フッ化水素酸曝露

執筆者:Michael I. Greenberg, MD, Drexel University College of Medicine;
David Vearrier, MD, MPH, University of Mississippi Medical Center
レビュー/改訂 2022年 5月
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フッ化水素酸は工業的に一般的に使用されており,皮膚の曝露は深部まで貫通する痛みを伴う軟部組織損傷のほか,局所性およびときに全身性のフッ素毒性を引き起こす。治療法としては,局所の熱傷ケアとカルシウムの外用や注射による投与などがある。

フッ化水素酸(HF)は,石油精製,シリコンおよびガラスのエッチング,冷媒の製造,フルオロポリマーの製造,アルミニウム金属の製造など,数多くの工業プロセスで一般的に使用されている。HFはレンガや石の洗浄剤,錆取り剤,ホイールクリーナーとしても使用されている。大半のHF曝露は職業性であるが,HFを含有する一部の製品が小売で購入でき,非職業曝露も起こる。

HFは希釈水溶液中では弱酸(pKa = 3.17)であり,主に非イオン型として存在する。主にイオン型で存在する強酸と比較して,希釈溶液中のHFは皮膚バリアを透過する能力が高く,局所の軟部組織に拡散し,そこで損傷を引き起こす。強酸は直接的な腐食性損傷(凝固壊死,典型的には下部にある軟部組織は侵されない)のみを引き起こすが,HFはその酸性度により腐食性皮膚損傷を引き起こし,フッ化物イオンの浸透によって下部にある軟部組織も損傷する。

水性の細胞内および細胞外スペースにおいて,フッ素は二価の陽イオン(カルシウム,マグネシウム)と結合して,不溶性のフッ化カルシウムとフッ化マグネシウムを形成する。これらの不溶性の塩の形成は,HFからのさらなるフッ化物イオンの放出を促進する(ルシャトリエの原理による)。溶液からカルシウムとマグネシウムが除去されると,局所的な低カルシウム血症および低マグネシウム血症が生じ,それにより細胞機能障害および細胞死を引き起こす可能性がある。十分な曝露により,全身性の低カルシウム血症および低マグネシウム血症が生じ,不整脈を来すことがある。さらに,フッ化物イオン自体が不整脈を引き起こす可能性がある。

曝露から症状発現までの時間は様々であり,HFの濃度に反比例する。濃縮製剤(HFが50%を超える)への曝露は,皮膚または粘膜への直接的な腐食性作用により,即時の疼痛および組織損傷をもたらす。この作用は,高濃度でのHFの酸性度の著しい増加と,水素イオンの増加につながるHFのホモ会合(homoassociation)に部分的に起因する。一方,希釈した製剤(< 20%のHF)への曝露では,局所的な低カルシウム血症および低マグネシウム血症による細胞機能障害と細胞死の発生に時間を要するため,曝露後数時間は疼痛や臨床所見がみられないことがある。

HF曝露は,皮膚,眼,経口,または吸入曝露の場合がある。HFへの職業曝露の最も一般的な経路は皮膚である。

フッ化水素酸曝露の症状と徴候

フッ化水素酸曝露の症状と徴候は曝露経路によって異なる。

皮膚

疼痛が典型的には皮膚曝露後に最初に現れる症状であり,紅斑(1度),浮腫および水疱形成(2度),灰白色への変色(3度)などの化学熱傷の徴候に先行する。疼痛は,明らかな皮膚病変から予想されるよりも重度であることが多い。指および爪床に熱傷が生じた場合,爪が無傷のまま残ることがあり,爪および皮膚に明らかな病変がないか,あっても軽微なものであるにもかかわらず,疼痛が重度となることがある。

経口

職業曝露におけるHFへの経口曝露はそれほど一般的ではないが,HFを含有する水溶液がラベルのない容器(例,水筒)に保管されている場合に起こりうる。HFへの非職業性の経口曝露は,自傷行為の試みや幼児による探索的な摂取によって起こることがある。

HFの希釈溶液の摂取は,中咽頭の発赤および浮腫ならびに消化管の刺激感を引き起こすことがあるが,少量の摂取では無症状のことがある。高濃度のHF溶液を摂取すると,吸入曝露の場合と同様に出血性胃炎および肺毒性が生じる。

