声帯麻痺には数多くの原因があり,発声,呼吸,および嚥下に影響する。左声帯が右声帯の2倍の頻度で罹患し,女性が男性より罹患する頻度が高い(3:2)。診断は直接観察に基づく。原因を究明するために,広範な評価が必要である。原因を治療しても治癒しない場合は,いくつかの直接的な外科的アプローチが利用可能である。
声帯麻痺の病因
声帯麻痺は,疑核,疑核の核上性経路,迷走神経の主幹,または反回神経のレベルで生じた病変または機能障害により生じる。左反回神経の方が脳幹から喉頭への走行が長く,これにより圧迫,牽引,または手術による損傷の機会がより多くなるため,右側よりも左側の声帯の方が麻痺する頻度が高い。
麻痺には以下の場合がある:
片側性(最も頻度が高い)
両側性
片側性声帯麻痺が最も頻度が高い。片側性麻痺の原因は約1/3が腫瘍,1/3が外傷性,1/3が特発性である。頭蓋内腫瘍,血管傷害,および脱髄疾患により疑核の麻痺が生じる。頭蓋底の腫瘍および頸部の外傷により迷走神経麻痺が生じる。反回神経麻痺は,頸部および胸部の病変(例,大動脈瘤;僧帽弁狭窄;縦隔の結核性リンパ節炎;甲状腺,食道,肺,または縦隔部の腫瘍),外傷,甲状腺切除,神経毒(例,鉛,ヒ素,水銀),神経毒性の感染症(例,ジフテリア),頸椎の損傷または手術,ライム病,ならびにウイルス性疾患によって生じる。大部分の特発性症例の原因はおそらくウイルス性神経炎である。
両側性声帯麻痺は生命を脅かす障害であり,甲状腺および頸部の手術,気管挿管,外傷,ならびに神経変性疾患および神経筋疾患により生じる。
(喉頭疾患の概要も参照のこと。)
声帯麻痺の症状と徴候
声帯麻痺の結果,声帯の外転および内転が消失する。麻痺は,発声,呼吸,および嚥下に影響する可能性があり,食物および液体を気管内に誤嚥することがある。麻痺した声帯は,一般的に正中線から外側2~3mmに位置する。
CNRI/SCIENCE PHOTO LIBRARY
反回神経麻痺においては,声帯は発声に伴って動くこともあるが,吸気の際は動かない。
片側性麻痺においては,嗄声および気息声を来すが,正常な声帯が十分外転するので,通常は気道が閉塞されることはない。
両側性麻痺においては,いずれの声帯も一般的に正中線から2~3mm以内に位置し,声の強さおよび高さの調節は制限されるが,声質はよい。しかしながら気道は不十分であり,呼吸によるベルヌーイ効果により各声帯が正中の声門方向に引かれるため喘鳴および中等度の労作時の呼吸困難を来す。誤嚥もまた危険である。
声帯麻痺の診断
喉頭鏡検査
考えられる原因に対する各種検査
声帯麻痺の診断は喉頭鏡検査に基づく。原因は常に検索しなければならない。評価は病歴および身体診察により確認される異常に基づく。病歴聴取の際には,重金属(ヒ素,鉛,水銀)への慢性曝露,フェニトインおよびビンクリスチンによる作用,ならびに結合組織疾患,ライム病,サルコイドーシス,糖尿病,およびアルコール使用症の既往など,末梢神経障害の考えられる原因について漏れなく質問する。さらに詳しい評価法としては,頭部,頸部,および胸部の造影CTまたはMRI,甲状腺シンチグラフィー,食道造影または気管支鏡検査,食道鏡検査などがある。
輪状披裂関節の固定を生じることがある輪状披裂関節炎は,神経筋の病因と鑑別する必要がある。固定は,全身麻酔下の硬性鏡による喉頭鏡検査での受動的可動性の消失によって最も精度よく確認できる。輪状披裂関節炎は関節リウマチ,外部の鈍的外傷,および長時間の気管挿管などの病態に合併することがある。
声帯麻痺の治療
片側性麻痺に対し,声帯同士を近づけるための外科的手技
両側性麻痺に対し,気道を確保するための外科的手技および処置
片側性麻痺においては,治療方針は体積増大,内方移動,または神経再支配による声質の改善である。
体積増大(augmentation)では麻痺した声帯へ可塑性粒子,コラーゲン,微粒子化した真皮,または自家脂肪のペーストを注入して,両声帯を接近させて音声を改善し,誤嚥を予防する。
内方移動(medialization)は,調節可能なスペーサーを罹患した声帯の側方に挿入することにより声帯を正中方向へ移動させることである。本術式は局所麻酔下で行うことができ,スペーサーの位置を患者の声に合わせて「調整」できる。
回復不可能な麻痺がある小児および成人(55歳未満)患者には,麻痺した声帯ヒダに対し,運動は回復しないが,緊張と位置を回復させる神経再支配が用いられることが多くなっている(1, 2)。
両側性麻痺においては,十分な気道を再び確保しなければならない。気管切開が,上気道感染症において永久的または一時的に必要になることがある。披裂軟骨摘出を行うとともに声帯を外側に移動させると,声門が開き気道は改善するが,声質に悪影響を及ぼすことがある。レーザーによる声帯後部切除は,声門後部を開き,内視鏡的または開放手術による披裂軟骨摘出より好まれることがある。通常,レーザーによって声門後部の気道確保が成功すると,実用的な声質を保ちつつ,長期にわたる気管切開の必要性が不要となる。選択された患者に対する選択的神経支配再建手術の成功率が向上している(3)。
治療に関する参考文献
1.Espinosa MC, Ongkasuwan J: Recurrent laryngeal nerve reinnervation: is this the standard of care for pediatric unilateral vocal cord paralysis? Curr Opin Otolaryngol Head Neck Surg 26(6):431-436, 2018.doi:10.1097/MOO.0000000000000499
2.Anthony, B., Parker, N., Patel, R. et al: Surgical considerations for laryngeal reinnervation and future research directions. Curr Otorhinolaryngol Rep 8, 224–229, 2020.https://doi.org/10.1007/s40136-020-00294-7
3.Dunya, G., Orb, Q.T., Smith, M.E. et al: A review of treatment of bilateral vocal fold movement impairment. Curr Otorhinolaryngol Rep 9, 7–15, 2021.https://doi.org/10.1007/s40136-020-00320-8
要点
声帯麻痺は,喉頭に至るまでの神経経路(疑核,疑核の核上性経路,迷走神経の主幹,反回神経)のどこかの病変または機能障害により引き起こされる。
大半の麻痺は片側性であり,主として声に影響を及ぼすが,両側性麻痺が生じ,気道を閉塞する場合もある。
麻痺は喉頭鏡検査により診断するが,典型的には原因の同定に画像検査(例,MRI)やその他の検査が必要になる。
両側性麻痺のある患者には,矯正のための外科的手技を試みる前に,まず気管挿管/気管切開が必要となる場合が多い。
片側性麻痺での声質または長期の両側性麻痺での気道の開存を改善するために,各種外科的手技が利用可能である。