胃癌の病因には複数の因子が関与するが,なかでもHelicobacter pyloriが重要な役割を果たしている。症状としては早期満腹感,閉塞,出血などがあるが,進行してから現れる傾向がある。診断は内視鏡検査により,続いて病期分類のためにCTおよび超音波内視鏡検査を行う。治療は主に手術により,化学療法が一時的な反応をもたらすことがある。長期生存率は限局例を除いて不良である。
米国では,胃癌の年間症例数は推定27,600例,年間死亡数は約11,010例である(1)。胃腺癌は胃に発生する全悪性腫瘍の95%を占め,限局性の胃リンパ腫および平滑筋肉腫は比較的少ない。胃癌は世界で2番目に頻度の高いがんであるが,発生率は地域によって大きく異なり,日本,中国,チリ,およびアイスランドでは非常に高率である。米国では,発生率はここ数十年で減少し,がん死因としても7位まで低下している。米国では,黒人,ヒスパニック系,およびアメリカンインディアンで最も頻度が高い。発生率は年齢とともに増加し,50歳以上の患者が75%以上を占める。
総論の参考文献
1.Siegel RL, Miller KD, Jemal A: Cancer statistics, 2020.CA Cancer J Clin 70(1):7–30, 2020. doi: 10.3322/caac.21590
胃癌の病因
胃癌の危険因子としては以下のものがある:
Helicobacter pylori感染症(広範な胃の腸上皮化生を伴う場合)
喫煙(喫煙者では治療に対する反応が損なわれることがある)
胃ポリープ
遺伝因子
食事性因子は原因として証明されているわけではないが,世界保健機関(World Health Organization:WHO)のInternational Agency for Research on Cancer(IARC)は,加工肉の摂取量と胃癌との間に正の関連を認めたことを報告している(1)。
胃ポリープは前がん病変の可能性がある。炎症性ポリープは,非ステロイド系抗炎症薬(NSAID)を服用している患者に発生することがあり,胃底腺ポリープは,プロトンポンプ阻害薬を服用している患者でよくみられる。腺腫性ポリープ,特に多発性ポリープは,その発生はまれではあるが,悪性化する可能性が最も高い。腺腫性ポリープが直径2cmを超える場合と組織型が絨毛型である場合は,特にがんの可能性が高い。悪性化は外観からは検出できないため,内視鏡検査時に確認されたポリープは全て切除すべきである。
様々な遺伝因子も危険因子である。遺伝性びまん性胃癌は,cadherin 1遺伝子(CDH1)の変異と関連し,前駆病変がない。この変異は常染色体顕性(優性)の形質であり,浸透率が高い。罹患者は通常,若年で胃癌を発症する(平均年齢38歳)。女性の罹患者では乳腺における小葉癌の発生リスクも高くなる。びまん性胃癌および/または乳腺の小葉癌に関して本人の既往または複数の家系員の家族歴がある患者は,特にそれらが50歳未満で診断された場合,遺伝カウンセリングと遺伝子検査のために専門施設に紹介すべきである。症状がみられない20~40歳のCDH1変異保因者には,予防的胃切除術を勧めるべきである(2)。CDH1変異を有する女性には,30歳から開始する年1回の乳房MRIによる乳癌サーベイランスも推奨される(3)。CDH1変異保因者における大腸癌の症例報告が複数ある。全ての保因者とその家族に結腸癌スクリーニングを推奨するにはデータが不十分であるが,保因者が結腸癌の診断を受けた場合には,その家族は40歳から,または最も低年齢で診断された家族の診断時年齢より10歳早い時点から結腸癌スクリーニングを開始すべきである(3)。
危険因子に関する参考文献
1.Bouvard V, Loomis D, Guyton KZ, et al: Carcinogenicity of consumption of red and processed meat.Lancet Oncol 16(16): 1599–1600, 2015.doi: 10.1016/S1470-2045(15)00444-1
2.Shepard B, Yoder L, Holmes C: Prophylactic total gastrectomy for hereditary diffuse gastric cancer.ACG Case Rep J 3(4):e179, 2016. doi: 10.14309/crj.2016.152
3.van der Post RS, Vogelaar IP, Carneiro F, et al: Hereditary diffuse gastric cancer: Updated clinical guidelines with an emphasis on germline CDH1 mutation carriers.J Med Genet 52(6):361–374, 2015.doi: 10.1136/jmedgenet-2015-103094
胃癌の病態生理
胃腺癌は肉眼的形態によって分類できる:
隆起型:ポリープ状または腫瘤状の腫瘍が生じる。
潰瘍型:潰瘍性の腫瘍が生じる。
表層拡大型:腫瘍が粘膜に沿って進展するか,胃壁内の表層部に浸潤する。
linitis plastica型:腫瘍が胃壁に浸潤するのに伴い,胃が硬い「革袋状」となる線維性変化が生じる。
混合型:腫瘍が複数の型の特徴を示す;この分類が最も多い。
隆起型腫瘍は,早期に症状が出現するため,予後は浸潤型腫瘍と比較して良好である。
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胃癌の症状と徴候
