肩関節後方脱臼の整復

執筆者:Matthew J. Streitz, MD, San Antonio Uniformed Services Health Education Consortium
レビュー/改訂 2019年 12月
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肩関節後方脱臼の整復法は,広く用いられている肩関節前方脱臼整復のための牽引-対抗牽引法と同様である。関節内麻酔と処置時の鎮静が推奨され,整復を試みる前に整形外科医へのコンサルテーションを行うべきである。

肩関節脱臼の整復法の概要脱臼の概要,および肩関節脱臼も参照のこと。)

適応

  • 肩関節の後方脱臼

急性閉鎖性肩関節後方脱臼の診断後は,すぐに(例,30分以内に)整復を試みるべきである。しかしながら,後方脱臼はまれで,整復が困難であり,しばしば肩関節損傷(後述の禁忌を参照)を合併するため,整復を試みる前に整形外科医へのコンサルテーションを行うことが推奨される。

肩関節後方脱臼ではまれな神経血管障害の合併がみられる場合は,直ちに整復を行う必要がある。

開放性脱臼には手術が必要であるが,整形外科医がおらず,神経血管障害がある場合は,一時的な治療として非観血的整復と固定を行うべきである。

肩関節後方脱臼の診断は遅れることが多い(ときに誘因となった事象の数週間後から数カ月後)。遅れて行う非観血的整復の試みは,困難で不成功に終わることもあるが,一般に推奨され(脱臼してから3週間未満の場合),処置時の鎮静・鎮痛をふんだんに用いるべきである。

禁忌

単純な非観血的整復の禁忌:

  • 1cmを超える転位のある大結節骨折

  • 逆Hill-Sachs病変(関節窩縁への衝突による上腕骨頭の20%を超える変形)

  • 上腕骨外科頸骨折(大結節および小結節の下)

  • 20%を超える骨片と肩甲上腕関節の不安定性を伴うBankart病変(関節窩後下縁)

  • 2 part以上の上腕骨近位端骨折

これらの合併する重大な骨折は,処置自体により転位および損傷が重症化するリスクがあるため,整形外科的な評価および管理を必要とする。

合併症

  • 神経血管損傷(神経血管束が前方に位置するためまれ)

  • 強い力を用いる整復および操作による上腕骨頭,関節窩縁,大結節,および小結節の骨折

  • 骨折の転位の増大および合併損傷の悪化

  • 脱臼による関節症性変化,癒着性関節包炎,こわばり,および慢性疼痛(整復よりも診断が遅れた結果)

器具

  • シーツ

  • 関節内麻酔:1%リドカイン20mL,20mLシリンジ,2インチの20G針,消毒液(例,クロルヘキシジン,ポビドンヨード),ガーゼ

  • 処置時の鎮静・鎮痛(PSA)に必要な器具および人員

  • 肩関節固定具または三角巾と固定帯

1人または2人の助手が必要である。

その他の留意事項

  • 肩関節後方脱臼はまれであり(肩関節脱臼の4%未満),診断が遅れることが多いため,整復を試みる前に整形外科医へのコンサルテーションを行う。

  • X線前後像の所見は明瞭でないことがある。X線検査では肩甲骨Y撮影像(scapular Y view)または腋窩撮影像(axillary view)を撮影すべきである。X線上で脱臼が明確でない場合は,CTを施行すべきである。CTは,上腕骨外科頸骨折やその他の骨折の診断,または手術計画のために必要になることもある。

関連する解剖

  • 脱臼した上腕骨頭が関節窩の後方関節唇に接した状態でとどまることがあるため,整復には上腕骨頭の牽引および整位が必要である。

体位

  • ストレッチャーの上で患者を仰臥位にする。ストレッチャーを術者の骨盤の高さに上げ,ストレッチャーの車輪をロックする。

  • 腹部の位置で患者の患側に立つ。

  • 対側の患者の肩より頭側の位置に助手を立たせる。

処置のステップ-バイ-ステップの手順

神経血管系の診察

処置前に患肢の神経血管系の診察を行い,整復を試みるたびに再度診察する。一般に,感覚の検査よりも運動機能の検査の方が信頼性が高いが,その理由の1つは,皮膚の神経支配領域に重複がみられる場合があるためである。以下を評価する:

  • 末梢の脈拍,毛細血管再充満,四肢冷感(腋窩動脈)

