スポーツ脳震盪

執筆者:Gordon Mao, MD, Indiana University School of Medicine
レビュー/改訂 2023年 2月
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スポーツは,軽度の外傷性脳損傷の一形態である脳震盪の一般的な原因である。その症状としては,意識消失,混乱,記憶障害,その他の脳機能障害の徴候などがある。診断は臨床的に行い,必要に応じて神経画像検査を施行する。器質的脳損傷の証拠が認められることはまれであるため,神経画像検査は必須ではない。競技への早期復帰は有害となる可能性があるが,症状が解消すれば,選手は徐々に競技活動を再開することができる。

脳震盪とは,頭部損傷(通常は打撲)によって生じる脳機能の一時的な障害である。重篤な脳損傷(外傷性脳損傷[TBI])とは異なり,その定義からして,直接または画像上で観察可能な器質的脳異常はない。

病態生理はまだ完全には解明されていないが,脳機能障害には興奮性神経伝達物質の異常が関与していると考えていており,これは興奮性神経伝達物質,特にグルタミン酸の過剰放出によって引き起こされる神経損傷である。(さらなる情報については,Concussions: What a neurosurgeon should know about current scientific evidence and management strategiesを参照のこと。)

米国におけるスポーツ脳震盪の発生数は,20万人/年から最大380万人/年と推定されている;この最大数には,病院で評価されない症例や報告されない症例の概算値が含まれている。脳震盪の認知度と報告数は過去10年間で有意に増加しているが,スポーツ関連の重篤かつ致死的なTBIの発生数が同様に増加しているわけではない。脳震盪の発生率は日常的に高速での衝突が生じるスポーツ(例,アメリカンフットボール,ラグビー,アイスホッケー,ラクロス)で最も高いが,チアリーディングを含めて,リスクのないスポーツは存在しない。コンタクトスポーツでは,19%の競技者が1シーズンに1回は脳震盪を起こすと推定されている。

繰り返し損傷

脳震盪の他の原因(例,自動車事故,転倒・転落)が単回の事象であると異なり,スポーツ選手は常に脳震盪のリスクに曝されている。そのため,繰り返し損傷がよくみられる。前回の脳震盪から完全に回復する前に損傷が繰り返し発生した場合,アスリートはより脳震盪を起こしやすいが,たとえ回復後であっても,一度脳震盪を経験した選手では将来脳震盪を起こす可能性が通常の2~4倍高くなる。また,より軽度の衝撃で繰り返し脳震盪が発生する可能性がある。

さらに,大半の選手は1回の脳震盪からは完全に回復するものの,そのうち3%は複数回の(たとえ軽度に見えても)脳震盪から慢性外傷性脳症(CTE,最初にボクサーで報告されたため,ボクサー認知症と呼ばれていた)を発症する。CTEでは,器質的な神経変性が生じ,皮質萎縮など,アルツハイマー病患者で認められる変化に似た所見もみられる。症状には以下のものがありうる:

  • 認知症様症状(例,記憶,認知,気分,または行動の障害)

  • 判断および意思決定の障害

  • 人格変化(例,易刺激性,気分変動)

  • パーキンソニズム

TBIを繰り返した著名な引退選手で自殺した者もいる。

米国疾病予防管理センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC)の報告によると,1年当たり平均1.5人がスポーツ脳震盪により死亡している。大半の症例で,致死的な結末となる前に(通常は未診断の)脳震盪が発生していた。

セカンドインパクト症候群

セカンドインパクト症候群はまれであるが,重篤な脳震盪の合併症である。この症候群では,前回の脳震盪から完全に回復する前に2回目の脳震盪を起こしたときに,急性の,しばしば致死的な脳腫脹が発生する。血管のうっ血は,コントロールが困難または不可能な頭蓋内圧の急激な亢進につながると考えられている。

死亡率は50%近い。

スポーツ脳震盪の症状と徴候

脳震盪でみられる最も明らかな脳機能障害は以下のものである:

  • 意識消失

しかしながら,多くの患者では意識の消失がみられない代わりに,以下のような症候がみられる:

  • 混乱:茫然自失のように見え,対戦相手や試合のスコアをはっきり認識できず,返答が遅い

  • 記憶障害:プレーや役割が分からず,受傷前(逆行性健忘)または受傷後(前向性健忘)の出来事が思い出せない

  • 視覚障害:複視または光過敏

  • 浮動性めまい,ぎこちない動き,平衡障害

  • 頭痛

  • 悪心および嘔吐

  • 耳鳴

  • 嗅覚または味覚障害

脳震盪後症状は,脳震盪の発生後数日から数週間持続する症状であり,具体的には以下のものがある:

  • 慢性頭痛

  • 短期記憶障害

  • 集中困難

  • 疲労

  • 睡眠困難

  • 人格変化(例,易刺激性,気分変動)

  • 光および音への過敏

脳震盪後症状は典型的には数週間から数カ月で消失する。

パール&ピットフォール

  • 意識消失を伴わない脳震盪もある。

スポーツ脳震盪の診断

  • 臨床的評価

  • ときに,より重篤な損傷を除外するための神経画像検査

脳震盪の可能性があるアスリートは,脳震盪の評価および管理に長けた臨床医が評価すべきである。レベルの高い競技大会には,ときにそのような医師が待機していることもあるが,そうでない場合は,待機スタッフが脳震盪の症状を認識する訓練を受け,患者を評価に送るかどうかのプロトコルを把握しておくべきである。

