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ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症の抗レトロウイルス薬による治療

執筆者:Edward R. Cachay, MD, MAS, University of California, San Diego School of Medicine
レビュー/改訂 2024年 5月
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本ページのリソース

ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症の治療に用いられる抗レトロウイルス薬は以下の目的で使用します。

  • 血液中のHIV RNAの量(ウイルス量)を検出不可能な量まで減らす

  • CD4陽性細胞数を正常値に回復させる

HIV感染症の治療には、数種類の抗レトロウイルス薬を組み合わせて使用します。そのような薬剤には、HIVが人の細胞に侵入するのを阻止する働きや、HIVが人間の細胞内で増殖したり自身の遺伝物質を人間のDNAに組み込んだりするために必要な酵素の1つを阻害する働きがあります。

抗レトロウイルス薬は、HIVに対する作用に基づいて、次のように分類されます。

  • 逆転写酵素阻害薬は、HIVの逆転写酵素がHIVのRNAをDNAに変換するのを阻害します。このタイプの薬剤には、ヌクレオシド系、ヌクレオチド系、非ヌクレオシド系の3種類があります。

  • プロテアーゼ阻害薬:新しく作り出されたウイルスの中で、プロテアーゼがある種のタンパク質を活性化する働きを阻害します。その結果、HIVは成熟できず、新しい細胞に感染できない、欠陥のあるHIVとなります。

  • 膜融合阻害薬:HIVが細胞内に侵入できないようにします。HIVが人間の細胞に侵入するには、CD4受容体のほかに、CCR-5受容体などもう1つ別の受容体にも結合する必要があります。侵入阻害薬の一種であるCCR-5阻害薬は、CCR-5受容体を遮断することで、HIVが人の細胞内に侵入できないようにします。

  • 接着後阻害薬(post-attachment inhibitor)もHIVが細胞に侵入するのを阻止しますが、膜融合阻害薬とは異なる仕組みで作用します。この種の薬剤は、いくつかの他の薬剤に耐性のあるHIV感染症に主に使用されます。

  • インテグラーゼ阻害薬:HIVのDNAが人のDNAに組み込まれるのを阻害します。

  • 接着阻害薬は、HIVが宿主のT細胞や他の免疫細胞に接着するのを阻害し、それによりウイルスがそれらの細胞に侵入できなくします。

HIVのライフサイクルにおける薬剤の作用部位

HIV感染症を治療するための薬剤は、HIVのライフサイクルに基づいて開発されました。それらの薬剤は、HIVが標的細胞の中に侵入するのを阻止するか、ウイルスが増殖する際に利用する3つの酵素(逆転写酵素、インテグラーゼ、プロテアーゼ)を阻害します。

  1. 1.HIVは、まず標的とする細胞に付着して侵入します。この段階でHIVに作用する種類の薬剤は、侵入阻害薬と総称され、それらは接着阻害薬、接着後阻害薬、膜融合阻害薬に分類されていました。

  2. 2.HIVはウイルスの遺伝情報であるRNAを細胞内に放出します。このウイルスが増殖するには、自身のRNAをDNAに変換しなければなりません。逆転写酵素阻害薬と呼ばれる薬剤は、HIVの逆転写酵素がHIVのRNAをDNAに変換するのを阻止することができます。

  3. 3.ウイルスDNAが細胞核に入り込みます。

  4. 4.ウイルスDNAは、インテグラーゼという酵素(同じくHIVにより作られます)の助けを借りて細胞のDNAに組み込まれます。この段階では、インテグラーゼ阻害薬と呼ばれる薬剤により、HIVのDNAがヒトのDNAに組み込まれるのを阻止することができます。

  5. 5.この段階で感染細胞のDNAは、ウイルスのRNAと新しいHIVの組み立てに必要なタンパク質を作り出せるようになっています。

  6. 6.RNAと短いタンパク質から、新しいウイルスが組み立てられます。

  7. 7.ウイルスが細胞膜から出芽し、細胞膜の断片に包まれて、感染細胞からくびれ出るように分離します。

  8. 7.5と8.出芽したウイルスは、成熟するまでは他の細胞に感染できません。この成熟には別のHIV酵素(HIVプロテアーゼ)が不可欠です。この段階では、プロテアーゼ阻害薬と呼ばれる薬剤により、HIVの成熟を阻止することができます。

