カルシウムは,筋収縮,神経伝導,ホルモン分泌,および血液凝固が適切に機能するために必要である。また,他の様々な代謝過程には適切なカルシウム濃度が必要である。
体内におけるカルシウム貯蔵量の維持(低カルシウム血症または高カルシウム血症を避けるため)は,以下に依存する:
食事からのカルシウム摂取
消化管(GI)からのカルシウム吸収
腎臓からのカルシウム排泄
バランスのとれた食事からは,約1000mgのカルシウムが毎日摂取され,1日に約200mgが消化管の胆汁および他の消化管分泌物へ分泌される。循環血液中の副甲状腺ホルモン(PTH)および活性型ビタミンDである1,25(OH)2D(1,25-ジヒドロキシコレカルシフェロール,カルシトリオール)の濃度に応じて,このうちおよそ200~400mgのカルシウムが腸管から毎日吸収される(ビタミンD欠乏症も参照)。残りの800~1000mgは便中に排泄される。カルシウムのバランスは,腎臓から平均200mg/日のカルシウムが排泄されることによって維持され,この排泄量もまた循環血液中のPTHおよびカルシトニンの濃度によって決まる。
細胞外および細胞内のカルシウム濃度は,細胞の形質膜や,小胞体,筋細胞の筋小胞体,ミトコンドリアなどの細胞内小器官の膜を通過する両方向性カルシウム輸送によっていずれも厳密に調節されている。
イオン化カルシウムは生理的に活性を有する形態である。細胞質のイオン化カルシウムは,μmolの範囲内(血清中濃度の1/1000未満)で維持されている。イオン化カルシウムは細胞内のセカンドメッセンジャーとして作用しており,骨格筋の収縮,心筋および平滑筋の興奮-収縮連関,ならびにプロテインキナーゼの活性化および酵素のリン酸化に関与している。カルシウムは,cAMP(サイクリックアデノシン一リン酸)やイノシトール1,4,5-三リン酸など他の細胞内メッセンジャーの働きにも関与しており,これによってアドレナリン,グルカゴン,バソプレシン(抗利尿ホルモン),セクレチン,コレシストキニンなど多数のホルモンに対する細胞応答を媒介している。
細胞内での重要な役割にもかかわらず,体内のカルシウムの約99%は主としてヒドロキシアパタイト結晶の形で骨に存在している。骨カルシウムの約1%が細胞外液と自由に交換可能であり,カルシウム平衡の変化を緩衝するために利用される。
血清総カルシウム濃度の正常範囲は,8.8~10.4mg/dL(2.20~2.60mmol/L)である。血中総カルシウムの約40%は血漿タンパク質(主にアルブミン)と結合している。残りの60%は,イオン化カルシウムや,リン酸およびクエン酸と複合体を形成したカルシウムである。通常,総カルシウム(すなわち,タンパク質結合カルシウム,複合型カルシウム,およびイオン化カルシウム)が臨床検査で測定される。
しかしながら,理想としてはイオン化(遊離)カルシウムの濃度を測定するべきであり,というのもイオン化カルシウムは血漿中で生理的に活性を有する形態で,この濃度が必ずしも血清総カルシウム濃度と相関するとは限らないからである。
イオン化カルシウムは一般に血清総カルシウムの約50%とみなされている。
イオン化カルシウムは,血清総カルシウムと血清アルブミンの値から推定することができる(イオン化カルシウム濃度の推定を参照)。
イオン化カルシウムの直接測定は,技術的に困難なため,通常は血清カルシウムのタンパク質結合が著しく変化していると疑われる患者に限って行われる。
血清イオン化カルシウム濃度の正常範囲は施設毎にある程度異なるが,典型的には4.7~5.2mg/dL(1.17~1.30mmol/L)である。
カルシウム代謝の調節
カルシウムの代謝とリンの代謝(リン濃度の異常の概要を参照)は密接に関連している。カルシウムおよびリンの平衡は,どちらの調節にも副甲状腺ホルモン(PTH)とビタミンDの血中濃度が大きく影響するほか,程度は小さいがカルシトニンの血中濃度も影響を及ぼす。また,カルシウムおよびリンの濃度は,これらが化学的に反応してリン酸カルシウムが生成されるという性質によっても,互いに関連している。カルシウム濃度とリン濃度(単位はmg/dL)の積は正常では60mg2/dL2(4.8mmol2/L2)未満と推定され,この積が70mg2/dL2(5.6mmol2/L2)を上回ると,リン酸カルシウム結晶が軟部組織に沈着する可能性が非常に高くなる。血管組織の石灰化は,動脈硬化性血管疾患を促進し,たとえカルシウムとリンの積が低い(> 55mg2/dL2[4.4mmol2/L2])場合でも起こる可能性があり,慢性腎臓病患者では特にそのリスクが高い。
副甲状腺ホルモン
副甲状腺ホルモンは副甲状腺によって分泌される。いくつかの作用があるが,おそらく最も重要なものは低カルシウム血症の予防である。副甲状腺細胞は血清カルシウム濃度の低下を感知し,これに反応してあらかじめ合成されたPTHを循環血液中に放出する。PTHは,腎臓および腸管からのカルシウム吸収を増進し,カルシウムおよびリンを骨から迅速に動員すること(骨吸収)によって,数分以内に血清カルシウム濃度を上昇させる。腎臓からのカルシウム排泄は,一般にナトリウム排泄と並行して進行し,近位尿細管でのナトリウム輸送を支配するものと同じ数多くの因子から影響を受ける。一方,PTHはナトリウムとは無関係に遠位尿細管でのカルシウム再吸収を増加させる。
また,PTHは腎臓でのリンの再吸収を減少させ,それにより腎臓からのリンの排泄を促す。腎臓からのリンの排泄は,PTHに反応してカルシウム濃度が上昇するにつれて,血漿中でのカルシウム濃度とリン濃度の積が過剰になることを防いでいる。
PTHはまた,ビタミンDから最も活性の高いカルシトリオールへの変換を刺激することによっても血清カルシウム濃度を上昇させる。この型のビタミンDは食物中カルシウムの腸管吸収率を高める。カルシウム吸収の増加にもかかわらず,長期にわたりPTH分泌増加が続くと,骨芽細胞機能の抑制と破骨細胞活性の促進により,一般に骨吸収が進行する。PTHとビタミンDは,どちらも骨成長および骨リモデリングの重要な調節因子として機能する(ビタミンDの欠乏症および依存症も参照)。
PTHの検査方法としては,インタクトPTHのラジオイムノアッセイが依然として推奨されている。第2世代のインタクトPTHの検査方法が利用可能である。このような検査では,生体が利用できるPTHまたは完全なPTHを測定する。従来の検査方法で得られる値の50~60%に相当する値が得られる。いずれのタイプの検査方法とも,正常範囲に注意すれば,原発性副甲状腺機能亢進症の診断または腎疾患に続発する副甲状腺機能亢進症のモニタリングに使用可能である。
PTHは尿中cAMPを増加させる。ときに,偽性副甲状腺機能低下症の診断では,総cAMPまたは腎性cAMPの排泄を測定する。
カルシトニン
カルシトニンは甲状腺傍濾胞細胞(C細胞)によって分泌される。カルシトニンには,細胞への取り込み,腎臓からの排泄,および骨形成を亢進させることによって血清カルシウム濃度を低下させる傾向がある。カルシトニンが骨代謝に及ぼす作用は,PTHまたはビタミンDの作用よりもはるかに弱い。