ボーダーラインパーソナリティ症は、人間関係、自己像、気分、行動の不安定性、そして拒絶されたり、見捨てられたりする可能性に対する過敏性を特徴とする精神疾患です。
ボーダーラインパーソナリティ症の人は、拒絶されたり見捨てられたりすることを恐れますが、その理由の1つは孤独になりたくないからです。
ボーダーラインパーソナリティ症の診断は、人間関係、自己像、および気分の頻繁な変化や自己破壊的で衝動的な行動など、具体的な症状に基づいて下されます。
自殺行動を減らし、抑うつを軽減し、患者が日常生活をうまく送る手助けをするのに精神療法が役立つ可能性があるほか、ときに症状を軽減するために薬剤が使用されます。
パーソナリティ症は、本人に重大な苦痛をもたらすか、日常生活に支障をきたす思考、知覚、反応、対人関係のパターンが長期的かつ全般的にみられる精神疾患です。
ボーダーラインパーソナリティ症の人は、一人でいることに耐えるのが困難であることが多く、一人でいることに対処したり、一人になることを回避したりするために自己破壊的行為に訴えることがあります。見捨てられることを避けるために、危機を作り出すなど、死に物狂いの努力を払うことがあります。例えば、自分の苦痛を伝え、相手から救いの手や世話を引き出すための方法として、自殺を試みることがあります。
ボーダーラインパーソナリティ症の有病率の推定値には、ばらつきがあります。米国では約3~6%の人に発生していると考えられています。男性よりも女性の方が多く診断されます。大半の患者で、時間の経過とともに症状が緩和する傾向があります。
ほかの精神疾患もしばしばみられます。具体的には以下のものがあります。
不安症(パニック症など)
ボーダーラインパーソナリティ症の原因
遺伝子と環境要因がボーダーラインパーソナリティ症の発症に関わっている可能性があります。
一部の人には、生活上のストレスに対しうまく反応できない遺伝的な傾向があり、他の精神疾患とともにボーダーラインパーソナリティ症を発症する可能性が高まる場合があります。また、ボーダーラインパーソナリティ症は家族内で受け継がれる傾向があり、さらにこの傾向には遺伝する部分がある可能性を示唆しています。
幼児期のストレスのかかる体験がボーダーラインパーソナリティ症の発症に関わっている可能性があります。ボーダーラインパーソナリティ症患者の多くが子どもの頃に身体的または性的に虐待を受けたり、養育者と離別したり、片親を失ったりしています。養育者に対する愛着の不安定さがボーダーラインパーソナリティ症の症状に関わっています。
ボーダーラインパーソナリティ症の症状
ボーダーラインパーソナリティ症の人は、しばしば内心で感じているより安定しているようにみえます。
見捨てられることへの恐れ
ボーダーラインパーソナリティ症の人は、見捨てられることを恐れますが、その理由の1つは孤独になりたくないからです。患者はときに自分がまったく存在しないように感じることがあり、これは自分を気づかってくれる他者がいない場合によくみられます。しばしば自分の内面を空虚に感じます。
この疾患がある人は、見捨てられそうだと感じると一般に恐れを抱き、怒ります。例えば、自分にとって重要な人が約束に数分遅れたり、会う約束をキャンセルしたりするとパニック状態に陥ったり、激怒したりすることがあります。患者はこのような間違いが、自分とは関係のない事情ではなく、自分について相手がどのよう感じているかが原因であるとみなします。患者は人と会う約束をキャンセルされると、相手が自分を拒絶していて、自分が悪いと信じ込むことがあります。その反応の強さは、患者の拒絶に対する敏感さを反映しています。
ボーダーラインパーソナリティ症の人は他者に共感し、思いやりをもつことができますが、それは必要な場合には相手が必ずそばにいると感じる場合に限られます。患者は親密な対人関係や他者への思いやりを望みますが、彼らにとっては安定した人間関係を維持することは困難です。患者は自分が親密に感じている相手がどのように振る舞うべきかについて非常に高い期待を抱いていることが多く、人間関係に関する感じ方が急激に、大きく変動することがあります。
怒り
ボーダーラインパーソナリティ症の人は、自分の怒りをコントロールすることに困難があり、不適切で強い怒りを生じることがよくあります。患者は自分の怒りを痛烈な皮肉、嫌味、または怒りのこもった痛烈な批判で表現することがあります。無視されたり、見捨てられたりしたと感じることから、患者の怒りはしばしば親しい友人、恋人、家族、ときには医師に対して向けられます。
そのような怒りの爆発の後、患者はしばしば恥ずかしさや罪悪感を覚え、自分が悪い人間であるという感じ方を強めます。
変わりやすさ
ボーダーラインパーソナリティ症の人は、他者に対する見方を急激かつ劇的に変える傾向があります。例えば、関係の早期には、患者は相手を理想化し、多くの時間を一緒に過ごし、あらゆるものを共有します。突然、患者は相手が十分に気づかってくれないと感じ、幻滅します。そして相手をけなしたり、相手に怒ったりすることがあります。
