解離性健忘

執筆者:David Spiegel, MD, Stanford University School of Medicine
レビュー/改訂 2021年 3月
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解離性健忘とは、心的外傷やストレスによって引き起こされる健忘(記憶障害)のことで、自分にとって重要な情報が思い出せなくなります。

  • 記憶に空白期間がみられますが、その長さは数分から数十年にも及ぶ場合があります。

  • 検査を行ってほかに考えられる原因を否定した後、症状に基づいて診断を確定します。

  • 記憶想起法では、催眠と薬を用いた面接を行って、記憶の空白期間を埋める助けをします。

  • この病気の引き金となった体験に患者が対処できるよう手助けするために、精神療法が必要になります。

解離症の概要記憶障害も参照のこと。)

最近または昔の体験をまったく覚えていなかったり、部分的に思い出せなかったりすることを健忘といいます。健忘の原因が身体的な病気ではなく、精神的な病気である場合には、解離性健忘と呼ばれます。

解離性健忘では通常、以下に挙げるような正常時には意識的に自覚している日常の情報や、自分自身の過去についての記憶が失われます。

  • 自分が誰なのか

  • どこへ行ったか

  • 誰と話をしたか

  • 何をし、何を言い、何を考え、何を感じたか

往々にして失われた記憶は、小児期の虐待のように、トラウマになったり強いストレスを感じたりした出来事に関する情報です。ときに、忘れてしまっていても、その事実がその人の行動に影響を及ぼし続けている場合があります。例えば、エレベーターの中でレイプされた女性が暴行の詳細を思い出せなくても、エレベーターを避け、エレベーターに乗ろうとしない場合などです。

解離性健忘症は男性よりも女性に多く、通常は身体的虐待、性的虐待、レイプ、戦争、大量虐殺、事故、自然災害、愛する人の死などの外傷的出来事を経験または目撃した人に発生します。また、深刻な経済的トラブルや大変な内的葛藤(特定の衝動や行為に関する罪悪感、解決不可能に思われる対人関係の問題、犯した犯罪など)に関する懸念から生じたものである場合もあります。

外傷的出来事の後に、しばらく解離性健忘が続く可能性があります。ときには、治療しなくても自然に記憶を取り戻したように見える場合もありますが、

他者の話やその他の証拠によって確認されない限り、戻った記憶がどれだけ実際の出来事を詳細かつ正確に反映しているかは明らかでない場合があります。

解離性健忘の症状

解離性健忘の最もよくみられる症状は、記憶障害です。

記憶障害は以下のいずれかに関係しています。

  • 幼少期に数カ月ないし数年にわたり虐待を受けていた経験や激しい戦闘に参加していた日々など、特定の出来事または特定の期間(限局性健忘)

  • ある出来事の特定の側面のみ、または一定期間中の特定の出来事のみ(選択性健忘)

  • 個人的な自己同一性や過去の経験すべて、ときに習得した技能や世界に関する情報を含む(全般性健忘)

  • 特定の人物や家族に関するすべての情報など、特定のカテゴリーの情報(系統的健忘)

  • 発症後に起きた新たな出来事すべて(持続性健忘)

全般性健忘はまれです。これは戦闘を体験した退役軍人、性的暴行の被害者、極度のストレスや葛藤を経験している人で比較的多くみられます。通常は突然発症します。

外傷的体験やストレスになる出来事の直後には健忘が現れないこともあります。数時間ないし数日間、さらに長い期間がかかることもあります。

記憶障害が生じた直後は、混乱しているように見える人もいます。大きな苦痛を感じる人もいます。奇妙なほど無関心になる人もいます。

解離性健忘の人の多くでは、記憶に1つまたは複数の空白期間がみられます。空白期間の長さは、通常は数分から数時間または数日間までですが、数年、数十年、さらには過去の人生すべてを忘れることもあります。大半の患者は、自分の記憶に空白期間があることに気づいていないか、部分的にしか気づいていません。その場合は、記憶がよみがえったり、覚えがないのに自分がしたことの証拠を示されたりして、後になってようやく失われた時間(空白期間)に気づきます。

患者では人間関係を構築または維持することに困難が生じます。

心的外傷後ストレス障害(PTSD)でみられるようなフラッシュバックを経験する人もいます。つまり、問題の出来事を実際に起こっているかのように再体験する一方、その後の経緯(例えば、トラウマ体験を生き延びたこと)は認識していません。フラッシュバックは、その発生中に起きたことについての健忘と入れ替わるように発生することがあります。解離性健忘患者の中には、後にPTSDを発症する人もおり、特に健忘の引き金となった外傷的出来事やストレスになる出来事を認識した際にそうなることが多くあります。

