ペストとその他のエルシニア(Yersinia)感染症

(黒死病、腺ペスト)

執筆者:Larry M. Bush, MD, FACP, Charles E. Schmidt College of Medicine, Florida Atlantic University
レビュー/改訂 2022年 4月 | 修正済み 2022年 12月
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ペストは、ペスト菌( Yersinia pestis)というグラム陰性細菌によって引き起こされる重症感染症で、しばしばリンパ節や肺が侵されます。

  • この細菌は主にネズミノミを介して感染が拡大します。

  • ペストでは病原菌の種類により、発熱、悪寒、リンパ節の腫れ、頭痛、心拍数の増加、せき、呼吸困難、嘔吐、下痢などの症状が起こります。

  • 血液、たん、リンパ節から出た膿のサンプルに含まれる細菌を特定し、診断を確定します。

  • 抗菌薬の投与で死亡のリスクを低下させ、感染者を隔離してペストの拡大を防ぎます。

細菌の概要も参照のこと。)

過去には中世の黒死病など、ペストが大規模に発生して多くの死者が出た時代がありました。その主な要因は、げっ歯類の大量発生や都市部の人口集中、公衆衛生状態の劣悪さでした。

現在、ペストは散発的に、または限られた地域で発生します。

米国では、ペストの90%以上がアリゾナ州、カリフォルニア州、コロラド州、ニューメキシコ州などの南西部の州の農村地域または準農村地域で発生し、特にキャンプ場で起こります。最近数十年間の米国では、年間平均約7人(1~17人)がペストにかかっています。

世界的には、1990年代以降はほとんどの症例がアフリカで発生していて、その大半がコンゴ民主共和国とマダガスカルでの発生となっています。ペルーでも症例が発生しています。

ペストの感染経路

ペストを起こす細菌は、通常はラット、ネズミ、リス、プレーリードッグのような野生のげっ歯類に感染します。この細菌はネズミノミを介して広まります。野生のげっ歯類が死んで、ノミが人間の生活圏に近いところにいるげっ歯類に移ると、続いてネコなどのペットに寄生します。そしてネズミノミが人を咬むと、その人が細菌に感染します。感染した動物と直接接触した場合にも、皮膚の裂け目を介して感染することがあります。

まれに、せきやくしゃみで飛び散った飛沫を吸い込むことで、人から人に広がります。細菌は肺にとどまり、肺炎を引き起こします(肺ペスト)。人から人への感染は通常、一緒に生活している人との間や、肺ペストの患者とケアをする人との間で起こります。

ペスト菌は生物兵器に使用される可能性があります。空気中に拡散した細菌を吸入することで感染します。空気中を舞う粒子の大きさによって、気道のどの部分に細菌がとどまるかが異なります。小さな粒子は肺にとどまり、肺ペストを引き起こします。大きな粒子はのど(咽頭)にとどまり、のどのペスト(咽頭ペスト)を引き起こします。

ペストの症状

ペストにはいくつかの種類があります。

  • 腺ペスト

  • 軽症ペスト

  • 肺ペスト

  • 敗血症ペスト

症状はペストの種類によって異なります。

腺ペスト

腺ペストは最も一般的な種類です。

腺ペストの症状は、感染後数時間から12日後に現れます(通常は2~5日後)。突然、悪寒と発熱(41℃に達する場合もある)が起こります。心拍は速くかつ弱くなり、血圧が下がることもあります。多くの患者がせん妄状態に陥ります。

発熱の少し前か同時に、ノミに咬まれたり引っかかれたりした部位の近くにあるリンパ節(通常は鼠径部またはわきの下のリンパ節)が腫れて痛くなります。これらの腫れたリンパ節は、横痃(おうげん)あるいは横根(よこね)と呼ばれます。これらは固く、赤く、熱をもち、触れるとひどく痛みます。2週目にはリンパ節から膿が漏れ出すことがあります。肝臓や脾臓が腫大することもあります。

ノミに咬まれた部位に隆起、潰瘍、または黒いかさぶたができることがあります。

腺ペストの患者は、落ち着きをなくし、せん妄状態になり、混乱し、協調運動が損なわれます。

この細菌は血液を介して広がるため、肺を侵して肺ペストを引き起こすことがあります。

治療を受けないと、通常は3~5日目に、60%以上の人が死亡します。

肺ペスト

肺ペストでは肺への感染が起こります。

その症状は、細菌に接触してから2~3日後に急に始まります。高熱、悪寒、心拍数の増加のほか、しばしば重度の頭痛がみられます。24時間以内に透明なたんを伴ったせきをするようになり、その後すぐに血が混じるようになります。その結果、たんはピンク色か鮮やかな赤色(ラズベリーシロップ様)を帯びて泡沫状になります。呼吸が速くなり、息苦しさを覚えます。

治療を受けないと、ほとんどの場合、症状が出てから48時間以内に死亡します。

敗血症ペスト

敗血症ペストは、血液中に広がる感染症です。約40%の患者に吐き気、嘔吐、下痢、腹痛の症状が現れます。

やがて血栓が過剰に作られて血管をふさぐようになり、最終的に凝固因子が枯渇するために出血が生じます。これは播種性血管内凝固症候群という病態です。血流が妨げられるため、腕や脚に壊死が生じて黒く変色することがあります(そのため黒死病と呼ばれます)。

