セックス,ジェンダー,およびアイデンティディ
セックスとジェンダーは同じものではなく,臨床においても完全に異なる特徴と認識しておくべきである。セックスおよびジェンダーに関連する用語として以下のものがある(1, 2):
セックス(sex):男性と女性を区別するために通常用いられる特性によって定義される;セックスとは,出生時に身体的に明らかになる身体的および生物学的特性を特に指すもので,しばしば「出生時に指定された男性(assigned male at birth:AMAB)」と「出生時に指定された女性(assigned female at birth:AFAB)」というフレーズで表現される。
ジェンダーアイデンティティ(gender identity):自分は男性,女性,またはそれ以外の何かであるという内的感覚であり,出生時に指定されたセックスや性的な特徴と一致する場合もあれば,一致しない場合もある。
ジェンダー表現(gender expression):ジェンダーアイデンティティまたはジェンダー役割の側面を表現している衣服,身体的外観,ならびにその他の外見的な提示および行動のこと。
性別不合(gender incongruence):自身のジェンダーアイデンティティと出生時に指定されたセックスに基づき期待されるジェンダーが相容れないという感覚を顕著かつ持続的に体験している状態。
性別違和(gender dysporia):個人のジェンダーアイデンティティと出生時に指定されたセックスとの不一致に関連して不快感または苦痛が生じている状態。
シスジェンダー(cisgender):ジェンダーアイデンティティおよびジェンダー表現が出生時に指定されたセックスと一致している個人を指すために用いられる。
トランスジェンダー(transgender):ジェンダーアイデンティティまたはジェンダー役割が出生時に指定されたセックスに典型的に関連付けられるそれと異なっている個人を広く指す包括的な用語。
ジェンダー不一致(gender nonconforming):ジェンダーアイデンティティまたはジェンダー表現が出生時に指定されたセックスに関連付けられたジェンダー規範と異なっている個人を指す。
ジェンダークィア(genderqueer):ジェンダーアイデンティティがジェンダーの二分的な理解に沿うものでない個人を指し,具体的には,自身のジェンダーを男性と女性の両方,男性と女性のどちらでもない,複数のジェンダーを移り変わる,第三のジェンダーである,いずれのジェンダーにも当てはまらないと考える個人などが含まれる。自身のジェンダーアイデンティティやジェンダー役割に関して,二分的に表現することはできない(ノンバイナリー)とする個人もいる。
ジェンダーノンバイナリー(gender nonbinary):ジェンダーが複数のジェンダーアイデンティティ(それらは同時に併存する場合もあれば,同時には併存しない場合もある)で構成される人々(例,バイジェンダー[bigender]),ジェンダーアイデンティティをもたないか中立的なジェンダーアイデンティティをもつ人々(例,アジェンダー[agender],ニュートロワ[neutrois]),他のジェンダーの要素が包含または混合されたジェンダーアイデンティティをもつ人々(例,ポリジェンダー[polygender],デミボーイ[demiboy],デミガール[demigirl]),時間とともにジェンダーが変化する人々(例,ジェンダーフルイド[genderfluid])などを含む。
ジェンダーバイナリー(gender binary):性別を男性と女性の2つのカテゴリーに明確に分類すること(過去のパラダイムでは,男性または女性のいずれかと自認しない人々は認められなかった)。
トランスウーマン(transwomen):出生時に男性に指定されたが(assigned male at birth:AMAB),女性としてのジェンダーアイデンティティを選択した人々のことで,医学的なジェンダー転換を受けたかどうかは問わない。
トランスマン(transmen):出生時に女性に指定されたが(assigned female at birth:AFAB),男性としてのジェンダーアイデンティティを選択した人々のことで,医学的なジェンダー転換を受けたかどうかは問わない。
ユーニック(eunuch):出生時に男性に指定されたが,精巣が外科的に摘出されたか機能しなくなっており,なおかつユーニックと自認している個人。これは標準的な医学的定義とは異なり,ユーニックと自認していない者は除外される。
トランスアファーマティブ(trans-affirmative):トランスジェンダーおよびジェンダー不一致の個人のニーズを認識し,尊重し,支援する態度こと。
性的指向(sexual orientation):人が他者に対して覚える感情的,恋愛的,および/または性的な魅惑のパターン。また,それらの魅惑,関連する行動,ならびに同様の魅惑や行動がみられる他者のコミュニティの一員であることに基づいた,個人的および社会的なアイデンティティの感覚を指す場合もある。セクシャルアイデンティティ(sexual identity)は,ジェンダーアイデンティティ(gender identity)とは異なる。
トランスジェンダー(transgender)とジェンダーダイバース(gender diverse)は,出生時に指定されたセックスと一致するジェンダーとは異なるジェンダーアイデンティティをもつ個人を指して用いられる望ましい用語である。性転換症(transsexualism)は,性別違和の専門家はもはや使用していない時代遅れの用語である。
ジェンダーアイデンティティの概念には伝統的な男らしさや女らしさも含まれるが,現在では,伝統的な男性・女性の二分法(ジェンダーバイナリー)に当てはまらない(また必ずしも当てはめられることを望まない)人々もいるという文化的認識が醸成されてきている。それらの人々は,自身についてジェンダークィア,ノンバイナリー,ジェンダー不一致など,一般的に使用されるようになった多くの用語のいずれかで呼称されることがある。さらに,ジェンダー役割の定義や分類は社会によっても異なる可能性がある。自身のジェンダーアイデンティティが出生時に指定されたセックスと一致する人々を指して,シスジェンダー(cisgender)という用語が用いられ,大半の人々がこれに該当する。
多くの文化は,幼い女児のジェンダー不一致的な行動(例,典型的には男児向けとされる活動をしたり,そのような衣服を着用したりすること)に対して,男児の女の子的な行動より寛容である。正常な発達過程の一部として,女児または母親としてのロールプレイを行う男児も多く,具体的には姉妹や母親の衣服を着ようとしたり,ステレオタイプ的な行動をとったり,その社会で女児と関連づけられている興味を示したりする。小児の性別不合(本人の出生時のセックスに対する文化的規範と著しく異なる行動)は,一般に疾患とはみなされず,成人期まで持続したり,性別違和に至ったりすることは通常ないが,青年期早期から性別不合が持続している青年では,成人になって同性愛または両性愛を自認する割合が高い可能性がある(3)。