また疲労、脱力感、睡眠障害などの漠然とした症状がみられることもあります。うつ病や自殺行動などの自己破壊的行動(物質乱用や無謀な性行動など)がよくみられます。自殺行動のリスクは、健忘が突然回復してトラウマ的記憶に圧倒されることで高まる場合があります。

まれに、極端な解離性健忘を起こした人が突然家を飛び出し、一定期間を戻ってこない場合もあります。その間は、自分が誰なのか(自己同一性)など、それまでの人生の一部または全部を思い出すことができません。この状態は解離性とん走と呼ばれています。

解離性健忘の診断

  • 医師による評価

  • ときに、考えられる他の原因の可能性を否定するための検査

解離性健忘の診断は、患者の症状に基づいて下されます。

  • 普通は忘れることのない重要な個人的情報(通常は心的外傷[トラウマ]やストレスと関連している)を思い出すことができない。

  • その症状によって強い苦痛を感じているか、その症状のために社会的な状況や職場で役割を果たすことができない。

また、認知症など健忘の神経学的な原因を否定するために身体診察も行います。

ときに健忘の他の原因を否定するために検査が必要になることもあります。検査には以下のものがあります。

心理検査も行います。患者の解離体験の特徴をとらえて理解し、治療計画を立てるにあたっては、しばしば特殊な心理検査が役立ちます。

解離性健忘の予後(経過の見通し)

ときには記憶がすぐによみがえることもあり、患者がトラウマやストレスになった状況(戦闘など)から離れると、そうなる可能性が高くなります。一方で、健忘が長期間続くこともあり、特に解離性とん走を起こした人でその傾向がみられます。加齢とともに症状が軽減していくことがあります。

大半の人では、欠落した記憶と思われるものを取り戻し、健忘の原因になった心の葛藤の解決に至ります。しかし、なかには心の壁を突き破ることができず、失った過去を再構築できない人もいます。

解離性健忘の治療

  • 支持的な環境

  • ときに記憶想起法(催眠など)

  • 精神療法

支持的な環境

治療はまず、例えばさらなるトラウマ体験を避けられるように支援することで、患者に安心感と信頼感をもたせることから始まります。つらい出来事の記憶を取り戻さなければならない緊急の理由がなければ、このような支持的な治療だけで十分な場合もあります。その場合、欠落した記憶を徐々に思い出していきます。

記憶想起法

欠落した記憶が回復しない場合や、急いで記憶を取り戻す必要がある場合には、記憶想起法がしばしば効果を発揮します。記憶想起法には以下のものがあります。

  • 催眠

  • 薬物を利用した面接(バルビツール酸系薬剤やベンゾジアゼピン系薬剤などの鎮静薬を静脈内投与した上で行う面接)

催眠と薬物を利用した面接は、記憶の空白期間に関わる患者の不安を軽減するとともに、苦痛に満ちた経験や葛藤を思い出さないようにするために、患者が心の中に築いた壁を突き崩したり、迂回したりするのに役立ちます。

ただし、医師は患者に思い出させる内容を示唆したり(その結果、間違った記憶を作り出す可能性があります)、極度の不安を引き起こしたりしないように注意します。失われた記憶を刺激するトラウマになった状況を思い出そうとすることは、しばしば極度の感情の乱れにつながります。

さらに、この方法で再生された記憶は正確でないこともあるため、他者や情報源による確認も必要になります。そのため、催眠または薬物を利用した面接に先立ち、医師は患者に対しこれらの方法で再生された記憶が正確でない場合もあるということを告げ、その上で治療の同意を得ます。

また、医師は解離性健忘の人に自分が助けになりたいと思っていることを伝えて、安心させようとします。過去(特に小児期)に虐待を受けていた人は、ときに医師や心理療法士に対して疑いの念をもち、彼らが自分を搾取ないし虐待したり、本当の記憶を思い出す手助けをするのではなく不快な記憶を植え付けようとしたりすると考えることがあります。

記憶の空白期間をできるだけ埋めることが、その人の自己同一性や自己認識に連続性を取り戻すのに役立ちます。

精神療法

健忘が解消された後に続けて精神療法を行うことが、患者が以下のことを行うのに役立ちます。

  • この病気の原因になったトラウマや葛藤について理解する

  • それらを解決する方法を見出す

  • 可能であれば将来のトラウマ体験を回避する

  • 自分の人生を歩んでいく

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