吸入

HFへの吸入曝露は,上気道痛と胸痛(灼熱感と表現される),咳嗽,および息切れを引き起こすことが最も多い。患者が悪心,嘔吐,および頭痛,ならびにHFの蒸気に曝露した皮膚の灼熱感を訴えることもある。症状出現までの時間は,空気中のHF濃度に反比例する。咽頭の発赤および浮腫がみられることがあり,喘鳴,ラ音,および呼吸窮迫がみられることもある。より重度の吸入曝露では,喀血または急性低酸素血症性呼吸不全(成人呼吸窮迫症候群[ARDS])を伴う出血性肺胞炎を発症することがあり,その場合は死に至ることもある。

全身

HFへの皮膚,経口,または吸入曝露は,フッ素の全身毒性を引き起こす可能性がある(眼曝露には全身毒性との関連が報告されていない)。全身吸収がHFへの皮膚曝露後よりも経口曝露後の方が速いため,全身毒性の発現は経口曝露後の方が速い。高濃度のHF溶液への皮膚曝露は,影響を受けた体表面積が小さくても,フッ素の全身毒性を引き起こす可能性がある。

フッ素の全身毒性は,低カルシウム血症低マグネシウム血症,および心臓の収縮能障害を特徴とする。高カリウム血症が生じることもある。多形性心室頻拍(トルサードドポアント),心室細動,および心静止などの不整脈が起こることがある。低カルシウム血症に起因して凝固障害が起こることもある。

HFへの眼曝露は,水溶液の飛沫による損傷またはガス状のHFに起因することがある。軽度の(低濃度での)曝露では,眼痛,結膜充血,および結膜浮腫が生じることがあるが,曝露後数時間は症状が現れないことがある。曝露濃度がより高ければ,症状の発現はより急速であり,角膜の凝固壊死が生じて眼球が破裂することがある。

フッ化水素酸曝露の診断

  • 臨床的評価

  • 電解質濃度

フッ化水素酸曝露による病態の診断は,徹底的な病歴聴取と身体診察から始める。医師は,過去24時間の曝露の可能性について,曝露の経路および期間,HFの濃度,製剤中の他の化学物質,個人防護具(PPE)の使用などの情報を聴取すべきである。

HF中毒に特異的な検査はないが,低カルシウム血症(イオン化カルシウムとして測定するのが理想的),高カリウム血症,低マグネシウム血症,および血清フッ素濃度の上昇(可能であれば)は,全身曝露が生じていることを示唆している可能性がある。非常に軽度の熱傷を除き,患者は通常,全身毒性のモニタリングおよび適応となる治療のために入院させる。

肺機能検査を直ちに行う必要はないが,行った場合には,拘束性肺疾患のパターンが検出されることがある。

肺水腫が疑われる場合は,胸部X線およびその他の適切な検査(例,パルスオキシメトリー)を行う。指に熱傷がある場合は,速やかにX線撮影を行って,骨損傷がないか確認する。

全身曝露の可能性がある場合は,心電図検査を施行して低カルシウム血症(例,QT延長)および高カリウム血症(T波の尖鋭化,QRS幅の増大,P波の平担化,正弦波パターン)の影響を確認する。

経口摂取の場合は,一般に内視鏡検査を施行すべきであり,消化器専門医および/または耳鼻咽喉科医へのコンサルテーションを行うべきである。

フッ化水素酸曝露の予後

予後はフッ化水素酸への曝露経路によって異なる。

皮膚

HFへの軽度の皮膚曝露後の予後は,迅速に評価して治療すれば良好である。他の化学熱傷と同様に,症状は熱傷の重症度に応じて,典型的には数日から数週間で消失する。

経口

HFの希釈溶液を摂取した患者では,中咽頭もしくは消化管に可逆的な刺激が生じるか,または無症状のままのことがあり,予後は良好である。高濃度のHF溶液の摂取は,致死的な消化管出血またはフッ素の全身毒性を引き起こすことがあり,その場合は死に至ることもある。重度の消化管熱傷患者が生存した場合,狭窄などの長期後遺症が発生することがある。

全身

フッ素の全身毒性がみられる患者は,不整脈および低血圧のリスクが高い。

吸入

吸入曝露後の予後は,曝露の強度と慢性度に依存する。吸入曝露が軽度から中等度であれば,症状は数時間から数日かけて自然に消失することがある。より強い曝露により,持続する上気道の刺激感(反応性上気道機能不全症候群[reactive upper airways dysfunction syndrome:RUDS])または数カ月から数年にわたり持続する肺の刺激症状(反応性気道機能不全症候群[reactive airways dysfunction syndrome:RADS])が生じることがある。HFへの慢性の職業曝露により,「potroom worker’s asthma」と呼ばれる気管支過敏性症候群(bronchial hyperreactivity syndrome)が生じることがある。連続的な肺機能検査が,HFに曝露した労働者におけるRADSおよび気管支過敏性のモニタリングに用いられることがある。

