかの症状が認められた場合,起立性低血圧と診断する。循環血液量減少のある患者を検査する際には注意が必要である。

高齢者の呼吸数は,健康状態および生活状況によって異なる。自立して生活する高齢者の正常な呼吸数は1分間に12~18回であるのに対し,長期ケアを必要とする高齢者の呼吸数は1分間に16~25回である。

皮膚と爪

最初の観察項目は色(正常な発赤,蒼白,チアノーゼ)である。診察では,前がん病変および悪性病変,組織の虚血,および褥瘡の検索を行う。高齢患者では,以下を考慮すべきである:

  • 加齢により真皮が薄くなるため,多くは前腕の皮膚が傷つくと,容易に斑状出血が生じる。

  • 加齢とともにメラノサイトが徐々に失われるため,不均一な黒化は正常な場合がある。

  • 爪の表面の縦方向の溝および三日月形の爪半月の消失は加齢に関連する正常所見である。

  • 加齢とともに爪甲が薄くなるため,割れることがある。

  • 指爪の中間から遠位3分の1の黒い線状出血は,菌血症ではなく外傷による可能性が高い。

  • 厚く黄色い足趾爪は真菌感染症の1つである爪真菌症を示す。

  • 足趾爪の下向きに曲がった境界は陥入爪を示す。

  • 容易に剥がれ,ときにくぼみのある白みがかった爪は乾癬を示す。

  • 原因不明の挫傷は虐待を示す可能性がある。

頭頸部

顔面

加齢に関連する正常所見として,以下がみられる:

  • 眼窩上縁より下まで下がった眉毛

  • 顎の下降

  • 顎下の線と首との間の角度の減少

  • しわ

  • 乾燥皮膚

  • 耳,鼻,上唇上部,顎の太い終毛

側頭動脈を触診して,巨細胞性動脈炎を示唆することがある圧痛および肥厚がないか確認するが,この疾患が疑われる場合は直ちに評価と治療が必要となる。

鼻尖が徐々に下がるのは加齢に関連する正常所見である。外側鼻軟骨の上下が分離して,鼻が大きく長くなることがある。

加齢に関連する正常所見として,以下がみられる:

  • 眼窩脂肪の減少:眼が徐々に後方の眼窩に沈むことがある(眼球陥入)。したがって,高齢者では眼球陥入は必ずしも脱水の徴候ではない。眼球陥入に伴い上眼瞼の二重瞼が深くなり周辺視野が多少狭くなる。

  • 偽眼瞼下垂(瞼裂のサイズ減少)

  • 内反症(下眼瞼縁の内転)

  • 外反症(下眼瞼縁の外転)

  • 老人環(角膜縁の白い輪)

加齢に伴い,老視が発生する;水晶体の弾性が低下し,近くの物体に焦点を合わせたときに形状が変わりにくくなる。

眼科診察では視力検査(例,スネレン視標を使用)に焦点を置くべきである。視野は,ベッドサイドでの対座,すなわち,患者に検者を見つめるように依頼し,患者と検者の視野の差を判定できるようにして検査できる。しかし,このような検査は大半の視覚障害に対して感度が低い。眼圧検査はときにプライマリケアで実施されるが,通常は,ルーチンの眼科診察の一環として眼科医またはオプトメトリストによって,または緑内障が臨床的に疑われるため眼科医に紹介されたときに,眼科医によって行われる。

眼底検査は,白内障,視神経の変性または黄斑変性,および緑内障高血圧糖尿病の所見の確認のために行う。網膜のみえ方は通常は加齢により大きく変化しないため,疾患が存在しない限り著明な所見は認められない。高齢患者では加齢により皮質萎縮が起こるため,軽度から中等度の頭蓋内圧亢進では乳頭浮腫が生じないことがある;頭蓋内圧が著しく上昇したときに乳頭浮腫が生じる可能性が高い。黄斑またはその周辺の,黒い色素または出血は黄斑変性を示す。

眼科医またはオプトメトリストによる眼科診察は,特定の一般的な眼疾患(例,緑内障,白内障,網膜疾患)に対する感度が高いため,全ての高齢患者で1~2年毎に実施することが推奨される。