この種の薬剤は、細胞内でのHIVの複製を阻止し、数日から数週間で血液中のHIVの量を大幅に減少させます。複製速度を十分に抑えられれば、HIVに破壊されるCD4陽性リンパ球が少なくなり、CD4陽性細胞数が増え始めます。その結果、HIVによって免疫系が受けた障害の大部分が回復することがあります。そのような回復を検出するには、CD4陽性細胞数を測定し、この値が数週から数カ月かけて正常レベルに戻りつつあることを確認します。CD4陽性細胞数は数年間にわたって増加しますが、そのペースは次第に落ち着いてきます。

早期に診断すれば、患者のCD4陽性細胞数が減りすぎる前に、医師がHIV感染者を特定できるため、HIV感染は早期に診断することが重要です。抗レトロウイルス薬の使用を早く開始すればするほど、CD4陽性細胞数がすばやく増加する可能性が高くなり、数値が高くなる可能性が高まります。

知っていますか?

  • HIV感染症の治療薬は、感染者が一貫して服用を続けて初めて効果を発揮できます。服薬を怠ると、ウイルスが増殖して、耐性が生じます。

この種の薬剤を単独で使用すると、HIVはいずれの薬剤に対しても必ず耐性をもつようになります。耐性は、薬剤の種類とウイルスに応じて、使用を始めて数日から数カ月で生じます。HIVは、増殖するときに起こる変異によって、薬剤に対する耐性を獲得します。

複数の薬剤を組み合わせて使用することで、治療の効果が最大になります。そのような薬剤の組合せは、多剤併用抗レトロウイルス療法と呼ばれます。多剤併用抗レトロウイルス療法が用いられるのは、以下の理由によります。

  • 血液中のHIV量を減らす上で、薬剤を単独で投与するより組み合わせた方が強力である。

  • 組み合わせることで、薬剤耐性の発生予防に役立つ。

  • リトナビルなど一部のHIV薬は、他のHIV薬(大半のプロテアーゼ阻害薬など)の排泄を遅らせることで、その薬剤の血中濃度を高め、有効性を向上させる。

多剤併用抗レトロウイルス療法は、HIV感染症の人において、CD4陽性細胞数を増やすことで、免疫系を強化し、余命を延ばすことができます。

抗レトロウイルス薬の副作用

抗レトロウイルス薬の他剤併用による副作用は、不快なものになったり、重篤になったりすることがあります。しかし、医師が定期的に診察と血液検査を行うことで、重篤な問題(貧血、肝炎、腎障害、膵炎など)の多くを予防することができます。血液検査を行うことで、副作用が重篤化する前に発見することが可能になり、必要に応じて抗レトロウイルス薬を変更ことができます。医師は大半の患者について、副作用が最小限で済む薬剤の組合せを見つけることができます。

主にプロテアーゼ阻害薬によると考えられますが、脂肪代謝が障害されることがあります。その結果、以下のことが起こる可能性があります。

  • 脂肪が腹部や女性の乳房に蓄積し(中心性肥満と呼ばれる)、顔、腕、脚の脂肪が減る。

  • インスリンが作用しにくい体になる(インスリン抵抗性と呼ばれる)。

  • 血液中のコレステロールと中性脂肪(トリグリセリド)(どちらも血液に含まれている脂肪の一種)が増加する。

これらの問題が組み合わさると(メタボリックシンドロームと呼ばれます)、心臓発作、脳卒中、認知症のリスクが高まります。

発疹(皮膚反応)は、多くの薬剤において副作用としてみられます。ときに非常に危険な皮膚反応が起こることがあり、特にネビラピンまたはアバカビルにはそうした懸念があります。

特定の核酸系逆転写酵素阻害薬を使用すると、ミトコンドリア(細胞内でエネルギーを作る構造物)の損傷が起こることがあります。副作用として、貧血、神経の損傷(神経障害)による足の痛み、ときに重度の肝不全に進行する肝傷害、心不全に至ることがある心臓の損傷などがあります。これらの問題を引き起こす傾向は個々の薬剤で異なります。