眼曝露が軽度であれば,結膜刺激症状と結膜浮腫(典型的には発生する)は数日で消失し,長期後遺症は予想されない。曝露がより重度であれば,角膜損傷または角膜脱落により,慢性結膜炎,角膜混濁もしくは角膜血管新生,緑内障,または乾性角膜炎を来すことがある。

フッ化水素酸曝露の治療

  • 曝露の種類に応じた様々な治療

  • 必要に応じて迅速な除染

  • カルシウム塩およびマグネシウム塩

皮膚

汚染された衣類や作業器具を脱がせ,患部を水で15分間洗い流すなど,直ちに除染を行うべきである。除染後,2.5%グルコン酸カルシウムまたは炭酸カルシウムのゲルを患部に塗布し,非固着性の閉鎖性ドレッシング材で覆うべきである(指の損傷に対しては,手術用手袋の中にゲルを入れて患者の手に装着してもよい)。HFに曝露した部位に可溶性のカルシウム塩を塗布すると,カルシウムがフッ素と結合して可溶性のフッ化カルシウムが形成される。この反応により,フッ素の濃度勾配が生じ,HFの体外およびゲルへの拡散が促進される。

疼痛が緩和するまでカルシウム外用剤を塗布する。

カルシウム外用剤を塗布しても疼痛が持続する場合,または患者が高濃度のHF溶液に曝露していた場合は,グルコン酸カルシウムを皮下または動脈内注射で投与してもよい。組織壊死のリスクがあるため,塩化カルシウムはこれらの経路で投与すべきではない。

皮下注射では,5%グルコン酸カルシウムを1平方センチメートル当たり0.5mL浸潤させることができる。小さなコンパートメント(例,手)では,医原性のコンパートメント症候群のリスクがある。そのような部位が侵されている場合は,カルシウム浸潤のリスクとベネフィットを比較検討すべきである。指1本当たり0.5mLを超える溶液を注射すべきではない。

動脈内投与では,2%グルコン酸カルシウム50mLを4時間かけて患部を灌流する動脈内に注入する。この手技を行うかどうかを決定する際には,動脈カテーテル挿入のリスクを考慮すべきである。

ごく軽微または表層的な曝露を除く全ての曝露には,皮膚移植や壊死組織のデブリドマン,筋膜切開,切断術などの外科的介入が必要になる可能性があるため,熱傷センターへの移送が必要である。

経口

HFへの経口曝露後には,可及的速やかに経口胃管または経鼻胃管による胃内容物の除去を行うべきである。摂取から1時間以上経過している場合は,胃内容物の除去が有益となる可能性は低い。同じ経口胃管または経鼻胃管を用いて,カルシウム塩またはマグネシウム塩を消化管に投与してもよいが,その便益に関するエビデンスは限られている。他の腐食性物質の摂取と同様に,活性炭は禁忌である。

可能な内視鏡検査について消化器専門医にコンサルテーションを行うべきである。

全身

フッ素の全身毒性がみられる患者は,心電図モニタリングおよび一連の心電図検査,ならびに心収縮能の低下が疑われる場合は心エコー検査のために集中治療室に収容すべきである。カルシウム,マグネシウム,カリウム,およびリンを継続的に測定し,必要に応じて治療する。

フッ素の全身毒性の治療としては,カルシウム塩およびマグネシウム塩の静脈内投与などがあり,フッ素との結合により失われたカルシウムおよびマグネシウムを補充する。心収縮能が低下している場合は,輸液と昇圧薬および/または強心薬による補助を行う。硫酸マグネシウムは負荷量として4~6gを60分かけて静注し,続いて2~4g/時の点滴静注を行うことがある。低血圧および呼吸抑制をモニタリングすべきである。グルコン酸カルシウムは負荷量として6gを60分かけて静注し,続いて0.5mEq/kg/時の点滴静注を行うことがある。中心静脈カテーテルが使用可能であれば,グルコン酸カルシウムの代わりに塩化カルシウムを負荷量2gで投与し,続いて0.5mEq/kg/時で点滴静注してもよい。低カルシウム血症または低マグネシウム血症が持続もしくは再発する場合は,マグネシウムとカルシウムの両方の負荷投与を繰り返してもよい。電解質の補充投与量は,リアルタイムの血液検査の結果に基づいて決定すべきである。

