消化性潰瘍(かいよう)とは、胃や十二指腸の内面が胃酸や消化液で侵食されて、円形やだ円形の傷ができた状態をいいます。
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消化性潰瘍は、ヘリコバクター・ピロリ(Helicobacter pylori)という細菌(ピロリ菌)による感染や、胃や十二指腸の粘膜を衰弱させる薬剤(アスピリンや非ステロイド系抗炎症薬[NSAID]など)の使用によって生じることがあります。
潰瘍による不快感が生じたり消えたりしますが、この不快感は食事に関連する傾向があります(食後に改善することもあれば、食後に悪化することもあります)。
消化性潰瘍の診断は、胃痛の症状や、内視鏡(観察用の柔軟な管状の機器)による胃の検査(上部消化管内視鏡検査)の結果やピロリ菌(Helicobacter pylori)検査の結果に基づいて下されます。
治療では胃酸を減らす薬剤を使用するほか、ピロリ菌(Helicobacter pylori)を除菌するために、しばしば抗菌薬も使用します。
(胃炎と消化性潰瘍に関する序論も参照のこと。)
潰瘍は、胃や十二指腸(小腸の最初の部分)の粘膜を貫通しています。潰瘍の大きさは、数ミリメートルから数センチメートルになることがあります。
潰瘍は、乳児期や小児期などを含め、あらゆる年齢で発生しますが、中年の成人に最も多くみられます。
胃炎(胃の炎症)が進行して潰瘍になることがあります。
潰瘍はその解剖学的位置や発生した状況によってそれぞれ固有の名前で呼ばれます。
十二指腸潰瘍は、消化性潰瘍の中で最もよくみられるもので、十二指腸の最初の約5~7.5センチメートルの部分にできます。
胃潰瘍は、あまり一般的ではなく、通常は胃の下部にできます。【訳注:日本では十二指腸潰瘍よりも胃潰瘍の患者の方がたくさんいます】
吻合(ふんごう)部潰瘍は、胃の一部が手術で切除されている場合に、胃の残存部を小腸につなぎなおした部分にできます。
ストレス潰瘍は、急性ストレス性胃炎で生じるものと同様に、重度の病気、皮膚の熱傷(やけど)、または損傷によるストレスの結果として生じることがあります。これは胃や十二指腸にできます。
消化性潰瘍の原因
潰瘍が生じるのは、胃や十二指腸の粘膜の正常な防御・修復メカニズムが弱まり、粘膜が胃酸による損傷を受けやすくなった場合です。
消化性潰瘍で群を抜いて最も一般的な原因は以下の2つです。
アスピリン、イブプロフェン、ナプロキセンなどの非ステロイド系抗炎症薬(NSAID)の使用
ピロリ菌(H. pylori)の感染は、十二指腸潰瘍の人の50~70%、胃潰瘍の人の30~50%にみられます。
消化性潰瘍の50%以上でNSAIDの使用が原因となっています。それでも、NSAIDを使用している人のほとんどでは、消化性潰瘍は発生しません。
喫煙者は非喫煙者より消化性潰瘍ができやすく、潰瘍の治癒も遅く、再発しやすくなります。
アルコールにより胃酸の分泌が増加しますが、飲酒量がそれほど多くなければ、潰瘍が発生したり、治癒が遅くなったりすることはないと考えられます。
ストレスによって潰瘍が生じることがあります。日本では地震後に、ニューヨークでは9・11のテロ攻撃の際に潰瘍の発生率が上昇したことが分かっています。
消化性潰瘍のまれな原因として、胃酸の過剰な分泌を引き起こすガストリンと呼ばれるホルモンを放出する種類のがんがあります(ゾリンジャー-エリソン症候群を参照)。悪性の潰瘍の症状は、良性の潰瘍の症状と大変よく似ています。しかし、悪性の潰瘍では通常、良性の潰瘍に対する治療を行っても十分な効果が得られません。
十二指腸潰瘍がある小児の約50~60%では、家族に消化性潰瘍の患者がいます。
消化性潰瘍の症状
消化性潰瘍の症状は潰瘍の位置や患者の年齢によって異なります。例えば、小児、高齢者、そしてNSAIDが原因の潰瘍がある人では、通常の症状がなかったり、症状がまったくなかったりすることがあります。そのような場合、合併症が起こったときにだけ潰瘍が見つかります。
消化性潰瘍で最もよくみられる症状は以下のものです。
上腹部に生じる軽度から中等度の痛み
この痛みは一般的に、差し込むような痛み、焼けつくような痛み、うずく痛み、ヒリヒリする痛み、ときには空腹感と説明され、通常は胸骨のすぐ下の上腹部に発生します。通常は食事や制酸薬により軽減します。典型的な潰瘍は治癒して再発する傾向があります。そのため、痛みが数日または数週間続いてから、徐々に弱まったり消えたりした後、潰瘍が再び現れると痛みが再発することがあります。典型的な症状が現れる患者は約半数に過ぎません。