ノンバイナリージェンダーアイデンティティ(nonbinary gender identity)とは,典型的な欧米の価値観としての二分的なジェンダーアイデンティティ(男性か女性か)とは異なるジェンダーを体験している個人を指す用語である。ノンバイナリーとは,様々な種類のジェンダーアイデンティティを有する人々を指す用語であり,具体的には,いかなるジェンダーとも自認できない人々,複数のジェンダーと自認する人々,時間の経過や状況の変化で異なるジェンダーを体験することがある人々(ジェンダーフルイド[gender fluid])などが含まれる(4)。ノンバイナリーの人々の中にはトランスジェンダーと自認する人もいるが,多くはそうではない。
英語を話すノンバイナリーの人々は,they/them/theirsという代名詞を使うこともあれば,ze/zir/hirやe/er/ersなど,新たに作られた代名詞を使うこともある。ジェンダーダイバースのコミュニティの25~50%をノンバイナリーの人々が占めており,その割合は青年や若年成人で高いことが報告されている(5)。現在,ノンバイナリーの人々の過半数が出生時に女性に指定された人々である。
2010年より前では,治療を求めた性別違和患者の過半数が出生時に男性に指定された人々であった。この状況は変化しており,出生時に女性に指定された青年患者が評価と治療のために医療機関を受診する数が世界中で大幅に増加している(6, 7)。
性別違和および性別不合
大半の人では,出生時に指定されたセックスとジェンダーアイデンティティとジェンダー役割が一致する。しかしながら,性別違和のある人は,出生時のセックスとジェンダーアイデンティティとのいくらかの不一致に伴って苦痛を感じている。性別違和(gender dysphoria)は,Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition(DSM-5-TR)に記載のある診断名であり,小児と青年・成人を対象とする2組の診断基準に分けられている(8)。
ある人が性別不合ないしジェンダー不一致を体験したり表明したりしても,それ自体は疾患とはみなされない。これは,ヒトのジェンダーアイデンティティおよびジェンダー表現の正常な変異と考えられている。しかしながら,出生時のセックスとジェンダーアイデンティティの内的な感覚の間に不一致が感じられることで有意な苦痛または機能障害を来している場合には,性別違和の臨床診断が適切となることがある。この診断は,性別不合やジェンダーアイデンティティの有無ではなく,患者の苦痛によって定義されている。
性別違和の苦痛は典型的には,不安,抑うつ,易怒性,および自身の体に居心地の悪さを感じる広汎な感覚が組み合わさったものと説明される。重度の性別違和を有する人は,長期間持続して当事者を混乱させる重度の症状を経験することがある。通常は,自身の体を内科的および/または外科的な方法で変えることで,体を自身のジェンダーアイデンティティに近づけることを強く望んでいる。
性別不合または性別違和の正確な有病率を決定するにはデータが不十分であるが,大規模な医療システムで実施された研究では,0.02~0.1%の患者がDSM-5-TRの性別違和の診断基準を満たすと報告されている。臨床以外の状況で実施された個人を対象とする調査ベースの研究では,トランスジェンダーを自認する回答者の割合がさらに高いことが報告されている。
成人では,明確に異なる2つの群で有病率が特定された:
自身をトランスジェンダーと考えている人(0.5~0.6%)
自身を性別不合/ジェンダーダイバースと考えている人(0.6~1.1%)
小児と青年でも,有病率について同じパターンが認められた:
自身をトランスジェンダーと考えている人(1.2~2.7%)
自身を性別不合/ジェンダーダイバースと考えている人(2.5~8.4%)
一部の専門家によると,性別違和の診断は基本的には身体的な状態(性発達の疾患に近い)に精神症状を伴うものであって,基本的には精神疾患ではないとされている。これを受けて,性別不合(gender incongruence)および性別違和(gender dysphoria)は,国際疾病分類(International Classification of Diseases)第11版では精神疾患の項目から削除されており,代わりに性の健康に関する新たな章で扱われている(9)。世界保健機関(World Health Organization:WHO)がこの変更を加えた理由の1つは,すでにスティグマ化されている病態に対する偏見を減らすことにあった(10, 11)。反対に,たとえ極端な形態の性別不合があるとしても,それは身体的にも精神的にも病態ではなく,むしろ人のジェンダーアイデンティティとジェンダー表現のスペクトラムにおける,まれな正常なバリアントと考える人もいる。
性別不合および性別違和の臨床的性質に関する見解にかかわらず,1つの集団としてのトランスジェンダーの人々は,医学的,精神医学的,および性の健康に関する診断による負担の増大に苦しんでいることを示した実質的なエビデンスがあり,それらの負担には医療アクセスの障壁との関連がしばしば指摘されている。この集団における精神疾患の全てが性別違和であるわけではなく(例えば,うつ病,不安症,物質使用症を併発することがある),性別不合のある人の全員が性別違和を経験するわけでもない。定義された症状が存在し,臨床的有意性の閾値に達している場合,性別違和の診断が下されることがある。
総論の参考文献
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4.Richards C, Bouman WP, Seal, et al: Non-binary or genderqueer genders.Int Rev Psychiatry 28(1):95-102, 2016.https://doi.org/10.3109/09540261.2015.1106446
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8.American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed.Text Revision (DSM-5-TR).Washington, DC, American Psychiatric Association, 2022.