治療しなければ、多くの臓器が機能不全に陥り、しばしば死に至ります。

軽症ペスト

軽症ペストは腺ペストの軽度な状態です。リンパ節の腫れ、発熱、頭痛、極度の疲労などの症状が出ますが、1週間以内に治まります。

ペストの診断

  • 血液、たん、膿のサンプルを観察して培養する検査

  • ときに他の血液検査

ペストは、治療の開始が遅れるほど死亡のリスクが高くなるため、迅速な診断が重要です。

ペストを診断するには、血液やたん、またはリンパ節の膿のサンプルを採取します。サンプルを顕微鏡で観察し、検査室で細菌を増殖させる検査(培養検査)を行います。また、血液サンプルの検査を行って、この細菌に対する抗体がないか調べます。PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)法など、細菌やその遺伝子断片を即座に検出する分析を行うことがあります。

肺ペストが疑われる場合は、胸部X線検査を行います。

ペストの予防

以下のような対策は、げっ歯類をコントロールし、ノミの咬傷を予防するのに役立ちます。

  • げっ歯類を引きつける可能性がある物(低木、石の山、がらくた、散らばった薪、食べものなど)を家の周りから取り除く

  • 感染している可能性がある動物を扱うとき(例えば、動物の皮を剥ぐとき)は手袋を着用する

  • ネズミノミと接触する可能性がある状況(キャンプ、ハイキング、屋外での作業中など)では、DEET(ジエチルトルアミド)などの防虫剤を使用する

  • ペットに付着するノミをコントロールする製品を使用する

  • ペストが存在する地域でペットが外を歩き回る場合、そのペットを人のベッドで寝させない

ペストに対するワクチンは、米国ではもはや入手できなくなっています。

ペストの流行地域に旅行する人は、ドキシサイクリンなどの抗菌薬を服用するのがよいでしょう。

ペスト菌にさらされた後の対応

医師は肺ペストの患者に接触した人をモニタリングし、6日間にわたり体温を4時間毎に測ります。

また、感染後の発症を予防するために抗菌薬を投与します。成人にはドキシサイクリンまたはシプロフロキサシンを、小児にはトリメトプリム/スルファメトキサゾールを使用します。

ペストの治療

  • ストレプトマイシンまたはゲンタマイシン

ペストの治療をすぐに開始すると、死亡リスクは11%に低下します。肺ペストまたは敗血症ペスト(血流のペスト)には、症状が現れてから24時間以内に抗菌薬を開始する必要があります。

ストレプトマイシンまたはゲンタマイシンを最低10日間、または体温が正常に戻ってから3日間、注射により投与します。ドキシサイクリン、レボフロキサシン、モキシフロキサシン、シプロフロキサシンなどその他の抗菌薬も効果的です。

肺ペスト感染者は、空気を介した細菌の拡散を防ぐために隔離する必要があります(空気感染隔離と呼ばれます)。空気感染隔離では以下のことを行います。

  • 部屋への立ち入りを制限する

  • 感染者の近くで作業する場合にはマスク、保護メガネ、ガウン、手袋を着用する

さらなる情報

以下の英語の資料が役に立つかもしれません。こちらの情報源の内容について、MSDマニュアルでは責任を負いませんのでご了承ください。

  1. 米国疾病予防管理センター(CDC):ペスト(Plague):感染経路や予防を含めたペストに関する情報を提供している

その他のエルシニア( Yersinia )感染症

エルシニア・エンテロコリチカ(Yersinia enterocolitica)や仮性結核菌(Yersinia pseudotuberculosis)といった、その他のエルシニア属(Yersinia)の細菌も、世界中で動物に感染しています。これらの細菌は人に感染することがありますが、ペストほど重い病気は引き起こしません。

感染した動物を触ったり(例えば猟師が)、生や加熱調理が不十分な肉、低温殺菌されていない牛乳または感染した動物からの乳製品を触ったり摂取した場合や、汚染された水を飲んだりした場合に、エルシニア属(Yersinia)の他の細菌によって引き起こされる感染症にかかることもあります。

これらの感染症では、下痢(通常は自然に治まる)やのどの痛みがよくみられます。腹部のリンパ節が炎症を起こし、右下腹部に痛みが生じます。このときの痛みは虫垂炎の痛みに似ています。

細菌が血液に感染することがありますが、腸管外に広がることはまれです。

その他のエルシニア(Yersinia)感染症の診断では、血液、便、たん、またはリンパ節の膿のサンプルなどの検査が行われます。

その他のエルシニア(Yersinia)感染症の予防としては、以下のことを行います。

  • 食事の前、食事の準備の前、動物(特に糞)を触った後、生肉を扱った後は、石けんと水で手を洗う

  • 肉は推奨温度まで加熱する

  • 牛乳と乳製品は低温殺菌されたものだけを摂取する

  • ペットの糞は衛生的に処理する

その他のエルシニア(Yersinia)感染症の治療は、下痢の緩和に重点が置かれます。これらの感染症は通常自然に治まります。しかし、感染が血液や他の臓器に広がっている場合は、抗菌薬が必要です。

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