高齢者のケアは複雑になりがちです。高齢者はしばしば異なる場所で複数の医療従事者にかかっています。年齢を重ねるにつれて移動や交通機関の利用が難題になります。また、メディケア(米国の高齢者医療保険制度)の処方薬プランでカバーされる薬が保険会社により異なり、頻繁に変更されます。このような複雑さに対応するには、かかりつけ医または高齢者のケアを専門とする医師(老年病専門医)が主導する医療従事者チームの支援を受けることが、最善の方法です。
ケアの継続性とは、複雑な医療システムの中、多様な状況下で、様々な医療従事者が関わっていても中断することなく協調しながらケアを提供できる理想的な状態を表します。さらに、ケアを受ける本人を含め、医療に関わるすべての人が意思の疎通をはかり、お互いに協力し合って医療の目標設定と調整を行うことができる状態でもあります。
しかし、ケアの継続性を成功させるのは必ずしも容易ではありません。特に医療システムが複雑で細分化されている米国では、その傾向が顕著です。ケアの継続性が失われると、高齢者は自分の医療の問題を正しく理解できず、自分が抱えた問題または疑問をどの医療従事者に相談すればいいのか分からなくなります。
ケアの継続性における課題
高齢者の場合は、ケアの継続性が特に重要です。高齢者は複数の医療従事者(それぞれが特定の器官系または疾患の専門家)にかかっていることが特に多く、次々と医療環境が移行します(ケアの移行と呼ばれます)。複数の診療所、病院、リハビリテーション施設、および/または長期療養施設でケアを受ける場合もあります。
多くの医療従事者
複数の医療従事者にかかっていると、高齢者の医療の継続性が破綻することがあります。例えば、ある医療従事者は他の医療従事者が提供している、または推奨している医療の正確な最新情報を知らないということが起こりえます。医療従事者が、同じ患者を担当している他の医療従事者の名前を知らない場合、またはそのような医療従事者に連絡をとることを考えない場合もあります。ケアに関する情報の伝達ミスまたは誤解が起こることがあります。特に高齢者に会話、視覚、または精神的な機能(認知能力)に影響を及ぼす病気があり、効果的にコミュニケーションをとるのが難しい場合には、その傾向が顕著です。高齢者は重要な詳細情報をある医師には話し、他の医師たちには言い忘れることもあります。
継続的(かつ最適)なケアを確実に行うには、関与するすべての医療従事者が、自分以外の医療従事者によって実施されたこと、特に検査や処方薬についての最新の正確な情報をすべて把握しておく必要があります。このような情報が把握されていなかったり、または誤って伝達されたりすると、以下のような事態につながる場合があります。
診断検査が不必要に繰り返される。
不適切な薬剤処方または不要な治療が行われる。
それぞれの医師が、ほかの医師が実施していると考え、予防的措置が行われない。
医療従事者によって、患者の医療についての考え方が異なる場合があります。例えば、手術が必要かどうか、または退院後に介護施設に入所すべきかどうかについて、病院の医師とかかりつけ医で意見が一致しないことがあります。医師間で意見が異なると、本人と家族は困惑し、どうすればよいか分からなくなります。
高齢者ではよくみられることですが、多くの処方薬を服用している場合に、別々の薬局(例えば、それぞれの専門医の近くの薬局)で薬を処方してもらうことがあります。複数の薬局が関わっていると、それぞれの薬剤師は患者が服用している全部の薬を把握することができず、新しい薬が処方されたときに現在の薬と負の相互作用を及ぼす可能性に気づきません。
様々なケア環境
病院から高度介護施設に移るなど、ケア環境が移行すると(ケアの移行が起こると)、誤ったケアが起こる機会が増えます。例えば、病院で処方された新しい薬が、患者が服用中の薬と重複する場合、または負の相互作用を及ぼす場合があります。ときに、以前に処方されていて今でも必要な薬が、不注意で省かれてしまうこともあります。薬が適切に変更された場合でも、かかりつけ医など、患者にかかわる医療従事者全員にその情報が伝わるとは限りません。
このような問題を防ぐために、米国では現行の規制で、ケア環境が変化する場合や、新しい薬を処方する場合、または現在の薬に変更を加える場合に、医療機関に薬の照合を求めています。薬の照合では、処方せんとそれまでに使用したすべての薬とを比較し、薬が重複または不足していないかを確認します。ケア環境が変化した場合、高齢者またはその介護者は、医療従事者に、薬の照合を実施したかどうかを尋ねるべきです。
医療施設に入院していない場合は、本人および/または介護者が薬の照合を実施すべきです。現在使用している薬の一覧と過去に使用していた薬(および使用を中止した理由)の一覧を手元に置いておくべきです。その上で、新しい医療従事者の診察を受けたとき、入院もしくは退院したとき、または他のケア施設に入所もしくは退所したときに、その一覧に新しい処方薬が記載されていないか確認すべきです。以下の事柄のいずれかが認められた場合は、直ちに医療従事者に相談すべきです。
すでに服用している薬の重複処方
過去に服用を中止しなければならなかった薬の処方