十二指腸潰瘍の症状は、ある一定のパターンを示す傾向があります。通常、目覚めたときには痛みがありませんが、午前中に痛みが現れます。牛乳を飲んだり、何かを食べたり(これにより胃酸を和らげます)、制酸薬を服用したりすることで一般的には痛みが軽減しますが、通常は2~3時間するとまた痛み出します。夜間に痛みで目が覚める人も多くみられます。しばしば、1週間から数週間の間痛みが1日1回以上生じた後、治療しなくても痛みが消えることがあります。しかし、通常は痛みが再発し、多くは2年以内、ときには数年後に再発がみられます。一般的にはパターンができ、しばしば経験から再発の起きそうな時期が分かるようになります(春と秋、およびストレスの多い時期の再発がよくみられます)。
胃潰瘍、吻合部潰瘍、ストレス潰瘍の症状には、十二指腸潰瘍と違って典型的なパターンはありません。食事をすると痛みが一時的に和らぐこともあれば、むしろ痛みが生じる場合もあります。胃潰瘍では、ときに胃の組織の瘢痕(はんこん)化や腫れ(浮腫)が生じて、それが小腸に及び、胃から食べものが簡単に出ていかなくなることがあります。この閉塞により、食後に腹部の膨満、吐き気、または嘔吐が起こることがあります。
消化性潰瘍の合併症
ほとんどの消化性潰瘍は合併症を起こすことなく治癒します。しかしときには、以下のような生命を脅かす可能性がある合併症が起きます。
出血
穿通(せんつう)
穿孔(せんこう)
閉塞
がん
出血
出血は潰瘍で最もよくみられる合併症で、痛みがなくても出血していることがあります(消化管出血を参照)。鮮紅色の血液や、血液が一部消化されてコーヒーかすのように見える赤褐色のかたまりの嘔吐(吐血)、黒いタール状の便(黒色便)、はっきりと分かる血が付着した便(血便)は、出血している潰瘍の症状である可能性があります。便中の血液が少量の場合は気づかれないこともありますが、それでも出血が続けば貧血になる可能性があります。失血すると、筋力低下、立ち上がったときの血圧低下、発汗、のどの渇き、失神を生じることもあります。
出血は消化管の別の病気からも起こりますが、医師は胃と十二指腸から出血源を探し始めます。出血が大量でないかぎり、医師は内視鏡(観察用の柔軟な管状の機器)を用いて上部消化管内視鏡検査を行います。潰瘍からの出血が見つかれば、内視鏡を使って出血部を焼灼(しょうしゃく)して止血できます(すなわち熱で止血します)。また、内視鏡で潰瘍の出血を凝固させる物質を注入することもあります。
出血源が見つからず出血が重度でない場合の治療には、ヒスタミンH2受容体拮抗薬やプロトンポンプ阻害薬などの胃酸の分泌を抑制する薬剤の服用があります。また、しばしば輸液を行い、口からの飲食をやめることで、消化管を休ませることができます。これらの治療法が不成功に終わった場合は、手術が必要になることもあります。
穿通
穿孔
十二指腸の前面や、まれに胃の前面にできた潰瘍が胃腸の壁を貫通して、腹腔内に通じる開口部(穿孔)が形成されることがあります。その結果、急に強い痛みが生じて持続します。痛みはすぐ腹部全体に広がります。片方の肩や両肩に痛みを感じることがあります。深呼吸したり、姿勢を変えたりすると痛みが増すため、患者は体を動かさないように横たわっていようとします。腹部に触れると圧痛があり、深く押してから急に戻すと圧痛が増します(これを反跳痛といいます)。
高齢者、コルチコステロイドや免疫抑制薬を服用している人、重い病気がある人では穿孔の症状が軽い場合があります。発熱は腹腔内感染症が起きていることを示しています。治療しないと、ショック状態になることがあります。
医師は診断の助けにするためにX線検査やCT検査を行います。
このような緊急事態(急性腹症と呼ばれます)では、緊急手術と抗菌薬の静脈内投与が必要になります。
閉塞
潰瘍周囲の炎症を起こした組織が腫れたり、以前にできた潰瘍が急性増悪によって瘢痕化したりすると、胃の出口や十二指腸が狭くなることがあります。このような閉塞が起こると、繰り返し嘔吐することがあり、しばしば数時間前に食べた食べものが大量に逆流します。食後の異常な満腹感、腹部膨満、食欲不振は閉塞の症状です。時間が経過するにつれて、嘔吐によって体重減少や、脱水、体内の電解質バランスの崩れが起こります。
閉塞の診断は、X線検査の結果に基づいて下されます。
大半の場合は潰瘍や腫れを薬剤で治療することで閉塞が軽減されますが、瘢痕化による重度の閉塞がある場合には、内視鏡治療による拡張や手術が必要になることがあります。
