デングウイルス感染症:旅行者が知っておくべきこと
コラム24年9月19日 Thomas M. Yuill, PhD, University of Wisconsin-Madison

何世紀もの間、熱帯地方には旅人に重い病気を引き起こす悪霊が潜んでいるという伝説がありました。当時、旅人は発熱、悪寒、頭痛、極度の疲労、体の痛みなどを経験していたと思われます。

今日では、これらの症状は実際にはデングウイルス感染症による症状であり、迫り来る悪霊ではなく、蚊に刺されることによって引き起こされることがわかっています。デングウイルス感染症は蚊が媒介するウイルス感染症で、発熱と全身の痛みを引き起こし、重症の場合は、体の内外で出血が起こります(デング出血熱)。

デングウイルス感染症がよくみられる地域の居住者や旅行者は、この感染症によって現れる可能性のある徴候を認識し、感染のリスクを最小限に抑えるために知っておくべき重要なことがあります。ここでは、デングウイルス感染症について知っておくべきことを詳しく見ていきます。

1.すべての蚊がデングウイルス感染症を媒介するわけではない

通常、デングウイルス感染症は、このウイルスに感染したヤブカ(Aedes属)に刺されることでヒトに感染します。毎年、世界中で約5000万~1億人がデングウイルスに感染し、約2万人が死亡しています。ただし、米国での発生数は年間100~200件ほどに過ぎず、そのほぼすべてが発生地域から戻った旅行者によってもち込まれたものです。

2.デングウイルス感染症は新たな地域に拡大している

デングウイルス感染症は世界中の熱帯地域や亜熱帯地域でよくみられます。最も多いのは東南アジアですが、中南米でも多くなってきており、ブラジルなどの国々では記録的な感染者数が報告されています。米国で報告されるデングウイルス感染症は、この感染症が流行している地域に最近旅行した人での感染が大半を占めています。

一方で、人間の活動と気候の変化により、ヤブカ(Aedes属)が新たな場所でみられるようになってきています。米国では、フロリダ、南カリフォルニア、テキサス、アリゾナ、中西部などの州でみつかっています。ハワイ、フロリダ、テキサスで、地域内で広がったデングウイルス感染症の症例がいくつか報告されています。

3.デングウイルス感染症には3つの段階がある

デングウイルス感染症の重症度は様々で、感染したすべての人が重症化するわけではありません。しかし、重症化する人は非常に深刻な状態になる可能性があります。デングウイルス感染症の症状は通常、突然始まり、発熱、悪寒、重度の頭痛、眼を動かしたときの痛み、極端な疲労、全身の重度の痛み(特に背部、脚、関節)などがみられます。このような痛みはしばしば強烈で、デングウイルス感染症が「骨折熱」と呼ばれるほどです。

これらの症状は通常数日間続き、その後、約24時間ほどは良くなったように感じます。この時、危機を脱したと思うかもしれませんが、その後、発熱が再び現れ、デング出血熱、出血、ショックなどのより深刻な問題が生じる可能性があります。

4.デングウイルス感染症は感染性がない

デングウイルス感染者の大多数は、他者を感染させることはありません。この感染症は、蚊が感染者を刺してから別の人を刺すことで広がります。まれではありますが、妊娠中または分娩前後に母体から胎児にデングウイルスが広がる可能性があります。 母乳を通じてデングウイルスが感染したという報告が1件あります。

5.現在のところ、新規感染に対するワクチンはない

米国で現在使用可能な唯一のデングウイルスワクチンは、過去に感染したことがあり、この疾患がよくみられる地域に居住する小児を対象として承認されたものです。これまでデングウイルスに感染したことがある人にもない人にも使用可能なワクチンがいくつか開発中です。

6.旅行者は予防策を講じる必要がある

デングウイルス感染症がよくみられる地域に旅行する人は、自分自身と周りの人を守るための対策を講じる必要があります。旅行前にトラベルクリニックを訪れ、潜在的なリスクと予防策について医師に相談しましょう。現在の推奨事項と勧告は、米国疾病予防管理センターなどの公衆衛生当局を通じて入手できます。多くの場合、データは実際の状況より最大で1週間程度遅れている可能性があることに注意してください。

旅行中は、あらゆる蚊に刺されないようにするためのベストプラクティスを実践します。明るい色のゆったりとした長袖の衣服を着用して、虫除けを使用します。虫除けは日焼け止めに添加されることが増えています。子どもに使用する前には、必ずラベルを確認してください。

つきつめれば、デングウイルス感染症のリスクを減らす最良の方法は、それを媒介する蚊の数を減らすことです。蚊のすべての繁殖地をなくしてしまうことは困難かもしれませんが、蚊の個体数を減少させるために革新的な対策が講じられています。例えば、遺伝子を組み換えた蚊を集団内に紛れ込ませる方法や、蚊がデングウイルスに感染するのを細菌を介して阻止する方法などがあります。

7.旅行者は症状に注意する

デングウイルス感染症の症状は通常、感染した蚊に刺された3~15日後に現れます。多くの場合、旅行者は帰国後に初めて体調が悪いことに気づき始めます。旅行後に体調が悪くなり始めたら、医師と話す際に旅行の詳細を伝えることが重要です。

デングウイルス感染症に関する詳しい情報については、「MSDマニュアル」または「やさしくわかる病気事典」の該当するページをご覧ください。