職業環境医学の概要

執筆者:Michael I. Greenberg, MD, Drexel University College of Medicine;
David Vearrier, MD, MPH, University of Mississippi Medical Center
レビュー/改訂 2022年 5月
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職業環境医学(OEM)では,職業および環境に関連した傷害および疾病の予防,診断,および治療に焦点が置かれる。OEMの目的は,職場,家庭,および地域社会における労働者の全体的な健康と安全を促進することによって,労働者の生産性を高めることである。

OEM専門医は以下を目標とする:

  • 予防戦略と教育(例,健康プログラム)を通じて,労働者,その家族,および地域社会の心身の健康を促進・保護する

  • 合理的配慮の下で中核となる職務要件を満たす能力が求職者にあるかどうかを評価するための雇用前スクリーニングを提供する

  • 傷害または疾病が労働に関連したものかどうかを判定する(医療の提供と支払いの状況に影響を及ぼす可能性がある)

  • 急性期ケアの場で職業上および環境上の傷害や疾病を診断して治療する

  • 傷害または疾病を負った労働者が安全かつ生産的に職場に復帰できるようにする(例,職場復帰のタイミングを最適化することにより)

  • 長期の傷害または疾病の後の労働者の障害の程度を評価し,合理的配慮のもと,主要な職務を遂行する能力を評価する

  • 環境曝露および人間工学の観点から職場の安全を評価し,労働者の健康を保護するための業務上の制限を定め,労働者を保護するための勧告を行う

  • 職場の効率化を促進する

このように,OEMは労働者と雇用主の双方に有益となる。

急性期ケアの場でOEM専門医が治療する傷害および疾病で最も頻度が高いものは以下のものである:

ときに,労働に関連する活動と労働に関連しない活動が組み合わさって損傷(例,反復運動損傷)が起こることがある。

環境病はときに非特異的な症状を呈することがある。例えば,一酸化炭素への曝露はウイルス性疾患に類似し,頭痛,悪心,および嘔吐を引き起こすことがある。

OEM専門医はまた,仕事とは関係のない環境汚染物質に曝露した患者(例,小児における鉛中毒)も治療する。

患者の評価

急性期ケアの状況では,OEM専門医は傷害または疾病が職業性もしくは環境曝露によるものかを考慮する。どこで損傷が起きたか,傷害または疾病の発生時に患者が何をしていたかなどの病歴を聴取することは,通常,原因が労働に関連している程度を判断する上で参考になる。

鑑別診断では環境曝露の可能性を考慮することが,診断の遅れを回避するのに役立つ場合がある。職業性喘息や接触皮膚炎などの一部の病態の原因は,初期には職業または環境曝露として認識されないことがあり,その結果,誘発因子への曝露をコントロールするのが遅れることがある。

職業または環境曝露が疾患の原因であることを示唆する手がかりとして,以下の2つがある:

  • 低リスク患者における原因不明の警鐘事象(sentinel event)

  • 同様の症状または同じ診断を有する患者の集団発生

原因不明の警鐘事象は職業または環境曝露がなくても発生するが,低リスク患者におけるそのような事象から,未確認の曝露が寄与した可能性が示唆される。例えば,心疾患の既往がない複数の若年労働者に末梢および網膜の動脈硬化と狭心症が発生したことから,二硫化炭素への職業曝露がこれらの所見の原因であることが判明したが,その年齢層ではこのような所見はまれである。

同様の症状または同じ診断を有する患者の集団発生では,職業または環境曝露も疑うべきである。例えば,同じ建物から来た患者の集団が頭痛,悪心,および嘔吐を訴えている場合,一酸化炭素曝露の可能性が示唆される。ある工場の従業員の間で肝血管肉腫(まれながん)が集団発生したことにより,塩化ビニルがヒトに対する発がん物質であることが判明した。膀胱癌の集団発生は,環境中のヒ素汚染と関連づけられている。労働者や地域住民の罹患者と非罹患者から曝露歴を聴取することが,集団発生の原因となった職業または環境曝露を同定するのに役立つことがある。

OEM専門医は,他の医師よりも時間をかけて傷害または疾病の原因を調査し,疾病または傷害が労働に関連する程度を確認することで,将来の傷害または疾病を予防する方法を雇用主に推奨できる可能性がある。この調査の一環として,OEM専門医は職場の安全性評価を行い,労働者の人間工学的側面を評価し,労働者の曝露歴を入手することがある。OEM専門医は,そのような調査の際に産業衛生士と協力することがある。小児の鉛中毒など,労働に関連しない環境病の場合,OEM専門医は典型的には家庭環境を訪問せず,代わりにそのような活動を担当する地域の公衆衛生当局に連絡する。

職場の安全性評価

特定の状況では,OEM専門医が職場の安全性の評価を要請する,または評価を依頼されることがある。職場の安全上の問題(職場の危険の種類の表を参照)は以下のように分類できる:

