低リン血症とは,血清リン濃度が2.5mg/dL(0.81mmol/L)未満となった状態である。原因にはアルコール使用症,熱傷,飢餓,および利尿薬の使用がある。臨床的特徴としては,筋力低下,呼吸不全,心不全などがあり,痙攣や昏睡が起こる可能性もある。診断は血清リン濃度による。治療はリンの補給である。
(リン濃度の異常の概要も参照のこと。)
低リン血症は入院患者の2%に生じるが,特定の集団では有病率が高くなる(例,入院中のアルコール使用症患者では最大10%に生じる)。
低リン血症の病因
低リン血症には多数の原因があるが,臨床的に意義のある急性低リン血症が起こる状況は比較的少なく,以下に例を挙げる:
糖尿病性ケトアシドーシスの回復期
急性アルコール使用症
重度の熱傷
完全静脈栄養(TPN)を受けているとき
長期の低栄養後の栄養摂取再開
重度の呼吸性アルカローシス
血清リン濃度1mg/dL(0.32mmol/L)未満の重度の急性低リン血症は,リンのtranscellular shiftを原因とすることが最も多く,しばしば慢性的なリン不足に合併する。
慢性低リン血症は通常,腎臓でのリン再吸収の低下に起因する。原因としては以下のものがある:
原発性または二次性副甲状腺機能亢進症などにおける,副甲状腺ホルモンの増加
利尿薬の長期使用
テオフィリン中毒
重度の慢性低リン血症は通常,負のリン平衡が遷延することに起因する。原因としては以下のものがある:
慢性的な飢餓または吸収不良(アルコール使用症患者に多い),特に嘔吐または大量の下痢を伴う場合
大量のリン結合性アルミニウムを長期摂取している場合(通常は制酸薬という形で)
進行した慢性腎臓病患者(特に透析患者)は,食事からのリンの吸収を抑えるために,しばしばリン吸着剤を食事とともに服用していることがある。このような吸着剤を長期使用していると,低リン血症を来すことがあり,食事からのリンの摂取が非常に少ない場合は特にリスクが高い。
低リン血症の症状と徴候
低リン血症は通常無症候性であるが,重度の慢性欠乏状態では食欲不振,筋力低下,骨軟化症が生じうる。重篤な神経筋障害が起こることがあり,これには進行性脳症,痙攣,昏睡,死亡が含まれる。著明な低リン血症にみられる筋力低下には横紋筋融解症が付随することがあり,これは特に急性アルコール中毒症の場合に当てはまる。
著明な低リン血症の血液学的障害には,溶血性貧血,ヘモグロビンからの酸素解離低下,白血球および血小板の機能障害がある。
低リン血症の診断
血清リン濃度測定
血清リン濃度が2.5mg/dL(0.81mmol/L)未満であれば,低リン血症と診断される。
低リン血症の大半の原因(例,糖尿病性ケトアシドーシス,熱傷,refeeding)は容易に明らかになる。臨床的に適応があれば(例,アルコール使用症が疑われる患者で,肝機能検査の結果から示唆される場合または肝硬変の徴候がみられる場合),原因診断のための検査を行う。
低リン血症の治療
基礎疾患を治療する
リンの経口補給
血清リン濃度が1mg/dL(< 0.32mmol/L)未満であるか症状が重度の場合は,リンの静脈内投与
経口治療
血清中濃度が極めて低い場合でも,無症状の患者では基礎疾患の治療および経口リン補給で通常は十分である。リンは,リン酸ナトリウムまたはリン酸カリウムを含有する錠剤で約1gを1日3回まで経口投与できる。下痢が生じるため,経口のリン酸ナトリウムまたはリン酸カリウムは忍容性が不良な場合がある。低脂肪乳または脱脂乳を1L摂取すれば1gのリンが供給され,こちらの方がより受け入れやすい。低リン血症の原因の除去には,リン結合性の制酸薬や利尿薬の中止,または低マグネシウム血症の是正などが考えられる。
非経口治療
リンは非経口投与の場合,通常静脈内投与される。以下のいずれかの状況で投与すべきである:
血清リン濃度が1mg/dL(0.32mmol/L)未満の場合
横紋筋融解症,溶血,または中枢神経系症状が存在する場合
基礎疾患が原因で経口補給が不可能な場合
リン酸カリウム(K2HPO4とKH2PO4との混合緩衝液として)の静脈内投与は,腎機能が十分に保たれていれば比較的安全である。静注用リン酸カリウムには1mL中にリン93mg(3mmol)およびカリウム170mg(4.4mEq[4.4mmol])が含まれる。通常の用量はリン0.5mmol/kg(0.17mL/kg)で,これを6時間かけて静注する。アルコール使用症患者は,完全静脈栄養中は1g/日以上を必要とすることがあり,経口摂取再開時にリンの補給を中止する。
腎機能障害があるか,血清カリウムが4mEq/L(4mmol/L)を超える場合は,一般にリン酸ナトリウム製剤を使用すべきである;この製剤のリン含有量も3mmol/mLであるため,同じ用量で投与する。
治療中は血清カルシウム濃度および血清リン濃度をモニタリングすべきであり,リンの静注時,または腎機能障害を有する患者では,モニタリングが特に重要である。ほとんどの場合,7mg/kg(70kgの成人で約500mg)を超えないリンを6時間かけて投与すべきである。綿密なモニタリングを実施し,低カルシウム血症,高リン血症,および過剰なカルシウム・リン積による異所性石灰化を防ぐため,より急速なリン投与は避けるべきである。
要点
急性低リン血症は,アルコール使用症,熱傷,または飢餓の患者に発生することが最も多い。
急性の重度の低リン血症は,重篤な神経筋症状,横紋筋融解症,痙攣発作,昏睡,および死亡につながることがある。
慢性低リン血症は,内分泌疾患(例,副甲状腺機能亢進症,クッシング症候群,甲状腺機能低下症),利尿薬の慢性使用,または慢性腎臓病患者によるアルミニウム含有制酸薬の使用に起因する場合がある。
低リン血症は通常無症候性であるが,重度の慢性的な不足は食欲不振,筋力低下,および骨軟化症を引き起こす可能性がある。
基礎疾患を治療するが,リンの経口投与またはまれに静脈内投与が必要になる患者もいる。