セクシュアリティとは、他者に性的な魅力を感じるプロセスを構成する本能や感情を本人がどのように経験し、どのように表現するかということです。これは人の経験の正常な一部であり、遺伝子構成や小児期の養育環境、周囲の人々からの影響、社会的な態度など、いくつかの要因によって決定されます。性行動や性的態度に関する容認基準は、異なる文化間ではもちろん、1つの文化の中でも大きく異なります。
一般に、何が「正常」で、何が「異常」であるかは医学的に定義できるものではありません。しかし、性行動や性的問題がその人やそのパートナーに著しい苦痛を引き起こしている場合や、それらのために害が生じている場合には、治療が必要になります。
性への興味や生涯を通じた性欲発散の頻度や必要性など、人の性行動には大きな個人差がみられます。性行為への欲求を1日に何回も感じる人もいれば、年に数回程度で満足する人もいます。若い人たちは高齢者も性に関心をもっていると考えたがらない傾向がありますが、実際には大半の高齢者が性に関心をもち続け、老年期に入っても満足のいく性生活を送っていると報告されています。
(男性の性機能および性機能障害と女性の性機能および性機能障害も参照のこと。)
セックスとセクシャルアイデンティティの概念
セックス(生物学的な性別)とジェンダー(社会的な性別)について話をするために、様々な用語が使用されています。セックスとジェンダーは同じものではありません。
セックスとは、その人の解剖学的な状態を表す用語で、しばしば「出生時に指定された(assigned at birth)」というフレーズで表現されます。個々の人は、男性(出生時に指定された男性[assigned male at birth:AMAB])、女性(出生時に指定された女性[assigned female at birth:AFAB])、または男性か女性か不明瞭(半陰陽やインターセックスと表現されることもあります)のいずれかに分けられます。
セクシャルアイデンティティ/性的指向とは、他者に対して抱いている感情的、恋愛的、または性的な魅惑のパターンのことです。この用語はまた、その人が惹かれる対象、関連する行動、ならびに同様の魅力や行動を示す他者のコミュニティの一員であることに基づいた、個人的および社会的なアイデンティティの感覚を指すこともあります。セクシャルアイデンティティには多くの種類があり、異性愛(反対のセックスに惹かれる)、同性愛(同じセックスに惹かれる)、両性愛(両方のセックスに惹かれる)、無性愛(どちらのセックスにも惹かれない)などがあります。
ジェンダーアイデンティティは、セクシャルアイデンティティとは異なるものです。ジェンダーアイデンティティとは、自分が男性である、女性である、または男性でも女性でもない存在であるという内的な感覚のことで、出生時に指定されたセックスや性的特徴と一致する場合もあれば、一致しない場合もあります(性別不合および性別違和を参照)。
セクシュアリティの発達的側面
(青年のセクシュアリティとジェンダーの発達も参照のこと。)
青年がセクシュアリティやセクシャルアイデンティティの点で健康な状態でいられるのを支援することは極めて重要です。一部の青年はセクシャルアイデンティティの問題に苦しんでいて、自分のセクシャルアイデンティティを友人や家族に知られることを恐れている場合があり、特に異性愛以外のセクシャルアイデンティティをもつ場合にその傾向があります。異性愛以外のセクシャルアイデンティティをもつ青年は、同年代の異性愛の人と比べて、自殺行動や自傷行動を起こす可能性が2~3倍高いです。青年とその親には、性やセクシュアリティに対する自らの態度についてオープンに話をするよう勧めるべきです。
親が以下のような振る舞いをすると、子どもが他者との間で性的・情緒的な親密さを育む能力が損なわれる可能性があります。
感情的によそよそしくする
子どもをあまりに厳しく罰する
あからさまに誘惑的な態度をとり、子どもを性的に搾取する
敵意に満ちた言動をする
子どもを拒絶する
冷酷な態度をとる
ソーシャルメディアやインターネットの情報源の影響も大きいですが、親の意見は依然として、青年期の行動を決定する重要な要因の1つとなっています。ソーシャルメディアは、誤った情報も含めて、青年期に得られるセクシュアリティに関する情報の大半の根拠になる可能性があります。
性やセクシュアリティに関する態度の変化
