呼吸停止と心停止は異なるものであるが,無治療の場合,一方により必ず他方も引き起こされる。(呼吸不全,呼吸困難,および低酸素症も参照のこと。)
肺のガス交換が5分を超えて途絶すると,重要臓器,特に脳が不可逆的に損傷を受ける可能性がある。呼吸機能が直ちに回復しない限り,心停止がほぼ必ず続発する。しかしながら,心停止前後およびその他の心拍出量の低い状況では特に,過度の換気もまた血行動態学的に悪影響をもたらす可能性がある。多くの場合,最終目標は,心血管系の暫定的な容態をさらに悪化させることなく,十分な換気および酸素化を回復することである。
呼吸停止の病因
呼吸停止(および呼吸停止に進行しうる呼吸障害)は以下によって引き起こされる:
気道閉塞
呼吸努力の低下
呼吸筋の筋力低下
気道閉塞
呼吸努力の低下
呼吸努力の低下は,以下のいずれかによる中枢神経系の障害を反映する:
中枢神経系疾患
薬物(違法薬物も含む)の有害作用
代謝性疾患
脳幹を侵す中枢神経系疾患(例,脳卒中,感染症,腫瘍)では,換気低下を来しうる。通常,頭蓋内圧を上昇させる疾患は,最初のうちは過換気を来すが,脳幹が圧迫されると低換気を来す。
呼吸努力を低下させる薬剤にはオピオイドおよび催眠鎮静薬(例,バルビツール酸系薬剤,アルコール,より頻度は低いがベンゾジアゼピン系)などがある。これらの薬剤の併用は呼吸抑制のリスクをさらに高める(1)。通常は過量投与(医原性,故意,または過失による)が原因であるが,その薬の効果に感受性がより高い患者(例,高齢患者,身体機能が低下した患者,慢性呼吸機能不全の患者,閉塞性睡眠時無呼吸症候群の患者)では,より低用量でも呼吸努力が低下することがある。違法薬物の使用,特にヘロインやフェンタニルなどのオピオイドの使用による呼吸停止は,病院外での呼吸停止の原因として一般的である。入院患者では,オピオイド誘発性呼吸抑制(opioid-induced respiratory depression:OIRD)のリスクが手術直後の回復期に最もよくみられるが,入院期間中を通してそのリスクは持続し,術後患者のほぼ50%がその影響を受ける可能性がある(2)。OIRDは,重度の脳障害や死亡などの不幸な転帰につながる可能性がある(3)。
ガバペンノイド(ガバペンチン,プレガバリン)は,中枢神経系を抑制するオピオイドもしくはその他の薬剤を使用している患者(例,鎮静薬),高齢者,または慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者など基礎疾患で呼吸障害を有する患者において,重篤な呼吸困難を引き起こす可能性がある。
代謝性疾患において重度の低血糖または低血圧により中枢神経系が抑制された場合,ひどくなると呼吸努力が低下する。
呼吸筋の筋力低下
筋力低下は以下により生じうる:
呼吸筋の疲労
神経筋疾患
呼吸筋の疲労は,最大努力換気量の約70%を超える分時換気量の呼吸を長期にわたって行った場合(例,重症の代謝性アシドーシスまたは低酸素血症による)に起こることがある。
神経筋の異常による原因には,脊髄損傷,神経筋疾患(例,重症筋無力症,ボツリヌス症,ポリオ,ギラン-バレー症候群),神経筋遮断薬(例,スキサメトニウム,ロクロニウム,ベクロニウム)の使用などがある。
病因論に関する参考文献
1.Izrailtyan I, Qiu J, Overdyk FJ, et al: Risk factors for cardiopulmonary and respiratory arrest in medical and surgical hospital patients on opioid analgesics and sedatives.PLoS One 13(3):e019455, 2018. doi: 10.1371/journal.pone.0194553
2.Khanna AK, Bergese SD, Jungquist CR, et al: Prediction of opioid-induced respiratory depression on inpatient wards using continuous capnography and oximetry: An international prospective, observational trial. Anesth Analg 131(4):1012-1024, 2020.doi:10.1213/ANE.0000000000004788
3.Lee LA, Caplan RA, Stephens LS, et al: Postoperative opioid-induced respiratory depression: A closed claims analysis.Anesthesiology 122: 659–665, 2015.doi: 10.1097/ALN.0000000000000564
呼吸停止の症状と徴候
呼吸が停止すると,患者は意識を失うか,または意識が低下する。
低酸素血症の患者はチアノーゼを呈しうるが,貧血,一酸化炭素中毒,またはシアン化物中毒があるとチアノーゼはマスクされることがある。貧血によってヘモグロビンが減少していると,患者が低酸素血症の場合でも脱酸素化ヘモグロビンの総量が減少するため,チアノーゼはそれほど明白ではない。一酸化炭素ヘモグロビンにより,ときに皮膚が赤く見えることがある。シアン化物中毒では,シアン化物によって細胞呼吸が障害されるため,患者は機能的に低酸素であるにもかかわらずチアノーゼを呈さないことがある。
高流量酸素により治療されている患者は,呼吸停止後も数分経過するまで低酸素血症にならず,よってチアノーゼまたは酸素飽和度の低下を来さないことがある。逆に,慢性肺疾患および赤血球増多のある患者は,呼吸が停止していなくてもチアノーゼを呈することがある。
呼吸停止が是正されなければ,低酸素血症,高炭酸ガス血症,またはその両方の発生から数分以内に心停止が起こる。
切迫した呼吸停止
呼吸が完全に停止する前,神経機能が正常の患者は,興奮,錯乱し,呼吸しようともがくことがある。頻脈および発汗がみられる;肋間または胸骨や鎖骨上部の陥没がみられる場合もある。中枢神経系の障害または呼吸筋の筋力低下を有する患者は,微弱な,喘ぐような,または不規則な呼吸,および奇異性呼吸運動を呈する。気道に異物がある患者は,息が詰まって喉を指し示したり,吸気性喘鳴を呈することがあるが,いずれの所見もみられないことがある。
代償不全に陥っている患者では,呼気終末二酸化炭素濃度をモニターすることで,呼吸停止が切迫していることに気づくことができる。
乳児,特に生後3カ月未満の場合は,激烈な感染症,代謝性疾患,または呼吸筋疲労に続いて,前触れなく急性の無呼吸を発症する場合がある。
喘息患者,または他の慢性肺疾患の患者は,呼吸窮迫が長く続いた後,高炭酸ガス血症および疲労を来し,酸素飽和度は十分であるにもかかわらず,ほとんど前触れなく突然,意識障害に陥り無呼吸になることがある。
呼吸停止の診断
臨床的評価
呼吸停止は臨床的に明らかである;治療は診断と同時に開始する。第一に考慮すべきは気道を閉塞する異物を除外することであり,もし異物があると,口対口人工呼吸またはバッグバルブマスク換気の施行中に換気に対して著明な抵抗が生じる。異物は,気管挿管のための喉頭鏡使用時に発見されることがある(除去については,異物の除去および上気道の確保を参照)。