薬が省かれている―これまで服用していたのに、施設から提供された現在服用している薬の一覧に記載されていない薬がある
退院後または他のケア施設(リハビリテーションセンターまたは高度介護施設など)から退所した後、すぐにかかりつけ医の予約をとるのはよい考えです。現在服用している薬の一覧と、薬が入っているもとの容器をいつも持参するようにします。そうすれば、かかりつけ医は退院または退所時に勧められた薬と指示をすべて確認することができます。
多くの規則
医療システムには、ケアの継続性に影響を及ぼす多くの規則があります。こうした規則は、政府、保険会社、または医療従事者の組織により定められています。例えば、一部の保険会社は受診できる病院を制限しています。かかりつけ医が該当する病院と連携していない場合、その病院ではかかりつけ医のケアを受けられません。さらに、多くのかかりつけ医は、患者が病院またはリハビリテーションセンターに入るとケアを行わなくなります。その結果、このようなケア環境にある人は、自分の病歴に詳しくない新しい医療従事者から治療を受ける場合があります。本人またはその介護者は、すべての関連情報がその新しい医療従事者に提供されるようにすることが重要です。
医療を受けられない人
医療を受けられない人の場合、継続的なケアが妨げられる可能性があります。例えば、診療所への交通手段がないために、高齢者がフォローアップのための診察を受けられないことがあります。保険に入っておらず、自身では医療費を払えないため、医療従事者を受診できない場合もあります。
その他の問題
高齢者は、受診を予約したことを忘れたり、または気づかなかったりすることがあります。
メディケアのマネージドケアプランに加盟していない医療従事者もいます。メディケアのマネージドケアプランの加入者は、新しい医療従事者の診察を受ける前に、その医療従事者がマネージドケアプランに加盟しているかどうかを確認すれば、予想外の費用を請求されずに済みます。
ケアの継続性を改善する戦略
ケアの継続性を改善するには、医療システムによる取り組みと、ケアを受ける本人や家族の努力が必要です。
医療システム
マネージドケアの組織と政府の医療プランによりすべての医療が協調できれば、継続的なケアに役立ちます。また、医療システムでは、ケアの継続性を改善するための戦略がいくつか策定されています。例えば、以下のものがあります。
集学的ケア
高齢者ケアマネージャー
電子医療記録
集学的ケア
集学的ケアとは、医師、看護師、薬剤師、栄養士、理学療法士、作業療法士、ソーシャルワーカーなど様々な医療従事者により提供される協調的なケアです。これらの医療従事者は、1人の患者のケアに関して情報交換と協力を行い、合意の下でケアを実施できるよう、意識して組織的に取り組みます。集学的ケアの目的は、ケア環境が変化したときや医療従事者が交代したときに、安全かつ容易に対応できるように保証することです。さらに、個々の問題に対して最適な医療従事者がケアを提供し、ケアが重複しないようにすることも目的の1つです。集学的ケアはどこでも受けられるわけではありません。
治療が複雑な場合、またはケア環境の変化を伴う場合、集学的ケアが特に重要になります。このケアの便益を最も受ける人には、非常にフレイル(加齢に伴い筋力や心身の活力が低下した状態)である人、多くの病気を抱えている人、様々な医療従事者の診察を受ける必要のある人、薬の副作用が現れた人などがいます。
特定の患者のケアをする医療従事者集団を、集学的チームと呼びます。1人の医療従事者(かかりつけ医、ソーシャルワーカーまたはケアマネージャー)がケアを調整します。
ときに、集学的チームの医療従事者は、日頃はチームとして働いていない場合もあります(その場の特別チーム)。つまり、特定の患者に対し、その必要に応じてチームが結成されるような場合です。別の状況では、同じメンバーが確立されたチームとして、通常共同で多くの人のケアに当たっています。一部の介護施設、病院、ホスピスでは、チームが確立しています。
チームメンバーは治療計画を話し合い、患者の健康状態の変化、治療の変更、診察や検査の結果について情報を交換します。医療システムを通じて、患者の医療記録(カルテ)が最新のものであり、記録が患者の状態に一致していることを確認します。このような努力は、ケア環境の変更または医療従事者の交代をよりスムーズにして心理的負担を減らす助けになります。さらに、検査の無駄な繰返しや、治療のミスまたは漏れが少なくなります。
集学的チームには、ケアを受けている高齢者本人やその家族、またはそれ以外の介護者も加わります。効果的な集学的ケアを実現するには、これらの人々がケアに積極的に参加し、チームの医療従事者と情報交換しなければなりません。
高齢者ケアマネージャー
高齢者ケアマネージャーは、高齢者が必要な援助やケアをすべて確実に受けられるようにする専門家です。高齢者ケアマネージャーの大半はソーシャルワーカーまたは看護師です。集学的チームのメンバーである場合もあります。高齢者ケアマネージャーは必要なサービスを手配し、それを監督する役割を担います。例えば、ケアマネージャーは訪問看護師の訪問、または掃除や食事の準備を助けるヘルパーを手配することがあります。薬を届けてくれる薬局を探したり、または診療所への交通手段を手配したりする場合もあります。高齢者ケアマネージャーは、診療所などの医療機関のチームの一員である場合があります。あるいは、患者や家族が時給で雇うことも可能ですが、これはメディケアから払い戻しを受けることはできません。