特に面接で聴力に問題が認められた場合,外耳道を診察して,耳垢がないか確認する。患者が体外型の補聴器をつけている場合は,はずして検査する。イヤモールドとプラスチックチューブに耳垢が詰まったり,電池が切れていることがあり,補聴器の音量を上げたときにハウリング(フィードバック)が聞こえないことで判明する。

聴覚の評価では,検者は顔を患者から見えないようにして,3~6の単語または文字を患者の各耳にささやく。患者が各耳で半分以上の単語を正しく復唱すれば,1対1の会話で聴覚が機能していると考えられる。老人性難聴(加齢に伴って徐々に進行する両側対称性の主に高周波域の聴力低下)の患者は,聞いた音より発話内容の理解困難を報告することが多い。携帯型のオージオスコープによる評価は検査音を標準化できるため,可能であれば推奨され,複数の医療提供者が1人の患者のケアを行っている場合には,この評価が有用になる場合がある。

患者には,難聴が社会的,職業的,または家族の機能を妨げているかを尋ねるか,または高齢者の情緒的および社会的適応に難聴が及ぼす影響を判定できるよう作成された自己評価ツールである,Hearing Handicap Inventory for the Elderly–Screening Version(HHIE[高齢者用難聴判定項目リストースクリーニング版])を渡してもよい。難聴が機能を妨げているか,またはHHIEスコアが陽性の場合,正式な聴覚検査に紹介する。

口を診察して,歯肉の出血や腫れ,動揺歯や歯の破折,真菌感染症,がんの徴候(例,白板症,赤板症,潰瘍,腫瘤)がないか確認する。以下の所見が認められることがある:

  • 黒ずんだ歯:加齢とともに生じる外因性の歯の着色および透明性が低下したエナメル質による。

  • 口および舌の亀裂ならびに頬粘膜に張り付いた舌:口腔乾燥症による。

  • 出血しやすく,発赤,浮腫を呈した歯肉:通常,歯肉疾患または歯周病を示す。

  • 口臭:おそらく口腔疾患(例,齲蝕歯周炎),感染症(副鼻腔),またはときに肺疾患を示す。

舌の上面と下面を検査する。一般的な加齢変化は舌下面の静脈瘤,良性移動性舌炎(地図状舌),舌側面の乳頭萎縮などである。無歯顎患者では,咀嚼を容易にするため舌が大きくなることがあるが,舌の肥大はアミロイドーシス甲状腺機能低下症を示すこともある。滑らかで痛みのある舌はビタミンB12欠乏を示すことがある。

口腔内の検査の前に義歯を外すべきである。義歯は口腔カンジダ症および歯槽堤吸収のリスクを増加させる。口蓋粘膜の炎症および歯槽堤の潰瘍は不適合義歯が原因である可能性がある。

口腔内を触診する。耳下腺が腫大して硬く圧痛のあるときは,特に脱水患者で耳下腺炎を示していることがある;細菌性耳下腺炎がある場合は,Stensen管から膿が排出されている可能性がある。感染微生物はブドウ球菌であることが多い。

義歯を使用していない無歯顎患者では唇交連に痛みを伴う炎症性の亀裂病変(口角口唇炎)が認められることがあり,通常は真菌感染症を伴う。

顎関節

この関節では,一般的な加齢変化である変性(変形性関節症)を評価すべきである。歯を喪失して関節の圧縮力が過剰になると,関節が変性する可能性がある。変性は顎を上下したときの下顎頭のクレピタス(捻髪音),顎を動かしたときの疼痛,またはその両方により示される。

頸部

頸部前方に気管に巻き付くように位置する甲状腺を診察し,腫大や結節がないか確認する。

心雑音の伝播による頸動脈雑音は,聴診器を頸部の上方に動かすことによって頸動脈狭窄による血管雑音と区別できる:心雑音の伝播の場合は減弱し,頸動脈狭窄による血管雑音の場合は増大する。頸動脈狭窄による血管雑音は全身性のアテローム性動脈硬化症を示唆する。頸動脈血管雑音があるが無症状の患者に対して,脳血管疾患の評価または治療の必要があるかどうかは明らかではない。

頸部の柔軟性を調べる。受動的な屈曲,伸展,外旋に対する抵抗性は頸椎疾患を示す可能性がある。屈曲および伸展への抵抗性は髄膜炎患者でも生じる可能性があるが,髄膜炎に頸椎疾患が伴っていない限り,頸部を抵抗なく左右に受動回旋することができる。

