大動脈弁逆流症(AR)は,大動脈弁の閉鎖不全により,拡張期に大動脈から左室に向かって逆流が生じる病態である。原因としては,弁変性および大動脈基部拡張(二尖弁の合併を含む),リウマチ熱,心内膜炎,粘液腫様変性,大動脈基部解離,結合組織疾患(例,マルファン症候群),リウマチ性疾患などがある。症状としては,労作時呼吸困難,起座呼吸,発作性夜間呼吸困難,動悸,胸痛などがある。徴候としては,脈圧増大や拡張早期雑音などがある。診断は身体診察および心エコー検査による。治療は外科的な大動脈弁置換術または修復術である。経皮的な弁置換術が現在評価されている。
(心臓弁膜症の概要も参照のこと。)
大動脈弁逆流症の病因
大動脈弁逆流症は急性(非常にまれ)の場合と慢性の場合がある。
急性大動脈弁逆流症の主な原因は次の通りである:
成人の慢性大動脈弁逆流症の主な原因は次の通りである:
小児における慢性大動脈弁逆流症の最も一般的な原因は以下のものである:
大動脈弁逸脱を伴う心室中隔欠損症
まれに大動脈弁逆流症は,血清反応陰性脊椎関節症(例,強直性脊椎炎,反応性関節炎,乾癬性関節炎),関節リウマチ,全身性エリテマトーデス,潰瘍性大腸炎と関連する関節炎,梅毒性大動脈炎,骨形成不全症,大動脈弁上狭窄またはdiscrete型大動脈弁下膜型狭窄症,高安動脈炎,バルサルバ洞破裂,先端巨大症,巨細胞性動脈炎によって発生する。粘液腫様変性による大動脈弁逆流症は,マルファン症候群やエーラス-ダンロス症候群の患者で発生することがある。
大動脈弁逆流症の病態生理
大動脈弁逆流症の症状と徴候
急性大動脈弁逆流症は,心不全症状(呼吸困難,疲労,脱力,浮腫)および心原性ショック(結果的に多系統の臓器損傷が生じる低血圧)を引き起こす。
慢性大動脈弁逆流症は,典型的には長年をかけて無症状で経過するが,進行性の労作時呼吸困難,起座呼吸,発作性夜間呼吸困難,および動悸が潜行性に生じる。
心不全の症状は客観的な左室機能の程度とあまり相関しない。胸痛(狭心症)は,冠動脈疾患(CAD)の合併がない患者では約5%でしかみられないが,生じる場合は特に夜間に多い。異常が生じた大動脈弁は細菌が定着しやすいため,心内膜炎(例,発熱,貧血,体重減少,塞栓現象)を発症することがある。
徴候は重症度と急性か否かにより異なる。急性大動脈弁逆流症の徴候は,心不全および心原性ショックを反映するもので,典型的には頻脈,四肢冷感,断続性ラ音,血圧低下などがある。I音は通常聴取されず(大動脈圧と左室拡張期圧が等しいため),III音がよく聴取される。AR雑音はARが高度であっても聴取されない場合があるが,Austin Flint雑音は一般的に聴取される。
慢性ARでは,進行に伴い拡張期血圧が低下する一方で収縮期血圧が上昇する結果,脈圧が増大する。時間の経過とともに,左室拍動が拡大して振幅が増大し,位置が下外側に偏位して,収縮期に胸骨左縁全体が陥凹することにより,左胸郭の揺動が生じることがある。
ARの後期には,心尖部または頸動脈で収縮期振戦(スリル)を触知できることがあり,これは一回拍出量が大きく,大動脈の拡張期圧が低いことに起因する。
聴診所見には,正常なI音と鋭いまたは打ち付けるような強いII音(分裂はない)があり,これは大動脈の弾性反跳(elastic recoil)の増大に起因する。AR雑音はしばしば印象に残らない。雑音は吹鳴様で高調な漸減性の拡張期雑音であり,II音の大動脈弁成分(A2)の直後から始まり,第3または第4肋間胸骨左縁で最強となる。この雑音は,患者に前傾姿勢をとらせ,呼気終末で息を止めたさせた状態で,膜型の聴診器を使用することにより最もよく聴取される。後負荷を増大させる手技(例,蹲踞,等尺性ハンドグリップ)により音量が増大する。ARが軽度の場合,雑音は拡張早期にしか聴取されないことがある。左室拡張期圧が非常に高い場合には,大動脈圧と左室拡張期圧が拡張期のより早期に等しくなるため,この雑音は持続時間が短縮する。
その他の異常音として,前方への駆出性雑音と後方への逆流性雑音(to and fro),I音の直後に生じる駆出音,大動脈駆出血流による雑音などがある。腋窩の近くまたは左胸郭の中央で聴取される拡張期雑音(Cole-Cecil雑音)は,左室において左房からの充満とARによる充満が同時に起こることで大動脈雑音とIII音が融合することで生じる。心尖部で聴取される拡張中期から後期のランブル(Austin Flint雑音)は,左室への急速な逆流によって心房血流のピーク時に僧帽弁尖の振動が生じるために起こると考えられ,この雑音は僧帽弁狭窄の拡張期雑音に類似する。