あるときには愛情を強く求めていたのに、次の瞬間には不当な扱いを受けたことについて当然のごとく怒ることがあります。患者の態度は、他者が付き合ってくれる可能性と他者からの支えに対する患者の捉え方に基づいて変動します。支えられていると感じているときは無防備で、愛情を強く求めるけれども、脅かされたり、失望を感じさせられたりすると、怒りを抱き、他者を低く評価することがあります。
ボーダーラインパーソナリティ症の人は、自己像も突然、劇的に変えることがあり、自分の目標、価値観、意見、職業、または友人を突然変えることで示されます。
気分の変化は通常数時間しか続かず、数日以上続くことはまれです。気分が変化するのは、この病気の患者が、人間関係での拒絶や批判の徴候に非常に敏感なためである可能性があります。
衝動的行動と自傷
ボーダーラインパーソナリティ症患者の多くは衝動的に行動し、しばしば自傷行為に至ります。患者は賭け事や安全ではない性行為をしたり、むちゃ食いや浪費、危険運転に走ったりするほか、物質使用症を抱える場合があります。
自殺企図や自殺のほのめかし、また自傷行為(例えば、自分の体を切ったり、焼いたりする)などの自殺関連行動が非常によくみられます。このような自己破壊的行為の多くは死ぬことを意図したものではありませんが、このような患者では自殺リスクが一般集団より40倍高くなります。ボーダーラインパーソナリティ症の人のおよそ8~10%が自殺により死亡します。このような自己破壊的行為は、しばしば近しい人により拒絶されたこと、見捨てられたという思い込み、または近しい人への失望により引き起こされます。また患者は、自分が悪い人間であるという感情を表現するため、または自分が現実のものではないと感じたり、自分から切り離されていると感じたりする(解離といいます)場合に感じる能力を取り戻すために、自傷行為を行っている可能性があります。ボーダーラインパーソナリティ症の人はときに、苦痛な感情から気をそらすために自傷行為を行うことがあります。
その他の症状
ボーダーラインパーソナリティ症の人は、他者から自分が苦闘しているとみられるように、目標を達成しそうになったときに自らだめにすることがしばしばあります。例えば、卒業の直前に学校を退学したり、うまくいきそうな人間関係をだめにしたりすることがあります。
極度のストレスを感じると、短期的に妄想や精神症に似た症状(幻覚など)、解離の症状が現れることがあります。そのストレスは、通常は誰も自分を気遣ってくれないという感情(すなわち、見捨てられて孤独になった感情)や打ちひしがれた、無価値であるという感情により引き起こされます。解離が起きると、現実感が感じられなくなったり(現実感消失といいます)、自分の体や思考から切り離されたような感覚がしたりします(離人感といいます)。このような症状は一時的なものであり、通常は別個の病気と考えられるほど重度のものではありません。
ボーダーラインパーソナリティ症の診断
標準の精神医学的診断基準に基づく医師による評価
パーソナリティ症の診断は通常、米国精神医学会が作成した精神疾患の診断に関する標準のリファレンスである精神疾患の診断・統計マニュアル(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)第5版TR(DSM-5-TR)の基準に基づいて下されます。
ボーダーラインパーソナリティ症の診断を下すには、対象者が不安定な人間関係や自己像、気分を経験し、衝動的な行動の履歴があることを確認する必要があり、以下の項目の5つ以上を満たすかどうかで判定されます。
見捨てられること(実際のものまたは想像上のもの)を避けるため必死で努力する。
不安定で激しい人間関係をもち、相手の理想化と低評価との間を揺れ動く。
自己像または自己感覚が頻繁に変化する。
自らに害が生じる可能性のある2領域以上で衝動的に行動する(安全ではない性行為、むちゃ食い、向こう見ずな運転など)。
自殺企図、自殺の脅し、自傷行為などの自殺関連行動を繰り返し行う。
気分が急激に変化する(通常は数時間しか続かず、数日以上続くことはまれ)。
慢性的に空虚感を抱いている。
不適切かつ強い怒りを抱いたり、怒りのコントロールに問題を抱えていたりする。
ストレスにより引き起こされる、一時的な猜疑性思考または重度の解離症状(非現実的または自分と切り離されているような感覚)がある。
また、症状は成人期早期までに始まっている必要があります。
ボーダーラインパーソナリティ症の治療
精神療法(心理療法)
ときに薬剤
ボーダーラインパーソナリティ症の治療における一般原則は、すべてのパーソナリティ症に対するものと同じです。
ボーダーラインパーソナリティ症を効果的に治療するにあたっては、併存する病気を特定し、治療することが重要です。
治療法としては精神療法や特定の薬剤があります。
精神療法(心理療法)
