薬剤の選択および使用
いずれの薬剤にも重大な有害作用が起こる可能性があり,薬物相互作用がよくみられ,また,全ての患者に効果的となる薬剤はないことから,双極症に対する薬物療法の選択は困難となる場合がある。各患者で以前に効果的かつ忍容性良好であった薬剤に基づいて選択すべきである。治療歴がない(または不明の)場合は,患者の病歴(特定の気分安定薬の有害作用に関連するもの)と症状の重症度に基づいて選択する。
(双極症も参照のこと。)
患者の当面の安全と管理が損なわれる重度の躁病性精神症に対しては,通常,緊急の行動コントロールとして鎮静作用のある第2世代抗精神病薬が必要となり,ときにロラゼパムやクロナゼパムなどのベンゾジアゼピン系薬剤(ベンゾジアゼピン系薬剤の表を参照)を最初に追加投与することもある。
リチウムが禁忌(例,腎疾患)ではない患者において,それほど重度ではない急性エピソードに関して,躁エピソードと抑うつエピソードの両方に対してリチウムは優れた第1選択薬である。作用の発現が遅い(4~10日)ため,重大な症状を呈している患者には,さらに抗てんかん薬または第2世代抗精神病薬を投与してもよい。
双極症の抑うつに対しては,クエチアピン,カリプラジン,ルマテペロン(lumateperone),もしくはルラシドンの単剤投与またはフルオキセチンとオランザピンの併用が最良のエビデンスにより示唆されている(1, 2)。
双極症I型で寛解が達成されると,全例で気分安定薬による予防的治療が適応となる(双極症I型は,少なくとも1回の明白な躁エピソードの存在により定義される)。維持療法中にエピソードが再発した場合,医師はアドヒアランスが不良か否かを,もし不良であれば,アドヒアランスが再発前後のいずれで発生したのかを明らかにすべきである。気分安定薬の種類または用量を変更することが治療の許容性を高めるか否かを明確化するため,アドヒアランス不良の理由を精査すべきである。
薬剤の選択および使用に関する参考文献
1.Bobo WV: The diagnosis and management of bipolar I and II disorders: Clinical practice update.Mayo Clin Proc 92(10):1532-1551, 2017.doi: 10.1016/j.mayocp.2017.06.022
2.Calabrese JR, Durgam S, Satlin A, et al: Efficacy and safety of lumateperone for major depressive episodes associated with bipolar I or bipolar II disorder: A phase 3 randomized placebo-controlled trial.Am J Psychiatry 178(12):1098-1106, 2021.doi: 10.1176/appi.ajp.2021.20091339
リチウム
リチウムは双極性の気分変動を軽減する一方,正常な気分には影響を及ぼさない。典型的な双極症の家族歴を有する患者は,リチウムに反応する可能性が高い。
使用されている気分安定薬がリチウムかそれ以外かにかかわらず,混合状態,急速交代型の双極症(通常は1年に4回以上のエピソードと定義される),不安の併存,物質使用症,または神経疾患を有する患者では大幅な改善が得られる可能性が高い。
炭酸リチウムは,典型的には血中濃度,耐性,および反応に基づいて用量を調節する。より高い維持濃度は躁エピソード(抑うつエピソードではなく)に対して予防的であるが,有害作用が多くなる。糸球体機能が非常に良好な青年患者では,より高用量が必要となり,高齢患者ではより低用量にすることが必要である。
リチウムは直接的または間接的に(甲状腺機能低下症を引き起こすことにより)鎮静および認知障害を生じる可能性があり,しばしばざ瘡および乾癬を増悪させる。最も一般的な急性で軽度の有害作用は,微細な振戦,筋の線維束性収縮,悪心,下痢,多尿,多飲,および体重増加(一部は高カロリー飲料の摂取にも起因する)である。通常,これらの作用は一過性であり,わずかな減量,分割投与(例,1日3回),または徐放剤の使用がしばしば功を奏する。用量が確立されると,夕食後に全量を投与すべきである。この1日1回投与はアドヒアランスの改善につながることがあり,腎毒性を軽減できる可能性もある。β遮断薬(例,アテノロール25~50mg,経口,1日1回)により重度の振戦をコントロールすることができるが,一部のβ遮断薬(例,プロプラノロール)はうつ病を悪化させることがある。
リチウムの急性毒性は粗大な振戦,深部腱反射の亢進,持続性頭痛,嘔吐,および錯乱から始まり,昏迷,痙攣発作,および不整脈へと進展することがある。以下の患者では毒性が発生する可能性が高くなる:
高齢患者
クレアチニンクリアランスが低下している患者
ナトリウム喪失が生じている患者(例,発熱,嘔吐,下痢,または利尿薬の使用による)
サイアザイド系利尿薬,アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬,アスピリン以外の非ステロイド系抗炎症薬(NSAID)が高リチウム血症の一因となることがある。血中リチウム濃度を6カ月毎に,さらに用量変更のたびに測定すべきである。
リチウムの長期的な有害作用としては,以下のものがある:
以上を考慮して,甲状腺刺激ホルモン(TSH)値は,リチウムの投与開始時のほか,甲状腺機能障害の家族歴がある場合は年1回,その他全ての患者では2年に1回のモニタリングを行うべきである。甲状腺機能低下症は気分安定薬の効果を鈍らせることがあるため,TSH濃度は(躁の再発時を含めて)症状から甲状腺機能障害が示唆される場合も必ず測定すべきである。血中尿素窒素(BUN)およびクレアチニンもベースライン時のほか,最初の6カ月間は2~3回,その後は年1~2回測定すべきである。カルシウムおよび副甲状腺ホルモンの血清中濃度も測定すべきである。累積投与量が腎障害の危険因子であるため,効果的な予防を達成できる最小有効量を採用すべきである(1, 2, 3)。
リチウムに関する参考文献
1.Presne C, Fakhouri F, Noël LH, et al: Lithium-induced nephropathy: Rate of progression and prognostic factors.Kidney Int 64 (2):585-592, 2003.doi: 10.1046/j.1523-1755.2003.00096.x
2.Pawar AS, Kattah AG: Lithium-induced nephropathy.N Engl J Med 378 (11):1042, 2018.doi: 10.1056/NEJMicm1709438
3.McKnight RF, Adida M, Stockton S, et al: Lithium toxicity profile: A systematic review and meta-analysis.Lancet 379 (9817):721-728, 2012.doi: 10.1016/S0140-6736(11)61516-X
抗てんかん薬
気分安定薬として作用する抗てんかん薬(特にバルプロ酸とカルバマゼピン)が,しばしば急性の躁状態と混合状態(躁と抑うつ)に対して使用される。ラモトリギンは気分交代およびうつ病に効果的である。双極症における抗てんかん薬の正確な作用機序は不明であるが,γ-アミノ酪酸を介した機序および最終的にはGタンパク質シグナル伝達系が関与していると考えられている。リチウムと比較した場合の主な利点は,治療域が広く,腎毒性がないことである。
バルプロ酸の場合は,初回用量および投与経路が状況に応じて変わってくるが,目標血清中濃度に基づく調節が必要である。体重に基づく負荷投与プロトコルにより,症状の改善が早まる可能性がある。有害作用には,悪心,頭痛,鎮静,めまい,および体重増加などがあり,まれながら重篤な有害作用として肝毒性や膵炎などがある。
カルバマゼピンは,負荷量での投与ではなく,目標血清中濃度に達するまで徐々に増量すべきである。有害作用としては悪心,めまい,鎮静,および不安定感がある。非常に重度の有害作用には,再生不良性貧血および無顆粒球症がある。
ラモトリギンでは,併用薬との相互作用の可能性に応じて初回用量と用量調節にバリエーションがある。用量はバルプロ酸服用患者では低く,カルバマゼピン服用患者では高くする。ラモトリギンは発疹のほか,特に推奨した増量法より急速に増量した場合,まれに生命を脅かすスティーブンス-ジョンソン症候群を引き起こす可能性がある。ラモトリギン服用中,新たな発疹,蕁麻疹,発熱,腺の腫脹,口内および眼のびらん,ならびに唇または舌の腫脹があれば報告するよう患者に促すべきである。
抗精神病薬
急性の躁病性精神症は,以下のような第2世代抗精神病薬で管理されることが増えてきている:
アリピプラゾール
カリプラジン
ルラシドン
オランザピン
クエチアピン
リスペリドン
ジプラシドン
加えて,これらの薬剤の一部は急性期以降の気分安定薬の効果を高める可能性があることがエビデンスから示唆されている(1)。
これらの薬剤はいずれも錐体外路系の有害作用を有し,アカシジアを引き起こすことがあるが,そのリスクはクエチアピンおよびオランザピンなどの鎮静作用の強い薬剤ではより低い。比較的投薬開始すぐには出現しない有害作用としては,有意な体重増加およびメタボリックシンドローム(体重増加,腹部脂肪の過剰,インスリン抵抗性,および脂質異常症を含む)の発現などがある;鎮静作用が最も弱い第2世代抗精神病薬であるルラシドン,ジプラシドン,およびアリピプラゾールでは,リスクが低い可能性がある。
食物および水分の摂取が不十分で,極度に活動亢進性の精神疾患患者に関して,リチウムまたは抗てんかん薬に加え,抗精神病薬の筋注と支持療法を行うことが適切となりうる。
抗精神病薬に関する参考文献
1.Bowden CL: Atypical antipsychotic augmentation of mood stabilizer therapy in bipolar disorder.J Clin Psychiatry 66 Suppl 3:12-19, 2005.PMID: 15762830
抗うつ薬
重度のうつ病に対しては,特異性の高い抗うつ薬(例,選択的セロトニン再取り込み阻害薬[SSRI])がときに追加されるが,その有効性についてはいまだ議論のある状況であり,SSRI(具体的にはセルトラリン)が双極症II型の抑うつに対する単剤療法として安全かつ効果的である可能性を示すエビデンスはあるものの,一般には抑うつエピソードに対する単剤療法としては推奨されない(1)。一連の小規模研究により,双極症の抑うつに対する治療でトラニルシプロミン(tranylcypromine)が他の抗うつ薬より効果的である可能性が示されている(2)。
抗うつ薬に関する参考文献