胸部および背部

肺全域を打診および聴診により診察する。健康な患者の肺で底部のラ音が聞こえることがあるが,数回深呼吸をすれば消失するはずである。呼吸運動の程度(横隔膜の動きおよび胸を拡張する力)に注意すべきである。

背部を診察して,脊柱側弯症および圧痛がないか確認する。仙骨の顕著な圧痛を伴う重度の腰痛,股関節痛,下肢痛は,高齢患者で起こりうる特発性の骨粗鬆症性仙骨骨折を示している場合がある。

乳房

男女とも,乳房の年1回の検査を考慮してもよいが,便益(すなわち,乳癌による死亡率の低下)を示す強力なエビデンスはなく,American Cancer SocietyとU.S.Preventive Services Task Forceの両方による推奨が制限されている。乳頭が陥凹している場合は,乳頭周囲に圧力をかけるべきであり,陥凹が加齢による変化であれば,圧力によって乳頭が反転して出てくるが,下層の病変に起因するものである場合はそうならない。

心臓

心臓の大きさは通常尖部の触診により評価できる。しかし,脊柱後側弯症による変位が評価を困難にする場合がある。

聴診は体系的(心拍数,規則性,雑音,クリック音,摩擦音)に行うべきである。外見上健康な高齢者における原因不明の無症候性洞徐脈は臨床的に重要ではない場合がある。絶対的不整(irregularly irregular)の調律は心房細動を示唆する。

高齢者では,心基部(心尖部と胸骨の間)で聴かれる収縮期雑音は,以下を示唆することが最も多い:

  • 大動脈弁硬化症:脳卒中のリスクが上昇している可能性があるが,典型的にはこの雑音は血行動態的に有意ではない。収縮期初期にピークとなり,頸動脈ではほとんど聞こえない。まれではあるが,大動脈弁硬化症は石灰化し血行動態上の重要性が生じる;頻度は低いものの,大動脈弁硬化症は現在,症候性大動脈弁狭窄症に至る最も一般的な病変であり治療が必要となる。

しかしながら,収縮期雑音は他の疾患が原因である可能性があり,以下の疾患は同定すべきである:

  • 大動脈弁狭窄症通常の大動脈弁硬化症で聴かれる雑音とは異なり,この雑音は典型的には収縮期後期にピークを迎え,頸動脈に伝播し,強勢である(2度を超える);II音は弱く,脈圧は小さく,頸動脈波の立ち上がりは緩徐である。しかしながら,高齢患者では大動脈弁狭窄症の雑音は弱く,II音はまれにしか聞こえず,脈圧の減少はまれであるため,雑音の同定は困難である。また,多くの大動脈弁狭窄症の高齢患者では血管コンプライアンスが低下しているため,頸動脈波の立ち上がりは緩徐ではない。

  • 僧帽弁逆流症雑音は通常尖部で最も大きく腋窩に向かって放散する。

  • 閉塞性肥大型心筋症雑音は,患者がバルサルバ法を行ったときに増大する。

拡張期雑音はいずれの年齢においても異常である。

IV音は,一般的に心血管疾患の所見のない高齢患者で聴取されるが,心血管疾患の所見のある高齢患者では聴取されない。

ペースメーカーを装着している患者で新たに神経症状または心血管症状が発生した場合,心音の変動,雑音,脈拍の評価ならびに低血圧および心不全の評価が必要である。これらの症状と徴候は房室同期の喪失が原因である可能性がある。

消化器系

腹部を触診して,高齢患者に多い,ヘルニアの素因となりうる腹筋の衰えがないか確認する。腹部大動脈瘤の大半は拍動性腫瘤として触知できる;ただし身体診察では外側への幅のみ評価できる。一部の患者(特にやせている場合)では正常な大動脈が触知され,血管および拍動は外側へと広がっていない。喫煙歴のある全高齢男性に,大動脈超音波検査によるスクリーニングが推奨される。肝臓および脾臓を触診して,腫大がないか確認する。腸音の頻度や質を確認し,恥骨上部を打診して,圧痛,不快感,尿閉の所見がないか確認する。

