ヒトアフリカ睡眠病は、ガンビアトリパノソーマ(Trypanosoma brucei gambiense)またはローデシアトリパノソーマ(Trypanosoma brucei rhodesiense)という原虫によって引き起こされる感染症です。ツェツェバエに刺されることで感染します。
本ページのリソース
睡眠病はアフリカの赤道付近でのみ発生します。
ハエに刺された部位に痛みのある隆起や潰瘍が生じることがあり、続いて発熱、悪寒、頭痛、リンパ節の腫れ、ときに発疹がみられ、やがて眠気や歩行障害をきたし、治療しなければ昏睡や死に至ります。
通常は血液、リンパ節から採取した体液、髄液のサンプルに含まれる原虫(感染性の単細胞生物)を特定し、診断を確定します。
すべての感染者に対して、トリパノソーマ属(Trypanosoma)原虫に効果的な薬剤のいずれかを用いて治療を行う必要があります。
(寄生虫感染症の概要も参照のこと。)
睡眠病は、アフリカの赤道付近でツェツェバエが生息している地域でのみ発生します。睡眠病には2つの病型があります。それぞれ、異なる種のトリパノソーマ属(Trypanosoma)原虫によって引き起こされます。一方(ガンビアトリパノソーマ[ Trypanosoma brucei gambiense]が原因のもの)は西アフリカと中央アフリカで発生し、もう一方(ローデシアトリパノソーマ[Trypanosoma brucei rhodesiense]が原因のもの)は東アフリカで発生しています。ウガンダでは両方が発生しています。
世界保健機関(WHO)は現在、アフリカトリパノソーマ症の根絶を試みていて、その制圧努力の結果、この感染症の症例数は過去20年間で劇的に減少しています(95%超の減少で、2021年は約800例)。米国では毎年平均して1例が診断されていますが、それらはすべて流行地域(世界でこの病気がよくみられる地域)からの旅行者や移民が発症したものです。
別の種であるクルーズトリパノソーマ(Trypanosoma cruzi)は、中南米で流行しており、シャーガス病(アメリカトリパノソーマ症)を引き起こします。
感染経路
ガンビアトリパノソーマ(Trypanosoma brucei gambiense )とローデシアトリパノソーマ(Trypanosoma brucei rhodesiense)は通常、ツェツェバエが人を刺した際に、これらの原虫が皮膚の中に注入されることによって感染します。原虫はリンパ系や血流中に移動し、そこで増殖します。さらに全身の臓器や組織を巡って、やがては脳に到達します。感染した人や動物をハエが刺した後に、別の人を刺すことで感染が広がります。
妊娠中や分娩時に、感染した母親から胎児に原虫が移動することがあります。まれに輸血を介して感染することもあります。理論上は感染者から提供を受けた臓器の移植で感染する可能性もあります。
Image from the Centers for Disease Control and Prevention, Global Health, Division of Parasitic Diseases and Malaria.
