有機リン中毒およびカルバメート中毒

執筆者:Gerald F. O’Malley, DO, Grand Strand Regional Medical Center;
Rika O’Malley, MD, Grand Strand Medical Center
レビュー/改訂 2022年 6月
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有機リン化合物とカルバメート類は,コリンエステラーゼ活性を阻害する一般的な殺虫剤成分であり,この機序により急性ムスカリン様症状(例,流涎,流涙,排尿,下痢,嘔吐,気管支漏,気管支攣縮,徐脈,縮瞳)と筋肉の線維束性収縮や筋力低下などの一部のニコチン様症状を引き起こす。曝露から数日~数週間後に神経障害が発生する可能性がある。診断は臨床的に行い,ときに試験的なアトロピンの投与,赤血球アセチルコリンエステラーゼ濃度の測定,またはその両方を行う。気管支漏および気管支攣縮は,用量調節した高用量のアトロピンにより治療する。神経筋毒性はプラリドキシムの静注により治療する。

中毒の一般原則も参照のこと。)

有機リン化合物とカルバメート類は,構造的には異なるものの,どちらもコリンエステラーゼ活性を阻害する。一部は,神経筋遮断薬の作用からの回復(例,ネオスチグミン,ピリドスチグミン,エドロホニウム)や,緑内障(echothiopate),重症筋無力症(ピリドスチグミン),およびアルツハイマー病の治療(タクリン[tacrine],ドネペジル)のために,医療用に使用される。

一部の有機リン化合物は戦争で使用する神経剤として開発された。その1つであるサリンはテロリストに使用されている。有機リン化合物およびカルバメート類は殺虫剤として一般的に使用されている(特定の毒物の症状と治療法の表を参照)。ヒトの中毒に最も多く関連するものとしては以下のものがある:

  • カルバメート類:アルジカルブ,メトミル

  • 有機リン化合物:クロルピリホス,ダイアジノン,ダーズバン,フェンチオン,マラチオン,パラチオン

有機リン化合物およびカルバメート類は,世界的に中毒および中毒関連死の一般的な原因となっている。

病態生理

有機リン化合物およびカルバメート類は消化管,肺,および皮膚から吸収される。血漿および赤血球コリンエステラーゼを阻害してアセチルコリンの分解を妨げ,アセチルコリンがシナプスに蓄積する。カルバメート類は曝露から約48時間以内に自然に消失する。しかし,有機リン化合物はコリンエステラーゼに不可逆的に結合する。

症状と徴候

急性

有機リン化合物およびカルバメート類は,ムスカリン性とニコチン性とされる2種類の主要なアセチルコリン受容体の両方を活性化することにより,以下のようなコリン作動性症状を引き起こす:

  • ムスカリン様作用によるコリン作動性症状:流涎,流涙,排尿,排便,嘔吐,著明な縮瞳(pinpoint pupils),気管支漏,喘鳴,徐脈

  • ニコチン様作用によるコリン作動性症状:散瞳,頻脈,筋力低下および線維束性収縮,発汗,腹痛

これらの症状のうち,筋肉の線維束性収縮および筋力低下が一般的である。呼吸器所見としては,類鼾音,喘鳴,低酸素症などがみられ,低酸素症は重度になる可能性がある。大半の患者で徐脈および,中毒が重度の場合は,低血圧がみられる。中枢神経系毒性がよくみられ,ときに痙攣発作および易興奮性が,しばしば嗜眠および昏睡が認められる。膵炎が生じる可能性があり,有機リン化合物は心ブロックやQTc間隔延長などの不整脈を引き起こすことがある。

遅発性

治療にもかかわらず,有機リン化合物またはまれにカルバメート類の曝露から1~3日後に筋力低下(特に近位筋,頭蓋筋,呼吸筋)が生じることがあり(中間症候群),それらの症状は2~3週間で消失する。少数の有機リン化合物(例,クロルピリホス,リン酸トリオルソクレシル)は,曝露から1~3週間後に始まる軸索性神経障害を引き起こすことがある。機序は赤血球コリンエステラーゼ濃度と無関係である可能性があり,またリスクは中毒の重症度に依存しない。有機リン中毒の長期間の持続性後遺症として,認知障害やパーキンソニズムがみられることがある。

診断

  • 著明な呼吸器所見,著明な縮瞳(pinpoint pupils),筋痙攣,筋力低下などのムスカリン様中毒症候群

  • ときに赤血球コリンエステラーゼ濃度

診断は通常,神経筋および呼吸器所見のある患者,特にリスクの高い患者における特徴的なムスカリン様中毒症候群に基づく。所見が曖昧な場合は,アトロピン1mg(小児では0.01~0.02mg/kg)の投与後にムスカリン様症状が回復または軽減すれば,診断が裏付けられる。可能であれば,具体的な毒性物質を同定すべきである。多くの有機リン化合物は特徴的なニンニク様または石油の臭いがする。

一部の検査室では赤血球コリンエステラーゼ活性を測定でき,これが中毒の重症度を示唆する。迅速に測定できる場合は,その値を用いて治療効果をモニタリングできるが,患者の反応が有効性の主要なマーカーである。

治療

  • 支持療法

  • 呼吸器症状に対してアトロピン

  • 除染

  • 神経筋症状に対してプラリドキシム

院内治療

支持療法が重要である。呼吸筋の筋力低下による呼吸不全がないか注意深くモニタリングすべきである。

アトロピンを,瞳孔径および心拍数の正常化のためではなく,気管支攣縮および気管支漏の軽減のために十分な量で投与する。初回用量は2~5mg(小児では0.05mg/kg)の静注とし,必要に応じて3~5分毎に倍増することができる。重度の中毒患者にはグラム単位のアトロピンが必要になることもある。

除染を,安定化の後できるだけ早く行う。医療従事者は,ケアの提供中に自身が汚染されることを回避すべきである。局所曝露に対しては,衣類を脱がせて体表面を徹底的に洗い流す。経口摂取の場合,1時間以内に受診すれば活性炭を使用できる。胃内容物の除去は通常避ける。行う場合,あらかじめ気管挿管して誤嚥を防ぐ。

プラリドキシム(2-PAM)をアトロピンの後に投与し,神経筋症状を軽減する。治療時点では毒物が有機リン化合物とカルバメート類のどちらであるか不明である場合が多いため,有機リン化合物またはカルバメート類への曝露後には2-PAM(成人では1~2g;小児では20~40mg/kg)を15~30分かけて静脈内投与する。ボーラス投与後に点滴静注してもよい(成人8mg/kg/時;小児10~20mg/kg/時)

ベンゾジアゼピン系薬剤を痙攣発作に対して使用する。ジアゼパムの予防投与が,中等度から重度の有機リン中毒後の神経認知の後遺症の予防に役立つ可能性がある。

院外曝露

院外でこれらの毒性物質に曝露した人は,市販の自動注入装置を用いて低用量のアトロピンを自身で投与できる(成人および41kg超の小児は2mg;19~41kgの小児は1mg;19kg未満の小児は0.5mg)。神経剤による化学攻撃に曝露した人では10mgジアゼパムの自動注入が推奨されている。

要点

  • 有機リン化合物は殺虫剤,医学的治療,および化学兵器に使用されている。

  • 著明な呼吸器および神経筋所見を伴うムスカリン様作用によるコリン作動性の中毒症候群が認められる患者では,毒性を疑う。

  • アトロピンに対する反応およびときに赤血球コリンエステラーゼ濃度により診断を確定する。

  • 気管支攣縮と気管支漏の軽減のためのアトロピン投与,および神経筋症状の軽減のための2-PAM投与により,支持療法で治療する。

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