9.World Health Organization: Eleventh revision of the International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems (ICD-11).Accessed April 21, 2023.
10.World Health Organization: Gender incongruence and transgender health in the ICD.Accessed May 19, 2023.
11.Reed GM, Drescher J, Krueger RB, et al: Disorders related to sexuality and gender identity in the ICD-11: Revising the ICD-10 classification based on current scientific evidence, best clinical practices, and human rights considerations.World Psychiatry 15(3): 205-221, 2016.doi: 10.1002/wps.20354
性別不合および性別違和の病因
性別不合の特異的な病因は完全には解明されていない。ジェンダーアイデンティティの決定には,生物学的因子(例,遺伝子構成,胎児発生の重要時期におけるホルモン環境)が大きな役割を果たしていると考えられている。一卵性双生児では二卵性双生児と比べて性別違和の一致率が高いことが複数の研究で示されており,性別不合の遺伝的要素が示唆されているが(1),一方で同様の関連が示されなかった研究もある(2)。一部の脳画像検査では,性別違和を有する人々において出生時に指定されたセックスではなく,むしろジェンダーアイデンティティと一致する機能的および解剖学的差異が認められる(3)。
矛盾のない確固としたジェンダーアイデンティティおよびジェンダー役割の形成には,心理社会的因子(例,両親の情緒的な絆の特徴,両親のそれぞれが子供ともつ関係)も影響を及ぼす。
まれに,性別違和に性発達の障害(例,半陰陽)や遺伝学的異常(例,ターナー症候群,クラインフェルター症候群)が合併することもある。環境因子のさらなる寄与については依然として議論があるが,セックスの指定や性的な養育に混乱があると(例,半陰陽または性器の外観が変化する遺伝性症候群[例,アンドロゲン不応症]がある場合),小児は自身のジェンダーアイデンティティやジェンダー役割について確信がもてなくなることがある。しかしながら,セックスの指定と性的な養育が不明瞭でない場合は,半陰陽の存在は小児のジェンダーアイデンティティの発達に影響を及ぼさないことがある。
病因論に関する参考文献
1.Coolidge FL, Thede LL, Young SE: The heritability of gender identity disorder in a child and adolescent twin sample.Behav Genet 32(4):251-257, 2002.doi: 10.1023/a:1019724712983
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性別不合および性別違和の症状と徴候
本項は「症状と徴候」と題しているが,性別違和に該当しないジェンダーダイバースの個人の体験や特徴についても考察する。
小児における症状
小児期のジェンダーダイバースは,ヒトの全般的な発達過程でしばしば起こるものであり(1),それ自体が精神疾患であるわけでもなければ,必ずしもトランスジェンダーのアイデンティティを意味するものでもない(2)。
小児期の性別違和は,しばしば2~3歳という早期から顕在化する臨床診断であるが,あらゆる年齢で明らかになる可能性がある。性別違和を有する小児の大半は,6~9歳になるまで評価を受けない。性別違和の小児は,一般的に少なくとも6カ月間にわたり以下の症状が認められて受診する(3):
異性装を好む
自分は反対のセックスであると主張する
目覚めたら反対のセックスの体になれっていればと願う
反対のセックスに典型的とされるゲームや活動に参加することを好む
反対のジェンダーの遊び相手を好む
自身の性的な解剖を強く嫌悪している
例えば,幼い女児が自分には将来ペニスができ,男の子になるのだと言い張り,排尿を立ってすることがある。男児では,自分が女性になっている空想にふけったり,荒っぽい遊びや競争的なゲームを避けたりすることがある。また,自分の陰茎と精巣を取り除きたいと願うこともある。男児では,思春期の身体的変化に苦痛を覚えている場合,その後の青年期に身体を女性化する治療を求めるようになることが多い。
性別不合のある思春期前の小児について,その後のジェンダーの軌跡を確実に予測することはできない。一部の研究では,小児期に性別不合があった被験者の大多数が青年期にもそのジェンダーアイデンティティを安定に維持していたことが明らかにされている(4)。他の研究では,小児期に性別違和と診断された被験者のうち,成人になっても性別違和の診断基準を満たしていたのは少数であり(5, 6),また臨床的に有意でない性別不合を示した(性別違和の診断基準を満たさなかった)被験者のうち成人になってもジェンダー不適合を示し続けていたのも少数であった。