アフリカ睡眠病の症状
アフリカ睡眠病では、以下の順序で体内の各部が侵されていきます。
皮膚
血管とリンパ節
脳と髄液(脳と脊髄の周囲を流れている液体)
感染がどのくらいの速度で進行し、どんな症状が引き起こされるかは、原因となる寄生虫の種類によって異なります。
皮膚
ツェツェバエに刺されると、数日から2週間以内に刺された箇所に隆起ができることがあります。その部分が暗い赤色になり、痛みがでる場合や腫れて潰瘍化する場合があります。
血管とリンパ節
数週間から数カ月のうちに、感染は血液やリンパに広がります。その後、発熱が生じたり治まったりし、悪寒、頭痛、筋肉痛や関節痛が現れます。一時的に顔にむくみがみられることがあります。人によっては発疹が出て、首の後ろに沿ってリンパ節が腫れます。貧血が起こることもあります。
脳と髄液
脳や髄液に感染が及ぶと、持続的な頭痛が生じます。患者は眠気を感じ、集中力を欠いて、平衡感覚や歩行に障害が生じる場合もあります。眠気がひどくなり、活動の途中で寝てしまう場合があります。
治療をしなければ脳の損傷が進行し、昏睡や死亡につながります。原因となった寄生虫の種類に応じて、発症後数カ月から2~3年以内に死亡します。ときに、低栄養や他の感染症が死因になることもあります。
アフリカ睡眠病の診断
血液またはリンパ節から採取した体液のサンプルを用いた検査
腰椎穿刺と髄液の分析
医師は血液またはリンパ節から採取した体液のサンプルを検査し、その中に原虫を確認した場合に、アフリカ睡眠病と診断します。骨髄または潰瘍から採取した体液のサンプルを検査して、原虫の有無を調べることもあります。
感染が髄液(脳と脊髄の周囲を流れている液体)や脳に及んでいないかどうかを判断するために、腰椎に沿って挿入する針で腰椎穿刺を行って、髄液のサンプルを採取します。また、体液のサンプル中に原虫が存在しないか、他の感染症の徴候がないかも確認します。そのような徴候としては、髄液の圧力の上昇や髄液中の白血球数の増加などがあります。
アフリカ睡眠病の治療
この種の原虫に効果的な薬剤
アフリカ睡眠病の治療は、原虫の種類や病期に従って行われます。
アフリカ睡眠病は、この種の感染症に効果的な薬剤を用いて、できるだけ早く治療する必要があります。しかし、一部の薬剤には重篤な副作用があります。
感染症を引き起こしている原虫の種類(ガンビアトリパノソーマ[gambiense]またはローデシアトリパノソーマ[rhodesiense])と感染症が脳や髄液に広がっているかどうかにより、使用する薬剤が異なります。
感染症が脳や髄液に広がっていない場合は、以下の薬剤が効果的です。
ローデシアトリパノソーマに対しては、スラミン(suramin)
ガンビアトリパノソーマ(gambiense)に対しては、フェキシニダゾール(fexinidazole)、または代わりにペンタミジン
フェキシニダゾール(fexinidazole)は、脳や髄液への感染の有無にかかわらず、重症ではないガンビアトリパノソーマ(Trypanosoma brucei gambiense)感染症に対して第1選択となる経口薬です。
感染症が脳や髄液に広がっている場合は、以下の薬剤が効果的です。
重症以外のガンビアトリパノソーマに対しては、フェキシニダゾール(fexinidazole)
重症のガンビアトリパノソーマ(gambiense)に対しては、単独またはニフルチモックス(nifurtimox)との併用でエフロルニチン(eflornithine)、またはメラルソプロール(melarsoprol)(エフロルニチン[eflornithine]を入手できない場合)
ローデシアトリパノソーマ(rhodesiense)に対しては、メラルソプロール(melarsoprol)
メラルソプロール(melarsoprol)は、ときに生命を脅かす重篤な副作用を起こしますが、アフリカの多くの国では、脳や髄液に感染が広がった睡眠病の治療薬として、この薬剤しか入手できない場合がしばしばあります。いくつかの副作用のリスクを抑えるために、コルチコステロイドを投与することもあります。
治癒を確認できる検査はありません。そのため医師は、治療後24カ月間にわたってモニタリングを行い、症状が再発した場合は、髄液のサンプルを採取して寄生虫の有無を調べます。
アフリカ睡眠病の予防
次に示す注意によって、ツェツェバエに刺される機会を減らすことができます。
ツェツェバエがはびこっている地域を避ける。アフリカのツェツェバエ生息地域に旅行する人は、現地在住者にハエを避けることができる場所を尋ねるとよいでしょう。
厚手で長袖の上着と長ズボンを着用する。ツェツェバエは薄い生地の上から刺すことがあります。
環境内に溶け込みやすい中間色の衣服を着用する。ツェツェバエは明るい色や暗い色に誘われてやってきます。
必要に応じて防虫剤を使用する。ただし、ツェツェバエには効かないこともあります。
さらなる情報
以下の英語の資料が役に立つかもしれません。こちらの情報源の内容について、MSDマニュアルでは責任を負いませんのでご了承ください。
米国疾病予防管理センター:アフリカ睡眠病(Centers for Disease Control and Prevention: African Trypanosomiasis)