膝蓋前滑液包の穿刺吸引は診断目的で行われる(例,特に化膿性滑液包炎を除外するため)。
膝蓋前滑液包は皮膚のすぐ下にあるため,コルチコステロイド注射療法による皮膚損傷および感染のリスクが高くなる。
膝蓋前滑液包炎は典型的には明らかな腫脹および発赤を呈するため,評価および針のガイドのための超音波検査は通常不要である。発赤が膝蓋滑液包を越えて拡大している場合は,感染が示唆される。
(滑液包炎も参照のこと。)
膝蓋前滑液包の穿刺吸引または注射の適応
滑液包炎の原因を同定するための貯留液の吸引
ときに,治療抵抗性であるか再発する非感染性炎症を治療するためのコルチコステロイド注射
膝蓋前滑液包穿刺は通常,診断の参考にするために行われる(例,化膿性または結晶誘発性の滑液包炎を診断するため)。膝蓋前滑液包は化膿性滑液包炎の発生部位として2番目に頻度が高いため,ルーチンに貯留液を検査室に送り,細胞数および白血球分画,結晶分析,グラム染色,培養,および感受性試験に供するべきである。
膝蓋前滑液包においてコルチコステロイド注射が必要になることはまれである。治療目的の注射は,以下の基準が全て満たされる場合にのみ行うべきである:
滑液の分析により感染が除外されている。
滑液が繰り返し再貯留する。
症状が氷冷,挙上,弾性包帯,非ステロイド系抗炎症薬などの局所的な処置で軽減しない。
必要な場合は,滑液包への注射により速やかな軽快が得られることがあり,これは大量の液貯留や痛みを伴う液貯留を繰り返している場合に特に有益である。
膝蓋前滑液包の穿刺吸引または注射の禁忌
絶対的禁忌
注射する物質に対する過敏症
コルチコステロイド注射に対して,化膿性滑液包炎の疑い
明らかに感染した皮膚への針の刺入は可能であれば避けるべきであるが,化膿性滑液包炎が疑われる場合は,貯留液を吸引すべきである。
相対的禁忌
コントロール不良の糖尿病:コルチコステロイドの便益と血糖コントロール悪化のリスクおよび感染のリスクを比較検討する。
最近(過去3カ月以内に)同じ部位にコルチコステロイドを注射した(ただし,この方法を評価したエビデンスはない)。
凝固障害は禁忌ではない(1)。
膝蓋前滑液包の穿刺吸引または注射の合併症
合併症はまれであるが,以下のものがある:
表層部(深さ0.5cm未満)へのコルチコステロイド注射に起因する,皮下脂肪の萎縮,皮膚の萎縮および瘻孔,一時的な皮膚の色素脱失,ならびに感染症
痛みを伴う局所反応(ときにpostinjection flareと呼ばれる):コルチコステロイドのデポ剤の注射から数時間以内に発生して通常は48時間以内に終息するもので,コルチコステロイド溶液中の結晶に対する反応としての化学的な滑膜炎に起因すると考えられる
糖尿病患者では,コルチコステロイドのデポ剤注射後の高血糖
膝蓋前滑液包の穿刺吸引または注射で使用する器具
消毒液(例,クロルヘキシジン,ポビドンヨード,イソプロピルアルコール)
滅菌ガーゼ,手袋,絆創膏
貯留液の吸引用に20mLシリンジと18~20G針
刺入部の麻酔(例,外用の冷却スプレーおよび/またはアドレナリン無添加の注射用1%リドカイン[3mLシリンジ])
任意:治療目的の注射では,5~10mLシリンジに1%リドカイン2~3mL(アドレナリン無添加)とコルチコステロイドのデポ剤(注射剤)(例,トリアムシノロンアセトニド,20mg)を混合
針を挿入したままシリンジを交換することが予想される場合は,止血鉗子
3mL,5mL,および10mLシリンジ数本
診断目的の吸引では,血液培養ボトルなどの検体採取用の適切な試験管
助手がいると役に立つ。
膝蓋前滑液包の穿刺吸引または注射に関するその他の留意事項
滑液包への注射では,局所麻酔薬とコルチコステロイドのデポ剤を1本のシリンジ内で混合することができる。麻酔薬の追加は,注射により疼痛が直ちに緩和された際に,針が正しい位置に挿入されていることを確認するのに役立つ。麻酔薬を追加することで,コルチコステロイドが皮下脂肪の萎縮を引き起こすリスクおよびpostinjection flareのリスクが低下する可能性もある。
