腹部外傷の概要

執筆者:Philbert Yuan Van, MD, US Army Reserve
レビュー/改訂 2021年 6月
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腹部は様々な形で損傷を受けることがあります。腹部だけが損傷を受けることもあれば、体の他の部位に損傷が及ぶこともあります。比較的軽症のこともあれば、極めて重症のこともあります。

多くの場合、腹部外傷は、傷ついた構造物の種類と受傷機転に基づいて分類されます。損傷を受ける構造物には以下のものがあります。

  • 腹壁

  • 実質臓器(すなわち、肝臓、脾臓、膵臓、腎臓)

  • 管腔臓器(すなわち、胃、小腸、結腸、尿管、膀胱)

  • 血管

腹部外傷は、以下の違いによって分類されることもあります。

  • 鈍的

  • 穿通性

鈍的外傷は、直接的な打撃を受ける(例えば、蹴られる)、物に衝突する(例えば、自転車のハンドルの上に落ちる)、または突然速度が落ちる(例えば、高所からの転落または自動車事故)ことなどにより生じます。脾臓と肝臓は最も損傷を受けることが多く、管腔臓器は損傷を受ける可能性が低くなります。

穿通性の外傷は、ある物体が皮膚を突き破ったときに起こります(例えば、銃創や刺創)。皮下の脂肪と筋肉だけが損傷を受ける場合もあります。こういった穿通性外傷は、腹腔に到達する穿通性外傷に比べて心配の必要性がはるかに低くなります。腹腔に到達する銃創は、ほぼ常に重大な損傷をもたらします。しかし、腹腔に到達する刺創は、必ずしも臓器や血管を損傷するとは限りません。ときに、穿通性外傷が胸部と上腹部の両方にかかることがあります。例えば、胸部の下方から下向きに刺された場合、傷が横隔膜を突き抜けて、胃、脾臓、または肝臓に達することがあります。

鈍的外傷でも穿通性外傷でも、腹部臓器が破裂したり血管が断裂したりすることがあります。鈍的外傷では、実質臓器(例えば、肝臓)や管腔臓器(小腸など)の中に血液がたまることがあります。このような血液のたまりを血腫と呼びます。腹腔(臓器の周りの空間)に血液が漏れ出すことは、腹腔内出血と呼ばれます。

皮膚が切れたり裂けたりした場合、直ちに出血します。出血が少なく、ほかにほとんど問題がないこともあります。より重篤な外傷では、大量に出血してショックに陥り、ときに死亡することもあります。腹部外傷による出血のほとんどは、体内(腹腔内)に起こります。穿通性外傷では、傷口から少量の外出血もみられます。

管腔臓器が損傷されれば、臓器の内容物(例えば、胃酸、便、尿)が腹腔内に入り、刺激や炎症をもたらすことがあります(腹膜炎)。

腹部外傷の合併症

すぐに損傷が生じるだけでなく、後から別の問題が生じることもあります。こういった遅れて生じる問題には以下のものがあります。

  • 血腫の破裂

  • 腹部に膿がたまる(膿瘍

  • 腸が閉塞する(腸閉塞

  • 腹部コンパートメント症候群

血腫の破裂

たまった血液(血腫)は、数日から数週間かかることもありますが、通常は体に吸収されます。しかし、血腫が吸収されずに破裂することもあります。 血腫が破裂するとすれば、けがから数日以内ですが、それ以上後、ときには数カ月も経ってから破裂することもあります。

脾臓の血腫または肝臓の血腫 が破裂すると、腹腔内に生命を脅かす出血が起こることがあります。

腸の壁にできた血腫が破裂すると、腸の内容物が腹腔内に漏れ出し、腹膜炎になります。腸の壁にできた血腫が治癒するとき、瘢痕を残すこともあります。 この瘢痕により、腸がその部位で狭くなり、何年も経ってから腸閉塞になることがあります。

腹腔内膿瘍

管腔臓器の損傷が特定されなかった場合、腹腔内に膿瘍ができることもあります。膿瘍は、重篤な腹部外傷の治療のため手術を行った後にできることもあります。

腸閉塞

ときに、傷が治った後や腹部の手術の後に、瘢痕組織が形成されることがあります。この瘢痕組織が、腸と腸の間に線維性の帯(癒着)を形成することがあります。癒着が症状をもたらすことは通常ありませんが、ときにこの癒着部に腸がからまってねじれることがあります。このねじれにより腸が閉塞(腸閉塞)し、腹痛や嘔吐が生じる可能性があります。場合によっては、この癒着を切除し、閉塞を解除する手術が必要になります。