肛門直腸部を外部から診察して,裂傷,痔核,その他の病変がないか確認する。感覚および肛門括約筋反射の検査を行う。腫瘤,狭窄,圧痛,宿便を検出するため,男女とも直腸指診(DRE)を行う。便潜血検査も実施する。大腸癌のスクリーニングに関する推奨を再確認することが重要である。

男性の生殖器系

前立腺を触診し,結節,圧痛,硬さを確認する。DREによる前立腺の大きさの推定は不正確で,尿道閉塞と相関しない;しかしながら,DREでは前立腺体積の定性的な推定が可能である。大半の専門機関は,前立腺癌のスクリーニングツールとしてDREを推奨していない。前立腺癌のスクリーニングに関する推奨については,本マニュアルの別の箇所で考察されている(前立腺癌のスクリーニングを参照)。

陰部を診察して,性感染症(STI),その他の感染症,および異常の徴候がないか確認すべきである。

女性の生殖器系

股関節の可動性が低下した患者の双合診は,左側を下にして横になって行ってもよい。閉経後のエストロゲン減少により腟および尿道の粘膜が萎縮して腟粘膜が乾燥し,ひだ状のしわがみられなくなる。閉経後10年経った卵巣は触知されないはずで,触知できる場合は卵巣がんを示唆する。尿道,腟,子宮頸部,子宮の脱出の所見がないか診察すべきである。尿漏れおよび間欠的な脱出の確認のために咳をするよう患者に依頼する。

一部の医療従事者は,21歳以上の患者には内診によるスクリーニングを毎年行うよう勧めている。65歳まで3年の間隔を空けることを推奨する専門家もいる。ただし,無症状かつ低リスクの患者に対する内診については,それを支持するエビデンスも,反証するエビデンスもない。したがって,そのような患者に対してどれくらいの頻度でこの種の診察を行うかは,個別の判断とすべきである。

パパニコロウ(Pap)検査もヒトパピローマウイルス(HPV)検査も,過去10年間において検査結果が正常であった65歳以上の女性には推奨されない。

陰部を診察して,性感染症,その他の感染症,および異常の徴候がないか確認する。

筋骨格系

関節を診察して,圧痛,腫脹,亜脱臼,クレピタス(捻髪音),熱感,発赤,および他の異常がないか確認する。自動および他動の関節可動域を判定すべきである。拘縮の有無に注意すべきである。四肢の受動運動に対する可変性の抵抗(gegenhalten)がときに加齢に伴い発生する。

特定の異常,特に手の異常は,特定の疾患を示唆することがある:

これらの変形が機能や日常の活動を妨げる可能性がある。

加齢に関連する一般的な関節所見は,外反母趾,母趾の外側変位と回旋を伴う第1中足骨頭の内側隆起(バニオン),第5中足骨頭の外側変位などである。槌趾(近位指節間関節の過屈曲)や鷲爪趾(近位および遠位趾節間関節の過屈曲)が,機能および日常活動を妨げる可能性がある。足趾の変形は,長年足に合わない靴を履いていること,または関節リウマチ,糖尿病,神経疾患(例,シャルコー-マリー-トゥース病)から生じる可能性がある。

ときに,足の問題は他の全身性疾患を示唆する(全身性疾患の足の臨床像の表を参照)。例えば,足背動脈の拍動および後脛骨動脈の拍動の触診は心血管系の診察の重要な要素であり,浮腫の所見は静脈不全症,心臓,肝臓,または腎臓の機能障害を示唆している可能性がある。

足の障害のある患者は,定期的な評価と治療のために足専門医(podiatrist)に紹介すべきである。

神経系

高齢患者に対する神経学的診察は成人に対するものと同様である。しかし,高齢者でよくみられる神経系以外の疾患がこの検査を複雑にする場合がある。例えば,視覚および聴力低下が脳神経の評価を妨げることがあり,特に肩と股関節の関節周囲炎(関節周囲の組織の炎症)は運動機能の評価を妨げることがある。

検査中に認められた徴候は,患者の年齢,病歴,その他の所見を踏まえて考えなければならない。高齢患者では,アキレス腱反射および遠位振動覚の低下など,機能喪失や他の神経症状および徴候を伴わない対称性の所見が認められることがある。医師は,神経病変を確認するための詳細な評価が,これらの所見により妥当なものとなるかを判断しなければならない。患者の機能的変化,症状の非対称性,および新たな症状について定期的に再評価すべきである。

