多発性骨髄腫は形質細胞のがんで、異常な形質細胞が骨髄や、ときには他の部位で、制御を失った状態で増殖する病気です。
骨の痛みや骨折が発生することが多く、腎臓障害、免疫機能の低下(易感染状態)、筋力低下、錯乱などがみられることもあります。
血液検査や尿検査で各種の抗体の量を測定することで診断が下され、骨髄生検によって確認されます。
多くの場合、治療には従来の化学療法薬であるコルチコステロイドと、プロテアソーム阻害薬(ボルテゾミブ、カルフィルゾミブ、イキサゾミブなど)、免疫調節薬(レナリドミド、サリドマイド、ポマリドミドなど)、核外輸送タンパク質阻害薬のセリネキサー(selinexor)、モノクローナル抗体(ダラツムマブ、イサツキシマブ、エロツズマブなど)のいずれか1つ以上が併用されます。
形質細胞は、白血球の一種であるB細胞(Bリンパ球)から成長した細胞で、正常であれば抗体(免疫グロブリン)を生産します。抗体は身体が感染と戦うのを助けるタンパク質です。1つの形質細胞が過剰に増殖すると、その結果生じた遺伝子的に同一の細胞集団(クローンと呼ばれます)が単一の種類の抗体を大量に生産します。この抗体は単一のクローンによって作られるため、モノクローナル抗体と呼ばれ、Mタンパク質としても知られています。(形質細胞の病気の概要も参照のこと。)
多発性骨髄腫患者の平均年齢は約65歳です。原因は明らかではないものの、近親者で多発性骨髄腫の発生率が高いことから、遺伝の関与が疑われています。ベンゼンなどの有機溶剤への接触と同様に、放射線への曝露も有力な原因と考えられます。
正常であれば、形質細胞が骨髄中に占める割合は1%未満です。典型的な多発性骨髄腫では、骨髄組織の大半にがん化した形質細胞がみられます。がん化した形質細胞が過剰に増えると、それが生産するタンパク質も増加して、白血球、赤血球、血小板(細胞に似た粒子で、血液の凝固を助ける)などの他の正常な骨髄細胞の成長が妨げられます。モノクローナル抗体が大量に作られるとともに、正常な防御抗体の生産量が著しく減少します。
多くの場合、がん化した形質細胞が骨の中に集まって腫瘍を形成します。がん化した細胞は、骨量の減少をもたらす物質も分泌し、骨量減少が最もよくみられるのは、骨盤、脊椎、肋骨、頭蓋骨です。まれですが、このような腫瘍が骨以外の部位にできることがあり、特に肺、肝臓、腎臓などにみられます。
多発性骨髄腫の症状
形質細胞の腫瘍は骨を侵すことが多いため、背骨、肋骨、腰骨などに骨痛がよく現れます。その他の症状は合併症によるものです。
合併症
形質細胞腫瘍により骨密度が低下し(骨減少症や骨粗しょう症)、骨が弱くなると、骨折する可能性があります。
それに加え、骨からカルシウムが放出されることで、血液中の異常なカルシウム濃度の上昇、便秘、頻尿、腎臓障害、脱力感、錯乱などが生じることがあります。
赤血球の生産量が低下することから、貧血になって疲労感や脱力感を覚えたり、顔面が青白くなったりすること(蒼白)も多く、心臓障害に至る場合もあります。白血球の生産が低下するため、感染を繰り返すことになり、発熱や悪寒が生じることがあります。血小板の生産が低下することから、血液の凝固能力が妨げられ、あざや出血が生じやすくなります。
軽鎖(L鎖)というモノクローナル抗体の一部が断片になって、腎臓の集合管に集まることがよくありますが、それによって腎臓のろ過機能が妨げられ、腎臓に永続的な損傷が生じ、腎不全に至ることがあります。尿中(または血液中)にみられる抗体の断片である軽鎖は、ベンス・ジョーンズタンパク質と呼ばれます。増殖しているがん細胞の数が増えると、尿酸が過剰に生産され、尿中へ排泄されることがあるため、腎結石ができやすくなります。腎臓などの臓器に特定の種類の抗体断片が沈着することで、アミロイドーシスという、少数の多発性骨髄腫患者にみられるもう1つの重篤な障害につながることがあります。
多発性骨髄腫ではまれですが、血液の粘度が高くなり(過粘稠度[かねんちゅうど]症候群)、皮膚、手足の指、鼻、腎臓、脳などへの血流が妨げられることがあります。
多発性骨髄腫の診断
臨床検査
骨髄生検
X線検査のほか、MRI検査、またはCT検査と組み合わせたPET検査などの画像検査
別の理由で臨床検査を受けた際に、血液中のタンパク質濃度が上昇しているか尿中のタンパク質が増えている場合や、別の理由でX線検査を受けた際に特定箇所に骨量の減少が認められた場合など、症状が現れる前でも多発性骨髄腫が発見されることがあります。骨量の減少は広い範囲にわたる場合もありますが、よくみられるのは骨のX線画像に孤立した打ち抜き像として現れる場合です。