がん
ヘリコバクター・ピロリによる潰瘍がある人では、後に胃がんを発症する可能性が3~6倍高くなります。他の原因で生じた潰瘍ではがんの発生リスクは増えません。
消化性潰瘍の診断
上部消化管内視鏡検査
特徴的な胃痛がある場合は潰瘍が疑われます。ときに医師は単純に潰瘍の治療を行い、症状がなくなるかどうかを確認します(これを経験的治療といいます)。症状がなくなった場合は、潰瘍であった可能性が非常に高くなります。
診断を確定するために検査が必要になることがあり、特に数週間治療をしても症状が消えない場合や、45歳以上の人や体重減少などの他の症状がある人に初めて生じた場合は、胃がんでも同様の症状が起こることがあるため、検査が行われます。また、重度の潰瘍があって治療抵抗性の場合、特に潰瘍が複数ある場合や普通はあまりできない場所にある場合は、医師は胃酸の過剰分泌が生じる基礎疾患が原因となっていることを疑うことがあります。
潰瘍の診断を下しその原因を特定するのを助けるために、医師は上部消化管内視鏡検査(内視鏡と呼ばれる観察用の柔軟な管状の機器を使って行う検査)を行います。
内視鏡検査では、胃潰瘍が悪性のものかどうかを判定し、ヘリコバクター・ピロリ(Helicobacter pylori)の有無の確認に役立てるために、生検(組織のサンプルを採取して顕微鏡で調べる)を行うことができます。また、内視鏡を使って、活動性出血の止血処置や潰瘍からの再出血の可能性を減らす処置を行うこともできます。
ゾリンジャー-エリソン症候群の可能性がある場合は、ガストリンの量を測定する血液検査が行われます。
消化性潰瘍の治療
抗菌薬
胃酸分泌抑制薬
制酸薬
ときに手術
ピロリ菌(H. pylori)の感染が潰瘍の主な原因であることから、ピロリ菌(H. pylori)の感染が診断された時点で、この感染症に対して、2つの抗菌薬に次サリチル酸ビスマスとプロトンポンプ阻害薬を併用する治療が行われます(4剤併用療法と呼ばれます)。アモキシシリン、クラリスロマイシン、メトロニダゾール、テトラサイクリンなど、いくつかの抗菌薬を使用することができます。2つの抗菌薬とプロトンポンプ阻害薬を併用し、次サリチル酸ビスマスは使用しない治療法もあります(3剤併用療法と呼ばれます)。
胃酸分泌抑制薬は胃酸の生産を阻害します。最もよく使用される胃酸分泌抑制薬には、プロトンポンプ阻害薬、ヒスタミンH2受容体拮抗薬などがあります(胃酸の治療に用いられる薬剤も参照)。プロトンポンプ阻害薬は、ヒスタミンH2受容体拮抗薬と比較して、より多くの人でより短期間に潰瘍の治癒を促進するため、潰瘍の治療では通常はH2受容体拮抗薬よりもよく使用されます。
制酸薬は、胃酸の生産を妨げるのではなく中和するもので、具体的には炭酸カルシウムまたは類似物質を含有する液体や錠剤などであります。
潰瘍の原因にかかわらず、胃酸を中和したり減少させることで、消化性潰瘍の治癒が促進されます。大半の患者では治療が4~8週間続けられます。刺激の少ない食事は胃酸の分泌を抑制するのに役立つことがありますが、そのような食事で胃潰瘍の治癒が早くなったり再発を予防できるという証拠はありません。とはいえ、痛みや膨満を悪化させると考えられる食べものを避けることは妥当といえます。非ステロイド系抗炎症薬、アルコール、ニコチンなど、胃を刺激する可能性のある物質を避けることも大切です。
手術が潰瘍に対して必要になることは現在ではまれですが、これは、消化性潰瘍は薬剤で効果的に治療でき、活動性の出血も内視鏡による処置で効果的に止血できるからです。手術は、主に以下のような消化性潰瘍の合併症に対処するために行われます。
穿孔
閉塞で薬剤の効果がみられない場合や再発した場合
潰瘍からの大出血が2回以上発生した場合
がんと疑われる胃潰瘍
消化性潰瘍が重度でしばしば再発する場合
これらの合併症の治療のために、いくつかの手術が行われることがあります。胃酸の分泌を減少させ、適切な胃の排出を確実に可能にするために手術が行われることもあります。しかし、手術後に潰瘍が再発することもあり、それぞれの手術そのものによって体重減少、消化不良、頻繁な排便(ダンピング症候群)、貧血などの問題が起こることもあります。
消化性潰瘍の予後(経過の見通し)
ヘリコバクター・ピロリ(Helicobacter pylori)感染症の治療が成功した場合、消化性潰瘍が再発する人は10%のみです。しかし、ピロリ菌(Helicobacter pylori)の除菌を行わない場合には、50%の人で消化性潰瘍が再発します。