顔面神経(第7脳神経)麻痺は,しばしば特発性(かつてベル麻痺と呼ばれていた)である。特発性顔面神経麻痺は,突然発症する片側性かつ末梢性の顔面神経麻痺である。顔面神経麻痺の症状は,顔面上下の半側の麻痺である。治療可能な原因を診断するために検査(例,胸部X線,血清アンジオテンシン変換酵素[ACE]値,ライム病の検査,血清血糖値)を行う。治療法としては,眼への潤滑剤の適用,眼帯の間欠的使用,特発性顔面神経麻痺に対するコルチコステロイドなどがある。
(神経眼科疾患および脳神経の疾患の概要も参照のこと。)
顔面神経麻痺の病因
歴史的には,ベル麻痺は特発性顔面神経(末梢性第7脳神経)麻痺と考えられていた。しかしながら現在では,顔面神経麻痺は異なる診断基準をもつ臨床症候群とみなされており,「ベル麻痺」という用語は必ずしも特発性顔面神経麻痺と同義とみなされるわけではない。顔面神経麻痺の約半数が特発性である。
かつて特発性顔面神経麻痺と考えられていた病態の機序は,免疫性またはウイルス性疾患による顔面神経の腫脹と考えられている。最新のエビデンスからは,一般的なウイルス性の原因として以下のものが示唆されている:
単純ヘルペスウイルス感染症(最多)
帯状疱疹(2番目に多いとみられる)
その他のウイルス性の原因としては,コクサッキーウイルス,サイトメガロウイルス,アデノウイルス,エプスタイン-バーウイルス,ムンプスウイルス,風疹ウイルス,B型インフルエンザウイルスなどがある。腫脹した神経は顔面神経管の迷路部を通るところで最も圧迫され,虚血および麻痺を引き起こす。
その他様々な疾患(例,糖尿病,ライム病,サルコイドーシス)が顔面神経麻痺を引き起こしうる。ライム病は顔面神経麻痺を引き起こす可能性があり,ベル麻痺とは異なり,その麻痺は両側性となることがある。特にアフリカ系アメリカ人では,サルコイドーシスが顔面神経麻痺の一般的な原因の1つとなっており,両側性のことがある。
顔面神経麻痺の病態生理
顔面筋は,同側の第7脳神経から末梢性支配(核下性支配)を受けており,対側の大脳皮質から中枢性支配(核上性支配)を受けている。中枢性支配は,顔面上部(例,前額部の筋)では両側性,顔面下部では片側性の傾向にある。その結果,中枢病変でも末梢病変でも顔面下部を麻痺させる傾向にある。しかしながら,末梢病変(顔面神経麻痺)は中枢病変(例,脳卒中)よりも顔面上部を侵しやすい傾向にある。
顔面神経麻痺の症状と徴候
特発性顔面神経麻痺では,耳介後部痛がしばしば顔面麻痺に先行する。麻痺は,しばしば完全麻痺で,数時間以内に発生し,通常48~72時間以内に最大になる。
患者は顔面のしびれまたは顔が重いような感覚を訴える。顔面患側は平坦で無表情になる;額のしわ寄せ,瞬目,しかめ面などの動きが制限される,または完全にできなくなる。重症例では,眼瞼裂が広くなり,閉眼できず,しばしば結膜刺激および角膜乾燥を来す。
DR P. MARAZZI/SCIENCE PHOTO LIBRARY
感覚検査は正常であるが,外耳道および耳介後部(乳様突起上)の小さな斑は触れると痛むことがある。神経病変が膝神経節より近位である場合は,唾液分泌,味覚,および涙液分泌が障害されることがあり,聴覚過敏を呈することもある。
顔面神経麻痺の診断
臨床的評価
サルコイドーシスがないか確認するための胸部X線またはCTおよび血清アンジオテンシン変換酵素(ACE)値の測定
発症が段階的であった場合,または他の神経脱落症状を認める場合は,MRI
臨床所見から適応があれば,その他の検査
顔面神経麻痺は臨床的評価に基づいて診断される。 特異的な診断検査はない。
顔面神経麻痺は中枢性顔面神経病変(例,大脳半球の脳卒中または腫瘍)と鑑別可能であり,後者では主に顔面下部の筋力が低下するが,前額部の筋は侵されないため,額のしわ寄せが可能である;また,中枢性病変が原因の場合,通常は眉寄せと強い閉眼が可能である。
通常,特徴的な症状および徴候に基づき,末梢性顔面神経麻痺を引き起こす以下を含む疾患から特発性顔面神経麻痺を鑑別することも可能である:
