全身性疾患と口腔

執筆者:Rosalyn Sulyanto, DMD, MS, Boston Children's Hospital
レビュー/改訂 2021年 8月
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全身性疾患を示唆する手掛かりが,口腔および周辺組織から得られることがある(歯科患者へのアプローチに関する序論および全身性疾患における口腔所見の表を参照)。全身性疾患が疑われる場合,患者が特定の薬物(例,ワルファリン,ビスホスホネート)を服用している場合,および患者が全身麻酔や広範囲にわたる口腔外科手術に耐えうるかどうかを評価しなければならない場合,歯科医師は医師へのコンサルテーションを行うべきである。

ある種の心疾患を有する患者は,特定の歯科処置を行う前に細菌性心内膜炎の予防のため抗菌薬の投与を必要とすることがある(米国の高リスク患者において抗菌薬による心内膜炎予防を必要とする処置の表および口腔外科・歯科処置または気道に対する処置の施行時に推奨される心内膜炎予防の表も参照)。

表&コラム
表&コラム

全身性疾患患者の口腔ケア

特定の病状(およびその治療)は歯科疾患を患者に生じやすくしたり,口腔ケアに影響を及ぼしたりする。

血液疾患

凝固が妨げられる疾患(例,血友病急性白血病血小板減少症)がある患者は,出血を起こす可能性のある歯科処置(例,抜歯,下顎神経ブロック,歯の清掃)を受ける前に医師へのコンサルテーションが必要である。血友病患者は局所麻酔が必要な抜歯および歯科修復処置(例,充填処置)の処置前,処置中,処置後において凝固因子の投与を受けるべきである。大半の血液専門医は血友病患者,特に因子インヒビターが発生している患者には,修復処置の際に伝達麻酔よりも局所浸潤麻酔の使用を奨励している。

歯科修復処置は血液専門医のコンサルテーションの後,歯科医院で行うことができる;しかし,患者が第VIII因子のインヒビターをもっている場合は歯科処置は病院での全身麻酔下で行うべきである。口腔外科手術は,血液専門医へのコンサルテーションを行った上で,病院で施行すべきである。全ての出血性疾患の患者は,抜歯が必要とならないよう,清掃,充填,局所フッ素および予防的シーラント療法を含む定期的な歯科受診を一生涯定期的に続けるべきである。

心血管疾患

心筋梗塞後,損傷を受けた心筋が電気的に不安定になるのを避けるために,歯科処置は可能であれば6カ月間は避けるべきである。歯科処置に吸入麻酔を要する肺疾患または心疾患患者は入院すべきである。

心内膜炎予防法は以下の患者の歯科処置時のみに必要となる:

  • 心臓弁修復に人工弁または人工材料が用いられている場合

  • 細菌性心内膜炎の既往

  • 姑息的なシャントおよび導管を含む未修復のチアノーゼ性先天性心疾患

  • 人工材料または器具で完全に修復された先天性心疾患(術後6カ月以上経過)

  • 人工パッチまたは器具が用いられた部位,またはその近傍に欠損部が残存する修復された先天性心疾患

  • 弁膜症の心臓移植レシピエント

慢性の歯科病態で発生する軽度の菌血症に対して,(予防を伴う)歯科処置を受けた方が,処置を受けない場合よりも心臓を良好に保護できる。心臓弁手術または先天性心疾患の修復手術を受ける患者は術前に必要な歯科処置を済ませておくべきである。

おそらく有益性はわずかであるが,抗菌薬の予防投与はときに,血液透析のシャントを有する患者や大きな人工関節(股関節部,膝,肩,肘)の置換後2年以内の患者に対して推奨されることがある。これらの部位に感染を引き起こす細菌は口腔より皮膚由来であることがほとんどである。

アドレナリンやレボノルデフリン(levonordefrin)などのアドレナリン作動薬は麻酔の持続時間を延ばすために局所麻酔に加えられる。一部の心血管疾患患者においては,これらの薬物の過剰は不整脈,心筋虚血または高血圧を引き起こす。純粋な麻酔薬は45分以内に終了する処置に用いることができるが,より長時間の処置または止血が必要な際は,最高で0.04mgまでのアドレナリン(1:100,000に希釈されたアドレナリン添加の歯科用麻酔カートリッジ2本分)が安全と考えられている。一般に,いかなる健康な患者に対しても1回の診察において0.2mgを超えるアドレナリンを投与すべきではない。アドレナリンに対する絶対的禁忌は(いかなる量であれ),コントロール不良の甲状腺機能亢進症;褐色細胞腫;収縮期血圧が200mmHgを超える,または拡張期血圧が115mmHgを超える;薬物療法でもコントロールできない不整脈;および6ヵ月以内の不安定狭心症,心筋梗塞,または脳卒中である。

