鼻出血は,焼灼(電流または化学物質で血管を遮断する)によりしばしば止血できる。
鼻出血は,鼻腔前部または後部からの出血に起因する。前鼻出血は,鼻の下部3分の1を15分間しっかりと圧迫し続けることによる指での圧迫で治療できる。圧迫は,治療に当たる医師が加えることもあれば,医師の指示の下で患者や介護者が加えることもある。指での圧迫の代わりに,市販のノーズクリップがあれば使用してもよい。鼻腔への局所血管収縮薬の使用は,指での鼻の圧迫の有用な補助となりうる。
つまんでもうまくいかず,出血部位に到達でき,前鼻鏡検査で出血部位を同定できる場合の次のステップは,焼灼で前鼻出血をコントロールすることであり,これにより鼻腔パッキングのいくつかの欠点(例,不快感,感染のリスク,パッキング材料の移動)を回避できる。
鼻の圧迫および焼灼を行っても,出血部位が同定できない前方からの出血が続く場合は,鼻腔パッキングが必要である。
咽頭後壁に出血がみられるが鼻腔前部にはみられない場合は,後鼻出血を考慮すべきである。後鼻出血では管理方法が前鼻出血とは異なるため,可能な限り,出血部位を同定することが重要である。
(鼻出血およびClinical Practice Guideline: Nosebleed [Epistaxis]も参照のこと。)
焼灼による前鼻出血の治療の適応
鼻腔前部の明確に視認できる部位からの出血
鼻の圧迫による鼻出血の止血が不成功に終わった場合
通常,鼻腔前部の出血部位は直接的な診察で明確に特定できる。明らかな出血部位がなく,軽微な鼻出血が1~2カ所にみられるだけの場合は,さらなる診察は不要である。出血が持続しているか繰り返し起こっていて,出血部位が視認できない場合は,鼻腔前部のパッキングが必要になる可能性がある。
焼灼による前鼻出血の治療の禁忌
絶対的禁忌
出血源を視認できない場合
ここで述べる処置法は,自然発生した鼻出血または軽微な外傷による鼻出血を対象としたものである。重大な顔面外傷がある患者の鼻出血は,専門医が管理すべきである。
相対的禁忌
ペースメーカーまたは除細動器を装着している患者では,モノポーラ方式の電気焼灼を行う前に心臓専門医へのコンサルテーションが必要になる場合がある。
人工内耳を埋め込んでいる患者は,モノポーラ方式の電気焼灼を受けられない場合がある。
焼灼による前鼻出血の治療の合併症
鼻中隔の損傷または穿孔(特に焼灼の試みが複数回で過度に侵襲的であったか両側であった場合)
鼻腔内の癒着
焼灼による前鼻出血の治療で使用する器具
手袋,マスク,ガウン
患者用のガウンまたはドレープ
吸引装置とFrazier型吸引管および/または他の吸引管付き吸引カテーテル
滅菌ガーゼ
膿盆
ヘッドレスト付きの椅子または耳鼻咽喉科用の椅子
光源と額帯鏡または調節可能な細い光線のヘッドランプ
鼻鏡
舌圧子
Frazier型吸引管付き吸引カテーテル
硝酸銀棒または電気メス
抗菌薬軟膏(例,バシトラシン)
麻酔薬/血管収縮薬の混合外用剤(例,4%コカイン,1%テトラカイン,または4%リドカイン + 0.5%オキシメタゾリン),または血管収縮薬のみの外用剤(例,0.5%オキシメタゾリンスプレー)
綿棒または綿球
焼灼による前鼻出血の治療に関するその他の留意事項
抗凝固薬または抗血小板薬の使用について問診する。
出血性疾患の症候がみられるか,重度または反復性の鼻出血がある場合は,血算,プロトロンビン時間(PT),および部分トロンボプラスチン時間(PTT)の結果を確認する。
焼灼による前鼻出血の治療における重要な解剖
キーゼルバッハ部位は,鼻中隔前部の血管分水嶺領域であり,前鼻出血が最も起きやすい部位である。
焼灼による前鼻出血の治療での体位
患者を座位にし,頭部を伸展させてスニッフィングポジションをとらせる(耳鼻咽喉科用の椅子が望ましい)。患者の後頭部を支え,突然後方に動かないようにすべきである。理想的には,患者の鼻が医師の眼と同じ高さとなるようにすべきである。