性別違和のある思春期前の幼い小児の社会的および/または医学的なジェンダー転換を支援すべきかどうか,また何歳で支援すべきかについては,相当な議論がある。この判断の指針となる決定的な研究はないが(7, 8),長期の前向き研究が複数実施されている(4)。
最新のWorld Professional Association for Transgender Health(WPATH)Standards of Careの第8版(9)で,このセンシティブな領域で働く専門家に向けたガイダンスが提供されている。そのガイドラインでは,親/養育者および医療専門職に対して,自身がもつジェンダーアイデンティティの内的感覚と一致するジェンダーとして認められることを望む小児には支援的に対応するよう推奨している。また,同様に親/養育者および医療専門職に対して,社会的移行に関係なく,小児が思春期前の時期を通じて自身のジェンダーを探求し続けるのを支援することも推奨している(9)。
ジェンダーダイバースの小児および青年は,集団としてみると,シスジェンダーの集団と比べて,心的外傷,いじめ,孤立,および精神衛生上の困難を経験する可能性が高い(10, 11)。トランスジェンダーまたはジェンダーダイバースと自認している青年における自殺傾向およびうつ病の増加に大きな注目が集まっており,研究が増えてきている(12, 13)。
トランスジェンダーの小児または青年の一部は社会的移行をする。これには,小児期における以下の変化のうち少なくとも1つが関係する:名前の変更,代名詞の変更,文書や学校の記録での性別マーカーの変更;「その他」のジェンダーのスポーツ,レクリエーションクラブ,キャンプへの参加;経験しているジェンダーと一致するものへのトイレおよびロッカールームの変更;体験/確認したジェンダーの公言;ならびに自己表現の変更(例,髪型,衣服,宝石類の選択)(2)。
成人でみられる症状
性別違和と診断された成人の大半は,幼児期から性別違和の早期症状または自分は他者と異なるという感覚を体験しているが,成人期まで問題が生じず,小児期にも性別不合の所見がみられなかった者もいる。トランスウーマンは,当初は自身をクロスドレッサーと認識し,長い時間が経過して初めて自身のトランスジェンダーとしてのアイデンティティを進んで受け入れるようになる場合がある。
性別違和の人々の中には,最初は出生時に指定されたセックスと一致する選択(例,結婚,兵役)をする人もおり,それらの人々は自身を振り返って,自分のトランスジェンダー/ジェンダーダイバースの感情に居心地の悪さを感じていたことや,それらに対処することを避けように人生の決断を下していたことをしばしば認める。出生時に男性と指定された小児の場合,これは「flight into hypermasculinity」と表現されている(14, 15)。自身のトランスジェンダーのアイデンティティと公的なジェンダー移行を受容してしまえば,多くのトランスジェンダーの人々が,ホルモン療法や性別適合手術を受けるか否かにかかわらず,自身が選択するジェンダーアイデンティティで社会の中に円滑に溶け込んでいく。
トランスジェンダーの人々は,違和感を覚えることなく,自身のジェンダーアイデンティティを様々な方法で表現することがある。一部のトランスウーマンは,社会の中で女性として働き生活ができるように,女性的な外見になる方法を習得するとともに,女性としての身分証明書(例,運転免許証,パスポート)を取得することで満足する。同様に,出生時に女性に指定された患者の多くは,社会的移行を進めることを選択し,性別適合治療としてのテストステロン療法の助けを借りて(乳房切除術や胸部の再構成を行うかどうかにかかわらず)非常に男性的な外見および発声を獲得する。
一方で,不安,抑うつ,物質使用症,自殺行動などの問題をシスジェンダーの人々よりはるかに高い水準で経験するジェンダーダイバースの人々もいる(16)。それらの問題には,ジェンダー不一致的な行動を受け入れてもらえないことや周囲からの疎外に伴う社会および家族由来のストレス因(しばしばマイノリティストレスと呼ばれる)が関連している場合があり,性別違和の人々では,精神科医療および全体的な医療サービスへのアクセスにおける医療格差が詳細に確認されており,その格差には貧困,医療アクセスの障壁,差別,および適切なケアを提供する際に医療従事者が覚える不快感が関連する可能性がある。
症状と徴候に関する参考文献
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8.Travers A:The Trans Generation: How Trans Kids (and Their Parents) Are Creating a Gender Revolution.New York, New York University Press, 2018.