電気メス,電気歯髄診断器,または超音波スケーラーなどのある種の電動歯科器具は,旧式のペースメーカーを妨害する可能性がある。

がん

歯肉,口蓋,または上顎洞のがんに近接している歯の抜去は,歯槽骨(抜歯窩)への浸潤を招く。したがって,歯は最終的な治療過程においてのみ抜去されるべきである。白血病や無顆粒球症患者においては,抗菌薬を使用していても,抜歯後に感染が起こることがある。

免疫抑制

免疫障害の患者は,真菌,ヘルペス,その他のウイルスおよび,頻度は低いが細菌による重度の粘膜および歯周組織感染にかかりやすい。こういった感染症は,出血,治癒遅延または敗血症を生じさせることがある。形成異常の,または腫瘍性の口腔病変が,数年間の免疫抑制の後に発生することがある。AIDS患者ではカポジ肉腫,非ホジキンリンパ腫,毛状白板症,カンジダ症アフタ性潰瘍,または急速進行性歯周炎,HIV関連歯周炎が発生することがある。

内分泌疾患

歯科処置はある種の内分泌疾患によって複雑になりうる。例えば,甲状腺機能亢進症の患者はアドレナリンを投与されると,甲状腺クリーゼだけでなく頻脈と過度の不安を生じる可能性がある。糖尿病患者においては,口腔感染が制御されればインスリン必要量を低減できることがある;口腔外科処置後の疼痛のために食事摂取量が制限される場合,インスリン投与量の減少が必要になることがある。糖尿病の患者において,高血糖が原因の多尿症は脱水を引き起こすことがあり,結果として唾液流量が減少し(口腔乾燥症),唾液中のブドウ糖濃度の上昇とともに齲蝕の一因となる。

コルチコステロイド投与中の患者や副腎皮質機能不全の患者は大きな歯科処置中にはコルチコステロイドの補充が必要になることがある。クッシング症候群患者,またはコルチコステロイドを服用中の患者は,歯槽骨欠損,創傷治癒の遅滞,毛細血管の脆弱化が生じることがある。

神経疾患

歯科補綴物が必要な痙攣患者は,誤飲誤嚥しないような非可撤式補綴物を使用するべきである。効果的な歯磨き,またはデンタルフロスによる清掃が不可能な患者は,朝と就寝時に0.12%クロルヘキシジン含嗽剤【訳注:日本では口腔内への使用は禁忌】を使用する。米国以外の多くの国では,クロルヘキシジンは0.2%の濃度で入手できる。ただし,このような高濃度は,歯肉の健康により効果的であることは示されておらず,歯面着色のリスクを高める可能性がある。

閉塞性睡眠時無呼吸症候群

持続的陽圧呼吸(CPAP)や,二相性陽圧呼吸(BiPAP)マスクを使用した処置に耐えられない閉塞性睡眠時無呼吸症候群の患者はときに中咽頭を拡張する口腔内装置による治療を受ける。この方法はCPAPほど効果的ではないが,より多くの患者がその使用に耐える。

薬剤

コルチコステロイド,免疫抑制薬,抗腫瘍薬などの特定の薬は,治癒と宿主防御を損なう。可能であれば,このような薬物の投与中は歯科処置を実施すべきではない。

多くの薬剤が特に高齢患者で大きな健康問題である口腔乾燥(口腔乾燥症)を引き起こす。原因となる薬剤には抗コリン作用がある場合が多く,具体的には特定の抗うつ薬,抗精神病薬,利尿薬,降圧薬,抗不安薬および鎮静薬,非ステロイド系抗炎症薬(NSAID),抗ヒスタミン薬,オピオイド鎮痛薬などがある。

ある種の抗悪性腫瘍薬(例,ドキソルビシン,フルオロウラシル,ブレオマイシン,アクチノマイシンD,シトシン,アラビノシド,メトトレキサート)は口内炎を引き起こし,既存の歯周病がある患者ではより重篤になる。そのような薬物の処方前には,口腔清掃を完了すべきであり,患者は適切な歯磨きとデンタルフロスによる清掃の指導を受けるべきである。