電子医療記録(EMR)
電子医療記録(EMR)には、個人の健康情報がデジタル形式で収められています。その目的は、ある患者を治療するすべての医療従事者が、その人に関する正確で、最新の、判読可能な全情報を必要なときにいつでも閲覧できるようにすることです。
EMRには一般に人口統計学的な個人情報(年齢、体重など)、病歴(バイタルサイン、服用中の薬、アレルギー、予防接種状況など)、検査結果(臨床検査、画像検査)、課金情報が含まれます。
EMRを利用すると、以下の事柄によりケアが改善されることがあります。
ある高齢者の治療に携わっている医療従事者同士がより簡単かつ迅速に情報交換できるようになる。
医療従事者の手元に必要な情報がないことが原因で生じるミスや漏れが少なくなる。
重複する検査の件数が減少する。
治療の遅延が減る。
高齢者本人が自分の医療記録を閲覧し、自分自身の医療への参加の度合いを高めることができるようになる。
ただし、EMRシステムにはたくさんの種類があります。医療従事者や病院は、別のシステムを使用している医療従事者や病院が作成した医療記録を閲覧できないことが多くあります。さらに、EMRに収められている情報の正確さは、過去に患者の治療を行っていた医療従事者が入力したデータと同程度しかなく、またデータ入力にとても時間がかかることがよくあります。可能であれば、高齢者本人がEMRに収められた情報を検証すべきです。
ケアを受ける人
ケアの継続性の改善を助けるには、高齢者本人とその介護者(家族、家族以外の人、またはその両方)が積極的にケアにおける役割を果たす必要があります。例えば、何が継続性を妨げるのか、医療システムはどのように機能しているのか、ケアの継続性を改善するために利用できる資源は何か(ケアマネージャーまたはソーシャルワーカーなど)などについて、より詳しく学ぶことができます。病気や健康保険プランの詳細をよく知ることも助けになります。
積極的な参加は、コミュニケーション(情報をやりとりすること)から始まります。高齢者の医療ニーズが特殊な場合、または高齢者が疑問を抱いている場合は、本人または家族が医療従事者に相談するべきです。例えば、どの薬がメディケアの処方薬プランで補償されるかを高齢者が判断するには、しばしば助けが必要です。
ケアを受けている本人またはその家族が積極的にケアに関わる必要があります。例えば、高齢者またはその介護者は少なくとも1人の医療従事者(通常はかかりつけ医)と継続的な関係を築き、複数の医療従事者が関わることで生じる問題を最小限にしなければなりません。高齢者は、自分の状態の変化や薬の変更にかかりつけ医が気づくように取り計らうべきです。特に、専門医が新しい診断を下した場合または治療計画の変更を行った場合は、その必要があります。治療に関わる医療従事者の1人に別の医療従事者と連絡をとって、情報が明確に伝わっていることや、治療が適切であることを確認してもらうように依頼することが必要な場合もあります。
治療に積極的に参加することは、病気、治療、またはその他のケアについて質問することを意味します。また、病気の予防法を学び、そのための適切な対策をとることも積極的な参加に含まれます。
病気を抱える人では、治療に積極的に参加することで、しばしば健康的な生活習慣を身につけます。例えば、高血圧の人は心臓によい食事をとり、定期的に運動します。自宅で自分の状態をモニタリングすることもあります。例えば、高血圧患者は血圧を測定し、糖尿病患者は血糖値を測定します。
医療記録(カルテ)のコピーをもっていることは、自身の医療に参加する助けになります。コピーは多くの場合、かかりつけ医から入手できます。医療記録のコピーは、今かかっている病気、服用中の薬、受けている治療や検査、支払いに関する情報の資料として有用です。この情報は、問題を他の医療従事者に説明する際にも助けになります。コピーを保管するためにデザインされたファイルボックス、バインダー、コンピュータソフト、インターネットのプログラムがあります。さらに、多くの診療所ではセキュアなポータルサイトが提供されており、検査結果、処方せんについての情報、診察の概要などを見ることができます。
複数の医療従事者が関わっている場合は、自身が受けたケア(診察や処置の種類、実施日を含む)の記録や、診断名のリストを残しておきます。少なくとも、服用中のすべての薬(処方薬と非処方薬)と用量、服用理由の記録を保持するようにします。医師を受診する際は毎回この記録を持参するべきです。
新しい病院または初めての医療従事者に診てもらう際は、自身の医療記録を受領しているかどうかを新しい施設の担当者に確認します。
薬(処方薬と非処方薬)は常に同じ薬局または通信販売で購入し、そこの薬剤師と知り合いになることも重要です。そうすれば、高齢者は服用中の薬についての疑問をその薬剤師に尋ねることができます。また、開けやすい容器と読みやすいラベルを用いるように依頼することもできます。