胃癌の初期症状は非特異的で,消化性潰瘍を示唆するディスペプシアをしばしば認める。患者も医師も同様に症状を軽視するか,あるいは胃酸の疾患として治療される傾向にある。その後,がんが幽門部を閉塞した場合やlinitis plasticaによって二次的に胃の伸展性が消失した場合,早期満腹感(少量の食物摂取後に膨満感が生じる)を来すことがある。胃噴門部のがんが食道の出口を閉塞した場合には,嚥下困難が生じることがある。体重減少や筋力低下がよくみられるが,通常は食事制限によるものである。大量吐血や黒色便はまれであるが,潜血に続発して貧血が生じることがある。ときに,転移による症状が初発症状となることもある(例,黄疸,腹水,骨折)。
身体所見は著明でない場合や,便潜血陽性に限られる場合がある。経過後期にみられる異常としては,心窩部の腫瘤,臍周囲,左鎖骨上または左腋窩リンパ節転移,肝腫大,卵巣または直腸腫瘤などがある。肺,中枢神経系,および骨に病変が生じることがある。
胃癌の診断
内視鏡検査と生検
続いてCTおよび超音波内視鏡検査
胃癌の鑑別診断には,一般的に消化性潰瘍とその合併症を含める。
胃癌が疑われる患者には,内視鏡検査とともに複数部位の生検およびブラシ擦過細胞診を行うべきである。ときに,粘膜のみの生検では粘膜下の腫瘍組織を見落とすことがある。X線検査,特にバリウム二重造影検査によって病変が示されることがあるが,その後の内視鏡検査が不要になることはまれである。
がんが同定された患者には,腫瘍の進展範囲を判定するために,胸部および腹部CTが必要である。CTで遠隔転移が陰性と判定された場合は,食道壁内の腫瘍の深達度と所属リンパ節転移の有無を判定するために,超音波内視鏡検査を施行すべきである。所見は,治療方針を決定し,予後の判定に役立つ。
貧血,脱水,全身状態,および肝転移の可能性を評価するために,血算,電解質,肝機能を含めた基本的な血液検査を行うべきである。手術の前後にがん胎児性抗原(CEA)値を測定すべきである。
スクリーニング
内視鏡検査によるスクリーニングは,リスクの高い集団(例,日本人)を対象として行われているが,米国では奨励されていない。治療後患者で再発を検出するためのフォローアップスクリーニングは,内視鏡検査と胸部,腹部,および骨盤CTで構成される。上昇したCEA値が術後に低下した場合には,フォローアップ検査にCEA値を含めるべきであり,その上昇は再発を意味する。
胃癌の予後
予後は病期によって大きく異なるが,多くの患者が診断時には進行がんを呈しているため,全体的に不良である(5年生存率:5~15%未満)。腫瘍が粘膜または粘膜下層に限局している場合は,5年生存率は80%にまで上昇することがある。所属リンパ節転移がある腫瘍では,生存率は20~40%である。腫瘍がさらに広がった場合には,ほぼ確実に1年以内に死に至る。胃リンパ腫は予後がより良好である( see page 粘膜関連リンパ組織(MALT)リンパ腫および see page 非ホジキンリンパ腫)。
胃癌の治療
外科的切除,ときに化学療法,放射線療法,またはその両方を併用
(National Comprehensive Cancer Networkの胃癌ガイドラインも参照のこと。)
胃癌に対する治療法の決定は,腫瘍の病期と患者の希望(積極的な治療を見合わせる者もいる― see page 事前指示書)に依存する。
根治手術では,胃全摘または亜全摘と周囲のリンパ節郭清を行うが,これは病変が胃とおそらくは所属リンパ節に限局している患者(50%未満)では妥当な選択肢となる。腫瘍が切除可能な場合は,アジュバント化学療法か,術後の化学療法と放射線療法の併用が有益となりうる。
局所進行がんに対する切除では,生存期間の中央値は10カ月である(切除なしでは3~4カ月)。
転移または広範なリンパ節転移がある場合は,根治手術は不可能であり,最善の処置として緩和手術を施行すべきである。しかしながら,腫瘍の真の進展範囲は,しばしば根治手術を試みるまで分からない。緩和手術は,典型的には幽門閉塞をバイパスするための胃腸吻合術で構成され,生活の質が改善する可能性がある場合にのみ施行すべきである。手術非施行例では,多剤併用化学療法(フルオロウラシル,カペシタビン,ドキソルビシン,マイトマイシン,シスプラチン,オキサリプラチン,イリノテカン,パクリタキセル,ドセタキセル,ロイコボリンの様々な組合せ)によって一時的な反応が得られることがあるが,5年生存率にほとんど改善はみられない。近年では,進行例に対する分子標的療法として,HER2(human epidermal growth factor receptor 2)の過剰発現を認める腫瘍(HER2陽性腫瘍)に対するトラスツズマブや,ラムシルマブ(血管内皮増殖因子[VEGF]阻害薬)と化学療法の併用が用いられている。ペムブロリズマブなどによる免疫療法は,PD-L1(programmed cell death ligand 1)陽性胃癌の進行例または転移例における使用が承認されている。PD-1(programmed cell death 1)阻害薬(例,ニボルマブ)は,米国外で進行胃癌患者に対する使用が承認されている。放射線療法の有益性は限られている。
要点
Helicobacter pylori感染症は一部の胃癌の危険因子である。
初発症状は非特異的で,しばしば消化性潰瘍の症状と類似する。
内視鏡検査によるスクリーニングは,リスクの高い集団(例,日本人)を対象として行われているが,米国では奨励されていない。
多くの患者が診断時に進行がんを呈しているため,生存率は全般的に不良である(5年生存率:5~15%)。
病変が胃とおそらくは所属リンパ節に限局している患者では,根治手術をおそらく化学療法および放射線療法と併用する治療が妥当である。
より詳細な情報
有用となりうる英語の資料を以下に示す。ただし,本マニュアルはこの資料の内容について責任を負わないことに留意されたい。