凝固を阻害する薬剤は,口腔外科処置前に減量または中止が必要になる場合がある。アスピリン,NSAIDまたはクロピドグレルを服用中の患者は歯科手術の施行4日前に服用を中止すべきであり,出血が止まってからこれらの薬物を再開することができる。国際標準化比(INR) < 4で安定している経口抗凝固薬を服用中の大半の患者は,抜歯を含む外来での口腔外科処置前に服用を中止する必要はない。なぜなら,有意な出血が起きるリスクは非常に低く,一時的に抗凝固薬を中止することにより血栓症のリスクが上昇する恐れがあるからである。血液透析患者に対しては,ヘパリン比が減少している透析の翌日に歯科処置を施行すべきである。

フェニトイン,シクロスポリン,およびカルシウム拮抗薬(特にニフェジピン)は歯肉増殖症の一因となる。歯肉増殖症は,フェニトインを服用している患者の約50%,シクロスポリンまたはカルシウム拮抗薬を服用している患者の25%に発生する。しかし,歯肉増殖は非常に良好な口腔衛生と歯科医師による口腔清掃で最小限に抑えることができる。

ビスホスホネートは抜歯後に骨吸収抑制剤関連顎骨壊死(ONJ)を引き起こす可能性がある。ONJは主に,ビスホスホネートが骨腫瘍の治療に非経口(parenteral)で投与された場合に発生し,骨粗鬆症の予防に経口的に投与された場合は発生率が大きく低下する(ONJのリスクは約0.1%)。口腔清掃の徹底と定期的な口腔ケアによりONJのリスクが低下する可能性はあるが,誰に骨吸収抑制剤関連顎骨壊死のリスクがあるのかを判断する妥当性が確認された方法はない。ビスホスホネート療法を中止してもリスクが下がらない可能性があり,また骨粗鬆症の治療を受けている場合に骨減少率が上昇する可能性がある。

放射線療法

放射線を受けた組織からの歯の抜去(特に,総線量が65Gyを超えた場合,とりわけ下顎において)は,放射線性顎骨壊死が続発することがあるため,避けるべきである。これは壊滅的な合併症であり,抜歯窩が崩壊し,多くの場合,骨と軟組織が脱落する。この合併症の可能性を回避するために,頭頸部領域の放射線療法を受ける前には,治癒の期間も考慮した上で,患者は必要な歯科処置を完了しておくべきである。保存不可能な歯は抜歯すべきである。必要と考えられるシーラント処置やフッ素局所塗布を行うべきである。放射線療法後は,可能であれば歯の修復処置を用い,抜歯は避けるべきである。ときに根管治療を施し,骨の萎縮を予防するために,歯肉縁レベルまで歯を削除する。放射線治療後に抜歯が必要であれば,10~20回の高圧酸素室治療により,放射線性骨壊死を予防ないし事前に対処できる場合がある。

パール&ピットフォール

  • 放射線性顎骨壊死はときに,放射線を受けた組織からの歯の抜去に続発する(特に,総線量が65Gyを超えた場合,とりわけ下顎において)。この壊滅的な合併症では,抜歯窩が崩壊し,多くの場合,骨と軟組織が脱落する。このような深刻な合併症を回避するために,患者が放射線療法を受ける前に必要な歯科処置を行う。

頭頸部への放射線治療はしばしば唾液腺を損傷し,齲蝕を促進する永続的な口腔乾燥症を引き起こす。それゆえ,患者は良好な口腔衛生を生涯にわたって実践しなければならない。フッ素ジェルとフッ素含嗽剤は毎日使用すべきである。もし耐えうるならば,朝と就寝時に0.12%のクロルヘキシジンで30~60秒間含漱してもよい。口腔組織が敏感な患者は,粘性のリドカインにより,歯磨きや,デンタルフロスの使用,摂食が可能となる。

前回の診察所見に応じて,3カ月,4カ月または6カ月間隔で歯科医の診察を受けさせるべきである。照射を受けた義歯床下の組織は崩壊する可能性が高いため,不快感に気づいた場合は常に義歯の診査と調整を受けるべきである。初期齲蝕はカルシウム・リンペプチドとアモルファス・リン酸カルシウムを歯科医院,または処方により自宅で塗布することで回復できる可能性がある。

放射線療法を受けた患者には,咀嚼筋の線維症による開口障害だけでなく口腔粘膜炎や味覚の減退が生じることがある。開口障害は口を大きく開閉させる運動を20回ずつ,1日に3回または4回行うことにより最小限に抑えうる。

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