ボーダーラインパーソナリティ症の主な治療法は精神療法です。ボーダーラインパーソナリティ症に対する特定の精神療法により、自殺関連行動を減らし、抑うつを緩和し、患者が日常生活をより円滑に送るのを支援することができます。
以下の認知行動療法では、感情を制御することと社会的技能の向上を支援することに重点が置かれます。
弁証法的行動療法(個人セッションとグループセッションを組み合わせて行い、精神療法家が行動面のコーチとして振る舞い、24時間体制で電話相談を受け付ける)
感情予測と問題解決のためのシステムズトレーニング(Systems Training for Emotional Predictability and Problem Solving:STEPPS)
弁証法的行動療法では、週1回の個人およびグループセッションを行うとともに、精神療法家は電話でも対応をします。精神療法家は行動面のコーチとしての役割を果たします。その目的は、例えば自己破滅的な行動への衝動に抵抗するなど、ストレスに対処するより適切な方法を患者が見つけるのを支援することにあります。
STEPPSでは週1回のグループセッションを20週間行います。患者は、自分の感情をコントロールし、否定的な予想の正当性を疑い、自分自身の世話をより適切に行う技能を学びます。例えば、その時点で感じていることから距離を置くことを学びます。また目標を立て、違法物質を避け、食事、睡眠、運動習慣を改善することを学びます。また自分が危機にある際に、自分をコーチしてくれる友人、家族、医療従事者からなる支援チームを特定するよう指示されます。
ボーダーラインパーソナリティ症の治療には、さらに以下の精神療法も用いられます。
メンタライゼーションに基づく治療
転移焦点化精神療法
スキーマ療法
支持的精神療法
メンタライゼーションとは、人が自分の心の状態(自分が何を感じており、その理由は何か)や他者の心の状態について考え、理解する能力をいいます。メンタライゼーションに基づく治療は患者が以下のことを行うのに役立ちます。
自分の感情を効果的に調節する(例えば、動揺したときに落ち着く)
自分の問題や他者との間で生じる困難に自分がどのように関わっているかを理解する
他者がどのように考え、感じているかについて考え、理解する
このため、この治療は患者が共感や思いやりをもって他者と関わるのに役立ち、このことが他者が患者を理解し支援するのにも役立ちます。
転移焦点化精神療法は患者と精神療法家の交流に重点を置きます。精神療法家は質問を行って、患者が誇張され、歪められた、非現実的な自己像と様々な状況に対する反応を検討できるよう支援します。過去よりも現在の時点(患者が精神療法家とどのような関係をもっているかなど)を重視します。例えば、臆病で物静かな患者が突然敵対的かつ論争的になったときに、精神療法家は患者が感情の変化に気づいたかどうかを尋ね、次に、事態が変化した際に患者が精神療法家と自身をどのように経験していたかを考えるように患者に求めます。その目的は以下の通りです。
患者が自分と他者について、より安定した、現実的な感覚を育めるようにする
精神療法家への転移を通じ、より健全な形で他者との関係をもつことを学ぶ
スキーマ療法とは、生涯の思考、感情、行動、対処に関する不適応パターン(スキーマと呼ばれます)を明らかにし、否定的な思考、感情、行動を健全なものに置き換えることに焦点を当てるものです。
支持的精神療法も役に立ちます。治療者の目標は、患者を感情面で励まし支えるような関係を確立し、それにより患者が健全な防御機構、特に対人関係での防御機構を発達させるのを支援することにあります。しかし、支持的治療だけでは、より切迫した問題(自殺行動や非自殺性自傷など)を、ボーダーラインパーソナリティ症向けの他のより特異的な精神療法と同じほどには有効に緩和できない場合があります。
薬剤
必要な場合は、特定の症状を治療するために薬剤が控えめに使用されます。具体的には以下の薬剤があります。
抗うつ薬の一種である選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI):抑うつや不安を軽減するのに役立つ(ボーダーラインパーソナリティ症の人に対する効果は小さい)
気分を安定させる薬剤:抑うつ、不安、気分変動、衝動的傾向を軽減するのに役立つ
新しい(第2世代)抗精神病薬:不安、怒り、ストレスに関連する思考の歪み(猜疑性思考や非常に支離滅裂な思考など)を軽減するのに役立つ
ボーダーラインパーソナリティ症の予後(経過の見通し)
ボーダーラインパーソナリティ症の人の大半では、症状が劇的に軽減し、消失することもよくあります。しかし、そのような改善をもってしても、必ずしも安定した人間関係や職を維持できるようになるとは限りません。治療の目標は、症状を軽減するとともに、患者が日常生活をよりよく送れるように手助けすることです。しかし通常は、生活面の改善よりも、症状の改善の方がよく得られます。