肥大型心筋症は,どのような病型であれ,不整脈(徐脈性不整脈,心房性および心室性頻拍性不整脈など),突然死,やがては末期拡張型心筋症につながる心臓因子および全身因子をもたらしうる。不整脈は動悸,失神,および/または心停止を引き起こすことがある。診断は心電図検査,心臓画像検査,遺伝子検査などによる。治療は通常,植込み型除細動器(ICD),抗不整脈薬,および心不全に対する標準治療である。
肥大型心筋症一般については,本マニュアルの別の箇所で論じている。本項では,不整脈の原因としての肥大型心筋症の特徴に焦点を置く。
肥大型心筋症は,後負荷の増大(例,大動脈弁狭窄,大動脈縮窄,全身性高血圧によるもの)がない状態で拡張機能障害を伴う著明な心室肥大がみられることを特徴とする先天性または後天性疾患である。
遺伝性肥大型心筋症は一般的な(500人に1人)心疾患であり,通常は常染色体顕性(優性)で浸透度は様々である。基礎にある病因は,サルコメアの筋フィラメントのタンパク質をコードする遺伝子に報告されている1500以上の変異の1つであるが,肥大型心筋症患者の約3分の2では遺伝子検査が陰性である。
表現型は非常に多様であるが,典型的には左室肥大(LVH)があり,しばしばそれに左室流出路閉塞,心房性頻拍性不整脈,心室性頻拍性不整脈,突然死,および末期拡張型心筋症を伴うことを特徴とする。LVHは典型的には非対称性であり,後壁に比べて前壁中隔および前壁自由壁がはるかに肥大している。しかしながら,求心性左室肥大または孤立性左室肥大を認める病型も報告されている。心機能は低下するが,これは肥大の結果,左室が硬くなってコンプライアンスが低下し,それが拡張期充満に抵抗するためであり,それにより拡張末期圧が上昇し,肺静脈圧も上昇する。充満への抵抗が増大するにつれて心拍出量は低下していき,この作用は流出路圧較差が存在することで悪化する。頻拍が生じると充満時間が短縮するため,症状は主に労作時や頻拍性不整脈の発生中に現れる(または悪化する)傾向がある(駆出率が保持された心不全も参照)。
不整脈に関して,肥大は筋原線維の乱れ,微小血管障害,微小血管機能不全,虚血,および心筋瘢痕化と関連があり,これらは全て,心室性頻拍性不整脈および突然死の素因となる。心房細動も非常に高い頻度でみられ,心室拍動数の増加による心室拡張機能障害の増悪に続発した場合,特に耐容能が不良となることがある。
症状および症候はしばしば労作性であり,具体的には呼吸困難,胸痛(通常は典型的な狭心症に似る),動悸,失神などがある。失神は不整脈によることもあれば流出路閉塞によることもある。
肥大型心筋症による不整脈の診断
心電図検査,心エコー検査,しばしば心臓MRI
しばしば自由行動下心電図モニタリング
まれに遺伝子検査
第1度近親者のスクリーニング
肥大型心筋症の診断は,左室肥大を示す心電図と身体診察での特徴的な臨床所見から示唆される。診断は,心臓の画像検査(通常は経胸壁心エコー検査)で左室肥大,特に非対称性の左室肥大を認めることにより確定される。その後,ガドリニウムを用いた心臓MRIを行って左室瘢痕化の程度を定量化し,心臓突然死のリスク評価に役立てる。
不整脈の評価では通常,自由行動下心電図モニタリングや運動負荷試験などが用いられる。
また,心電図検査,心エコー検査,自由行動下心電図モニタリング,運動負荷試験などによる臨床フォローアップを定期的に(例,年1回)行うべきである。
その感度の低さから,遺伝子検査は推奨されないが,家系内で特定の変異が判明している場合に家系員のスクリーニングに用いられたり,固有の変異の存在が知られている地域と遺伝的関連がみられる患者に対して用いられたりすることがある。家系員にも臨床的評価(不整脈および/または心不全を示唆する症状を検出する),心電図検査,および心エコー検査を行うべきである。
肥大型心筋症による不整脈の治療
過度の身体活動を控える
心房細動に対して,抗不整脈薬および脳卒中予防のための抗凝固療法
心室性不整脈に対して,しばしば植込み型除細動器(ICD)
必要に応じて心不全の治療(移植を含む)
必要に応じて流出路閉塞の治療(通常はβ遮断薬であるが,ときに中隔心筋切除またはアルコールアブレーション)
肥大型心筋症の患者にはスポーツを控えるよう助言するのが典型的であるが,これは,そうした活動により生命を脅かす不整脈が誘発されたり,疾患の進行を早めたりする可能性があるためである。しかし,現行のガイドラインでは,包括的な評価を行い,潜在的リスクについて肥大型心筋症の専門家と話し合った(そして個々の運動に伴うリスクを正確に予測することはできないということを理解した)上で,娯楽的スポーツであれば続けてもよいとされている—(1)。
心房性頻拍性不整脈に対しては,次の標準治療が用いられる:陰性変力薬(通常はβ遮断薬)によるレートコントロール,リズムコントロール(通常はアミオダロン),および血栓塞栓リスクの低減(通常はワルファリンまたは直接作用型経口抗凝固薬)。
心室性不整脈では,ICDにより突然死を予防するが,これは左室駆出率が35%以下の拡張型心筋症患者,および持続性心室頻拍/心室細動または心停止からの蘇生経験がある患者に推奨される。肥大型心筋症患者は突然死のリスクが高いため,現行のガイドラインでは,他の特定の危険因子の組合せを有する患者にもICDが推奨されている(植込み型除細動器の適応の表を参照)。頻回のICDによる介入(特にICDのショック作動)につながる頻発する心室性頻拍性不整脈のコントロールには,抗不整脈薬(通常はアミオダロン)が使用される。
肥大型心筋症の標準治療としては,β遮断薬た心拍数を制限するカルシウム拮抗薬がなどがある。ときに,右室ペーシングを用いて心室間の同期不全を意図的に誘発することで,流出路閉塞を治療することがある。拡張型心筋症に進行した患者には,心臓再同期療法が必要になることがある。流出路閉塞には,β遮断薬のほか,ときに中隔縮小治療(外科手術またはアルコールアブレーション)も役立つことがある。
治療に関する参考文献
1.Ommen SR, Mital S, Burke MA, et al: 2020 AHA/ACC Guideline for the Diagnosis and Treatment of Patients With Hypertrophic Cardiomyopathy A Report of the American College of Cardiology/American Heart Association Joint Committee on Clinical Practice Guidelines.Circulation 142(25):e533–e557, 2020.doi: 10.1161/CIR.0000000000000937
要点
肥大型心筋症は不整脈を引き起こす疾患であり,心房性および/または心室性頻拍性不整脈ならびに突然死の素因となる。
症例は遺伝性の場合もあれば後天性の場合もある。
診断には心電図検査と心エコー検査のほか,しばしば心臓MRIによる。
心房性頻拍性不整脈は薬剤により,心室性頻拍性不整脈は植込み型除細動器(ICD)により治療する。
適切な評価と共同での意思決定が行われれば,運動はもはや厳しく禁止されているわけではない。