  • 上腕外側面(腋窩神経),母指球および小指球(正中神経および尺骨神経),ならびに第1指間部背側(橈骨神経)の触覚

  • 三角筋の収縮を触知しながら抵抗に逆らって肩関節を外転させる(腋窩神経):ただし,この検査により痛みが増悪する場合は,肩関節が整復されるまで省略する。

  • 母指と示指の対立(「OK」のジェスチャー)および抵抗に逆らった指の屈曲(正中神経)

  • 抵抗に逆らった指の外転(尺骨神経)

  • 抵抗に逆らった手関節および指の伸展(橈骨神経)

鎮痛

鎮痛薬を投与する。最善の選択肢は通常,局所麻酔薬の関節内注射である。通常は処置時の鎮静・鎮痛(PSA)も必要である。鎮痛薬の関節内注射の方法:

  • 穿刺部位は肩峰突起の外側縁から約2cm下とする(上腕骨頭がないことにより生じたくぼみに刺入する)。

  • 穿刺部位に消毒液を塗布し,1分間以上待って消毒液を乾燥させる。

  • 任意:穿刺部位の皮膚に局所麻酔薬(1mL以下)を注入して膨疹を作る。

  • 関節内注射用の針を皮膚に対して垂直に刺入し,シリンジのプランジャーが後退する方に圧をかけ,針を内側の若干下方に向けて約2cm進める。

    関節から血液が吸引された場合,針基を動かないように把持し,空のシリンジに交換し,全ての血液を吸引し,麻酔用シリンジを再度接続する。

  • 10~20mLの麻酔液(例,1%リドカイン)を注射する。

  • 鎮痛が得られるのを(最長15~20分)待ってから処置を進める。

処置時の鎮静・鎮痛を行う

肩関節の整復—後方脱臼

  • シーツを患者の体幹上部に巻き,脱臼した肩関節の腋窩の下に通し,両端をストレッチャーの反対側に立つ助手の股関節部に巻いて結ぶ。背部の捻挫を予防するために,シーツは助手の(ウエストではなく)股関節部に巻く。

  • 患者を適切な体位にした後,牽引しながら,患肢を完全に内転させて内旋させ,上腕骨頭が関節窩縁から離れるよう補助する。

  • 体の反対側にいる助手をシーツへと後傾させて対抗牽引力を生みながら,術者が手で患肢を軸方向に牽引する。

  • 2人目の助手に上腕骨頭の後面を上(前方)に押させる。

  • 必要であれば(上腕骨頭が関節窩後部で固定している場合),てこの作用で上腕骨頭を関節窩へと外側に動かすために,2人目の助手が手で上腕骨上部に外側方向の愛護的な力を加えてもよい。

  • 上腕骨頭の固定が外れた後,わずかに外旋して整復を完了する。

  • 筋攣縮があるか処置への抵抗がある場合は,鎮痛薬および/または鎮静薬を追加で投与する。

  • 整復が成功したことを示す最初の徴候としては,患肢の伸長,知覚可能なクリック,三角筋の短時間の線維束性収縮などがある。

  • 肩関節の整復の試みが何度も不成功に終わった場合は,手術室で全身麻酔下で整復(非観血的または観血的)を行う。

アフターケア

  • 肩の輪郭が正常な丸い形に戻ったこと,痛みが軽減したこと,および患者が胸部を横切って手を伸ばし対側の肩に手掌を置けるようになったことにより,整復が成功したことを予備的に確認する。

  • 三角巾と固定帯または肩関節固定具を用いて,肩関節をわずかに外転させた外旋位(20°)で固定する。

    整復が成功した後に関節が自然に脱臼することがあるため,関節の固定を遅らせてはならない。

  • 処置後の神経血管系の診察を行う。神経血管障害がみられる場合は,直ちに整形外科的評価を行う必要がある。

  • 適切に整復されたことを確認し,併存する骨折を同定するために,処置後のX線検査を施行する。

  • 整形外科医によるフォローアップを手配する。

注意点とよくあるエラー

  • 肩関節後方脱臼は両側性に発生することがあり(例,痙攣発作時),そのような状況では,身体所見が左右対称であることにより脱臼が発見しにくくなることがある。

  • 小児で肩関節脱臼のように見えるものは成長板に及ぶ骨折であることが多く,これは骨折が起きてから関節が破綻する傾向がある。

アドバイスとこつ

  • 処置に伴う不快感を考慮すると,十分な鎮静および鎮痛が極めて重要である。

  • 整復後48時間以内に痛みが増強して再受診した患者では,肩関節が再脱臼していないのであれば,関節血腫が生じている可能性が高い。関節腔から血液を吸引する(肩関節の関節穿刺を参照)。

より詳細な情報

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