鉛中毒は,最初は最小限の症状しか引き起こさないことが多いが,急性脳症または不可逆性の臓器障害を引き起こす場合があり,小児では一般に認知障害を来す。診断は全血中鉛濃度により行う。治療としては,鉛への曝露の中止,およびときにサクシマー(succimer)またはエデト酸カルシウム二ナトリウムの単独またはジメルカプロールとの併用によるキレート療法を行う。
(中毒の一般原則も参照のこと。)
悪影響を及ぼさない血中鉛濃度はない。米国疾病予防管理センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC)は,血中鉛濃度が5μg/dL(0.24μmol/L)を超える小児は治療,再検査,および連続モニタリングのほか,ビタミン欠乏症と全身の栄養状態の評価を必ず受けるよう推奨している。
鉛中毒の病因
鉛を含む塗料は,1960年までは広く用いられ,1970年代初期まではある程度用いられ,1978年にほぼ排除された。したがって,かなりの数の古い家屋で,鉛を含む塗料は今なお何らかの危険を引き起こしている。鉛中毒は通常,鉛を含む塗料の小片(割れてはげかけた塗料)の直接的な摂取によって引き起こされる。患者は,家の改装時の再塗装の表面処理の際に,こすり取りややすりがけにより生じた粒子の形態で,エアロゾル状の鉛に大量に曝露する場合がある。
一部の陶磁器の釉薬は鉛を含み,そのような釉薬を使用して(米国外製が多い)作られた陶磁器(例,水差し,カップ,皿)からは,特に酸性物質(例,果物,コーラ飲料,トマト,ワイン,リンゴ酒)に接触した場合,鉛が浸出する可能性がある。鉛で汚染された密造ウイスキーおよび民間療法薬,ならびに,胃または組織中にときにみられる鉛を含む異物(例,弾丸,カーテンまたは釣りのおもり)が,原因として可能性がある。滑液または髄液に近い軟部組織中にとどまる弾丸は血中鉛濃度を上昇させる場合があるが,この過程には数年を要する。
職業曝露は,電池の製造およびリサイクル,銅像制作,真鍮製造,ガラス製造,パイプ切断,ハンダ付けや溶接,金属精錬,または陶器もしくは絵具の制作の際に起こることがある。一部の民族的な化粧品ならびに輸入のハーブ製品および薬用ハーブは鉛を含み,移民社会において鉛中毒のアウトブレイクを引き起こしたことがある。有鉛ガソリン(米国以外の国において)の蒸気を,中枢神経系作用を求めて娯楽的に吸入すると,鉛中毒を来す場合がある。
鉛中毒の症状と徴候
鉛中毒は慢性疾患であることが最も多く,急性症状を引き起こさない場合もある。急性症状の有無にかかわらず,鉛中毒は最終的には不可逆的作用(例,認知障害,末梢神経障害,進行性の腎機能障害)を示す。
鉛中毒の症状は鉛濃度にほぼ比例するが,安全域というものはない。認知障害のリスクは,全血中鉛濃度(PbB)が長期間にわたり10μg/dL(0.48μmol/L)以上である場合に上昇するが,カットオフ値はこれよりさらに低い可能性もある。PbBが50μg/dL(2.4μmol/L)を超える場合は,その他の症状(例,腹部痙攣,便秘,振戦,気分変化)が起こる可能性がある。PbBが100μg/dL(4.8μmol/L)を超える場合は,脳症の可能性が高い。
小児
急性鉛中毒により易刺激性,注意力の低下,急性脳症を生じる場合がある。1~5日かけて脳浮腫が発生し,持続する激しい嘔吐,失調性歩行,痙攣発作,意識変容を引き起こし,最終的に難治性の痙攣発作および昏睡に至る。脳症の前に,数週間の易刺激性および遊びの活動低下が認められる場合がある。
小児における慢性鉛中毒は,知的障害,痙攣性疾患,攻撃的行動異常,発達退行,慢性腹痛,および貧血を引き起こすことがある。
成人
職業曝露のある成人では,症状(例,人格変化,頭痛,腹痛,神経障害)が数週間以上かけて発生するのが特徴的である。脳症はまれである。成人では,性欲減退,不妊,および男性で勃起障害が発生することがある。
小児および成人
鉛は正常なヘモグロビン形成を阻害するため,貧血が発現する。四エチル鉛または四メチル鉛(有鉛ガソリンに含まれる)を吸入した小児および成人は,より特徴的な鉛中毒症状に加えて中毒性精神症を発症する場合がある。
