Acinetobacter属細菌は,あらゆる器官系で化膿性感染症を引き起こす可能性があるグラム陰性菌であり,入院患者ではしばしば日和見感染菌となる。
Acinetobacter属は,Moraxellaceae科に属するグラム陰性好気性桿菌または球桿菌である。これらの菌は遍在性で,乾燥した表面でも最長1カ月にわたり生存することができ,また一般的に医療従事者の皮膚に保菌されているため,患者への定着や医療器具の汚染を起こしやすくなっている。Acinetobacter属には多くの菌種が存在し,その全てがヒト疾患の原因となりうるが,中でもAcinetobacter baumanniiが感染の約80%を占めている(1)。
総論の参考文献
1.Wong D, Nielsen TB, Bonomo RA, et al: Clinical and pathophysiological overview of Acinetobacter infections: A century of challenges.Clin Microbiol Rev 30(1):409–447, 2017.doi: 10.1128/CMR.00058-16
Acinetobacter属細菌による疾患
Acinetobacter属細菌による疾患で最も頻度の高い臨床像は以下の通りである:
呼吸器感染症
AB感染症は典型的には重症(critically ill)の入院患者で発生する。熱帯地域では市中感染がより多くみられる。A. baumannii(AB)感染症に関連した致死率は19~54%である。
Acinetobacter属細菌は,健康な小児では市中感染による細気管支炎および気管気管支炎を,易感染状態の成人では気管気管支炎を引き起こす可能性がある。Acinetobacter属細菌は気管切開部に容易に定着する。院内感染によるアシネトバクター(Acinetobacter)肺炎は,しばしば多葉性で合併症を伴う。二次性菌血症および敗血症性ショックは予後不良因子である。
Acinetobacter属細菌は,肺,尿路,皮膚,軟部組織を含めたあらゆる器官系で創傷感染症および化膿性感染症(例,膿瘍)を引き起こす可能性があり,菌血症を呈することもある。
まれに,これらの菌が髄膜炎(主に脳神経外科手術後),静脈カテーテル留置患者における蜂窩織炎または静脈炎,眼感染症,自然弁または人工弁の心内膜炎,骨髄炎,化膿性関節炎,膵および肝膿瘍を引き起こすこともある。
挿管患者から採取した気道分泌物や開放創から採取した検体など,臨床検体から分離されたAcinetobacter属細菌については,定着菌である場合も多いため,分離の意義を判断するのは困難である。
危険因子
Acinetobacter感染の危険因子は感染の種類(院内感染,市中感染,多剤耐性菌感染―アシネトバクター感染症の危険因子の表を参照)によって異なる。
Acinetobacter属細菌の薬剤耐性
最近になって多剤耐性(MDR)ABが出現しており,特に集中治療室(ICU)の免疫抑制患者,重篤な基礎疾患のある患者,および侵襲的処置の後に広域抗菌薬による治療を受けた患者でよくみられる。ICUでの感染拡大の原因としては,医療従事者への菌の定着,共用器具の汚染,および静脈栄養液の汚染が特定されている。また,イラク,クウェート,およびアフガニスタンで受傷して治療を受けた軍人でも,多剤耐性AB感染者数の増加がみられている。
アシネトバクター(Acinetobacter)感染症の治療
重篤例に対する典型的な経験的多剤併用療法
異物(例,静脈カテーテル,縫合糸)に関連した限局性の蜂窩織炎または静脈炎を起こした患者では,異物を除去して局所的な処置を施すだけで通常は十分である。気管挿管後の気管気管支炎は,気道・肺の清潔保持のみで解消できることがある。より広範な感染が生じた患者には,抗菌薬投与や必要に応じてデブリドマンによる治療を行うべきである。
ABは以前から多くの抗菌薬に対して内因性の耐性を有していた。MDR-ABとは,3クラス以上の抗菌薬に対して耐性を示す菌株と定義されるが,全てのクラスに耐性を示す分離株もある。感受性試験の結果が得られるまでに使用できる最初の選択肢としては,カルバペネム系薬剤(例,メロペネム,イミペネム),コリスチン,またはフルオロキノロン系薬剤とアミノグリコシド系薬剤,リファンピシン,またはその両方との併用などがある。スルバクタム(β-ラクタマーゼ阻害薬)は,多くのMDR-AB株に対して内因性の殺菌活性を示す。グリシルサイクリン系抗菌薬のチゲサイクリンも効果的であるが,境界域の活性しか得られなかった例や治療中に耐性が発現した例が報告されている。ミノサイクリンは,新規のシデロフォア-セファロスポリン抗菌薬であるセフィデロコルと同様,in vitro活性を有する(1)。
軽度から中等度の感染症では,単剤療法で反応が得られることがある。感性株による外傷性の創傷感染症は,ミノサイクリンで治療できる。
重篤なAB感染症は多剤併用療法によって治療し,典型的にはカルバペネム系薬剤(イミペネムまたはメロペネム)またはアンピシリン/スルバクタムとアミノグリコシド系薬剤を併用するが,薬剤耐性が極めて高い場合は,チゲサイクリン,セフィデロコル,またはコリスチンとミノサイクリンの併用のみが可能な選択肢となる場合もある。
感染拡大を防止するため,医療従事者は接触感染予防策(手洗い,バリア法)および人工呼吸器の適切な保守,ならびにMDR-ABが定着または感染した患者の洗浄を行うべきである。
治療に関する参考文献
1.Munier AL, Biard L, Rousseau C, et al: Incidence, risk factors, and outcome of multidrug-resistant Acinetobacter baumannii acquisition during an outbreak in a burns unit.J Hosp Infect 97(3):226–233, 2017.doi: 10.1016/j.jhin.2017.07.020
要点
A. baumannii(AB)による感染症はAcinetobacter感染症全体の約80%を占め,重症(critically ill)の入院患者で発生しやすい傾向がある。
最も頻度の高い感染部位は呼吸器系であるが,Acinetobacter属細菌は,あらゆる器官系で化膿性感染症も引き起こす可能性がある。
多剤耐性ABが問題になっており,場合により感受性試験の結果に基づき複数の薬剤を選択する必要がある。