大腸菌(Escherichia coli)O157:H7およびその他の腸管出血性大腸菌(E. coli)(EHEC)による感染症

執筆者:Larry M. Bush, MD, FACP, Charles E. Schmidt College of Medicine, Florida Atlantic University;
Maria T. Vazquez-Pertejo, MD, FACP, Wellington Regional Medical Center
レビュー/改訂 2022年 4月
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グラム陰性細菌である大腸菌(Escherichia coli)O157:H7およびその他の腸管出血性大腸菌(E. coli)(EHEC)は,典型的には急性の血性下痢を引き起こし,それが溶血性尿毒症症候群に進行することがある。症状は腹部痙攣と下痢で,下痢は肉眼的に血性のことがある。発熱は著明ではない。診断は便培養と毒素検査による。治療は支持療法であり,抗菌薬の使用は推奨されない。

疫学

EHECには志賀毒素および志賀毒素様毒素を産生する100を超える血清型が存在する(志賀毒素産生性大腸菌[E. coli][STEC];ベロ毒素産生性大腸菌[E. coli][VTEC]としても知られる)。しかしながら,ヒト疾患と関連がみられる血清型は少数に過ぎない。

大腸菌(E. coli)O157:H7は,北米で最もよくみられるSTECである。ただし,STECのO157以外の血清型(特にO26,O45,O91,O103,O111,O113,O121,O128,およびO145)も腸管出血性疾患を引き起こすことがあり,特に米国外で多くみられる。2011年には,血清型O104:H4が欧州で複数の国にまたがる重大なアウトブレイクを引き起こした。

米国とカナダの一部地域では,血性下痢の原因として細菌性赤痢サルモネラ症よりも大腸菌(E. coli )O157:H7感染症の方が頻度が高くなることがある。大腸菌(E. coli)O157:H7感染症はあらゆる年齢の人々に発生するが,重症感染症は小児や高齢者で最も多い。

大腸菌(E. coli)O157:H7その他のSTECはウシを病原体保有生物とする。感染は牛糞に汚染された食品または水を介して広がり,アウトブレイクや散発感染例は,典型的には加熱調理が不十分な牛肉(特にハンバーガーなどの牛ひき肉)または無殺菌牛乳の摂取後に起こる。2011年に欧州で発生したO104:H4のアウトブレイクでは,生のもやしによって感染が拡がった。糞口経路によって菌が伝播されることもあり,特におむつをした乳児間で多くみられる(例,塩素処理が不十分な子供用プールを介した伝播)。

病態生理

大腸菌(E. coli)O157:H7および同様のSTEC血清型は,摂取後に大腸で様々な毒素を多量に産生するが,これらの毒素は志賀赤痢菌(Shigella dysenteriae)1型が産生する強力な細胞毒と極めて近い毒素であるこれらの毒素は,粘膜細胞および腸壁の血管内皮細胞を直接障害するようである。吸収されると,他の血管内皮(例,腎臓の血管内皮)に対して毒性作用を発揮する。

約5~10%の患者(大半が5歳未満の小児と60歳以上の成人)は溶血性尿毒症症候群を併発するが,典型的には発症後2週目にみられる。この合併症の有無にかかわらず,死に至ることがあり,特に高齢者で多くみられる。

症状と徴候

EHEC感染症は,典型的には急性の重度の腹部痙攣と水様性下痢で始まり,下痢は24時間以内に肉眼的に血性となりうる。下痢を「全て血液で便は含まれていない」と訴える患者もおり,これが出血性大腸炎の用語が生まれた所以である。通常,発熱はないか,あっても微熱であるが,ときに39℃に達することがある。合併症のない感染例では下痢は1~8日間持続する。

溶血性尿毒症症候群は,ヘマトクリットおよび血小板数の急激な低下,血清クレアチニンの上昇,高血圧を引き起こし,また体液過剰徴候,出血傾向,神経症候をもたらす可能性がある。

診断

  • 便培養

  • 志賀毒素の迅速便検査

大腸菌(E. coli)O157:H7およびその他のSTEC感染症は,便培養で起因菌を分離することにより,他の感染性下痢症と鑑別するべきである。EHEC感染症の培養には特殊な培地が必要である。血清型を同定することは,アウトブレイクの感染源を同定するのに役に立つ。多くの場合,医師は検査室に対して,この病原体の検査を具体的に依頼しなければならない。

発熱のない血性下痢と重度の腹痛の組合せは感染以外の様々な病因を示唆することから,虚血性大腸炎腸重積症,および炎症性腸疾患が疑われる症例では,EHEC感染症も考慮すべきである。便液中に炎症細胞が認められないことが特徴である。志賀毒素の迅速便検査または(利用可能な場合は)毒素をコードする遺伝子の検査が役立つことがある。

非感染性の下痢のリスクが高い患者には,S状結腸鏡検査が必要となりうる。S状結腸鏡検査では発赤と浮腫を認めることがあり,下部消化管造影または腹部単純X線では典型的には母指圧痕像(thumbprinting)を伴う浮腫の所見を認める。

治療

  • 支持療法

EHEC感染症の治療は支持療法が中心となる。大腸菌(E. coli)は最も頻用される抗菌薬に対して感受性を示すが,抗菌薬による症状の緩和,保菌数の減少,溶血性尿毒症症候群の予防などの効果は示されていない。フルオロキノロン系薬剤はエンテロトキシンの放出を増大させ,溶血性尿毒症症候群のリスクを有する可能性が疑われている。

溶血性尿毒症症候群の発生リスクの高い患者(例,5歳未満の小児,高齢者)では,感染後1週間は溶血性貧血,血小板減少,タンパク尿,血尿,赤血球円柱,血清クレアチニン高値などの初期徴候がないか観察すべきである。浮腫および高血圧は遅れて発生する。合併症が発生した患者には,三次医療機関での透析やその他の特異的治療を含めた集中治療が必要になる可能性が高い。

予防

米国では,食肉の加工手順の改良が食肉汚染の頻度を減らすのに役立っている。

感染者の便の適正な処理,良好な衛生状態,および石鹸と水道水による入念な手洗いが感染拡大の防止につながる。

保育施設の環境で効果的となりうる予防策として,STEC感染が既知の小児をグループにまとめる,感染児では2回の便培養陰性を登園の要件とするなどがある。

ミルクの低温殺菌や牛肉の完全加熱調理も食品を介した完成伝播の予防につながる。

介入により新たな感染例を予防できることから,血性下痢のアウトブレイク発生時には公衆衛生機関への届出が重要である。

要点

  • 腸管出血性大腸菌(E. coli)(EHEC)は,重度の血性下痢に加えて,ときに溶血性尿毒症症候群を引き起こす志賀毒素を産生する。

  • EHECの血清型の数は100を超え,O157:H7が最もよく知られているが,他の多くの血清型も同様の疾患を引き起こす。

  • EHECの病原体保有生物はウシであるため,アウトブレイクは加熱調理の不十分な牛肉(例,ハンバーガー)の摂取を原因として発生する場合が多いが,他の多くの食品(例,生鮮食品,生乳)や感染源(例,動物への直接曝露)が関与することもある。

  • 便検査により志賀毒素を同定し,培養(特殊な培地が必要)によりEHECを同定する。

  • 支持療法を行う;抗菌薬は役に立たない。

  • 発症から1または2週間は,リスクのある患者に対し(例,5歳未満の小児,高齢者),溶血性尿毒症症候群の徴候がないかモニタリングを行う。

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