持続する出血や嘔吐(例,嚥下した血液)があった場合に受け止めるために,患者に膿盆を持たせておくべきである。
焼灼による前鼻出血の治療のステップ-バイ-ステップの手順
患者に穏やかに鼻をかむよう指示して血栓を除去するか,慎重に鼻腔を吸引する。
患者の鼻に示指を当て,鼻鏡を柄が床と平行になるように(ブレードが縦に開くように)挿入する。
明るいヘッドランプまたは額帯鏡(片手が空き吸引または器具を操作できる)を使用して,ゆっくりと鼻鏡を開き鼻を診察する。
視界の妨げになる血液および血栓があれば,Frazier型吸引管付き吸引カテーテルを用いて全て除去する。
鼻中隔前部のキーゼルバッハ部位からの出血および鼻の奥からの出血を検索する。
血管収縮薬/麻酔薬の混合外用剤を塗布する:4%コカイン溶液または4%リドカイン + オキシメタゾリン約3mLを小さな薬杯に入れ,綿球2~3個をそれに含浸させ,縦に重ねるように鼻に挿入する(あるいは,オキシメタゾリンなどの血管収縮薬の外用剤を噴霧し,表面麻酔薬のみを含浸させた綿球を挿入する)。
止血または出血の軽減,麻酔,および粘膜腫脹の軽減のために,外用剤を10~15分間塗布したままにする。
血管収縮により止血が得られ,出血部位が明確に視認できる場合にのみ,硝酸銀棒で出血部位を焼灼する。硝酸銀棒の先端を出血部位に当て,痂皮が形成されるまで4~5秒間,出血部位の上を転がす。これにより粘膜が灰色がかった色になる。
この部位または鼻の他の部位でのさらなる焼灼を避けるために,過剰な硝酸銀は拭き取るか吸引する。
硝酸銀による焼灼後にくしゃみが出ることが多く,これにより出血が再開し(術者に血が飛び散ることもある),焼灼を再度行わなければならなくなることがある。
電気メスを使用する場合は,器具の先端を出血している粘膜の上に置き,粘膜が焦げるのが確認できるまで数秒間凝固電流を流す。熱焼灼器を使用する場合は,加熱した器具の先端を出血部位に,粘膜が焦げるまで数秒間当てる。焼灼の時間を長くする,広範囲に焼灼を行う,または鼻中隔の両側に焼灼を行うと,鼻中隔壊死などの組織損傷を起こし,その結果,穿孔が生じることがある。その他のリスクとしては,感染および瘢痕化などがある。
2回試みても焼灼で止血できない場合は,鼻腔パッキングなどの別の手技を用いるべきである。
止血が成功した後,焼灼部に抗菌薬軟膏(バシトラシンなど)を塗布する。
焼灼による前鼻出血の治療のアフターケア
鼻出血の治療後4日間はアスピリンまたは非ステロイド系抗炎症薬(NSAID)を使用しないよう患者に助言する。
焼灼部にワセリンを1日2~3回,3~5日間塗布すべきである。
出血が再発する場合は20分間中断することなく鼻孔をつまんで閉じるよう,患者に助言する。鼻孔をつまむ前にオキシメタゾリンの鼻腔スプレーを使用することで,出血のコントロールに役立つことがある。これで止血できない場合,または出血が大量である場合は,患者に救急外来を受診させるべきである。
焼灼による前鼻出血の治療の注意点とよくあるエラー
鼻鏡を側面に向かって開いたり,支えなしで鼻鏡を使用したりしてはならない。(鼻鏡を持つ手の指を患者の頬または鼻に当てて支える。)
粘膜を深く焼灼しすぎないようにすること。硝酸銀による焼灼は,深く焼灼しすぎる可能性が低く,電気焼灼よりも望ましい。
鼻中隔の損傷および穿孔のリスクが増大するため,両側の鼻中隔を焼灼してはならない。
焼灼による前鼻出血の治療のアドバイスとこつ
術者がかがむよりも,患者の椅子を眼の高さまで上げた方が,術者の腰にかかる負担が軽くなる。
硝酸銀棒を使用するときは,深く焼灼しすぎないように,強く圧をかけるのではなく愛護的に圧をかける。
硝酸銀を用いる場合は,出血部位の周辺から処置を始め,中心に向かって進める。広範囲の粘膜の焼灼することは避ける。
焼灼終了から10~15分後に鼻腔の視診を再度行い,出血が再開していないことを確認する。