腹部コンパートメント症候群

ねんざした足首や骨折した腕が腫れるのと同じように、腹部臓器もけがの後は腫れます(特に手術を行ったとき)。腹部には十分なスペースがあるため通常は問題ありませんが、腫れがひどくなると最終的に腹部の圧力が高まります。高まった圧力により臓器が締めつけられ、血流が阻害されるため、痛みや臓器の損傷が起こります。このような圧力に伴う損傷を腹部コンパートメント症候群と呼びます。骨折などでけがをしたときに下腿(膝から足首までの部分)に発生するコンパートメント症候群によく似ています。腹部の圧力が上昇すると、最終的に体の他の部位(脚、腎臓、心臓、血管、中枢神経系)でも圧力が高まります。腹部コンパートメント症候群は、重症外傷や手術を要するようなけがをした人に発生する傾向のある極めて深刻な病態で、死亡のリスクを高めます。

腹部外傷の症状

通常、腹部の痛みまたは圧痛があります。しかし、痛みは軽い場合もあり、患者は痛みに気づかないか、気づいても訴えないことがあります。これは、もっと痛むけが(骨折など)があったり、頭部外傷、物質乱用、ショックなどのために意識が低下していたりするためです。脾臓の損傷による痛みは、左肩に放散することがあります。小腸が裂けたときの痛みは、最初は軽微ですが時間の経過ともに着実に悪化します。腎外傷または膀胱外傷のある人では、血尿がみられることがあります。

大量の血液を喪失すると、以下のようなショックの徴候が現れます。

  • 心拍数の増加

  • 呼吸数の増加

  • 発汗

  • 皮膚が青く冷たく、湿っぽくなる

  • 錯乱または意識が低下する

鈍的外傷は皮下出血を引き起こすことがあります(例えば、自動車事故の際にシートベルトを着用していた人は、胸または下腹部にシートベルトサインと呼ばれる皮下出血がみられることがあります)。すべての人に皮下出血がみられるわけではなく、またそれがあったからといって腹部外傷が重症であることを意味するわけでもありません。腹腔内に激しい出血がある人は、過剰な血液がたまって腹部が腫れることもあります。

腹部外傷の診断

  • 画像検査

  • 尿検査

  • ときに試験開腹

腹部外傷が重症であることは、見た目に明らかなことがあります(多くの銃創を負っている場合など)。そのような場合、個々の傷を確かめるような検査は行われず、患者は試験開腹のため直接手術室へ運ばれます。しかし、それ以外のほとんどの場合は、検査が行われます。検査により具体的な個々の傷が特定され、この情報と身体診察の結果から、手術が必要であるかどうかが決められます。

主な検査は超音波検査とCT検査です。超音波検査はベッドサイドで迅速に行うことができ、重度の出血を見つけるために有用です。CT検査を行うには少し時間がかかり、患者を装置のあるところまで運ばなければなりませんが、より正確な画像が得られます。CT検査では、脊椎や骨盤の骨折といった他のけがも見つけることができます。けがの種類に応じて、胸部または骨盤のX線検査が必要になることもあります。

また、尿検査を行い、尿中に血液が混じっていないかを確かめます。血液が混じっていれば、尿路系のどこかに損傷があることが分かります。患者の状態が悪化した場合の測定値と比較するための初期値として、通常は血算を測定します。

腹部外傷の治療

  • 出血を管理するとともに、失われた血液の量をもとに戻す

  • ときに手術またはその他の介入

必要に応じて輸液を行い、失われた血液の代わりに液体を補充します。 大量の血液を失った患者には、輸血が行われます。

以下の目的で手術が必要になる可能性があります。

  • 損傷を受けた器官の修復

  • 止血

進行中の出血に対する手術の代替として、血管造影による塞栓術があります。この手技では、太い静脈カテーテルを鼠径部の太い動脈から挿入して出血している血管まで通します。その後、その血管をふさぐための物質を注入し、出血を止めます。

実質臓器(肝臓や脾臓)のけがや損傷の多くは自然に治るものの、CTまたは超音波検査で腹部臓器の損傷が見つかった場合は、患者を入院させ数時間毎に検査し、出血が止まって症状が悪化していないかどうかを確かめます。ときにCTまたは超音波検査が再度行われます。

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