Standardized Assessment of Concussion(SAC),またはその次版(Sports Concussion Assessment Tool 2[SCAT2],SCAT3,または現行版[SCAT5],これらは全てオンラインで無料で利用でき,携帯型デバイスにダウンロード可能である)などの診断ツールは,コーチ,トレーナー,および経験の浅い医師がその場でアスリートをスクリーニングするのに役立つことがある。脳震盪およびその他の重篤な脳損傷を認識し,対処し,予防する必要がある人に向けて,CDCがツールおよびトレーニング情報を提供している(CDC "Heads Up" プログラム)。

神経画像検査は,脳震盪そのものの診断には役に立たないが,より重篤な脳損傷(例,血腫,挫傷)が疑われる場合に施行される。一般に,以下の1つでも該当するものがあれば,CTを施行すべきである:

  • 意識消失

  • グラスゴーコーマスケール(GCS)スコア < 15(グラスゴーコーマスケールの表を参照)

  • 局所神経脱落症状

  • 持続する精神状態の変化

  • その他の悪化の徴候

正式な神経心理学的検査は,症状のある患者では異常がみられる可能性が高いが,脳震盪後症状が予想以上に長く続くか,重度の認知障害がみられるのでない限り,一般的に行われる検査ではない。しかしながら,一部のアスリートプログラムでは,全ての参加者に対してベースラインの神経心理学的検査を行い,脳震盪後に検査を再度行うことにより,より軽微な異常も同定し,ベースラインの状態に回復するまで競技を再開できないようにしている。最も頻用される検査の1つに,ImPACTと呼ばれる市販のコンピュータベースツールがある。

スポーツ脳震盪の治療

  • 大会または活動への参加を禁止する

  • 安静

  • 頭痛に対するアセトアミノフェン

  • 段階的に完全な競技活動まで復帰させる

脳震盪の症状または徴候がみられた患者は,当日の競技再開は避けさせるべきであり,安静を勧める。症状の遷延や悪化を避けるため,回復期初期は,学校および職場での活動,運転,飲酒,脳に対する過度の刺激(例,コンピュータの使用,テレビ観賞,テレビゲーム),および労作を避けるべきである(1)。

脳震盪からの回復を促進する効果が証明されている薬剤はないが,特定の症状は適切な薬剤で治療できる(例,頭痛に対して望ましくはアセトアミノフェン,または代替として非ステロイド系抗炎症薬[NSAID])。

状態悪化の徴候が出現しないか観察するよう家族に助言し,出現した場合は患者を病院に連れてくるよう指示する。これらの徴候としては以下のものがある:

  • 意識レベルの低下

  • 局所神経脱落症状(例,不全片麻痺)

  • 悪化する頭痛

  • 嘔吐

  • 精神機能の悪化(例,混乱しているように見える,人を認識できない,異常な行動)

  • 痙攣発作

競技への復帰

典型的には,段階的なアプローチが推奨される。アスリートは,完全に症状がなくなり,薬剤が不要になるまで,競技活動を控えるべきである。その後,軽い有酸素運動から開始して,各スポーツのトレーニング,接触のないトレーニング,フルコンタクトのトレーニングと徐々にレベルを上げていき,最後に競技に出るという形で復帰するのが望ましい。あるレベルで無症状の状態が続けば,次の段階に進むことができる。

どれだけ改善が速やかでも,通常は無症状の状態が1週間続くまでは完全な競技に復帰しないように助言する。重度の症状(例,5分以上の意識消失,24時間以上の健忘)がみられる患者では,少なくとも1カ月は待つべきである。

1シーズンに複数回の脳震盪を起こした選手は,競技参加を続けることのリスクと利益について十分な助言を受ける必要がある。学齢期の小児の場合は,これらの話し合いに親も参加させるべきである。

治療に関する参考文献

  1. 1.Brown NJ, Mannix RC, O'Brien MJ, et al: Effect of cognitive activity level on duration of post-concussion symptoms.Pediatrics 133(2):e299–304, 2014.doi: 10.1542/peds.2013-2125

スポーツ脳震盪の予後

患者は完全に回復するが,脳震盪後症状は最大で数カ月持続することがある。

慢性外傷性脳症は進行性の脳機能障害を引き起こし,典型的には最初の発症から10~15年後に死に至る。

要点

  • 脳震盪とは一過性の外傷性脳機能障害であり,意識消失を伴う場合もあるが,混乱,記憶障害,および歩行または平衡障害しかみられない場合もある。

  • 症状はすぐに消失することもあれば,最大で数週間持続することもある。

  • 脳震盪の可能性がある選手は,競技への参加を中止させて評価を行うべきである;ここではSCAT3またはSCAT5などのスクリーニングツールが役立つ可能性がある。

  • 意識消失,GCS 15点未満,局所神経脱落症状,持続する精神状態変化,または臨床的な状態悪化がみられた場合は,神経画像検査を施行する。

  • 脳震盪後には脳震盪を繰り返しやすい期間があるため,症状が消失してから1週間以上(損傷の重度に応じて)が経過するまでは,スポーツ活動を控えなければならない。

  • 競技活動の再開は段階的に進める。

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