その他の徴候はまれであり,感度および特異度は低いか不明である。視診で認められる徴候として,頭部の動揺(de Musset徴候),爪床の毛細血管の拍動(Quincke徴候,弱く圧迫したときに最もよくみられる),口蓋垂の拍動(Müller徴候)などがある。
触診で認められる徴候としては,急速に上下する容量の大きな脈拍(打ち付けるような脈,水槌脈,虚脱脈[collapsing pulse])と頸動脈(Corrigan徴候),網膜動脈(Becker徴候),肝臓(Rosenbach徴候),および脾臓(Gerhard徴候)の拍動などがある。
血圧に関する所見としては,膝窩動脈での収縮期血圧が上腕血圧より60mmHg以上高いこと(Hill徴候)や腕の挙上による拡張期血圧の15mmHgを超える低下(Mayne徴候)などがある。
聴診で認められる徴候としては,大腿動脈の拍動部で聴取される鋭い音(ピストル射撃音またはTraube徴候)や,大腿動脈圧迫部の遠位での収縮期雑音と近位での拡張期雑音(Duroziez徴候)などがある。
大動脈弁逆流症の診断
心エコー検査
大動脈弁逆流症の診断は,病歴および身体所見から疑われ,心エコー検査により確定される。ドプラ心エコー検査は,逆流血流を検出してその規模を定量化し,ARの総合的な重症度を判定する上で第1選択の検査である。2次元心エコー検査では,大動脈基部の大きさおよび解剖学的構造と左室機能を定量化することができる。
次の所見は高度の慢性大動脈弁逆流を示唆する:
カラードプラ心エコー検査でジェット幅が左室流出路径の65%以上である
腹部大動脈にて全拡張期の逆行血流を認める(重症ARに特異的)
逆流量が60mL/拍以上である
逆流率が50%以上である
縮流部(vena contracta:異常弁口の下流で逆流径が最小になる部分)が6mmを上回る
心エコー検査では,左室不全に続発する肺高血圧症の重症度評価,疣腫または心嚢液貯留(例,大動脈解離の場合)の検出,および予後に関する情報の収集も可能である。縮窄は二尖弁と関連しており,超音波プローブを胸骨切痕に置くことで検出できる。経食道心エコー検査では,大動脈の拡張と弁の解剖をより詳細に描出でき,これは外科的修復を考慮している場合に特に有用となる。大動脈が拡大している場合は,胸部大動脈の全体を評価するために同期CTまたはMRIが推奨される。MRIは,心エコー検査で至適な画像が得られない場合に左室機能およびARの程度を評価する上でも役立つ可能性がある。
心電図検査および胸部X線を施行すべきである。
心電図検査では,胸部誘導に再分極の異常(左室肥大のQRS電位の基準を満たす場合もある),左房拡大,およびST低下を伴うT波逆転を認めることがある。
進行性の慢性AR患者では,胸部X線で心拡大および大動脈基部の突出を認めることがある。ARが高度の場合には,肺水腫および心不全の徴候も認めることがある。ARが確認されているが症状は不明瞭な患者における運動耐容能および症状の評価には,運動負荷試験が有用となりうる。
重症のAR患者では,約20%が有意な冠動脈疾患を有し,冠動脈バイパス術の同時施行が必要になる可能性があるため,たとえ狭心症が存在していなくても,手術前に冠動脈造影を施行すべきである。
大動脈二尖弁患者の第1度近親者は,20~30%が同様の疾患を有することから,心エコー検査によるスクリーニングを行うべきである。
大動脈弁逆流症の予後
内科的に治療する場合,軽度から中等度の大動脈弁逆流症患者における10年生存率は80~95%である。弁置換術を適切なタイミングで(すなわち,是認された介入開始基準に従って心不全発症前に)施行した場合,中等症から重症のAR患者の長期予後は良好である。しかしながら,心不全を有する重症AR患者の予後はかなり不良である。
大動脈弁逆流症の治療
大動脈弁置換術または修復術
ときに血管拡張薬,利尿薬,および硝酸薬
大動脈弁逆流症の機序に大動脈基部拡張が関与している場合,アンジオテンシン受容体拮抗薬により大動脈基部拡張の進行が遅延する可能性があることから,高血圧を合併する患者には,アンジオテンシン受容体拮抗薬が望ましい薬剤である。この種の薬剤は大動脈弁逆流の重症度を軽減したり,疾患の進行を変化させたりすることはない。
