胸部大動脈瘤

執筆者:Mark A. Farber, MD, FACS, University of North Carolina;
Federico E. Parodi, MD, University of North Carolina School of Medicine
レビュー/改訂 2023年 8月
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胸部大動脈の径が正常より50%以上大きい場合,動脈瘤とみなされる(径の正常値は部位により異なる)。大半の胸部大動脈瘤は無症状であるが,胸痛または背部痛がみられる場合もあるほか,その他の症候は通常,合併症(例,解離,隣接構造の圧迫,血栓塞栓症,破裂)の結果として生じたものである。破裂のリスクは動脈瘤の大きさに比例する。診断はCT血管造影または経食道心エコー検査(TEE)により行う。治療は血管内ステントグラフト内挿術または外科手術である。

大動脈瘤の概要も参照のこと。)

胸部大動脈瘤(TAA)は,大動脈が横隔膜より上部で異常に拡張した状態である。TAAは大動脈瘤の4分の1を占める。発生率は男性と女性で同じである。

TAAの発生部位(1)は以下の通りである:

  • 上行大動脈(大動脈基部と腕頭[無名]動脈の間):46%

  • 大動脈弓部(腕頭動脈,頸動脈,鎖骨下動脈を含む):21%

  • 下行大動脈(左鎖骨下動脈より末梢):35%

合併症

TAAの合併症としては以下のものがある:

  • 大動脈解離

  • 隣接構造の圧迫または侵食

  • 漏出または破裂

  • 血栓塞栓症

上行大動脈の動脈瘤は,ときに大動脈基部を侵して,大動脈弁逆流または冠動脈口閉塞を引き起こし,狭心症心筋梗塞,失神を惹起する。

総論の参考文献

  1. 1.Gouveia E Melo R, Silva Duarte G, Lopes A, et al.Incidence and Prevalence of Thoracic Aortic Aneurysms: A Systematic Review and Meta-analysis of Population-Based Studies. Semin Thorac Cardiovasc Surg 2022;34(1):1-16.doi:10.1053/j.semtcvs.2021.02.029

胸部大動脈瘤の病因

大半の胸部大動脈瘤の原因は以下の通りである:

胸部大動脈瘤と大動脈解離に共通する危険因子として,長期にわたる高血圧脂質異常症,喫煙などがある。TAAのその他の危険因子としては,他部位の動脈瘤,感染症,大動脈炎,高齢(好発年齢は65~70歳)などがある。

先天性結合組織異常症(例,マルファン症候群エーラス-ダンロス症候群,ロイス‐ディーツ症候群)は嚢胞性中膜壊死を引き起こし,この変性変化はTAAに大動脈解離や大動脈近位部および大動脈弁の拡大(大動脈弁輪拡張症)といった合併をもたらし,これらにより大動脈弁逆流症が惹起される。大動脈弁輪拡張症の症例の50%はマルファン症候群によるものであるが,嚢胞性中膜壊死とその合併症が(たとえ先天性結合組織異常症が存在しない場合でも)若年者に生じる可能性がある。

感染性TAAは,全身または局所感染の血行性伝播(例,敗血症肺炎),リンパ行性伝播(例,結核),または直接進展(例,骨髄炎心膜炎)に起因する。細菌性心内膜炎第3期梅毒は,まれな原因である。

TAAは一部の血管炎疾患でも発生する(例,巨細胞性動脈炎高安動脈炎多発血管炎性肉芽腫症)。

鈍的胸部外傷で生じた大動脈壁の損傷によって仮性動脈瘤(偽性動脈瘤)が形成されることがある;この場合,大動脈の損傷により動脈内腔と周囲の結合組織との間に交通が生じて,大動脈の領域外に血液が漏出することになるが,血管壁の外側に血液で満たされた空間が形成され,それが血栓化して血液の漏出を閉鎖する。

胸部大動脈瘤の症状と徴候

大半の胸部大動脈瘤は合併症(例,血栓塞栓症,破裂,大動脈弁逆流,解離)が発生するまで無症状である。しかしながら,隣接構造の圧迫によって背部痛(脊椎の圧迫による),咳嗽または呼気性喘鳴(気管気管支の圧迫による),嚥下困難(食道の圧迫による),嗄声(左反回神経または迷走神経の圧迫による),胸痛(冠動脈圧迫による),上大静脈症候群(中心静脈または上大静脈の圧迫による)が生じる可能性がある。