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14.Brown GR: Transsexuals in the military: flight into hypermasculinity.Arch Sex Behav 17(6):527-537, 1988. doi: 10.1007/BF01542340
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性別不合および性別違和の診断
DSM-5-TRの基準
ICD-11の基準(まだ全ての国で用いられているわけではない)
全年齢層での評価および診断
性別不合または性別違和に関する個人の評価には,しばしば以下のものが含まれる:
患者が主張する現在および過去のジェンダーアイデンティティおよびジェンダー表現に関する本人の面接(および小児では親/養育者の面接)
性別違和,性別不合,またはその両方の所見に関する評価
関連する身体的および精神的な病歴(および小児では発達歴)の確認
個人または家族の重大なストレス因子またはリスクの有無について評価すべきである(例,物質使用,暴力への曝露,貧困)。
抑うつ,不安,物質使用症,喫煙,自殺傾向など,性別違和としばしば関連する他の精神衛生状態の評価。
さらに,本人および家族,友人,その他の重要な接触者(例,友人,教師,同僚,地域社会の一員)のジェンダー多様性に関する態度,支援,および課題など,個人の家族および心理社会的状況が重要である。個人または家族の重大なストレス因子またはリスクの有無について評価すべきである(例,物質使用,暴力への曝露,貧困)。WPATH Standards of Careの第8版では,ライフサイクルの全ての段階におけるジェンダーダイバース患者の評価について詳細なセクションが設けられている(1)。
性別不合(gender incongruence)は,ICD-11において,個人が体験しているジェンダーと指定されたセックスとの間にみられる顕著かつ持続的な不一致と定義されている(2)。ICD-11は欧州およびその他の一部地域で使用されているが,米国ではまだ使用されていないため,米国では性別不合(gender incongruence)に診断コードが付与されておらず,臨床では小児に関してのみこの用語を使用するのが一般的となっている。
性別違和は年齢層によって現れ方が異なる(1)。DSM-5-TRの基準に従うと,いずれの年齢層においても,性別違和の診断には以下の両方に該当することが必須となる(3):
出生時のセックスと体験/表現するジェンダーアイデンティティとの著しい不一致が6カ月以上にわたり認められる
その不一致の結果として臨床的に有意な苦痛または機能障害が生じている
小児における性別違和の診断
小児における性別違和の診断基準では,以下のうち6つ以上に該当することが必要とされている(3):
反対のジェンダー(または指定されたジェンダーと異なる別のジェンダー)になりたいという強い欲求,または自分はそうであるという強い主張
反対のジェンダーに典型的な衣服を着用することに対する強い選好,および女児では典型的な女性的衣服を着用することに対する抵抗
ごっこ遊びや空想遊びにおける反対のジェンダーの役割に対する強い選好
ステレオタイプとして反対のジェンダー向けとされる玩具,ゲーム,および活動に対する強い選好
反対のジェンダーの遊び相手に対する強い選好
出生時のセックスと一致するジェンダーに典型的な玩具,ゲーム,および活動に対する強い拒絶
自身の性的な解剖に対する強い嫌悪
自身が体験しているジェンダーと一致する第一次および/または第二次性徴に対する強い欲求
該当する状態に,臨床的に有意な苦痛または社会的状況,学校,もしくはその他の重要な領域の機能障害を伴っていなければならない。
出生時に指定されたものと異なるジェンダーの自認は,単純に別のジェンダーであることの文化的優位性の認識に基づく願望であってはならない。例えば,妹が受けている特別扱いを自分も受けられることを主な理由として女の子になりたいと発言する男児は,おそらく性別違和とは診断されない。
青年および成人における性別違和の診断
青年および成人における性別違和の診断基準では,以下のうち2つ以上に該当することが必要とされている(3):
自身が体験/表現しているジェンダーと第一次および/または第二次性徴(または青年期早期では予想される第二次性徴)との間の著しい不一致
自身の第一次および/または第二次性徴から解放されたい(または青年期早期では,その発達を阻止したい)という強い欲求
自身が感じているジェンダーと一致する第一次および/または第二次性徴に対する強い欲求
反対のジェンダー(または自身の指定されたジェンダーとは異なる別のジェンダー)になりたいという強い欲求
別のジェンダーとして扱われたいという強い欲求
自身が別のジェンダーの典型的な感情および反応を備えているという強い確信
該当する状態に,臨床的に有意な苦痛または社会的領域,職業的領域,もしくはその他の重要な領域の機能障害を伴っていなければならない。
診断に関する参考文献
1.World Professional Association for Transgender Health: Standards of Care Version 8, pp.S31-S68.
2.Jakob R: ICD Update Platform: Gender identity alignment with ICD-11.
3.American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed.Text Revision (DSM-5-TR).Washington, DC, American Psychiatric Association, 2022.