セクシュアリティとジェンダーや何が許容されるかについての社会の態度は、文化によって大きく異なりますが、一部の社会では根本的な変化が起きています。自分のジェンダーアイデンティティ(自分を世界に対してどのように提示するか)や、かつては受け入れられないと考えられていた性的な活動に関わることについて、多くの人が以前より苦痛を感じずに済むようになってきています。その結果として、社会規範の再定義が進んでいて、この点は、以下に示す近年にかけて起きた欧米文化における態度の変化によって説明できます。
自慰
医師たちはかなり前から、自慰は生涯を通して正常な性行為であると認識してきました。自慰は人のすべての性行動の中で最もよくみられるものです。男性の約97%、女性の約80%が自慰を経験しています。
自慰が不健全とみなされるのは、それがパートナーに向けられる行動を阻害する場合、公衆の面前で行われる場合、そして仕事、社会、その他の状況において苦痛や機能障害を引き起こすほど強迫的である場合に限られます。自慰は正常な性行為ですが、一部の人々は依然として非難的な態度を示していることから、罪悪感や心理的苦悩を経験する人もいます。このような感情が原因で少なからぬ苦痛が生じ、性的能力に影響を及ぼすことすらあります。
自慰は、たとえ性的に健全な関係の中にあっても、しばしば一定の水準で継続されます。自慰を行う人は、健康感が高まり、妊よう性が向上し、性感染症のリスクなしに性的な満足を得られる可能性があります。
同性愛
同性愛とは、同じセックスの人に対して性的に魅力を感じることを指します。異性愛と同様に、同性愛も複雑な生物学的要因の影響と個人的な経験の結果として成立するもので、同じセックスの人に対して性的な興奮を覚えるようになります。同様に異性愛と同じく、同性愛も選択の問題ではありません。同性愛は小児期から存在する性的指向であることが広く認識されています。青年期の男女が同性同士で性行為を試みることがありますが、こうした経験は必ずしも、成人にみられるような同性愛や両性愛への持続的な関心を示唆するとは限りません(青年のセクシュアリティとジェンダーの発達を参照)。
2022年にギャラップ社が米国人を対象に実施した調査では、ゲイ、レズビアン、バイセクシャル、またはトランスジェンダーと自認している成人の割合が2012年から倍増し、合計で7.1%になったことが明らかにされました。その割合は年齢層で大きく異なります。「ストレート/異性愛者」と自認している人の割合は、1946~1964年に生まれた人(「ベビーブーム世代」)では91%であったのに対し、1997~2003年に生まれた人(「Z世代」)では76%でした。ギャラップ:米国におけるLGBT自認率が7.1%に上昇(Gallup: LGBT Identification in U.S. Ticks Up to 7.1%)を参照してください。
複数のパートナーとの頻繁な性行為
夫婦間以外の性行為
米国では、ほとんどの人が婚前交渉や独身生活での性行為を経験します。この行動は先進国における性の自由化傾向の一部です。一方で、ほとんどの文化では、既婚者が配偶者以外の相手と性行為を行うことは好ましくないとされています。社会的に認められていないにもかかわらず、こういった行動は頻繁にみられます。婚外交渉により発生する客観的な問題の1つは、無防備な配偶者やセックスパートナーに性感染症を広げてしまう可能性です。
性的な問題
性的な感情、行動、または機能不全によって本人やパートナーに大きな苦痛が生じたり、他者に危害が生じたりする場合には、その人は医療専門職による評価と治療を受ける必要があるかもしれません。例えば、無生物、小児、または合意のない成人を対象として性的興奮をもたらす強い空想や行動を頻繁にしてしまう人や、自分自身やパートナーに苦痛や屈辱をもたらす同様の空想や行動を頻繁にする人は、そのパラフィリアによって苦痛を抱えていて、治療のために医療機関を受診したり、専門医に紹介されたりする可能性があります。
性的な問題には身体的な原因、心理的な原因、またはその両方がある可能性があります。性機能の問題は男女とも生じる可能性があります。男性の場合は、性欲減退、勃起障害、射精不能、または早漏を経験することがあります。女性の場合は、性的な関心の低下、性的興奮障害、性交中の痛み(性器骨盤痛・挿入障害)、またはオルガズムの問題(女性オルガズム障害)を経験することがあります。性的な問題は高齢者でより多くみられる傾向があります。こうした問題の多くは効果的に治療することができます。