多剤併用抗レトロウイルス療法を行うと、骨密度が減少し、骨減少症や骨粗しょう症のリスクが増加する可能性があります。これらの病気では症状が出ないことがほとんどですが、骨折するリスクが高まります。

免疫再構築症候群

多剤併用抗レトロウイルス療法がうまくいっている人で、ときに免疫再構築症候群(IRIS)という病気が発生することがあります。

IRISでは、免疫機能が改善(再構築)された結果として感染部位の炎症が強くなるために、様々な感染症の症状が現れたり悪化したりします。死んだウイルスの一部が残っていて、免疫反応を誘発し、症状が悪化することもあります。

この症候群には以下の2つの種類があります。

  • 逆説的IRISでは、すでに診断された感染症の症状が悪化する

  • 顕在化IRISでは、まだ診断されていない感染症の症状が初めて現れる

逆説的IRISは通常、治療の最初の数カ月に起こり、多くは自然に治ります。治まらない場合は、しばしば短期間のコルチコステロイドの投与が効果的です。日和見感染症の治療を始めてすぐに多剤併用抗レトロウイルス療法を開始すると、逆説的IRISが重症化する可能性が高くなります。したがって、一部の(すべてではない)日和見感染症では、治療によって日和見感染症が軽快または根治するまで多剤併用抗レトロウイルス療法を延期します。

顕在化IRISの患者では、医師は新しく特定した日和見感染症を抗菌薬で治療します。症状が重度の場合はコルチコステロイドを用いることもあります。通常、顕在化IRISが発生しても、多剤併用抗レトロウイルス療法は継続されます。ただし、クリプトコッカス感染症が脳に発生した場合は例外です。このときは、感染症が制御されるまで多剤併用抗レトロウイルス療法を一時中止します。

抗レトロウイルス薬の相互作用

抗レトロウイルス薬と他の薬剤の間または2つの抗レトロウイルス薬の間で、薬物相互作用が起こることがあります。そのため、服用しているすべての薬剤を主治医に確実に伝えておく必要があります。

抗レトロウイルス薬同士で相互作用が起こると、それらの薬剤の効果が強くなったり弱くなったりすることがあります。

セイヨウオトギリソウ(薬用ハーブ)は、体内でのプロテアーゼ阻害薬と非核酸系逆転写酵素阻害薬の処理を速めて、それらの薬剤の効果を弱めるため、使用を控えるべきです。

抗レトロウイルス薬の使用

抗レトロウイルス薬による治療が有益となるのは、医師の指示通りに薬剤を服用した場合だけです。服薬を怠ると、ウイルスが増殖して、耐性が生じます。

多くの場合、治療により血液などの体液や組織に含まれるHIVの量が検出不能なレベルまで減少しますが、ウイルスを体内から完全に排除することはできません。検出不能なレベルまでウイルスを減らすことが治療の目標です。治療を中止すれば、HIVの量が増え、CD4陽性細胞数が低下し始めます。

抗レトロウイルス薬による治療をできるだけ早く開始することが望まれ、たとえ病状がひどくなく、CD4陽性細胞数がまだ500以上ある人(正常値は500~1000)でも、そうするべきです。かつては、CD4陽性細胞数が500未満になるまで、抗レトロウイルス薬による治療は開始されませんでした。しかし、研究の結果、抗レトロウイルス薬による治療を迅速に受けた人の方が、HIV感染症/エイズ関連の合併症を発症する可能性も、合併症によって死亡する可能性も低いことが分かりました。

治療を開始する前に、患者は以下の点の必要性について説明を受けます。

  • 指示通りに薬剤を服用すること

  • 毎回必ず服用すること

  • 生涯にわたって服薬を続けること

生涯にわたって指示通りに服薬を続けるのは簡単なことではありません。なかには(休薬日などと称して)服用を抜かしたり中止したりする人もいます。こうした行動は、HIVが薬剤への耐性を獲得する一因になり危険です。