性別違和の治療
多くの成人または青年に対して,性別適合ホルモン療法のほか,ときに性別適合手術(乳房,性器,または顔面の手術)
ときにその他の治療法(例,発声療法,電気分解法)
青年および成人に対する精神療法は,併存する精神衛生上の懸念,移行に関連する問題,およびその他の問題に対処する上でしばしば助けになるが,性別違和に対する内科的および/または外科的治療を受けることは必須ではない。
WPATHによると,トランスジェンダーの個人に対する治療の目標は,「全体的な身体的健康,心理的ウェルビーイング,および自己実現を最適化することを目的として,ジェンダーに基づく自己との永続的な個人的安らぎ」を達成することである(1)。
異性装などのジェンダー不一致的または性別不合的な行動は,疾患ではないと考えられており,その時点で性別違和(臨床的に有意な心理的苦痛または機能的障害)がみられなければ,治療は必要ない。治療を必要とする場合は,患者のアイデンティティを放棄させようとするのではなく,患者の苦痛を軽減し,適応を手助けすることを目標とする。確立されたトランスジェンダーのアイデンティティを「転換」させるために精神療法を用いること(いわゆる修復療法[reparative therapy]または転換療法[conversion therapy])は,無効であるだけでなく,患者に害を及ぼす可能性があり,非倫理的であると考えられ,一部の司法管轄区域では違法である。
性別違和を有する大半の人が医学的支援を求める第一の目的は,精神医学的な治療を受けることではなく,自身の身体的外観を自身のジェンダーアイデンティティと一致させるために,ホルモン療法および/または性別適合手術(かつては性別再指定手術や性器手術と呼ばれていた)としての性別適合治療を受けることである。性別違和が適切に診断および治療されれば,精神療法,性別適合ホルモン療法,および性別適合手術の併用によって心理的苦痛が解消されることがある(1, 2)。
一部の患者では手術がより高い適応性や生活上の満足感を得るのに役立つことがある。大半の専門家は,適切な訓練を受けた経験豊富な医師による評価を受け,最新のWPATH Standards of Careに従って治療されている患者に対してのみ手術を推奨している。医師はしばしば,不可逆的な性器手術を受ける前の1年間にわたり希望するジェンダー役割で生活するよう患者に助言する。
胚,卵子,もしくは精子の凍結保存,または性別適合ホルモン療法の開始延期などの妊孕性温存の手法について,治療前に話し合いを行うべきである(1, 3)。
性器手術は性別違和をもつ多くの人々がより幸福で,より生産的な生活を送るのに役立っていることが複数の研究により明らかにされている。これらの知見に基づき,強い動機があり,適切な専門家による評価を受け,WPATH Standards of Care第8版(2)に概説された基準を満たす性別違和の患者には,この手術が医学的に必要であると考えられる。性別適合手術は性器に対する介入に限定されるものではなく,顔貌の変化,声帯手術,豊胸術,喉頭軟骨の切除[laryngeal shave],その他の性器以外の手術も含まれることに注意すべきである。
性別違和の患者にとって性別適合ホルモン療法や性別適合手術を考慮する前に精神療法を受けることはもはや必須とされなくなっているが,精神医療の医療専門職は患者が十分な情報を得た上で意思決定を行う支援として以下を行うことができる:
偏見による悪影響(例,不承認,差別)に患者が対処する手助けをする
患者が心地のよいジェンダー表現を見出すのを支援する
該当する場合,ジェンダー役割の変更,カミングアウト(自身のトランスジェンダーのアイデンティティを他者に告白すること),および性別移行を促進する
望ましい治療とは別に,自身のジェンダーアイデンティティに関する情報を家族や一般の人々と共有するという個人の決定は,患者にとって潜在的な社会的問題をしばしば伴う(4, 5)。そのような問題としては,家族,配偶者/パートナー,友人を失う可能性や,ジェンダーダイバースの人々に対する現在も続いている差別による雇用や住居の喪失などがある。世界の一部の地域では,公的な状況でのジェンダーダイバースな行為も違法とされており,トランスジェンダーの人々は投獄や処刑を含む深刻な法的措置を受ける可能性がある。
ジェンダー支援団体への参加がしばしば(特に移行プロセスの過程で)助けになり,そうしたグループは大半の大都市にあり,インターネットを通じて参加することも可能である。
出生時に男性に指定された個体(AMAB)
トランスウーマンに対する性別適合医療は,中等量の女性化ホルモン(例,エストラジオール経皮パッチ0.1~0.2mg/日または経口エストラジオール2~8mg/日)と抗アンドロゲン薬(例,スピロノラクトン100~400mg/日)の併用で構成される。この治療は典型的には,電気分解法,発声療法,その他の女性化治療と併用される。
女性化ホルモンには性別違和の症状に対して有意な効果があり,多くの場合,第二次性徴で目に見える変化(例,乳房の成長,顔毛および体毛の減少,殿部の脂肪の増加)が生じる前に行うのが有益である。一部の患者は,心理的支援や手術を行わなくとも,女性化ホルモンのみで女性として十分に快適な生活を送ることができる。
性別適合手術はますます多くのトランスウーマンによって要請されている。アプローチはいくつかあるが,最も一般的な手術では,陰茎および精巣の切除と人工腟の形成を行う。亀頭の一部を陰核として残すと,通常は性的な感受性が残り,大半の例で興奮およびオルガスムの能力が維持される。
一部には,豊胸術,顔面女性化手術(例,鼻形成,眉毛挙上,ヘアラインの変更,顎の再構築,気管軟骨の切削[喉頭軟骨の減量]),声質を変えるための声帯手術など,性器以外の性別適合手術を受ける患者もいる。
出生時に女性に指定された人(AFAB)
2010年代以降,トランスマンにおける性別適合手術の実施率が上昇している(6)。大量の乳房組織をもったまま男性のジェンダー役割で生活することは困難であるため,このような患者は青年期後期を含む治療早期に乳房切除術をしばしば要望する。トランスマンでは乳房を締め付ける行為がしばしばみられるが,これは呼吸を困難にすることが多く,一方で乳房が大きいことは性別違和症状の重症度の高さと関連している。
男性ホルモン剤(例,テストステロンエステル製剤50~100mg,筋注または皮下,週1回,または等価量のテストステロン経皮パッチまたはゲル)を含む1コースの男性化ホルモン療法(masculinizing hormone therapy)の施行後に,耐えられる場合は子宮摘出術および卵巣摘出術が施行されることがある。テストステロン製剤は,永続的な声の低音化,筋肉および脂肪の分布の男性化,ならびに永続的な陰核肥大を引き起こし,顔毛および体毛の成長を促進する。これらの身体的変化の一部は,たとえ治療を中止したしても,永続的なものとなる。