脳神経

脳神経の評価は複雑なことがある。

高齢者はしばしば瞳孔が縮小している;対光反射が緩慢で,近見時の縮瞳反応が低下することがある。上方注視および,程度は小さいが下方注視がわずかに制限される可能性がある。視野評価において検者の指を追う眼球運動がぎこちなく不規則なことがある。ベル現象(閉眼時の眼球の上転)がみられない場合がある。これらの変化は通常,加齢に伴って生じる。

多くの高齢者は,嗅覚ニューロンが少なく,何度も上気道感染に罹患しているか,慢性鼻炎をもっているため,嗅覚が低下する。しかしながら,非対称性の嗅覚障害(片側の鼻孔のみの嗅覚障害)は異常である。嗅覚の低下または流涎を減少させる薬剤の服用により,味覚が変化することがある。

視力や聴力の低下は,神経経路ではなく,眼や耳の異常による場合がある。

運動機能

握手や他の単純な活動により患者の振戦を評価できる。振戦が認められた場合,振幅,リズム,分布,頻度,発生時期(安静時,動作または意図的な動きに伴う)に注意する。

筋力

特に定期的にレジスタンストレーニングをしていない高齢者は,ルーチンの筋力検査で弱々しく見えることがある。例えば,身体診察時に,患者が肘の屈曲を保とうとしても医師は容易に伸ばすことができる。筋力低下が対称性であり,患者を悩ませることもなく,機能レベルまたは活動レベルを変化させない場合には,神経疾患というよりはむしろ不使用に起因する可能性が高い。このような筋力低下はレジスタンストレーニングで治療可能であり,特に下肢については,移動性を改善し転倒のリスクを低減することができる。上肢の強化も全体機能に有益である。肘または膝の屈伸で測定される筋緊張亢進は,高齢者では正常所見である;ただし,診察中の発作的な運動や歯車様筋強剛は異常である。

サルコペニア(筋肉量の減少)は加齢に関連する一般的な所見である。これは,機能の低下または変化(例,椅子の肘掛けを使わずに椅子から立ち上がれない)を伴わない限り重要ではない。サルコペニアは特に手筋(例,骨間および母指球筋)に影響を及ぼす。車椅子を使用している患者では,上腕を肘掛けで圧迫することにより橈骨神経を損傷するため,手関節および母指を含む手指の伸筋に筋力低下が頻繁にみられる。腕の機能は,患者に食器を持ち上げさせるか,後頭部を両手で触らせることで検査できる。

協調性

協調運動を検査する。中枢機序の変化のため協調性が低下するが,神経学的診察で測定可能である;この低下は通常わずかで,機能を妨げることはない。

歩行および姿勢

歩行の全要素を評価すべきであり,具体的には歩行の開始,歩幅,ステップの高さ,対称性,持続性,ケイデンス(リズム),速度(歩行のスピード),歩隔,歩行姿勢の評価がある。協調性のある独立歩行に必要である感覚,筋骨格系と運動制御,注意力も考慮しなければならない。65歳以上の全ての成人に対し,転倒リスクの評価を毎年行うことが推奨されている。

加齢に関連する正常所見として,以下がみられる:

  • おそらく腓腹筋が弱くなるか,バランスを失ったことによる小さい歩幅

  • 70歳以上の患者での歩幅が小さくなったことによる歩行速度の低下

  • 平衡感覚障害または転倒への恐怖感が原因である可能性がある両脚支持時間(両足が地面についている時間)の延長

  • 一部の関節での動き(例,後ろ足を蹴り上げる直前の足関節の底屈,前額面および横断面の骨盤運動)の減少

  • 歩行姿勢のわずかな変化(例,おそらく内臓脂肪の増加,腹筋の筋力低下,および股関節屈筋の硬直といった要因の組合せにより,骨盤の下方回旋が増強する;おそらく股関節の内旋が制限される,または側方安定性を高めようと試みるため,つま先がわずかに外転する)

