推計によると,一見して健康な若年アスリートの100,000人に1~3人が運動中に急死する。その発生率は男性の方が女性よりも最大で10倍高い。米国ではバスケットボール選手とアメリカンフットボール選手が,欧州ではサッカー選手が最もリスクが高いと考えられる(1)。
若年アスリートに発生する心臓突然死では,多くの原因が考えられる(若年アスリートにおける心臓突然死の原因の表を参照)。心臓突然死の最も一般的な原因は肥大型心筋症であると考えられていた。より最近の研究では,肥大型心筋症が心臓突然死の原因に占める割合は低く,心臓突然死の大半は剖検で心臓の構造が正常であることが判明する患者に発生することが示唆されている(2, 3)。
胸壁が薄く柔軟なアスリートでは,たとえ心血管疾患が存在しない場合でも,心臓震盪(前胸部への打撃後に突然発生する心室頻拍または心室細動)のリスクがある。ここでいう衝撃には,あまり強くない力で投げられた物体(例,野球のボール,ホッケーのパック,ラクロスのボール)や他の選手との衝突が心筋再分極の受攻期に生じる場合なども該当する。
その他の原因としては,遺伝性の不整脈症候群(例,QT延長症候群,ブルガダ症候群)などがある。若年アスリートが大動脈瘤破裂により死亡することもある(マルファン症候群において)。
高齢アスリートでは,心臓突然死の典型的な原因は以下のものである:
ときに,肥大型心筋症または弁膜症が関与している。
アスリートの突然死の基礎にみられるその他の病態(例,喘息,熱中症,違法薬物または運動能力向上薬の使用に関連する合併症)においては,心室頻拍または心室細動は末期の事象であり,一時的な事象ではない。
症状と徴候は心血管虚脱のものであり,診断は明白である。
直ちに二次救命処置を行った場合の治療成功率は20%未満であるが,自動体外式除細動器(AED)の地域ベースの設置が普及するとともに,成功率は上昇する可能性がある。実際に,AEDの存在が神経学的に正常な状態での生存率を80%以上にまで上昇させることが研究で示されている(4)。生存者に対する治療は基礎疾患の管理である。症例によっては,最終的に植込み型除細動器が必要になる場合がある。
総論の参考文献
1.Maron BJ, Haas TJ, Ahluwalia A, et al: Demographics and epidemiology of sudden deaths in young competitive athletes: From the United States National Registry.Am J Med 129:1170–1177, 2016.doi: 10.1016/j.amjmed.2016.02.031
2.Finocchiaro G, Papadakis M, Robertus JL, et al: Etiology of sudden death in sports: insights from a United Kingdom regional registry.J Am Coll Cardiol 67:2108–2115, 2016.doi: 10.1016/j.jacc.2016.02.062
3.Harmon KG, Asif IM, Klossner D, Drezner JA: Incidence of sudden cardiac death in National Collegiate Athletic Association athletes.Circulation 123:1594–1600, 2011.doi: 10.1161/CIRCULATIONAHA.110.004622
4.Johri AM, Poirier P, Dorian P, et al: Canadian Cardiovascular Society/Canadian Heart Rhythm Society joint position statement on the cardiovascular screening of competitive athletes.Can J Cardiol 35:1-11, 2019.doi: 10.1016/j.cjca.2018.10.016
スポーツ参加のための心血管スクリーニング
アスリートは一般的に,スポーツ競技に参加する前にリスクを同定するためのスクリーニングを受ける。米国では,2年毎(高校生の年齢層)または4年毎(大学生以上の年齢層)に再評価される。欧州では,年齢にかかわらず,2年毎にスクリーニングが繰り返される。
大学年齢の若年成人を対象として米国で推奨されているスクリーニング(小児および青年向けも同様)には以下の要素が含まれている:
病歴,家族歴,および薬歴(運動能力向上薬およびQT延長症候群の素因となる薬剤を含む)
身体診察(血圧測定と仰臥位および立位での心臓の聴診を含む)
病歴と身体所見に基づいて選択された検査
欧州のガイドラインは,全ての小児,青年,および大学年齢のアスリートを対象として心電図によるスクリーニングを推奨しており,この点で米国のガイドラインと異なっている。
Canadian Guidelinesは以下の3段階のスクリーニングを推奨している:
病歴聴取/質問票
身体診察
臨床所見から適応ありと判断される場合のみ心電図検査
臨床的に必要であれば検査を続ける(1)。
比較的高年齢(35歳以上)でリスクを有する成人に対するスクリーニングでは,症状限界点までの漸増運動負荷試験が施行されることもある(特に座位時間の長い生活を数年にわたり送っている場合)。