ときには、背中の痛みや別の部位の骨の痛み、疲労、発熱、あざなどの症状から多発性骨髄腫が疑われることもあります。このような症状を調べるために実施した血液検査によって、貧血、白血球数の減少、血小板数の減少、腎不全などが明らかになることがあります。
最も有用な臨床検査は、血清と尿のタンパク質電気泳動法と免疫電気泳動法です。これらの検査を行うことで、多発性骨髄腫のほとんどの患者にみられる過剰な1種類の抗体を検出し、識別することができます。医師は、各種の抗体(特にIgG、IgA、IgM)も測定します。IgD型とIgE型の多発性骨髄腫は非常にまれです。通常は、カルシウムの値も同様に測定します。
また、24時間にわたって尿を採取し、その中に含まれるタンパク質の量と種類を分析します。多発性骨髄腫では、半数の人の尿からモノクローナル抗体の一部であるベンス・ジョーンズタンパク質が検出されます。
骨髄穿刺と骨髄生検を行うことで診断を確定します。多発性骨髄腫では、骨髄のサンプルに、多数の形質細胞がシート状や房状になって異常な並び方をしているのがみられます。また、個々の細胞の形状にも異常がみられることがあります。
そのほかにも、多発性骨髄腫の進行度合いを判定する(病期分類)のに有用な血液検査があります。診断時の血液検査で、患者の血中に特定のタンパク質濃度の変化が認められた場合(例えば、ベータ2ミクログロブリンの値が高く、アルブミンの値が低い場合)は、一般に生存期間が短くなることが予想されるため、治療方針の決定に影響することがよくあります。さらに、特定の染色体異常や血清中の乳酸脱水素酵素が高値である場合は、病期分類の一環として生存期間の短縮が予想されます。
X線所見で多発性骨髄腫が疑われる場合でも、損傷している骨を確認するには別の画像検査が必要です。通常は全身のX線検査(全身骨X線検査)が行われます。骨痛の部位を具体的に調べるために、MRI検査またはPET-CT検査(PETとCTと組み合わせた検査)が行われることもあります。
多発性骨髄腫の予後(経過の見通し)
現時点で多発性骨髄腫には根治的な治療法がありませんが、治療をすれば大半の人で一定の効果が得られます。効果的な治療の数が増えてきた結果、平均生存期間は約2倍に延びています。しかし、生存期間は以下に示すような診断時点の特徴や治療への反応により大きく異なります。
腎臓に起こる問題
ベータ2ミクログロブリン、血清アルブミン、乳酸脱水素酵素(LDH)といった特定のタンパク質の血中濃度
特定の染色体異常や遺伝子の変化など、がん化した形質細胞の遺伝学的特徴
比較的新しい薬剤で、多発性骨髄腫患者の生存期間の延長が認められています。さらに、骨の合併症の発生を抑制する月1回のビスホスホネート系薬剤の点滴、血球の生産を促して赤血球や白血球を増加させる薬(増殖因子)、痛みの軽減がより良好な鎮痛薬などによっても、生活の質が大幅に向上しています。
ときには、多発性骨髄腫の治療が奏効して何年も生存した人に、白血病や不可逆的な骨髄機能の喪失がみられることがあります。こうした晩期合併症は、化学療法が原因になった可能性があり、重度の貧血が生じたり、感染や出血を起こしやすくなったりすることがよくみられます。
多発性骨髄腫では、最終的に死に至ることは避けられないことから、終末期のケアについて、主治医と適切な家族や友人を交えて話し合うことが有益となることが多いようです。この場合の話し合いのポイントとしては、事前指示書、栄養チューブの使用、痛みの緩和などが考えられます。
多発性骨髄腫の治療
種類の異なる薬を併用します(例えば、コルチコステロイドと、免疫調節剤のサリドマイド、レナリドミド、ポマリドミドのいずれかとの併用、またはプロテアソーム阻害薬のボルテゾミブ、カルフィルゾミブ、イキサゾミブのいずれかとの併用、またはこれらの免疫調節剤の1つおよびこれらのプロテアソーム阻害薬の1つとの併用、またはコルチコステロイドと核外輸送タンパク質阻害薬のセリネキサー[selinexor]との併用)。さらに、これらの種類の薬と併用して従来の化学療法薬も使用することがあります。
モノクローナル抗体(エロツズマブ、イサツキシマブ、ダラツムマブなど)は、ほとんどの場合、ステロイドと免疫調節薬またはプロテアソーム阻害薬と併用されます。
幹細胞移植を行う可能性があります。
骨の痛みを治療するために放射線療法を行う可能性があります。
合併症の治療を行います。
近年、多発性骨髄腫の治療法には目覚ましい進歩がみられるにもかかわらず、まだ治癒が望める状況ではありません。そのため、症状や合併症の予防と緩和や異常な形質細胞の破壊を行うこと、ならびに病気の進行を遅らせることが治療の目標になります。
