膵癌は主として膵管腺癌であり,米国での年間の症例数は57,600例,死亡例数は47,050例と推定されている(1)。症状としては体重減少,腹痛,黄疸などがある。診断はCTまたはMRI/MRCPとその後の超音波内視鏡検査による。治療は外科的切除と化学療法および放射線療法によるアジュバント療法である。膵癌は診断時点で進行している場合が多いため,予後は不良である。
大半の膵癌は,膵管細胞および腺房細胞から発生する外分泌腫瘍である。膵内分泌腫瘍については,本マニュアルの別の箇所で考察されている。
膵外分泌腺の腺癌は,腺房細胞由来と比較して膵管細胞由来が9倍多く,80%は膵頭部に発生する。腺癌の平均発生年齢は55歳で,男女比は男性で1.5~2倍多い。
膵癌の著明な危険因子としては,喫煙,慢性膵炎の既往,肥満,男性,黒人などがある。遺伝が何らかの役割を演じる。アルコールおよびカフェインの摂取は危険因子ではないようである。
総論の参考文献
1.Siegel RL, Miller KD, Jemal A: Cancer statistics, 2020.CA Cancer J Clin 70(1):7–30, 2020. doi: 10.3322/caac.21590
膵癌の症状と徴候
疼痛や体重減少などの膵癌の症状は非特異的であるため,診断が遅れ,それまでには病巣が広がっている。診断時点で90%の患者が局所進行例であり,後腹膜組織への浸潤,所属リンパ節転移,または肝もしくは肺転移を認める。
大半の患者は,重度の上腹部痛を有し,通常,背部に放散する。体重減少がよくみられる。膵頭部の腺癌は,80~90%の患者で閉塞性黄疸を引き起こす(そう痒をもたらしうる)。膵体部および膵尾部癌は,脾静脈閉塞を引き起こすことがあり,それにより脾腫,胃および食道静脈瘤,ならびに消化管出血が生じる。
25~50%の患者ではがんにより糖尿病が引き起こされ,耐糖能障害の症状(例,多尿および多飲)が発生する。膵癌は,一部の患者では膵臓からの消化酵素の分泌を阻害し(膵外分泌機能不全),食物の消化と栄養の吸収を妨げることもある(吸収不良)。この吸収不良は,腹部膨満やガスの発生につながるほか,水様,脂分性,悪臭などの特徴を伴う下痢を引き起こし,また体重減少およびビタミン欠乏症の原因となる。
膵癌の診断
CTまたはMRI/MRCP(磁気共鳴胆道膵管造影)とそれに続く超音波内視鏡検査
CA19-9抗原による経過観察(スクリーニング検査ではなく)
望ましい検査は,膵臓撮像法を用いた腹部ヘリカルCTまたはMRI/MRCPであり,これらに続いて,組織診断と外科的な切除可能性の評価を目的として超音波内視鏡検査と穿刺吸引細胞診(EUS/FNA)を施行する。CTかMRI/MRCPかは,一般的には各施設での実施可能性と実施経験に基づいて選択する。これらの画像検査で切除不能または転移性とみられる病変が認められた場合でも,組織診断用の検体を得るため,EUS/FNAまたは到達可能な病変に対する経皮的な穿刺吸引細胞診を施行する。CTで潜在的に切除可能な腫瘍が検出された場合,または全く腫瘍が見つからなかった場合には,病期の診断またはCTで描出されない小さな腫瘍の検出を目的として,MRI/MRCPまたは超音波内視鏡検査を施行してもよい。閉塞性黄疸の患者では,最初の診断法として内視鏡的逆行性胆道膵管造影(ERCP)を用いることがある。
ルーチンの臨床検査を行うべきである。アルカリホスファターゼおよびビリルビンの上昇は,胆管閉塞または肝転移を示唆する。膵癌と診断された患者のモニタリングおよび高リスク患者(例,遺伝性膵炎患者;膵癌,ポイツ-イェガース症候群,またはBRCA2もしくはHNPCC変異を有する第1度近親者が2人以上いる患者)のスクリーニングを目的に膵関連抗原CA19-9を用いることがある。しかしながら,この検査は集団スクリーニングに使用できるほど感度も特異度も高くない。上昇していた値は治療が成功すれば低下するはずであり,治療後の上昇は進行を示唆する。アミラーゼおよびリパーゼ値は通常,正常である。
膵癌の予後
膵癌の予後は病期によって異なるが,多くの患者が診断時に進行例であるため,全体的に不良である(5年生存率:2%未満)。
膵癌の治療
Whipple手術(膵頭十二指腸切除術)
アジュバント療法としての化学療法および放射線療法
症状管理
診断時に,約80~90%のがんは転移または主要血管浸潤のため,外科的切除不能とされる。第1選択のがん切除法は,腫瘍の部位にもよるが,Whipple手術(膵頭十二指腸切除術)であることが最も多い。現在はゲムシタビンベースの多剤併用によるアジュバント療法が推奨されており(1),典型的には外照射療法を施行し,その場合の2年生存率は約40%,5年生存率は約25%である。この併用は,限局性であるが切除不能の腫瘍にも用いられ,生存期間の中央値は約1年である。フルオロウラシルベースの化学療法と比較して,ゲムシタビンやその他の薬剤はより効果的となることがあるが,単独投与でも併用療法でも,生存期間の延長に明らかに優れた成績を示す薬剤はない。肝転移または遠隔転移のある患者は,臨床試験プログラムの一環として化学療法を受けることがあるが,このような治療の有無にかかわらず,予後は不良であるため,治療を見合わせる患者もいる。