動脈瘤が肺に侵食すれば喀血や間質性肺炎を来し,食道に侵食すれば(大動脈食道瘻)大量吐血を来す。

解離は引き裂くような胸痛で発症し,しばしば背部肩甲骨間への放散痛を認める。

血栓塞栓症により,脳卒中,腹痛(腸間膜虚血による),四肢痛を来すこともある。

直ちに致死的とならないTAA破裂では,重度の胸痛または背部痛と低血圧またはショックがみられる。破裂による失血は,胸腔内または心膜腔内に生じることが最も多い。

これら以外の徴候としては,交感神経節の圧迫によるホルネル症候群(縮瞳,眼瞼下垂,無汗症),心収縮のたびに触知可能となる気管の下方移動(気管牽引),気管偏位などがある。まれではあるが,視診または触診で胸壁の拍動を確認でき,ときに左室の心尖拍動よりも著明となる。

大動脈基部の梅毒性動脈瘤は,古典的には大動脈弁逆流と冠動脈口の炎症性狭窄を引き起こすが,これらは心筋虚血に起因する胸痛として出現することがある。梅毒性動脈瘤は解離しない。

胸部大動脈瘤の診断

  • 偶然のX線所見

  • 確定診断はCT血管造影(CTA),MRアンギオグラフィー(MRA),または経食道心エコー検査(TEE)による

胸部大動脈瘤は通常,胸部X線で縦隔の開大または大動脈球の拡大が認められて最初に疑われる。しかしながら,TAAに対する胸部X線の感度は低く,信頼できる診断手段にはならない(例,胸痛のある患者や大動脈瘤が疑われる患者の場合)。動脈瘤を示唆する胸部X線所見または症候がみられた場合は,断層撮影の画像検査でフォローアップすべきであり,そこでの検査法の選択は,各検査の利用可能性と医療機関の経験に基づいて判断する。

破裂が疑われる場合は,利用可能性に応じてTEE(上行解離が対象)またはCTAを直ちに施行するべきである。胸部CTAでは,動脈瘤の大きさと中枢または末梢への進展範囲を描出でき,また血液の漏出を検出し,併存症を同定することができる。MRAでも同様の詳細な情報が得られる。経胸壁心エコー検査(TTE)では,上行大動脈の動脈瘤の大きさと進展範囲を描出し,血液の漏出を検出することができるが,下行大動脈には有用でない。TEEは胸部大動脈全体を描出することはできないが,大動脈解離の入口部を検出する上では極めて有用となりうる。

造影剤を用いる血管造影は,動脈内腔について最良の画像を描出するが,もはや優先される画像検査ではなくなっている。管腔外の構造(すなわち別の診断)に関する情報は何も得られず,侵襲が大きく,腎および四肢の動脈硬化性塞栓症と造影剤腎症のリスクも無視できない。

大動脈基部の拡張または原因不明の上行大動脈瘤には,梅毒の血清学的検査が必要である。感染性動脈瘤が疑われる場合は,細菌および真菌の血液培養を行う。

胸部大動脈瘤の治療

  • 血管内ステントグラフト内挿術または開胸下の外科的修復

  • 高血圧および他の併存症のコントロール

高血圧を直ちにコントロールすることが不可欠である。

手術適応になるまでは,高血圧,脂質異常症,糖尿病,および呼吸器疾患の至適コントロールによる内科的管理が適切な治療となる。治療法は,解剖学的に可能であれば血管内ステントグラフト内挿術,より複雑な動脈瘤には開胸下の外科的修復である。

TAA破裂は,無治療では例外なく死に至る。漏出のある動脈瘤や急性解離または急性弁逆流を起こしている動脈瘤と同様に,即時の介入が必要である。

下行大動脈のTAAおよびTAAAに対する血管内ステントグラフト(挿入型人工血管)の経カテーテル的留置術は,開胸手術に代わる侵襲性の低い治療法である。

手術では,胸骨正中切開(上行動脈および大動脈弓の動脈瘤の場合)または左開胸もしくは胸腔・後腹膜露出(下行動脈および胸腹部の動脈瘤の場合)から人工血管への置換を行う。緊急開胸手術を行った場合の1カ月死亡率は約40~50%である。生存例では,重篤な合併症(例,腎不全,呼吸不全,重度の神経損傷)の発生率が高い。

以下に該当する動脈瘤は待機手術の適応である:

  • 大型

  • 急速に増大している(0.5cm/年超)

