一過性全健忘

執筆者:Juebin Huang, MD, PhD, Department of Neurology, University of Mississippi Medical Center
レビュー/改訂 2023年 8月
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一過性全健忘は,突然発症して最長24時間持続する前向性および逆行性健忘を特徴とする。診断は主に臨床的に下されるが,他の疾患を除外するために臨床検査と画像検査が行われる。この健忘は典型的には自然寛解するが,再発することもある。基礎疾患がある場合を除き,特異的な治療法はない。

一過性全健忘の年間発生率は10万人当たり3.4~10.4例である。一過性全健忘の大半は50~70歳の人に発生し,50歳未満での発生はまれである。女性より男性にわずかに多くみられる(1)。

参考文献

  1. 1.Miller TD, Butler CR: Acute-onset amnesia: Transient global amnesia and other causes.Pract Neurol 22 (3):201–208, 2022.doi: 10.1136/practneurol-2020-002826 Epub 2022 May 3.

一過性全健忘の病因

一過性全健忘の病因は明らかでない。示唆される作用機序としては,片頭痛,低酸素症および/または虚血,静脈還流異常,てんかん発作などに関連するものや,心理的因子などがある。

最近のデータでは,海馬CA1領域にあるニューロンの代謝ストレスに対する脆弱性が主軸にあることが示唆されており,その結果生じた損傷がカスケード反応を惹起し,海馬機能の障害を招く。

非常に特徴的な良性型の一過性全健忘は,過度の飲酒,やや大量のバルビツール酸系薬剤鎮静薬の服用,いくつかの違法薬物の使用,ときに比較的少量のベンゾジアゼピン系薬剤(特にミダゾラムおよびトリアゾラム)の服用に続いて発生することがある。

一過性全健忘の誘因となる出来事には以下のものがある:

  • 急に冷水または熱湯に浸かること

  • 身体的運動

  • 感情的または精神的ストレス

  • 疼痛

  • 医療処置

  • 性交

  • バルサルバ手技

しかしながら,通常は誘因を同定することができない。

一過性全健忘の症状と徴候

一過性全健忘の古典的な臨床像は,以下の通りである:

  • 突然発症する重度の前向性健忘

ただし,より軽度の逆行性健忘が主症状となる場合もある。

エピソードの持続時間は通常1~8時間であるが,30分から24時間(まれ)までの幅がある。しばしば時間および場所の見当識障害がみられるが,通常は人に関する見当識は維持されている。多くの患者は不安または興奮状態にあり,その場の状況に関する質問を繰り返すことがある(例,「ここはどこですか?」「何が起きているのですか?」)。言語機能,注意,視空間技能,および社会的技能は維持される。障害はエピソードの沈静化につれて徐々に軽快していく。

物質摂取後の良性一過性健忘は,以下の点で他と異なる:

  • 選択的に逆行性である(すなわち,中毒の最中とその前の出来事を覚えていない)

  • 薬物を使用した出来事との明確な関連がある

  • 錯乱を引き起こさない(急性中毒が治まってから)

  • 同じ薬物を同程度の量摂取したときにだけ再発する

一過性全健忘の診断

  • 主に臨床的な評価

  • 脳画像検査

一過性全健忘の診断は主として臨床的に行う。神経学的診察では,典型的には記憶障害以外の異常は検出されない。脳虚血を除外する必要がある。

臨床検査としては,血算,凝固検査,および凝固亢進状態の評価を行うべきである。これらの検査は,ほかに考えられる健忘の原因(例,重度の貧血,凝固障害)を除外するのに役立つ可能性がある。

一過性全健忘のエピソード中に施行された脳MRIは通常は正常となるが,MRIは脳卒中または占拠性病変を除外するのに有用である。MRIは健忘期が解消した後に最も有用となる。後に患者が回復した時期に病変が描出されやすくなる理由は不明である。

発作活動がないか確認するために脳波検査を行う。通常は非特異的な異常しか認められないため,てんかん発作が疑われる場合とエピソードが再発する場合を除き,脳波検査は不要である。

一過性全健忘と診断する前に以下の病態を除外すべきである:

  • 海馬を巻き込んだ急性虚血性脳卒中

  • 一過性てんかん性健忘

  • 心因性健忘

  • 毒性物質または薬物に関連した健忘

  • 外傷後健忘

一過性健忘が再発した場合には,より広範な評価が行われることがある。

一過性全健忘の治療

  • 基礎疾患があれば必要に応じた治療

一過性全健忘に適応となる特異的な治療法はない。ただし,基礎疾患(例,脳虚血)があれば治療すべきである。

一過性全健忘の予後

予後は良好である。症状の持続時間は典型的には24時間未満である。疾患が軽快するにつれて健忘は軽減していくが,発作中の出来事の記憶は失われることがある。

一過性全健忘は通常再発しないが,約15%の患者は複数回のエピソードを経験する。

脳卒中のリスクは増加しない。

要点

  • 一過性全健忘は通常50~70歳の患者に生じる。

  • 症状の原因として基礎疾患(例,脳虚血)を除外するため,高分解能MRIで脳の拡散強調画像を撮影する。

  • 失われた記憶は回復しない場合もあるが,記憶機能は24時間以内に回復する傾向があり,再発は通常ない。

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