鉛中毒の診断
毛細血管血または全血の鉛濃度
腹部X線
慢性曝露が疑われる小児では,ときに長管骨のX線
特徴的な症状のある患者では鉛中毒が疑われる。しかし,鉛中毒の症状はしばしば非特異的なため診断が遅れることが多い。評価としては,血算ならびに,血清電解質,血中尿素窒素(BUN),血清クレアチニン,血漿血糖値,および全血中鉛濃度(PbB)の測定などを行う。放射線不透過性の鉛片を検索するために,腹部X線撮影を行うべきである。小児では,長管骨のX線撮影を施行する。骨幹端部に認められる横方向の鉛のバンドは,骨リモデリングの欠如および小児の長管骨の予備石灰化帯におけるカルシウム沈着増加を意味し,鉛中毒またはその他の重金属中毒に多少特異的であるが,感度は低い。正球性または小球性貧血(特に網状赤血球数が増加した場合と赤血球に好塩基性斑点が出現している場合)は,鉛中毒を示唆するが,感度および特異度は限られている。PbBが5μg/dL(0.24μmol/L)以上の場合,診断は決定的である。
PbBの測定は必ずしも可能とは限らず,また高額な場合があるため,鉛中毒に関する他の予備検査またはスクリーニング検査を利用してもよい。鉛に関する毛細管血検査は,正確,安価,かつ迅速である。陽性を示した検査に関しては,全てPbBで確認するべきである。赤血球プロトポルフィリン(亜鉛プロトポルフィリンまたは遊離赤血球プロトポルフィリンとも呼ばれる)の検査は不正確なことが多く,現在ではほとんど行われない。
PbBが3.5μg/dL(0.17μmol/L)を超える小児は,臨床的に評価し,必要であれば栄養欠乏およびビタミン欠乏症(例,鉄,カルシウム,ビタミンCの欠乏症)の検査を行うべきである。
誘発試験
鉛や他の金属の誘発尿金属検査ではキレート剤(例,ジメルカプトコハク酸,ジメルカプトプロパンスルホン酸,エデト酸カルシウム二ナトリウム)を患者に投与して排出された金属の尿中濃度を測定するが,その妥当性が科学的に確認されておらず,便益が示されておらず,金属中毒の懸念のある患者の評価および治療において有害な可能性がある。
鉛中毒の治療
鉛源の除去(例,鉛が消化管にある場合全腸管洗浄)
中毒症状があり全血中鉛濃度(PbB)が70μg/dL(3.38μmol/L)を超える成人ではキレート化
脳症が認められるか,またはPbBが45μg/dL(2.17μmol/L)を超える小児ではキレート化
全ての患者において,鉛源を除去する。鉛の小片が腹部X線上でみられる場合は,繰り返しの腹部X線で鉛がみられなくなるまで,ポリエチレングリコール電解質溶液を用いて成人で1~2L/時,小児で25~40mL/kg/時で全腸管洗浄を行う。そのような大量の投与には経鼻胃管による投与が必要になることがあり,気道を保持するように注意する必要がある;挿管が必要になる場合がある。弾丸が原因の場合は,外科的除去を考慮すべきである。PbBが70μg/dL(3.38μmol/L)を超える小児,および神経症状を呈する全ての患者は,入院させるべきである。急性脳症患者は集中治療室に収容する。
キレート剤(例,サクシマー[succimer][メソ-2,3-ジメルカプトコハク酸],CaNa2EDTA[エチレンジアミン四酢酸カルシウム二ナトリウム],ジメルカプロール[British Anti-Lewisite,BAL])を投与し,鉛に結合させて排泄可能な形にする場合もある。キレート療法は,経験豊富な毒物学者が監視すべきである。キレート療法は,中毒症状があることに加えてPbBが70μg/dL(3.38μmol/L)を超える成人,および脳症を認めるかまたはPbBが45μg/dL(2.17μmol/L)を超える小児に対して,適応となる。肝疾患および腎疾患は,キレート剤に対して相対的禁忌である。キレート化により鉛の消化管吸収が増加する可能性があるため,鉛曝露が継続している患者に対してはキレート剤を投与してはならない。キレート化で除去されるのは,比較的少量の金属のみである。鉛の身体への総負荷が非常に大きい場合は,多年にわたる複数回のキレート化が必要になることがある。