歩行速度が1m/秒未満の人は,死亡リスクが有意に高い。

加齢がケイデンス(cadence)や歩行姿勢に影響を及ぼすことはほとんどなく,典型的に,高齢者は疾患がない限り直立して歩行する(を参照)。

表&コラム
表&コラム

ロンベルク試験(患者は両足をそろえて立ち,眼を閉じる)を用いて全体的な姿勢制御を評価する。安全性が重要であり,ロンベルク試験を行う医師は患者の転倒を防げる位置にいなければならない。加齢とともに,しばしば姿勢制御が損なわれ,姿勢動揺(患者が静止して直立したときの前後方向の動き)が増大する場合がある。

反射

深部腱反射を調べる。通常,加齢による影響はほとんどない。しかし,アキレス腱反射の誘発には特別な手技を必要とする(例,患者は手を握り締め,ベッドの端に足がくるようにして膝立位となり検査を行う)。高齢患者の半数近くで認められる反射の低下または消失は病変を示唆するものではない可能性があり,特に対称性の場合にこの傾向がある。これは,腱の弾性が低下し,腱の長い反射弓での神経伝導が遅くなるために生じる。非対称性のアキレス腱反射は通常,障害(例,坐骨神経痛)を示す。

口とがらし反射,吸啜反射,手掌オトガイ反射などの皮質性反射(病的反射として知られる)は,脳疾患(例,認知症)が認められない高齢患者でもよく発生する。高齢患者におけるバビンスキー反射(伸展性足底反応)は異常であり,上位運動ニューロンの病変,多くは部分的脊髄圧迫を伴う頸椎症を示唆する。

感覚

感覚の評価には,触覚(プリックテストを用いる),皮質感覚機能(例,皮膚書字覚,立体認知),温度覚,固有感覚(関節位置覚),振動覚検査がある。加齢が感覚に与える影響は限られている。多くの高齢患者がしびれ,特に足のしびれを報告する。これは末梢神経線維,特に大径線維の大きさの減少が原因である可能性がある。それでも,しびれのある患者は末梢神経障害の検査をすべきである。多くの患者で,しびれの原因を特定できない。

多くの高齢者で,膝から下の振動覚が失われる。これは,脊髄後柱の小型血管が硬化するためである。しかし,同様の経路を使用すると考えられる固有感覚は影響を受けない。

精神状態

65歳以上およびより若年でも認知機能低下に関する懸念がある場合には,精神医学的診察が重要である。このような検査に不安を感じる患者は,ルーチンの検査だと安心させるべきである。検者は患者に声が聞こえていることを確認しなければならない;質問を聞き理解することを妨げる聴力低下を認知機能障害と見誤ることがある。発話障害または言語障害(例,構音障害,言語失行,失語症)の患者の精神状態の評価は困難な場合がある。

認知症やその他の認知障害患者の多くで,見当識が正常なことがある。したがって,評価には,意識,判断,計算,発話,言語,遂行力,遂行機能,記憶,および見当識の異常を同定する質問が必要である。このような領域の異常は年齢だけに起因するものと考えず,異常が認められた場合は,精神状態の正式な検査など,さらなる評価が必要である。

加齢とともに情報処理および記憶想起が緩徐になるが,本質的に損なわれているわけではない。時間を余分に与えて励ませば,患者は(神経学的異常がなければ)このような課題を問題なく行える。

栄養状態

高齢者では,若年者での栄養状態を反映する測定値の多くの解釈が変化する。例えば,加齢により身長が変化する。体重の変化は,栄養および体液バランス,またはその両方の変化を反映する。除脂肪体重と体脂肪含量の比率が変化する。これらの加齢変化にもかかわらず,body mass index(BMI)は高齢患者でも有用であるが,肥満は過小評価する。代わりにウエスト周囲長およびウエスト対ヒップ比が使用されている。ウエスト周囲長が男性で102cm(40インチ)超,女性で88cm(35インチ)超,またはウエスト対ヒップ比が男性で0.9超,女性で0.85超である場合,肥満によるリスクが上昇する。

栄養歴(例,体重減少,必須栄養素欠乏の疑い)またはBMIの異常が同定された場合,臨床検査を含む徹底的な栄養評価が適応となる。

医学計算ツール(学習用)

要点

  • 患者の観察を通じて患者の機能に関する有用な情報を得ることができる。

  • 身体診察には全器官系,特に精神状態を含めるべきであり,2回に分ける必要があるかもしれない。

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