  • 大気汚染物質

  • 化学物質による危険

  • 生物学的な危険

  • 物理的な危険

  • 人間工学的な危険

医師はこれらの種類の危険のうちの1つまたは複数について職場を評価し,労働者の潜在的リスクを軽減する方法を雇用主に推奨する。OEM専門医は推奨を行う際に,ハザード対策の階層構造を考慮する。

除去(elimination)とは,最も効果的なハザード対策の形態であり,ある危険を何かで置き換えるのではなく,それを職場から完全に除去することである。

置換(substitution)は,ハザード対策の2番目に効果的な形態であり,職場にある危険をより危険性の低い代替物に置き換えることである。置換の例としては,安全機能が追加された新しい機械の使用や,安全性プロファイルがより良好な別の溶剤の使用などがある。

除去および置換が実行可能な選択肢でない場合は,工学的対策,管理的対策,および個人防護具(PPE)を考慮する。工学的対策(engineering controls)では,プロセスまたは機械から労働者を物理的に分離することにより,労働者の危険への曝露を最小限に抑える。管理的対策(administrative controls)では,訓練および手順を改善すること,または労働者が危険に曝露する合計時間を制限することによって,労働者の危険との関わり方を変更する。PPEは最も効果の低いハザード対策の方法であり,PPEが労働者の体形に合っていないか密閉がなされていない場合,労働者がPPEを使用しない場合,または緊急事態でまだ危険への曝露が続いている間にPPEを速やかに取り外す必要が生じる場合には,効果がない可能性がある。

労働者,雇用主,技術者およびその他の科学者,ならびに産業衛生士との話し合いは,どのような職場の改変が実行可能で,労働者の安全を最適化するかを判断する上で有用となる場合がある。(The National Institute for Occupational Safety and Health (NIOSH): Hierarchy of Controlsも参照のこと。)

表&コラム
表&コラム

障害の評価

職場で発生する傷害や疾病の中には,比較的短期間で完治するものもある。一方で,労働者が一部(または全部)の業務を実行する能力により長期間の,ときに永続的な影響を及ぼすものもある。障害の有無および程度によっては,労働者の職務の変更が必要になったり,さらには就労が妨げられたりすることもある。OEM専門医は,治療を担当する医師として,または独立した医療専門家として,障害の評価を頻繁に依頼される。米国で障害の評価を必須としている制度として,州職員補償プログラム(State Worker’s Compensation Program),社会保障障害制度(Social Security Disability System),公務員退職制度(Civil Service Retirement System),鉄道退職者委員会(Railroad Retirement Boar)などがある。各機関は労働者に障害があるかどうかと,障害のある労働者が障害給付金を受け取るべきかどうかを定めた規制を設けている。

それらの評価では,OEM専門医が以下のことを行う:

  • 障害されている器官系がないか評価する

  • 機能障害の重症度および永続性を判定する

  • それらの所見を関係機関に伝える

機能障害(impairment)とは,身体の一部で機能が喪失した状態と定義される(例,COPD[慢性閉塞性肺疾患]患者でFEV1/FVCが予測値の70%未満となる息切れ)。機能障害を評価および文書化するための2つの包括的なシステムが米国社会保障局(Social Security Administration)によって提供されており(Consultative Examinations: A Guide for Health Professionals[グリーンブックと呼ばれる]およびDisability Evaluation Under Social Security[ブルーブックと呼ばれる]を参照),American Medical Association[AMA]も同様の制度を提供している(AMA Guides® to the Evaluation of Permanent Impairmentを参照)。

能力障害(disability)とは,機能障害のために活動(雇用に必要な活動を含む)を行えない状態と定義される(例,COPDのために10フィート[3m]以上歩くことができない)。OEM専門医はまた,しばしば障害の程度を評価して報告するよう依頼される。障害の評価における客観性を高めるために,様々な障害評価システムが利用可能である(例,Oswestry Disability Index)。場合によっては,医師が機能的能力評価を指示することがあるが,これは理学または作業療法士が行う最大の身体的作業能力の正式な評価である。

検査

OEM専門医は以下を指示することがある:

  • 医学的診断検査

  • 曝露検査(患者および/または環境の検査)

傷害および曝露の影響を評価するために,しばしば医学的診断検査が必要になる(例,骨および関節のX線,急性吸入に対する胸部X線およびオキシメトリー)。受傷後の検査(例,肺機能検査)は,臓器損傷が職場での曝露またはインシデントから二次的に生じたかどうかを判断するために行われることがある。

物質への職業曝露の程度を定期的に(医学的サーベイランス)および/または職場でのインシデント(例,物質の意図しない放出)の発生後に判定するために,曝露検査(例,患者および/または環境の検査)が必要になる場合がある。関与する物質によっては,検体を基準となる検査施設に送付する必要がある。場合によっては,OEM専門医は,空気サンプリングや表面サンプリングなど,職場での完全な検査を産業衛生士に要請する。

職場で特定のインシデントが発生すると,政府機関が関与することがある。National Institute for Occupational Safety and Health(NIOSH)は,労働者,労働組合職員,または雇用主から要求された場合にHealth Hazard Evaluationを実施する。米国労働安全衛生局(Occupational Safety and Health Administration:OSHA)は,労働者からの苦情,他の政府機関からの委託,または傷害もしくは疾病の報告(この場合は対象を絞る)を受けて,職場の視察を実施することがある(OSHA Fact Sheet: Inspectionsを参照)。