膝蓋前滑液包においてコルチコステロイド注射が必要になることはまれである(感染および皮膚萎縮のリスクが高いこと,ならびに長期的な転帰の改善を示すデータが不足していることに基づく)。
化膿性滑液包炎は,吸引した貯留液の初期の肉眼的および顕微鏡的観察によって除外することはできない。感染している貯留液は(最も頻度の高い原因菌である黄色ブドウ球菌による感染でも),ごく軽微な白血球増多を示す傾向がある(ただし,一般的に好中球の割合が高い)。病歴または身体診察から化膿性滑液包炎が示唆される場合は,滑液包へのコルチコステロイド注射は控える。化膿性滑液包炎には,抗菌薬の全身投与に加えてドレナージまたはときに滑液包切除が必要である。
局所麻酔薬の注射後直ちに鎮痛が得られれば,針が正しい位置に挿入されたこと,および膝蓋前滑液包が痛みの発生源であることを確認するのに役立つ。
膝蓋前滑液包の穿刺吸引または注射における重要な解剖
膝蓋前滑液包内の滑液はしばしば被包化され,その結果,回収可能な滑液が予想より少なくなる。そのような場合は超音波ガイド下での穿刺吸引が役立つことがある。
膝蓋前滑液包の穿刺吸引または注射での体位
患者をリクライニング位または仰臥位にする。膝を軽く曲げて快適な状態で枕の上に乗せる。
血管迷走神経発作を回避するため,処置を行う場所が患者に見えないように,患者の頭部を回転させる。
膝蓋前滑液包の穿刺吸引または注射のステップ-バイ-ステップの手順
処置部位の準備
貯留域の基部から吸引し,膝蓋骨を穿刺するリスクのある進路は避ける。
消毒液で刺入部の準備を行う。
刺入部が蒼白になるまで冷却スプレーを噴霧するか,皮膚に局所麻酔薬(例,1mL以下)を注入して膨疹を作るか,その両方を行う。
滑液包の穿刺
手袋を着用する。
針(吸引用シリンジに取り付けたもの)を液貯留の基部(底部)の皮膚に挿入する。
プランジャーを周期的にかつ愛護的に引きながら,針を進めていく。針が骨に当たった場合は,針を引き戻してから角度を変えて再度進める。
滑液包の中に進入すると,シリンジに液体が入ってくる。
滑液包から液体を全て吸引する。指先で滑液包の周辺部に愛護的に圧をかけ,針先へと液を搾る。
滑液包への注射を行う場合は,手で針のハブを安定させ,シリンジを交換する。針の接続が固すぎる場合は,止血鉗子で針のハブを保持する。
薬剤を全て注入し,針を抜去する。
絆創膏またはドレッシング材を貼付する。
滑液の分析に供するために滑液包貯留液の検体を試験管や他の輸送用培地に移す。採取した液を観察して,血液や脂肪の混入がないか確かめる。
膝蓋前滑液包の穿刺吸引または注射のアフターケア
外傷による滑液包炎では,保護用の圧迫包帯により,体液の再貯留を予防できることがある。
痛みが治まるまで,活動の制限,氷冷,挙上のほか,禁忌でない場合は経口非ステロイド系抗炎症薬(NSAID)を処方する。
患者に対して,痛みが数時間後に継続的かつ進行性に増強する場合,または48時間を超えて持続する場合は,感染症を除外する再評価のために再受診するよう指示する。
膝蓋前滑液包の穿刺吸引または注射の注意点とよくあるエラー
抵抗に逆らってコルチコステロイドを注入してはならない;抵抗がある場合は針を少し引く抜く。
膝蓋前滑液包の穿刺吸引または注射のアドバイスとこつ
明らかな大量の液貯留がなければ,超音波検査の施行を考慮する。
滑液を調べる際には,以下の点を考慮する:穿刺時の外傷に起因する血液は,不均一な血性を示し凝固する傾向がある。非外傷性の穿刺液は,偏光顕微鏡検査で結晶の有無を評価すべきである。
参考文献
1.Yui JC, Preskill C, Greenlund LS: Arthrocentesis and joint injection in patients receiving direct oral anticoagulants.Mayo Clin Proc 92(8):1223–1226, 2017. doi: 10.1016/j.mayocp.2017.04.007