手術的介入は外科的な大動脈弁置換術または(頻度は低くなるが)修復術である。経皮的な治療選択肢も開発中である(1)。大動脈弁位生体弁には手術後3~6カ月間の抗凝固療法でよいが,機械弁では生涯にわたりワルファリンによる抗凝固療法が必要になる。直接作用型経口抗凝固薬(DOAC)は無効であり,使用してはならない(人工弁置換患者に対する抗凝固療法も参照)。
手術適応がない患者には,心不全の治療(例,利尿薬,血管拡張薬,硝酸薬)が有益となる。β遮断薬は代償性頻拍を遮断し,拡張期を延長してARを増悪させるため,慎重に使用すべきである。大動脈内バルーンポンプの挿入は,拡張期のバルーン拡張によりARが増悪することから,禁忌である。
介入の基準を満たさない重症AR患者は,6~12カ月毎に身体診察と心エコー検査による再評価を行うべきである。
大動脈弁逆流症患者の心内膜炎に対する抗菌薬の予防投与は,弁置換術を受けた患者を除き,もはや推奨されていない(口腔外科・歯科処置または気道に対する処置の施行時に推奨される心内膜炎予防の表を参照)。
介入開始基準:
以下の場合は介入の適用である:
ARが高度で症状を引き起こしている
ARが高度で,左室機能障害(駆出率 ≤ 55%,左室収縮末期径 > 50mm,体表面積での補正値 > 25mm/m2のいずれか)を引き起こしている
ARが高度で,連続した少なくとも3回の検査で駆出率の55~60%までの進行性の低下または左室拡張末期径の65mmを超える進行性の増大が認められた
上行大動脈の拡張がある患者では,高頻度でARがみられ,大動脈解離のリスクが増大する。大動脈解離のリスクが高いことが心臓手術の最初の適応となる場合があり,以下の場合には手術を行うべきである:
上行大動脈径が55mmを超えている
二尖弁があり,上行大動脈径が50~55mmで大動脈径の増大速度が5mm/年を超えている,大動脈縮窄がある,または大動脈解離の家族歴がある
マルファン症候群があり,上行大動脈径が50mmを超えている(または大動脈径の増大速度が5mm/年を超える場合はそれ以下),または径50mm未満の大動脈解離の家族歴がある
他の理由で心臓手術を行うとき,上行大動脈径が45mm以上であれば,大動脈に対する同時手術の適応となる。
経カテーテル大動脈弁留置術(TAVI)は,大動脈弁輪が拡張しており,弁尖の石灰化が十分でなく,人工弁の移動や弁周囲の漏れにつながるため,容易ではない。
治療に関する参考文献
1.Otto CM, Nishimura RA, Bonow RO, et al: 2020 ACC/AHA Guideline for the Management of Patients With Valvular Heart Disease: Executive Summary: A Report of the American College of Cardiology/American Heart Association Joint Committee on Clinical Practice Guidelines.Circulation 143(5):e35–e71, 2021.doi: 10.1161/CIR.0000000000000932
要点
急性大動脈弁逆流症(AR)の主な原因は,感染性心内膜炎と上行大動脈の解離であり,成人の慢性ARで最も一般的な原因は,大動脈弁または大動脈基部の変性である。
急性ARは,心不全および心原性ショックの症状を引き起こすが,ARの徴候を認めない場合もある。
慢性ARは,典型的には長年をかけて無症状で経過し,その後は進行性の労作時呼吸困難,起座呼吸,および発作性夜間呼吸困難が生じる。
慢性ARでの典型的な聴診所見としては,正常なI音に続いて,鋭いまたは打ち付けるようなII音と吹鳴様で高調な漸減性の拡張期雑音が聴取される。
急性ARには,速やかな大動脈弁置換術または修復術が必要となる。
慢性ARには,症状または左室機能障害が発生した場合に大動脈弁置換術または修復術が必要となり,外科手術の基準を満たすが適応とならない患者には,心不全治療が有益となる。
ARはときに上行大動脈の拡張を合併している。上行大動脈に対する手術の適応がARに対する手術適応より早く成立することもある。