政府機関と連携するOEM専門医は,地域社会または集団における特定の物質への環境曝露の程度を判定するために診断検査を指示することがある。そのような検査は,物質が環境中に放出された場合や,物質による環境汚染が文書化された場合に行われることがある。

治療および職場復帰

OEM専門医は,産業医学以外で患者に適用されるものと同じ方法および標準治療を用いて,職場で発生した急性および慢性疾患ならびに損傷について労働者を治療する。専門医または理学もしくは作業療法士へのコンサルテーションが必要になる場合がある。OEM専門医が患者を紹介できる専門医のネットワークを雇用主がもっている場合もある。

OEM専門医の重要な目標は,労働者を職場に復帰させることである。研究によると,早期の職場復帰により長期欠勤および長期の障害が減少する可能性があることが示されている。急性の傷害または疾病を起こした労働者が通常の仕事に復帰できない場合,暫定的な仕事(ときにlight dutyまたはmodified dutyとも呼ばれる)が割り当てられことがある。例えば,OEM専門医は労働者の現在の臨床状態に基づいて,押す,引く,持ち上げる,座る,立つなどの動作を制限するよう推奨することがある。

雇用前スクリーニング

OEM専門医は,米国運輸省(Department of Transportation:DOT),軍隊,および民間の雇用主などに対して,求職者に対する雇用前スクリーニングおよび政府が要求するスクリーニングを提供する。雇用前スクリーニングおよび政府が要求するスクリーニングでは,求職者が該当する職種の地位の義務を安全に履行できるかどうかをOEM専門医が評価する。考慮すべき事項としては,既存の慢性疾患または病態,機能障害を引き起こす可能性のある薬物の使用,物質乱用,および身体所見などがある。しばしば,雇用前の薬物検査が行われる。

多くの企業は,雇用前の尿薬物検査を含む薬物検査方針についてDOTのプロトコルに従っている(DOT: Office of Drug and Alcohol Policy and Complianceを参照)。それ以外の企業は,口腔液や毛髪などの代替検体の使用を選択している。

労働者のスクリーニングおよびサーベイランス

OEM専門医は,有害物質に曝露する可能性のある職場の労働者に対して,医学的スクリーニングおよびサーベイランスを提供する。米国では,労働安全衛生局(Occupational Safety and Health Administration:OSHA)が一般産業界と州および個々の企業に対して医学的スクリーニングとサーベイランスの基準を提示しており,対象としていくつかの物質が含まれている(OSHA: Medical Screening and Surveillanceを参照)。

医学的スクリーニングは,患者が通常医療機関を受診する前に疾患または機能障害を検出するために行われる。例えば,特定の病態のリスクが高い可能性がある人にスクリーニングを行う(例,定期的なコレステロール検査またはA1C検査)。

医学的サーベイランスでは,1名または複数の労働者を定期的に評価し,的を絞った予防措置(例,鉛に曝露した可能性のある労働者における定期的な血中鉛濃度の測定)を必要とする職場の危険がないか検索する。サーベイランスは通常,健康状態に異常な傾向がないか調べるために評価される労働者のグループのスクリーニング結果に依存する。

関与する物質に応じて,スクリーニング,サーベイランス,またはその両方が適応となることがある。

より詳細な情報

有用となりうる英語の資料を以下に示す。ただし,本マニュアルはこれらの資料の内容について責任を負わないことに留意されたい。

  1. American College of Occupational and Environmental Medicine: Provides guidelines for determining whether injuries and illness are work-related and for managing and preventing work-related health problems and disability (eg, low back disorders, work-related asthma).Other resources include information about promoting health and productivity.

  2. Association of Occupational and Environmental Clinics: Provides a list of open-access, peer-reviewed journals and organizes conferences to promote sharing of research related to diversified fields of medicines, science, and technology.

  3. Occupational Health and Safety Administration: Sets and enforces standards to ensure safe and healthful working conditions for workers.Provides information about workers' rights, hazard recognition, COVID-19, fall prevention, suicide prevention, personal protective equipment, and documentation requirements.

  4. Pediatric Environmental Health Specialty Units: Provides information about how environmental factors (eg, hurricanes, floods, lead, wildfires, marijuana, vaping) affect the health of children and adults of reproductive age.Also provides contact information to experts in various areas of the US.

  5. National Institute for Occupational Safety and Health (NIOSH): Provides guidance and authoritative recommendations for improving safety and health in the workplace, including such topics as nail gun safety and the health implications and applications of nanotechnology.

  6. Centers for Disease Control and Prevention (CDC): Workplace Health Promotion: Provides workplace strategies for specific conditions (eg, work-related musculoskeletal disorders, depression, stress, cancer), a national survey of workplace health programs (eg, risk assessment for employees) and practices, and resources and tools employers can use to train employees.

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