一部のトランスマンは,妊孕性の温存と自身の卵子での将来の妊娠を希望することがある。少なくとも一時的には妊孕性が障害される可能性があるため,性別適合ホルモンによる治療を受ける患者とは妊孕性の問題について話し合うことが重要である。ホルモン療法または手術(例,卵母細胞または胚の凍結保存)の前に,妊孕性温存の選択肢について患者にカウンセリングを行うべきである。男性化ホルモン療法が妊孕性に及ぼす長期的影響に関するデータは不十分である。トランスマンでテストステロン治療の中止後に妊娠に成功した事例が複数報告されている。出生時に女性に指定された患者には,妊孕性に悪影響を及ぼす可能性はあるものの,ホルモン療法を行っても不妊にはならない場合も多いこと,および適切な避妊法を用いるべきであることを,カウンセリングで説明すべきである(7)。
さらに,性別適合のための追加の戦略として以下のいずれかを選択することがある:
前腕内側,下肢,または腹部からの皮膚移植片で作製する人工陰茎(新生陰茎)(陰茎形成術)
恥丘から採取した脂肪組織をテストステロンで肥大させたクリトリスの周囲に移植して作製する小陰茎(陰核陰茎形成術)
いずれの手技でも通常は陰嚢形成術も行われ,その場合は大陰唇を切開して陰嚢に似せた空洞を作製し,精巣インプラントを挿入して新生陰嚢を満たす。
新生陰茎の解剖学的な結果は,機能および外見の点で,トランスウーマンに対する腟形成術ほど満足のいくものではない場合が多い。この点はトランスマンにおいて性器の性別適合手術の希望が少ない理由である可能性があるが,陰茎形成術の継続的な術式の改良に伴って,陰茎形成術の希望も増加してきている。
手術合併症の頻度が高く,特に尿道を新生陰茎に延長する手技で多く発生している。そのような合併症としては,尿路感染症,瘻孔,尿道狭窄,尿線偏位などが生じうる。
ノンバイナリーおよびその他のジェンダーダイバースの個人
医療現場では,ノンバイナリーの人々はトランスジェンダーの患者よりも自身のジェンダーアイデンティティに関する情報を自発的に提供する可能性が低く,多くの人が,自分をジェンダーアイデンティティの1本の直線的なスペクトラム上に位置づけて(バイナリーモデルで)治療しようとする医療専門職による診療で否定的な経験をしており,このような対応は通常,患者の自己認識と矛盾する(8)。
ノンバイナリーの人々の一部は,苦痛または機能障害を伴った性別違和または性別不合の症状を軽減するために,内科的および/または外科的な性別適合治療を求める。治療目標を徹底的に理解させ,治療の限界を明確に説明する必要がある。例えば,出生時に男性に指定されたノンバイナリーの患者は,エストロゲン療法を通じてより大きな身体的な満足(例,皮膚,体毛の成長,脂肪の分布における望ましい変化)を達成することを望む一方で,乳房の発達は望まないかもしれない。これらの目標は,性別適合ホルモン療法の作用機序と両立しないことがある。ノンバイナリー集団における内科的および外科的治療に関しては,長期成績のデータが不足している。
最後に,出生時に男性に指定された人の中には,ユーニック(eunuch)と自認して,テストステロンの男性的な影響を受けない,陰茎や精巣のない生活を送りたいと望む人もいる(9)。ユーニックと自認している個人の多くは,自身をトランスジェンダーとは表現せず,自分はユーニックという明確に異なるジェンダーアイデンティティをもっていると考えている。ユーニックはテストステロンの男性化作用を排除するために,精巣摘除術などの内科的および外科的介入を求めることがある(1, 10)。
小児および青年における性別違和
性別違和と診断された思春期前の小児の心理的な治療については,依然として議論がある。社会的移行を含めた心理社会的治療に関する最新の情報およびガイドラインが,WPATH Standards of Careの第8版(1)でレビューされている。性別不合または性別違和と診断された思春期前の小児に対するホルモン療法(puberty blockerまたは性別適合ホルモン)または性別適合手術を支持または推奨したガイドラインや基準は存在しない(1, 11)。トランスジェンダーの小児および青年に対する医療は,多くの場合,学術医療機関の専門の診療科において集学的チームにより提供される。
ジェンダー不適合的な行動をとる小児の大半は,性別違和および性別不合の診断を受けておらず,トランスジェンダーのアイデンティティは青年期や成人期まで持続しない。性別違和と診断された幼い小児では,それらの症状が成人期まで継続するかどうかをその時点で確実に予測することは不可能である(12, 13)。
性別違和のある思春期前の小児の治療に関して臨床的なコンセンサスはないが,出生時に指定されたジェンダー役割を小児に強制的に受け入れさせようとする試みについては,通常は心的外傷をつながり,成功しないと認識されている。そのため,主要な治療方法は小児とその親に対する心理的支援および心理教育であり,そこではジェンダーを病的に捉えるモデルではなく,ジェンダーを肯定的に捉えるモデルが採用される(1)。この肯定的なアプローチは,小児が表現しているジェンダーを支持するものであり,ときに思春期に先立つ社会的移行の側面を含んでいる。
出生時に女性と指定された青年が評価や診療を求める症例の数が過去10年間で大きく増加しており,現在では大半の医療機関において,出生時に男性と指定された青年の受診数を上回っている(14)。
青年期早期では,2000年代以降に実施された研究の結果に基づき,思春期発来を阻止する薬剤(puberty blocker)がより一般的に使用されるようになっている。リュープロレリン(ゴナドトロピン放出ホルモンアゴニスト)などの薬剤は,テストステロンおよびエストロゲンの産生を阻止することにより,思春期の進行を「遮断」する。それらの薬剤はタナー段階IIの時点で投与することができ,これにより永続的な思春期変化が生じる前に性別違和の若者を評価するための時間を稼ぐことができる(15)。(Endocrine Society Guidelines, 2017を参照のこと。)
性別違和の若者が別のジェンダーへの十分な移行を継続することを希望し,移行のためのさらなるケアが適切と評価された場合には,puberty blockerを中止して性別適合ホルモン療法を行ってもよく,それによりジェンダーに一致した思春期の誘導が可能になる。これらの治療は,青年における性別違和の診断および管理について専門知識を有する医師による評価を受けた後にのみ勧められるものであり,このプロセスは通常,親/保護者からの同意と青年本人(その司法管轄区域の法定成人年齢に達していない場合)からの同意を得た上で行われる。上述のように,ホルモン療法または手術による介入を開始する前に妊孕性温存の方法について話し合うべきである。
治療に関する参考文献
1.Coleman E, Radix A E, Bouman WP, et al: Standards of Care for the Health of Transgender and Gender Diverse People, Version 8, Int J Transgend Health, 23:sup1, S1-S259, 2022.doi: 10.1080/26895269.2022.2100644