手術時に切除不能な腫瘍が見つかり,胃十二指腸もしくは胆管が閉塞または閉塞しつつある場合には,閉塞を解除するために,通常,胃および胆道の二重バイパス術を行う。手術不能病変および黄疸のある患者は,内視鏡的胆管ステント留置術で黄疸が軽減する。十二指腸ステント留置術が高い頻度で施行される。しかしながら,ステントは関連の合併症があるため,切除不能病変を有し期待余命が6~7カ月を超える患者には,外科的バイパス術を考慮すべきである。
対症療法
鎮痛薬,通常はオピオイド
ときに胆道の開存性を維持する手技
ときに膵酵素剤の補充
最終的に,大半の患者は痛みを経験して死亡する。したがって,対症療法が病勢制御と同程度に重要となる。適切な終末期ケアについて話し合うべきである( see also page 臨死患者)。
中等度から重度の疼痛患者には,疼痛を緩和するのに十分な用量の経口オピオイドを投与すべきである。依存に対する懸念から効果的な疼痛コントロールが妨げられてはならない。慢性疼痛には,長時間作用型製剤(例,経皮フェンタニル,オキシコドン,オキシモルフォン[oxymorphone])が通常は最善である。経皮的または外科的な内臓神経(腹腔)ブロックは,一部の患者で効果的に痛みを抑制する。耐えられない疼痛がある症例では,オピオイドの皮下,静脈内,硬膜外,または髄腔内投与でさらなる疼痛緩和が得られる。
閉塞性黄疸に続発するそう痒が緩和手術または内視鏡的胆管ステント留置術では軽減しない場合,そう痒はコレスチラミン(4g,経口,1日1回~1日4回)によって管理できる。
膵外分泌機能不全は,ブタ膵酵素(パンクレリパーゼ)のカプセル剤で治療する。利用可能な市販製品がいくつかあるが,1カプセル当たりの酵素量は一様ではない。必要な用量は患者の症状,脂肪便の程度,および食事中の脂肪含有量に応じて異なる。典型的には,リパーゼを典型的な食事の前に約25,000~40,000IU,間食毎に約5,000~25,000IU補充できる十分な酵素サプリメントを摂取するべきである。食事が長引く場合は(レストランでの食事など),一部の錠剤は食事中に服用すべきである。酵素の管腔内至適pHは8であることから,プロトンポンプ阻害薬またはH2受容体拮抗薬を1日2回投与する場合もある。糖尿病を綿密にモニタリングし,コントロールすべきである。
治療に関する参考文献
1.Neoptolemos JP, Palmer DH, Ghaneh P, et al: Comparison of adjuvant gemcitabine and capecitabine with gemcitabine monotherapy in patients with resected pancreatic cancer (ESPAC-4): A multicentre, open-label, randomised, phase 3 trial.Lancet 389(10073):1011–1024, 2017.doi: 10.1016/S0140-6736(16)32409-6
要点
膵癌は進行して初めて診断されるのが典型的であるため,死亡率が非常に高い。
著明な危険因子として,喫煙や慢性膵炎の既往などがあり,飲酒は独立した危険因子ではないようである。
診断ではCTまたはMRI/MRCP(磁気共鳴胆道膵管造影)と超音波内視鏡検査を施行するが,アミラーゼリパーゼは通常は正常値となり,CA19-9抗原は集団スクリーニングに使用できるほどの感度および特異度がない。
診断時に,約80~90%のがんは転移または主要血管浸潤のため,外科的切除不能とされる。
手術可能であればWhipple手術を施行し,アジュバント療法として化学療法および放射線療法も行う。
症状は十分な鎮痛によりコントロールし,閉塞症状を緩和するために胃および/または胆道のバイパスを施行し,ときに膵酵素剤を補充する。
嚢胞腺癌
嚢胞腺癌は,粘液性嚢胞腺腫が悪性化して生じるまれな腺腫由来の膵癌で,上腹部痛および触知可能な腹部腫瘤として現れる。
嚢胞腺癌の診断は腹部CTまたはMRIにより,典型的には壊死組織片を含む嚢胞性腫瘤が認められ,この腫瘤は,壊死性腺癌または膵仮性嚢胞と誤解されることがある。
膵管腺癌とは異なり,嚢胞腺癌は予後が比較的良好である。手術時に転移が認められる患者は20%に過ぎず,膵尾部切除術,膵全摘術またはWhipple手術による腫瘍の完全切除での5年生存率は65%である。
膵管内乳頭粘液性腫瘍
膵管内乳頭粘液性腫瘍は,粘液の過剰分泌と管腔の閉塞を引き起こす腫瘍である。組織学的に良性,境界型,悪性のいずれもありうる。大半の腫瘍が女性(80%)および膵尾部(66%)に発生する。
膵管内乳頭粘液性腫瘍の症状には痛みおよび再発性の膵炎発作がある。
膵管内乳頭粘液性腫瘍の診断は,CTまたはMRIによる。
高度異形成の膵管内乳頭粘液性腫瘍の患者で,浸潤がんへ進行したか,がんの発症リスクが高いことを示唆する特徴を有する場合は,外科的切除が第1選択の治療法である。手術を施行した場合の5年生存率は,良性または境界型の症例では95%を超えるが,悪性腫瘍では50~75%である。