アシデミアに対して炭酸水素ナトリウムを静脈内投与してもよいが,その効力を検討した研究はほとんどない。

フッ化物イオンは血液透析によって除去される。全身毒性がみられる患者には血液透析を考慮すべきであるが,そのような患者は臨床的に不安定すぎて処置を受けられない可能性がある。

吸入

吸入曝露はネブライザーによるグルコン酸カルシウムで治療することがあり,2.5%および5%グルコン酸カルシウムを間欠的または持続的に投与してもよい。喘鳴および気管支攣縮がみられる患者では,ネブライザーによるβ作動薬(例,サルブタモール),ネブライザーによるイプラトロピウム,および経口または静注コルチコステロイドで治療することもある。ARDS様の症状を有する患者では,陽圧換気,高い呼気終末陽圧の使用,および腹臥位などのARDSに対する標準的な介入により治療することがある。

迅速な除染が最も重要である。職場の洗眼台での洗浄後,病院へ向かう間も洗浄を続けるべきである。救急診療部での持続洗浄は,Morgan lensを用いて患眼に生理食塩水または滅菌水を適用することで行うことができる。少なくとも2~3Lの洗浄液による洗浄が推奨される。カルシウム含有溶液による眼の洗浄は,刺激があり角膜損傷を引き起こす可能性があるため,行うべきではない。急性期ケアの状況では眼科医へのコンサルテーションを行い,眼科的フォローアップを手配すべきである。

フッ化水素酸曝露の予防

様々な組織(例,労働安全衛生局[Occupational Safety and Health Administration:OSHA],National Institute for Occupational Safety and Health[NIOSH])がフッ化水素酸への曝露のリスクを最小限にするための推奨を提示している。それらの推奨には以下のものがある:

  • HFを取り扱う前に,労働者にHFに特有の危険性に関する情報を提供する

  • 労働者がHFに曝露する時間を制限する

  • 適切に機能するヒュームフードの使用およびゴーグル,使い捨て手袋,耐酸性エプロンなどの適切な個人防護具(PPE)の着用を労働者に義務づける

  • 労働者に長ズボン,長袖,つま先が閉じた靴の着用を義務づける

  • 作業区域に安全シャワーおよび洗眼台を設置する

  • 皮膚の治療にグルコン酸カルシウムを利用できるようにしておく

  • HFを適切に保管する

  • HFが使用される全ての区域に流出対応用の備品(例,乾燥硫酸マグネシウム,流出防止パッド,炭酸水素ナトリウム溶液)を配備する

要点

  • フッ化水素酸への皮膚,経口,吸入,および眼曝露が職場で起こることがある。

  • 症状は高濃度HF製剤では曝露直後に現れるが,HFの希釈製剤では曝露から数時間遅れて現れることがある。

  • 体表面の熱傷およびカルシウムまたはマグネシウムとHF中のフッ化物イオンとの結合により,局所的に低カルシウム血症および低マグネシウム血症が生じる結果,細胞機能障害や細胞死を来す。

  • 皮膚の熱傷と皮膚曝露による重度の疼痛は,カルシウムを外用,皮下,または動脈内投与することで治療する;ほぼ全ての熱傷患者を熱傷センターに移送する。

  • 経口曝露に対しては,経口胃管または経鼻胃管を用いて可及的速やかに胃を空にする;高濃度のHF溶液の摂取は腐食性物質の摂取と同様に有毒であり,致死的となりうる。

  • 吸入曝露の患者はネブライザーによるグルコン酸カルシウムで治療し,より高濃度の曝露を受けた患者およびARDS様の症状を有する患者には,ARDSに対する通常の治療を行う。

  • フッ素の全身毒性(皮膚,経口,または吸入曝露が原因である可能性がある)がみられる患者は,継続的なモニタリングとサポートのために集中治療室に収容し,マグネシウムおよびカルシウムの静脈内投与と必要に応じて昇圧薬により治療する。

  • 眼曝露後は,直ちに持続的かつ徹底的に眼を洗浄し,眼科医へのコンサルテーションおよびフォローアップを手配する。

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