2.World Professional Association for Transgender Health: Standards of Care Version 8, pp.S31-S68.
3.Nahata L, Chen D, Moravek MB, et al: Understudied and under-reported: Fertility issues in transgender youth—A narrative review.J Paediatrics, 205, 265-271, 2019.https://doi.org/10.1016/j.jpeds.2018.09.009
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6.Chaya B, Berman Z, Boczar D, et al: Gender affirmation surgery on the rise: Analysis of trends and outcomes.LGBT Health 9(8): 582-588, 2022 doi: 10.1089/lgbt.2021.0224
7.Bonnington A, Dianat S, Kerns J, et al: Society of Family Planning clinical recommendations: Contraceptive counseling for transgender and gender diverse people who were female sex assigned at birth.Contraception 102(2):70-82, 2020.doi:10.1016/j.contraception.2020.04.001
8.Vincent B: Non-binary genders: Navigating communities, identities, and healthcare.Policy Press, Bristol, UK.2020.
9.Johnson RB, Onwuegbuzie AJ, Turner LA: Toward a definition of mixed methods research.9(2):112-133, 2007.doi 10.1177 1558689806298224
10.Wong STS, Wassersug RJ, Johnson TW, et al: Differences in the psychological, sexual, and childhood experiences among men with extreme interests in voluntary castration.Arch Sex Behav 50(3):1167-1182, 2021.https://doi.org/10.1007/s10508-020-01808-6
11.Chen D, Edwards-Leeper L, Stancin T, et al: Advancing the practice of pediatric psychology with transgender youth: State of the science, ongoing controversies, and future directions.Clin Pract Pediatr Psychol 6(1):73-83, 2018.doi: 10.1037/cpp0000229
12.Bloom TM, Nguyen TP, Lami F, et al: Measurement tools for gender identity, gender expression, and gender dysphoria in transgender and gender-diverse children and adolescents: A systematic review.The Lancet Child & Adolescent Health 5(8):582-588, 2021.https://doi.org/10.1016/s2352-4642(21)00098-5
13.Edwards-Leeper L, Leibowitz, Sangganjanavanich VF: Affirmative practice with transgender and gender nonconforming youth: Expanding the model.Psychology of Sexual Orientation and Gender Diversity 3(2):165-172, 2016.https://doi.org/10.1037/sgd0000167
14.Bauer G, Pacaud D, Couch R, et al; Trans Youth CAN! Research Team.Transgender youth referred to clinics for gender-affirming medical care in Canada.Pediatrics 148(5): e2020047266.https://doi.org/10.1542/ peds.2020-047266
15.Hembree WC, Cohen-Kettenis PT, Gooren L, et al: Endocrine treatment of gender-dysphoric/gender-incongruent persons: An Endocrine Society clinical practice guideline.J Clin Endocrinol Metab 102(11):3869-3903, 2017. doi: 10.1210/jc.2017-01658
要点
トランスジェンダー(transgender)およびジェンダーダイバース(gender diverse)とは,出生時に指定されたセックスと異なるジェンダーアイデンティティを有する人々を指す用語である;一部の個人はノンバイナリーと自認するが,これは男性と女性の二分的観念の枠外で体験されるジェンダーアイデンティティのカテゴリーである。
トランスジェンダー,ジェンダーダイバース,またはノンバイナリーと自認する人々のうち,性別違和の診断基準を満たす人は少数に過ぎない。
性別違和は,性別不合に関連した苦痛および/または機能障害が有意で,6カ月以上にわたり持続している場合にのみ診断する。
治療を必要とする場合は,患者のジェンダーアイデンティティを放棄させようとするのではなく,患者の苦痛を軽減し,適応を手助けすることを目標とする。
性別違和と診断された思春期前の小児の治療については,依然として議論があるが,ホルモン療法または手術の施行は含まれない。