レジメン
脳症を来した患者は,ジメルカプロール75mg/m2(または4mg/kg)を4時間毎に筋注,およびCaNa2EDTA(エデト酸カルシウム二ナトリウム)1000~1500mg/m2を1日1回静脈内投与(点滴静注)にて治療する。鉛が脳中に再分布するのを防ぐため,ジメルカプロールの初回投与はCaNa2EDTAの初回投与より最低4時間は先行させるべきである。ジメルカプロールは,鉛濃度および症状の重症度に応じて,最初の数回の投与後に中止する場合がある。ジメルカプロール-CaNa2 EDTA併用療法を5日間行い,続いて3日間のウォッシュアウト期間とし,その後継続的なキレート療法の必要性を再評価する。
脳症のない患者は通常,サクシマー(succimer)10mg/kgを8時間毎に5日間経口投与し,続いて10mg/kgを12時間毎に14日間経口投与して治療する。症状がみられる場合は,代わりに,ジメルカプロール50mg/m2を4時間毎に深く筋注,加えてCaNa2EDTA 1000mg/m2を1日1回の静脈内投与で5日間治療してもよい。
薬剤
ジメルカプロールは嘔吐を引き起こす可能性があり,非経口(parenteral)または経口の補液とともに投与する。ジメルカプロールはほかにも,注射部位の疼痛,多数の全身症状,および,G6PD欠損症患者において中等度から重度の急性血管内溶血を引き起こす可能性がある。この薬剤は鉄剤と同時に投与してはならない。ジメルカプロールはピーナッツ由来物質を用いて製剤化されるため,ピーナッツアレルギーが既知または疑われる患者に対しては禁忌である。
CaNa2EDTA(エデト酸カルシウム二ナトリウム)は血栓性静脈炎を引き起こす可能性があるが,これは静脈内投与ではなく筋注で投与し,かつ静脈内投与の際に濃度を0.5%未満とすることで予防できる。CaNa2EDTAによる治療の開始前に,尿量が十分であることを確認する必要がある。CaNa2EDTAに対する重篤な反応としては,腎機能不全,タンパク尿,顕微鏡的血尿,発熱,下痢などがある。腎毒性は用量依存性であり,通常は可逆的である。CaNa2EDTAの有害作用は,おそらく亜鉛欠乏によるものである。
サクシマー(succimer)は,発疹,消化管症状(例,食欲不振,悪心,嘔吐,下痢,金属味),および肝酵素の一時的上昇を引き起こす場合がある。
鉛濃度の低減
PbBが3.5μg/dL(0.17μmol/L)を超える患者は注意深くモニタリングし,必要に応じて再検査を行い,患者自身または親に鉛曝露を低減する方法を指導すべきである。
鉛中毒の予防
リスクの高い患者では,PbB測定によるスクリーニングを行うべきである。家庭における中毒のリスクを低減する方法としては,定期的な手洗い,小児の玩具やおしゃぶりの定期的な洗浄,定期的な家の表面の掃除などがある;飲料水,家の塗料(米国では1978年以降に建てられた家を除く),および米国以外で作られた陶磁器を,鉛に関して検査すべきである。作業中に鉛ダストに曝露する成人は,適切な個人防護具を使用し,帰宅前に衣服および靴を替え,就寝前にシャワーを浴びるべきである。
要点
1978年以前に塗装された家屋(特に改築または塗り替え時),鉛を含む釉薬を使用した一部の陶磁器(例,水差し,カップ,皿),および一部の職業曝露は,鉛中毒のリスクを増加させる。
毛細血管での濃度またはPbBを測定して検査する。
鉛源を除去する(例,消化管の鉛に対して全腸管洗浄)。
PbBが70μg/dL(3.38μmol/L)を超える成人,および脳症があるかまたはPbBが45μg/dL(2.17μmol/L)を超える小児に対してキレート療法を手配する。
無症状または症状がごくわずかな患者で鉛濃度の軽度な上昇がみられる場合は,第1選択のキレート療法としてサクシマー(succimer)を使用する。あるいは,症状があり脳症のない患者には,ジメルカプロールを単独で使用するかCaNa2 EDTAと併用してもよい。脳症のある患者は,ジメルカプロール/CaNa2 EDTAを併用するキレート化により積極的に治療する。