シャーガス病は、クルーズトリパノソーマ(Trypanosoma cruzi)という原虫によって引き起こされる感染症で、サシガメという昆虫(アサシンバグとも呼ばれます)に刺されることで感染します。
この原虫は、刺し傷や眼の周囲の組織から体内に侵入する場合もあれば、比較的まれですが汚染された食べものや生の果汁を摂取することで侵入する場合もあります。
侵入部位(刺し傷または眼)の周りが腫れたり、発熱がみられたりすることがあります。
その後、無症状の期間が長く続いた後に、何年も経過してから重篤な合併症、特に心臓や消化器の障害が発生することがあります。
血液サンプルや感染した臓器から採取した体液のサンプルに含まれる原虫を特定したり、血液検査を行ったりすることで、診断を確定します。
薬(ベンズニダゾール[benznidazole]またはニフルチモックス[nifurtimox])を使用して原虫を殺しますが、心臓や消化管の障害は元に戻りません。
(寄生虫感染症の概要も参照のこと。)
シャーガス病は、メキシコ、中米、南米の人に発生し、主に貧困が蔓延している農村地域でみられます。こうした地域の環境は、クルーズトリパノソーマ(Trypanosoma cruzi)を媒介するサシガメの生息に適しています。サシガメは、土壁の亀裂部や隙間、草ぶきの屋根の家や農場の建物、岩石や材木の集積地、鶏舎、犬小屋などに好んで生息します。
世界全体では、約800万人がクルーズトリパノソーマ(Trypanosoma cruzi)に感染しています。この中には、ラテンアメリカで感染して、その後米国に移住した人が30万人以上含まれています。そのうち40,000人は妊娠可能年齢の女性であると推計されています。そして、その子どもの1~5%がこの感染症をもって生まれると推定されます。欧州への移民もこの感染症をもって移動しました。幸いにも、感染の拡大を抑える対策により、シャーガス病の感染者数は減少しています。
シャーガス病の感染経路
感染した人(または動物)をサシガメが刺した後に、別の人を刺すことで感染が広がります。感染したサシガメが人を刺すときに、原虫を含んだ糞を落とします。原虫はその後、刺し傷から人の体内に入ります。
この原虫は結膜(眼球を覆っている透明な膜)などの粘膜から体内に侵入することもあります。原虫は体内に入ったところで細胞の中に侵入し、最終的に血流に到達します。クルーズトリパノソーマは免疫系、心臓、筋肉、神経系の細胞など、全身にわたり多くの種類の細胞に感染します。
感染者からの輸血や臓器移植で感染することもあります。加熱調理されていない食べものを食べたり、感染した虫やその糞に汚染された液体(サトウキビ抽出液など)を飲んだりした人が感染することもあります。
さらに、原虫が妊婦の胎盤を通過し、胎児に感染して流産や死産を引き起こす場合や、ときに死に至る重篤な障害を新生児に及ぼす場合があります。
Image from the Centers for Disease Control and Prevention Image Library.
シャーガス病の症状
シャーガス病には3つの段階があります。症状は第1段階と第3段階で現れます。
第1段階
通常、シャーガス病の症状は、原虫が刺し傷や眼の周りの組織から体内に入った1~2週間後に現れます。刺された傷の周辺が赤く隆起することがあります。原虫が眼の周囲の組織から侵入した場合は、眼の周辺が腫れることがあります(ロマーニャ徴候と呼ばれます)。発熱もみられます。症状がでていない人の血液中に原虫が見つかることもあります。
シャーガス病の第1段階の症状は、ほとんどの場合、治療をしなくても治まります。しかし、少数の人(通常は小児)はこの段階で死亡します。その死因は、心不全を引き起こす重い心臓の感染症のこともあれば、脳と髄膜(脳・脊髄を覆う組織)の感染症(髄膜脳炎)のこともあります。
免疫機能が低下している場合(エイズ患者でよくみられます)は、第1段階で重症化することがあり、発熱や発疹がみられたり、脳に病変ができたりします。
出生前に感染した(先天性感染)新生児は、大半が無症状ですが、早産になる場合や、低出生体重、発熱、肝臓および脾臓の腫大、貧血、血球数の異常などの非特異的な所見がみられる場合もあります。感染した乳児の大半では、最終的には治療なしで症状が消失しますが、少数ながらこの段階で死亡する乳児もいます。
第2段階(潜伏期)
第2段階では、シャーガス病の症状はみられず、心電図検査と心臓や消化器系の画像検査では正常と判定されます。しかし、体内やときに血液中に原虫がいます。
多くの人は、何の症状もないまま、生涯この段階にとどまります。
第3段階
数年が経過すると、感染者の20~40%が慢性シャーガス病を発症します。
主な患部は以下の部位です。
心臓
消化器系
心臓が拡大して機能が低下することがあり、患者は疲れやすく、息切れするようになります。心臓の電気刺激伝導系にも影響が及び、失神、不整脈、突然の心停止が起こることがあります。