通常は症状や合併症が現れるまで治療の開始を待ちますが、無症状で明らかな合併症がみられない人でも、高リスクの特徴がみられる場合には、治療を開始しなければならないこともあります。こうした高リスクの特徴には、病気が広範囲に及ぶこと、特定のタンパク質の血中濃度、腫瘍細胞における特異的な遺伝子異常などがあります。
通常は、いくつかの異なる薬を用いて異常な形質細胞を死滅させることで、多発性骨髄腫の進行を遅らせます。骨髄腫の特徴や、患者が幹細胞移植に適格かどうかに基づいて、様々な併用療法が用いられます。併用療法で用いられる薬剤は以下の項目のうちの2つ以上またはそれぞれの項目から選択されることがあります。
免疫調節薬(サリドマイド、レナリドミド、またはポマリドミド)および/またはプロテアソーム阻害薬(ボルテゾミブ、カルフィルゾミブ、またはイキサゾミブ)に加えて、コルチコステロイド(デキサメタゾン、プレドニゾン[日本ではプレドニゾロン]、メチルプレドニゾロンなど)
従来の化学療法薬
モノクローナル抗体のエロツズマブ、イサツキシマブおよびダラツムマブ
従来の化学療法薬としては、アルキル化薬(メルファラン、シクロホスファミド、またはベンダムスチン)やアントラサイクリン系薬剤(ドキソルビシンやそのペグ化リポソーム製剤)などがあります。化学療法は異常な細胞だけでなく正常な細胞も死滅させてしまうため、血球数を調べて、正常な白血球や血小板の数が大幅に減少した場合は、薬の量を調節します。
基礎的な健康状態が良好で、かつ数サイクルの薬物療法で効果が得られた場合、医師は幹細胞移植を勧めることがあります。大量化学療法を行う前に、自身の血液から幹細胞(未分化の細胞で、まず未成熟の血液細胞に変化して、最終的に成熟して赤血球、白血球、血小板になる細胞)を採取しておきます。そして、大量化学療法の後に、この幹細胞を体内に戻します(幹細胞移植)。この治療法は、一般に70歳未満の患者を対象に行われます。しかし、新たな薬を用いた併用療法の多くが非常に有効なため、現在では幹細胞移植が使用される頻度が低下しています。
悪化するおそれがある骨の痛みの軽減には、強力な鎮痛薬や、痛みがある骨に対する放射線療法が役立つことがあります。また、放射線療法により骨折を予防できる場合もあります。ただし、放射線療法は骨髄の機能に障害を与えることがあり、それによって抗骨髄腫薬による治療を受ける能力が低下するおそれがあります。パミドロン酸(骨密度の低下を遅らせるビスホスホネート系薬剤の一種)や、ゾレドロン酸というさらに強力な薬を毎月1回静脈投与することにより、骨合併症の発生を抑えることができることから、多発性骨髄腫患者のほとんどが、治療の一環としてこれらの薬を持続して使用しています。ゾレドロン酸に患者が耐えられない場合や腎機能が低い場合は、毎月1回のデノスマブが選択肢になることがあります。血液中のカルシウムの値が高くない限り、骨量の減少を軽減するためにカルシウムやビタミンDのサプリメントを摂取するように推奨され、体を動かすことで骨量の減少が抑えられることから、運動を続けるようにも勧められます。長期にわたって寝たきりの状態では、骨量の減少が加速され、骨がもろくなって骨折しやすくなります。ほとんどの人は普通の生活を送り、様々な活動を行うことができます。
脱水状態になると腎不全になりやすいことから、大量に水分をとることで尿が薄まり、脱水の予防に役立ちます。腎臓に問題が発生した場合は、血漿交換が有益となる可能性があります。
発熱、悪寒、たんを伴うせき、皮膚の発赤など、感染の徴候がみられる場合は、抗菌薬の投与が必要になることもあるため、すぐに医師の診察を受ける必要があります。特にプロテアソーム阻害薬(ボルテゾミブ、カルフィルゾミブ、イキサゾミブなど)やモノクローナル抗体(ダラツムマブ、エロツズマブなど)のような特定の抗骨髄腫薬による治療を受ける場合は、帯状疱疹ウイルス感染のリスクもあります。その場合、アシクロビルという経口の抗ウイルス薬を長期にわたって服用することで、ヘルペス感染予防に役立つ可能性があります。感染のリスクが高いため、肺炎球菌とインフルエンザのワクチン接種を受けるべきです。
重度の貧血がある場合は、赤血球の輸血が必要になることがあります。また、場合によっては、赤血球の生産を促進するエリスロポエチンやダルベポエチンという薬を服用することで、貧血を十分に治療できることがあります。貧血で鉄剤の投与が有益な場合もあります。
血液中のカルシウム値が高い場合は、静脈から水分を補給して治療しますが、多くの場合、ビスホスホネート系薬剤の静脈内注射が必要になります。ビタミンDやカルシウムを含む食品を避けることも、高いカルシウム値の軽減に役立ちます。
血液中の尿酸値が高い場合や広範囲に病変がある場合は、アロプリノールという薬が効くことがあります。ただし、アロプリノールは尿酸の生産を阻害する薬で、腎臓に損傷を与える可能性があります。