また、HIV治療薬は不規則に服用すると薬剤耐性が発生することが多いため、医療従事者は、患者が自分の意志で確実に治療計画に従うことが可能かどうかを確認するように努めます。投薬スケジュールを分かりやすくして、指示通りに薬剤を飲みやすくするために、医師は1つの錠剤に複数の薬剤を入れ、1日1回飲めば済むようにして処方することがよくあります。

治療を必要とするほかの病気が発生した場合や、副作用が重く、原因になっている薬剤を特定する必要がある場合には、医師の判断で一時的に治療を中断することがあります。すべての薬剤の使用を同時に止めるのであれば、通常は治療の中断は安全です。問題を引き起こしている薬剤の用量を減らすか、別の薬剤に変更し、かつ医師が治療を再開しても安全であると判断したら、薬剤の投与を再開します。ただし、アバカビルは例外です。アバカビルを服用しているときに発熱または発疹がみられた場合は、アバカビルの服用を永久に中止する必要があります。そのような人がアバカビルを再び服用すると、死に至ることもある重篤な副作用が起きる可能性があります。

日和見感染症の予防

CD4陽性細胞数が低い場合は、次のように日和見感染症を予防する薬剤が決まって処方されます。

  • CD4陽性細胞数が血液1マイクロリットル当たり200個を下回った場合、Pニューモシスチス肺炎の予防のために、抗菌薬のスルファメトキサゾール/トリメトプリムの合剤が処方されます。この抗菌薬は、脳に損傷を起こすことがあるトキソプラズマ症の予防にもなります。

  • CD4陽性細胞数が血液1マイクロリットル当たり50個を下回った場合で、かつ抗レトロウイルス薬による治療を受けていないか、抗レトロウイルス薬を服用している間もウイルス血症が持続している場合は、アジスロマイシンを週1回服用するか、クラリスロマイシンを毎日服用することで、マイコバクテリウム・アビウムコンプレックス感染症を予防できます。これらの薬剤を使用できない患者には、リファブチンを投与します。

  • クリプトコッカス髄膜炎肺炎鵞口瘡食道のカンジダ感染症腟のカンジダ感染症などの真菌感染症が再発する場合は、抗真菌薬のフルコナゾールを長期間服用します。

  • 単純ヘルペス感染症が口、唇、性器、直腸に繰り返し起こる場合は、抗ウイルス薬(アシクロビルなど)による長期治療が必要になることがあります。

その他の薬剤

ほかにも、HIV感染症が原因で起こることがある筋力低下、体重減少、中心性肥満に対して効果がある薬剤もあります。

  • メゲストロール(megestrol)とドロナビノール(dronabinol、マリファナから作られる)には食欲増進作用があります。天然のマリファナの方が効果的と考える患者も多く、米国のいくつかの州では、この目的でのマリファナ使用が合法化されています。

  • テストステロン濃度が低く、加えて疲労や貧血、筋肉減少がみられる男性には、注射または皮膚に貼るパッチでテストステロンを投与することがあります。テストステロン治療は、テストステロン濃度を高めて症状を軽減することができます。

  • 成長ホルモンとテサモレリン(tesamorelin)(成長ホルモンの分泌を引き起こす注射薬)は、HIVやその治療によって発生しうる中心性肥満を軽減します。

インスリン抵抗性が生じた場合は、インスリンへの感受性を高める薬剤が役立つことがあります。血液中のコレステロールや中性脂肪(トリグリセリド)の測定値が高くなった場合は、脂質低下薬(スタチン系薬剤)を使用して低下させることができます。

さらなる情報

以下の英語の資料が役に立つかもしれません。こちらの情報源の内容について、MSDマニュアルでは責任を負いませんのでご了承ください。

  1. エイズ研究室(Office of AIDS Research):HIV関連の用語集や薬剤データベースを含めた、米国国立衛生研究所(NIH)が公開している情報

  2. 米国エイズ研究財団(The American Foundation for AIDS Research):エイズ研究の支援、HIV感染予防、治療教育、および啓蒙に関する情報源

  3. 米国疾病予防管理センター(CDC):予防としてのHIV治療(Centers for Disease Control and Prevention (CDC): HIV Treatment as Prevention):免疫機能を維持して発症を予防するために体内のHIVの量を減少させる目的で行われる抗レトロウイルス療法に関する患者向けの情報

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