消化管の筋肉(食道の筋肉など)が機能不全に陥り、ものを飲み込むのが困難になったり、重度の便秘を引き起こすことがあります。ものを飲み込む動作に影響が及ぶと、食べものや飲みもの、唾液などを肺に吸い込んでしまうこと(誤嚥)で肺炎が起きたり、重度の低栄養に陥ったりします。大腸(結腸)が拡大し、重度の便秘になることがあります。
シャーガス病の診断
第1段階では、顕微鏡を用いた血液サンプルの検査または血液検査
第2段階では、血液検査
第3段階では、血液検査、心電図検査、心臓または消化器系の画像検査
第1段階では通常、顕微鏡で血液サンプル中の原虫を確認することで、シャーガス病を診断します。血液サンプルに原虫の遺伝物質(DNA)がないかどうかを確認する検査も行われます。
第2段階と第3段階では、顕微鏡で血液サンプルを観察しても、原虫を確認できることはほとんどありません。そのため、医師はこの原虫に対する抗体を調べる血液検査を2種類以上行います。(抗体とは、寄生虫のような特定の異物による攻撃から体を守るために免疫系が作り出すタンパク質です。)シャーガス病の抗体検査は、感染していない人でも陽性になることがあります(偽陽性)。そのため、最初の検査で陽性になった場合は、別の抗体検査を行って診断を確定します。
この感染症と診断された場合は、他の検査も行って、心臓や消化管の障害が起きていないか確認します。例えば、心電図検査と心エコー検査、さらに場合により胸部X線検査も行って、心臓に異常がないか確認します。その他の検査として、心臓のCT検査やMRI検査などの画像検査を行うこともあります。
嚥下困難や便秘がみられる場合は、消化管のCTまたはX線検査を行うことがあります。
シャーガス病の予防
壁をしっくい塗りにする、草ぶきの屋根を別のものに変える、効果が長く持続する殺虫剤を繰り返し家に吹きつけるといった対策により、サシガメを減らし、シャーガス病の拡大を抑えることができます。
まれに、この感染症が発生している地域への旅行者が感染することがあります。日干しレンガ造りの家で寝ないか、そうした家で寝る場合は蚊帳を使用することが、旅行者の感染予防につながります。
感染症が発生している地域の住民やその地域への旅行者は、露店などの不衛生な供給源から、加熱調理されていない果物やサトウキビ抽出液を摂取しないようにします。
米国をはじめ、この感染症がみられる多くの国では、感染した血液の輸血または臓器移植による感染拡大を予防するために、血液や臓器の提供者に対するスクリーニング検査が行われています。
リスクのある妊娠可能年齢の女性に対して妊娠前にスクリーニングを行い、感染していれば治療をすることで、先天性感染の可能性を低下させます。
シャーガス病の治療
これらの原虫に効果的な薬
心臓または消化管の慢性感染症によって問題が起きている場合は、その治療
シャーガス病に有効な抗寄生虫薬は、ベンズニダゾールとニフルチモックス(nifurtimox)の2つだけです。米国では、ニフルチモックス(nifurtimox)は米国疾病予防管理センターからのみ入手できます。これらの薬のどれを使用しても、すでに発生した心疾患や消化管疾患を治すことはできません。このうちいずれか1つの薬をそれぞれ1カ月間または3カ月間服用します。ベンズニダゾールとニフルチモックス(nifurtimox)には、いずれも重篤な副作用があり、これらの副作用は消化管、皮膚、神経に最もよくみられます。具体的には、食欲不振、体重減少、吐き気、嘔吐、発疹、神経損傷、不眠症、めまいなどが起こります。どちらの薬も、重度の肝疾患または腎疾患のある人や、妊娠中または授乳中の女性には投与されません。小児は通常、成人よりも治療によく耐えられます。
この病気の第1段階では、すべての患者を対象として、ベンズニダゾールまたはニフルチモックス(nifurtimox)による治療を行います。これらの薬には以下の作用があります。
血液中の原虫の数を速やかに減らす
症状の持続期間を短くする
慢性感染症を起こりにくくさせる
感染症が慢性化した場合に死亡するリスクを低下させる可能性がある
妊娠中の女性がシャーガス病と診断された場合は、通常は治療を分娩後まで延期し、出生児が感染していれば治療を行います。
第2段階では、進行した心疾患や消化管疾患の所見が認められない小児と50歳までの成人を対象として、ベンズニダゾールまたはニフルチモックス(nifurtimox)による治療を行います。感染者が若いほど、また治療の開始が早いほど、治療により原虫を駆除できる可能性が高くなります。50歳以上の成人については、医師が治療の効果をリスクと比較する必要があります。
慢性感染症により心臓または消化管に重度の障害が起きてしまうと、抗寄生虫薬は助けになりません。それらの障害には必要に応じて以下の治療を行います。
心不全:心臓の負荷を減らす薬の使用または心臓移植
不整脈:心臓の拍動を整える薬(抗不整脈薬)またはペースメーカーの使用
食道の障害:ボツリヌス毒素の投与(下部食道の筋肉を弛緩させるため)または下部食道を広げる(拡張する)手術
結腸の巨大化:手術
シャーガス病に関するさらなる情報
米国疾病予防管理センター:シャーガス病(Centers for Disease Control and Prevention: Chagas disease)