HIV関連認知症は,脳のHIV感染による,慢性の認知機能低下である。
(せん妄および認知症の概要と認知症も参照のこと。)
認知症とは,慢性的かつ全般的で,通常は不可逆的な認知機能の低下である。HIV関連認知症(AIDS認知症複合)はHIV感染症の後期に発症する。認知症の他の大半の病型と異なり,若年者に起こる傾向がある。
認知症とせん妄は,認知機能が低下するという点で共通するが,両者を混同すべきではない。両者の鑑別には以下の点が役立つ:
認知症は主に記憶に影響を及ぼし,典型的には脳の解剖学的変化によって生じ,発症がより緩徐で,一般に不可逆的である。
せん妄は主に注意力に影響を及ぼし,典型的には急性疾患または薬物中毒(ときに生命を脅かす)によって引き起こされ,可逆的であることが多い。
その他の特異的な特徴も,これら2つの病態の鑑別に有用である(せん妄と認知症の相違点の表を参照)。
純粋なHIV関連認知症は,HIVウイルスによるニューロン損傷によって引き起こされる。しかしながら,HIV感染患者では,他の疾患から認知症が起こることもあり,その中のいくつかは治療可能である。そういった疾患の例としては,進行性多巣性白質脳症の原因となるJCウイルスによる二次感染症などの感染症や,中枢神経系リンパ腫などがある。その他の日和見感染症(例,クリプトコッカス髄膜炎,その他の真菌性髄膜炎,一部の細菌感染症,結核性髄膜炎,ウイルス感染症,トキソプラズマ症)が原因となることもある。
純粋なHIV関連認知症では,感染したマクロファージや小膠細胞が深部灰白質(すなわち,基底核,視床)および白質に浸潤することで,皮質下に病理学的変化が生じる。
後期HIV感染症における認知症の有病率は7~27%であるが,30~40%がこれよりも軽度の病型を有する。発生率はCD4陽性細胞数に反比例する。
HIV関連認知症の症状と徴候
HIV関連認知症の症状および徴候は他の認知症と類似する。初期の症候には以下の所見が含まれる:
思考および表出の鈍化
集中困難
無関心
病識は保たれており,抑うつ症状は少ない。運動は緩慢となり,運動失調および脱力が顕著となりうる。
異常な神経学的徴候としては以下のものがある:
不全対麻痺
下肢の痙性
運動失調
伸展性足底反応
ときに躁病または精神症症状がみられる。
HIV関連認知症の診断
臨床的評価
CD4陽性細胞数およびHIVウイルス量
悪化が急性である場合は,迅速な評価(MRIおよび通常は腰椎穿刺を含む)
以下に当てはまる患者ではHIV関連認知症を疑うべきである:
認知症の症状がある
HIVに感染している,またはHIV感染症を示唆する症状もしくは危険因子がある
HIVに感染している患者に認知症を示唆する症状がみられる場合,以下のような通常の基準を用いて一般的な認知症の診断を確定する。
認知症状または行動(神経心理学的)症状が仕事や日常的な活動を行う能力を妨げている。
それらの症状が以前の機能レベルからの低下を反映している。
それらの症状をせん妄または主な精神疾患によって説明することができない。
認知機能の評価には,患者および患者のことをよく知る関係者からの病歴聴取に加えて,ベッドサイドでの精神医学的診察または(ベッドサイドでの検査で結論が出なければ)正式な神経心理学的検査が必要である。
患者に認知症の症状があり,HIV感染症の危険因子があるが,HIVに感染しているかどうかわからない場合は,HIVの検査を行う。
HIV感染症の患者またはHIV関連認知症の疑いがある患者では,CD4陽性細胞数とHIVウイルス量を測定する。HIV感染症の疑いがある,またはその診断が確定している患者に認知症がみられる場合,これらの値から,HIV関連認知症(および中枢神経系リンパ腫やHIVに関連するその他の中枢神経系感染症)が認知症に寄与している確率を予測できる。HIVに感染しているが認知症のない患者では,これらの値を用いてHIV関連認知症が発生する確率を予測できる。
認知症とHIV感染症がある場合でも,他の病態が認知症症状の原因となったり悪化に寄与したりすることがある。そのため,認知機能の低下(特に突然の重度の低下)は,HIVによるものであれ他の感染症によるものであれ,直ちに原因を同定しなければならない。
認知症のその他の原因を同定するためにMRI(造影剤は使用しても使用しなくてもよい)を行うべきであり,MRIで腰椎穿刺の禁忌が見つからなければ,腰椎穿刺も行うべきである。
HIV関連認知症の後期の所見としては,造影されないびまん性の白質高信号域,大脳萎縮,脳室拡大などがありうる。
HIV関連認知症の治療
抗レトロウイルス療法
HIV関連認知症の主な治療は抗レトロウイルス療法であり,これによりCD4陽性細胞数が増加し,認知機能が改善される。免疫再構築症候群(IRIS)は,抗レトロウイルス療法を開始したときに,神経学的状態および精神状態の逆説的な悪化を引き起こすことがある;この問題は予測して治療すべきである。
支持療法は他の認知症の場合と同様である。例えば,居住環境は明るく,にぎやかで,親しみ慣れたものとし,見当識を強化できるような配慮を施す(例,大きな時計やカレンダーを部屋に置く)べきである。患者の安全を確保する対策(例,徘徊する患者に対して遠隔モニタリングシステムを使用する)を講じるべきである。
必要に応じて症状を治療する。
HIV関連認知症の予後
未治療の認知症を有するHIV感染患者は,認知症のないHIV感染患者よりも予後不良である(期待余命は6カ月)。