病歴聴取と診察は感度も特異度も十分でなく,一見して健康な集団の心疾患有病率が極めて低いことから,偽陰性および偽陽性の所見がよくみられる。スクリーニングに心電図または心エコー検査を利用すれば疾患の検出率は向上するであろうが,偽陽性の診断がさらに増えると考えられ,集団レベルでは実用的でない。
アスリートのスクリーニングとしての肥大型心筋症またはQT延長症候群の遺伝子検査は推奨されず,実行可能でもない。
選択された検査
肥大型心筋症,QT延長症候群,またはマルファン症候群の家族歴や症候がみられるアスリートには,さらなる評価が必要である。典型的には評価として以下の一方または両方が行われる:
心電図検査
心エコー検査
これらの疾患のいずれかが確認された場合には,スポーツへの参加は困難なることがある。
心電図によりMobitz II型房室ブロック,完全房室ブロック,真性右脚ブロック,または左脚ブロックが明らかにされた場合と,上室性もしくは心室性不整脈の臨床所見または心電図所見が認められる場合には,心疾患の検索が必要である。
失神前状態または失神がみられるアスリートでは,上記の非侵襲的検査が役に立たない場合,以下の検査により冠動脈奇形について評価することも可能である:
心臓カテーテル検査
大動脈の拡張が心エコー検査で(または偶然)検出された場合には,さらなる評価が必要である。
スポーツへの参加に関する推奨
アスリートには違法薬物や運動能力向上薬を使用させないようにカウンセリングすべきである。軽度または中等度の弁膜症患者は,激しい活動に参加することが可能であるが,重度の心臓弁膜症,特に狭窄型の心臓弁膜症を有する患者は,競技スポーツや高強度のレクリエーションスポーツに参加すべきではない。大半の器質的心疾患の患者と不整脈源性の心疾患(例,肥大型心筋症,冠動脈奇形,不整脈の原因となる右室異形成症)の患者は,競技スポーツや高強度のレクリエーションスポーツに参加すべきではない。
心血管系のスクリーニングに関する参考文献
1.Johri AM, Poirier P, Dorian P, et al: Canadian Cardiovascular Society/Canadian Heart Rhythm Society joint position statement on the cardiovascular screening of competitive athletes.Can J Cardiol 35:1-11, 2019.doi: 10.1016/j.cjca.2018.10.016
要点
運動中の心臓突然死はまれであり,肥大型心筋症が原因であることもあるが,多くの患者は,剖検で心臓に構造的異常なしと判定されるか(若年アスリート),冠動脈疾患(高齢アスリート)を有している。
比較的若年の運動参加者(小児から若年成人まで)には,病歴聴取と身体診察によるスクリーニングを行い,異常所見または家族歴がみられる場合には,心電図および/または心エコー検査を施行すべきである。
危険因子を有する比較的高齢の運動参加者には(特に座位時間の長い生活を数年以上送っている場合),病歴聴取および身体診察のほか,通常は運動負荷試験によるスクリーニングを行う。
重症の心臓弁膜症および大半の構造的または不整脈源性心疾患(例,肥大型心筋症)を有するアスリートには,競技に参加しないよう推奨する。
より詳細な情報
有用となりうる英語の資料を以下に示す。ただし,本マニュアルはこれらの資料の内容について責任を負わないことに留意されたい。
Baggish AL, Battle RW, Beaver TA, et al: Recommendations on the use of multimodality cardiovascular imaging in young adult competitive athletes: A report from the American Society of Echocardiography in collaboration with the Society of Cardiovascular Computed Tomography and the Society for Cardiovascular Magnetic Resonance.J Am Soc Echocardiogr 33 (5): 523–549, 2020.doi: 10.1016/j.echo.2020.02.009
Johri AM, Poirier P, Dorian P, et al: Canadian Cardiovascular Society/Canadian Heart Rhythm Society joint position statement on the cardiovascular screening of competitive athletes.Can J Cardiol 35:1–11, 2019.doi: 10.1016/j.cjca.2018.10.016
Martinez MW, Kim JH, Shah, AB, et al: Exercise-induced cardiovascular adaptations and approach to exercise and cardiovascular disease.JACC State-Of-The-Art Review, J Am Col Cardiol 78 (14):1454-1470, 2021.