  • 気管支圧迫を引き起こしている

  • 大動脈気管支瘻または大動脈食道瘻を引き起こしている

  • 症候性

  • 外傷性

  • 真菌性

上行大動脈の動脈瘤は一般に,直径が5.5cmもしくは正常時の直径の2倍を超える場合,またはaortic size index(大動脈径と体表面積の関係)が2.75cm/m2以上の場合に大型とみなされる。下行大動脈では,6cmを超える動脈瘤が一般に大型とみなされる。マルファン症候群の患者では,部位を問わず4.5~5cm以上の動脈瘤を大型とみなす。

感染性動脈瘤の治療は,特定の病原体に対する積極的な抗菌薬療法である。一般に,この種の動脈瘤には外科的な修復も必要になる。

損傷のないTAAでは直視下での外科的修復により予後が改善するが,それでも30日死亡率が7%を超えることがある(1)。血管内ステントグラフトでは死亡率がより低くなるが,依然として生涯にわたるサーベイランスが必要である(2)。動脈瘤に加えて合併症(例,大動脈弓または胸腹部大動脈に存在)がある場合のほか,高齢患者,冠動脈疾患もしくはその症状のある患者,および以前から腎機能不全がある患者では,死亡リスクが大幅に上昇する。周術期合併症(例,脳卒中,脊髄損傷,腎不全)は約10~20%の頻度で発生する。

待機手術または血管内治療による修復の基準を満たさない無症状の動脈瘤は,β遮断薬とその他の降圧薬を必要に応じて使用する積極的な血圧コントロールによって治療する。禁煙が不可欠である。脂質異常症,糖尿病,および呼吸器疾患は全て治療すべきである。

症状の有無を確認するための頻回のフォローアップと6~12カ月毎の一連のCTまたは超音波検査が必要である。画像検査の頻度は動脈瘤の大きさに依存する。

治療に関する参考文献

  1. 1.Goodney PP, Travis L, Lucas FL, et al.Survival after open versus endovascular thoracic aortic aneurysm repair in an observational study of the Medicare population. Circulation 2011;124(24):2661-2669.doi:10.1161/CIRCULATIONAHA.111.033944

  2. 2.Desai ND, Burtch K, Moser W, et al.Long-term comparison of thoracic endovascular aortic repair (TEVAR) to open surgery for the treatment of thoracic aortic aneurysms. J Thorac Cardiovasc Surg 2012;144(3):604-611.doi:10.1016/j.jtcvs.2012.05.049

胸部大動脈瘤の予後

胸部大動脈瘤は平均3~5mm/年のペースで増大する。急速な増大の危険因子としては,動脈瘤が大きいこと,下行大動脈に位置すること,壁在血栓の存在などがある。

TAAの直径が6cmに達すると,破裂のリスクが突然高まるようである。破裂時点での瘤径の中央値は上行動脈瘤で約6cm,下行動脈瘤で7cmであり(1, 2),特に結合組織疾患または嚢状動脈瘤の患者では,より小さな段階で破裂することもある。

無治療の大きなTAAを有する患者の生存率は,5年で54%である。TAAA破裂の死亡率は97%である。

予後に関する参考文献

  1. 1.Coady MA, Rizzo JA, Hammond GL, Kopf GS, Elefteriades JA.Surgical intervention criteria for thoracic aortic aneurysms: a study of growth rates and complications. Ann Thorac Surg 1999;67(6):1922-1958.doi:10.1016/s0003-4975(99)00431-2

  2. 2.Davies RR, Goldstein LJ, Coady MA, et al.Yearly rupture or dissection rates for thoracic aortic aneurysms: simple prediction based on size. Ann Thorac Surg 2002;73(1):17-28.doi:10.1016/s0003-4975(01)03236-2

要点

  • 胸部大動脈瘤(TAA)とは,胸部大動脈の径が50%以上増大した状態である。

  • TAAは解離や隣接構造の圧迫または侵食を引き起こすことがあり,血栓塞栓症,血液の漏出,破裂などを来す。

  • 破裂時点での瘤径の中央値は,上行動脈瘤で6cm,下行動脈瘤で7cmである。

  • 最初はX線またはCTで偶然認められた所見から疑われる場合が多いが,確定診断にはCT血管造影,MRアンギオグラフィー,または経胸壁心エコー検査を用いる。

  • 無症状の小さなTAAに対する治療は,血圧および脂質異常症の積極的な管理と禁煙による。

  • 大きなTAAおよび症状を呈するTAAに対する治療は,解剖学的に可能な場合は血管内ステントグラフト内挿術,より複雑な動脈瘤の場合は開胸下の外科的修復による。

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