耳帯状疱疹(膝神経節帯状疱疹[Geniculate Herpes],ラムゼイ-ハント症候群)
錐体骨骨折
癌腫または白血病の神経浸潤
小脳橋角部または頸静脈小体腫瘍
また,末梢性顔面神経麻痺を引き起こすその他の疾患は,典型的には特発性顔面神経麻痺よりも緩慢に発生する。そのため,ほかに何らかの神経症候がみられる場合,または症状の出現が緩徐であった場合は,MRIを施行すべきである。
特発性顔面神経麻痺では,MRI上で膝神経節またはその付近が,あるいは全走行にわたって顔面神経が造影剤で増強される。しかしながら,このような増強効果は,髄膜腫瘍など他の原因を反映している可能性もある。麻痺が数週間から数カ月にかけて進行する場合は,腫瘍(例,神経鞘腫の頻度が最も高い)が顔面神経を圧迫している可能性が高まる。MRIでは,顔面神経麻痺を引き起こすその他の器質的疾患の除外にも役立つ可能性がある。通常,CTではベル麻痺は陰性となるが,骨折が疑われる場合,またはMRIがすぐに施行できず脳卒中の可能性がある場合は,CTを施行する。
さらに,患者がマダニおよびライム病の流行地域にいたことがある場合は,急性期および回復期血清でライム病の血清学的検査を行う。
全ての患者に対して胸部X線またはCTを施行するとともに,血清ACEを測定してサルコイドーシスがないか確認する。糖尿病がないか確認するために血液検査を行う。ウイルス価は役に立たない。
顔面神経麻痺の予後
特発性顔面神経麻痺では,神経損傷の程度が予後を規定する。機能がある程度残っている場合は,典型的には数カ月以内に完全に回復する。予後予測の参考にするために神経伝導検査および筋電図検査を施行する。完全麻痺から完全に回復する確率は,顔面神経の枝が最大上電気刺激に対し正常な電気的興奮を保っている場合は90%で,電気的興奮がみられない場合は20%である。
再生した神経線維が誤った方向に形成され,下位顔面筋が眼周囲の線維によって支配される場合や,その逆の場合がありうる。その結果,顔面の随意運動の際に予想外の筋肉が収縮したり(病的共同運動),唾液分泌時にワニの涙現象(crocodile tears)がみられることがある。顔面筋の不使用が慢性化すると,拘縮が起こることがある。
顔面神経麻痺の治療
角膜の保護
特発性顔面神経麻痺に対してコルチコステロイド
自然涙液,等張食塩水,またはメチルセルロースの点眼を頻回に行い,また絆創膏または眼帯を間欠的に(特に睡眠中に)使用して閉眼状態を保つことで角膜の乾燥を予防しなければならない。ときに瞼板縫合が必要となる。
特発性顔面神経麻痺では,コルチコステロイドを発症後48時間以内に開始した場合,より速やかにかつ完全に回復する(1)。プレドニゾンを60~80mg,経口,1日1回で1週間投与した後,2週間目に徐々に減量する。
単純ヘルペスウイルスに効果的な抗ウイルス薬(例,バラシクロビル1g,経口,1日3回,7~10日間,ファムシクロビル500mg,経口,1日3回,5~10日間,アシクロビル400mg,経口,1日5回,10日間)が処方されてきたが,最近のデータからは抗ウイルス薬は有益でないことが示唆されている(1)。
治療に関する参考文献
1.Gagyor I, Madhok VB, Daly F, Sullivan F: Antiviral treatment for Bell's palsy (idiopathic facial paralysis).Cochrane Database Syst Rev 9 (9):CD001869, 2019.doi: 10.1002/14651858.CD001869.pub9
要点
顔面神経麻痺の患者は顔面片側の上部および下部を動かせなくなるのに対し,中枢性顔面神経病変(例,脳卒中による)は主に顔面下部を障害する。
かつては特発性の顔面神経麻痺と考えられていた病態の機序にヘルペスウイルスが関連している可能性を示唆するエビデンスが増えてきている。
診断は臨床的に行うが,急性発症であったことが明確でない場合はMRIを施行する。
早期に投与すれば,コルチコステロイドは特発性顔面神経麻痺の治療に役立つ;抗ウイルス薬はおそらく無効である。