1.Gitlin MJ: Antidepressants in bipolar depression: An enduring controversy.Int J Bipolar Disord 6:25, 2018.doi: 10.1186/s40345-018-0133-9
2.Heijnen WT, De Fruit J, Wiersma AI, et al: Efficacy of tranylcypromine in bipolar depression: A systematic review.J Clin Psychopharmacol 35: 700-705, 2015.doi: 10.1097/JCP.0000000000000409
妊娠中の注意事項
妊娠中のリチウムの使用は,心血管奇形(特にエプスタイン病)のリスク増加と関連する。ただし,この心血管奇形の絶対リスクは極めて低い(1)。妊娠中のリチウムの服用は,あらゆる先天異常の相対リスクを約2倍増加させるとみられるが,そのリスクはカルバマゼピンまたはラモトリギンの使用に関連する先天異常のリスク増加(2~3倍)と同程度であり,バルプロ酸の使用に関連するリスクよりも大幅に低い。
バルプロ酸は,神経管閉鎖不全やその他の先天性形成異常のリスクが一般的に使用される他の抗てんかん薬よりも2~7倍高いとみられており,妊娠中に使用してはならない(2)。バルプロ酸は神経管閉鎖不全,先天性心疾患,泌尿生殖器形成異常,筋骨格系の異常,および口唇裂または口蓋裂のリスクを高める。また,妊娠中にバルプロ酸を服用した女性の子供の認知的予後(例,IQスコア)は,他の抗てんかん薬によるものより悪く,リスクは用量依存性とみられる。バルプロ酸は注意欠如多動症および自閉スペクトラム症のリスクも高めるとみられる(3)。
妊娠早期における第1世代抗精神病薬および三環系抗うつ薬の使用に関する広範な研究では,懸念の原因は明らかにされていない。第2世代抗精神病薬もリスペリドンを除けば安全であるというエビデンスがある(4)。選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)も催奇形性のリスクは低いようである(5)。パロキセチンにより先天性心疾患の絶対リスクがわずかに高まる可能性が一部の研究で示唆されているが(6),データは一貫していない。第2世代抗精神病薬は双極症の全ての病期でより広範に使用されているものの,胎児に対するリスクに関するデータはまだ乏しい。
分娩前に薬剤(特にリチウムおよびSSRI)を使用すると,分娩後に新生児に影響が現れる可能性がある。
治療方針の決定は,計画外妊娠では医師が問題を把握した時点ですでに催奇形作用が生じている可能性があるため,複雑になる。周産期精神科医へのコンサルテーションを考慮すべきである。全例において,治療のリスクと便益について患者と話し合うことが重要である。(妊娠中の抗うつ薬も参照のこと。)
妊娠中の注意事項に関する参考文献
1.Fornaro M, Maritan E, Ferranti R, et al: Lithium exposure during pregnancy and the postpartum period: A systematic review and meta-analysis of safety and efficacy outcomes.Am J Psychiatry 177(1):76-92,2020.doi: 10.1176/appi.ajp.2019.19030228
2.Andrade C: Valproate in pregnancy: Recent research and regulatory responses.J Clin Psychiatry 79(3):18f12351, 2018.doi: 10.4088/JCP.18f12351
3.Tomson T, Battino D, Perucca E: Valproic acid after five decades of use in epilepsy: Time to reconsider the indications of a time-honoured drug.Lancet Neurol 15 (2): 210-218, 2016.doi: 10.1016/S1474-4422(15)00314-2
4.Huybrechts KF, Hernandez-Diaz S, Patorno E, et al: Antipsychotic use in pregnancy and the risk for congenital malformations. JAMA Psychiatry 73(9):938-946, 2016. doi: 10.1001/jamapsychiatry.2016.1520
5.Siegfried J, Rea GL: Intrathecal application of drugs for muscle hypertonia.Scand J Rehabil Med Suppl 1988;17:145-148.PMID: 3041564.
6.Bérard A, Iessa N, Chaabane S, et al: The risk of major cardiac malformations associated with paroxetine use during the first trimester of pregnancy: A systematic review and meta-analysis.Br J Clin Pharmacol 81(4):589-604, 2016.doi: 10.1111/bcp.12849
