大転子滑液包への注射は,大転子疼痛症候群の治療に役立てるため,滑液包および/またはその周辺部を針で穿刺し,麻酔薬(しばしばコルチコステロイドを添加する)を注入する処置である。
大転子滑液包炎が単独で発生することはまれと現在では考えられており,股関節外側痛は大転子疼痛症候群と呼ばれることの方が多く,これはほとんどの場合,中殿筋および小殿筋の腱障害に起因し,ときに関連する滑液包炎を伴う。しかしながら,注射の手技(圧痛の最も強い点を狙う)は大転子滑液包炎単独の場合と大転子疼痛症候群の場合で同じである。
深部の滑液包(転子部,肩峰下,または鵞足包)は,骨とその上の腱との間にある。深部の滑液包の滑液包炎は,目に見える腫脹または発赤を呈することはまれである。
(滑液包炎も参照のこと。)
大転子滑液包への注射の適応
炎症を治療するためのコルチコステロイド注射
大転子疼痛症候群の症状は,安静,非ステロイド系抗炎症薬,および運動療法により効果的に治療される。しかしながら,保存的治療を行っても大転子滑液包炎が持続する場合は,滑液包への注射により速やかな軽快が得られる。
大転子滑液包からの穿刺液の吸引は想定されない。
大転子滑液包への注射の禁忌
絶対的禁忌
関節上に位置する蜂窩織炎または皮膚潰瘍,菌血症,隣接する人工関節
注射する物質に対する過敏症
コルチコステロイド注射に対して,化膿性滑液包炎の疑い
相対的禁忌
認識されていない腱または筋肉の損傷:コルチコステロイド注射による鎮痛が正確な診断を遅らせる可能性がある。
コントロール不良の糖尿病:コルチコステロイドの便益と短期間の血糖コントロール悪化のリスクを比較検討する。
最近(過去3カ月以内に)同じ部位にコルチコステロイドを注射した(ただし,この方法を評価したエビデンスはない)。
凝固障害は禁忌ではない(1)。
大転子滑液包への注射の合併症
合併症はまれであるが,以下のものがある:
不注意によるコルチコステロイド皮下注射に起因する,皮下脂肪の萎縮,皮膚の萎縮および瘻孔,ならびに一時的な皮膚の色素脱失
痛みを伴う局所反応(ときにpostinjection flareと呼ばれる):コルチコステロイドのデポ剤の注射から数時間以内に発生して通常は48時間以内に終息するもので,コルチコステロイド溶液中の結晶に対する反応としての化学的な滑膜炎に起因すると考えられる
感染症
糖尿病患者では,コルチコステロイドのデポ剤注射後の高血糖
大転子滑液包への注射で使用する器具
消毒液(例,クロルヘキシジン,ポビドンヨード,イソプロピルアルコール)
滅菌ガーゼ,手袋,滅菌絆創膏
刺入部の麻酔(例,外用の冷却スプレーまたはアドレナリン無添加の注射用1%リドカイン[3mLシリンジ])
治療目的の注射では,10mLシリンジに1%リドカイン約3~5mL(アドレナリン無添加)とコルチコステロイドのデポ剤(注射剤)(例,トリアムシノロンアセトニド,40mg)を混合
2インチ針,22~25G
3mLシリンジ数本
助手がいると役に立つ。
大転子滑液包への注射に関するその他の留意事項
滑液包への注射では,局所麻酔薬とコルチコステロイドのデポ剤を1本のシリンジ内で混合することが多い。麻酔薬の追加は,注射により疼痛が直ちに緩和された際に,針が正しい位置に挿入されていることを確認するのに役立つ。麻酔薬を追加することで,コルチコステロイドが皮下脂肪の萎縮を引き起こすリスクおよびpostinjection flareのリスクが低下する可能性もある。
病歴または身体診察から化膿性滑液包炎の可能性が示唆される場合は,コルチコステロイド注射は控える。
局所麻酔薬の注射後直ちに鎮痛が得られれば,針が正しい位置に挿入されたこと,および大転子疼痛症候群が痛みの発生源であることを確認するのに役立つ。
大転子滑液包への注射における重要な解剖
大転子またはその付近の圧痛が特徴的であるが,通常は大転子滑液包が痛みの唯一の発生源というわけではない。
よく侵される大転子滑液包は,大殿筋下滑液包(多房性で,大転子と大殿筋腱との間にある)ならびに,大転子と中殿筋腱との間,および小殿筋腱との間にある滑液包である。痛みの発生源としては,ほかには中殿筋および小殿筋の腱障害などがある。
触診により誘発される痛みを利用して刺入部を決定する。
大転子滑液包への注射での体位
健側を下にした側臥位をとらせ,患側の下肢を軽く屈曲させ内転させて,外側の筋肉を大転子から離れる方向へ動かす。
血管迷走神経発作を回避するため,処置を行う場所が患者に見えないように,患者の頭部を回転させる。
大転子滑液包への注射のステップ-バイ-ステップの手順
処置部位の準備
皮膚に刺入部の印をつける。
消毒液で刺入部の準備を行う。
刺入部が蒼白になるまで冷却スプレーを噴霧するか,皮膚に局所麻酔薬(例,1mL以下)を注入して膨疹を作るか,その両方を行う。
滑液包への注射
手袋を着用する。
最も圧痛の強い点で,大転子へ向けて皮膚に垂直に針を刺入する。
針先が大転子に触れた場合は,針を約1mm引き戻す。
血管内への刺入の可能性を排除するため,注入前にプランジャーを愛護的に引く。
ゆっくりと麻酔薬/コルチコステロイドの混合液を全て注入し,針を抜去する。
注入に抵抗を感じる場合は,針先が上の腱の中にある可能性がある。注入を中止し,注入しても抵抗を感じなくなるまで,針を進めるか引き抜く。
適切な位置に麻酔薬を注入すると,痛みが直ちに軽減することがある。
絆創膏または滅菌ドレッシング材を貼付する。
大転子滑液包への注射のアフターケア
痛みが治まるまで,股関節の運動制限(例,階段,長時間の歩行,ランニング,重量挙げを避ける),氷冷,および経口非ステロイド系抗炎症薬(NSAID)を処方する。
股関節の運動制限は,コルチコステロイドの隣接組織内への拡散を最小限に抑え,その治療効果を最大化するのに役立つ。
患者に対して,痛みが数時間後に継続的かつ進行性に増強する場合,または48時間を超えて持続する場合は,感染症を除外する再評価のために再受診するよう指示する。
大転子滑液包への注射の注意点とよくあるエラー
腱の損傷を避けるため,抵抗に逆らってコルチコステロイドを注入してはならない。
大転子滑液包への注射のアドバイスとこつ
適切な体位は非常に役立つ。転子部および殿部の構造を検索して,患者の疼痛に類似した複数の圧痛部位がないか確認する。
参考文献
1.Yui JC, Preskill C, Greenlund LS: Arthrocentesis and joint injection in patients receiving direct oral anticoagulants.Mayo Clin Proc 92(8):1223–1226, 2017. doi: 10.1016/j.mayocp.2017.04.007