前頭側頭型認知症とは、脳の一部(主に前頭葉、ときに側頭葉)の組織が変性する遺伝性または原因不明の病気によって発生する一群の認知症を指します。
アルツハイマー病と比べると、人格、行動および言語機能への影響が大きく、記憶への影響は少ない傾向があります。
診断は症状と神経学的診察の結果に基づいて下され、脳損傷を評価するために画像検査も行われます。
治療の目標は症状を管理することです。
(せん妄と認知症の概要と認知症も参照のこと。)
認知症とは、記憶、思考、判断、学習能力などの精神機能が、ゆっくりと進行性に低下する病気です。
認知症とせん妄は異なる病態であり、せん妄は注意力および思考力の低下、見当識障害、覚醒(意識)レベルの変動を特徴とします。
認知症では主に記憶力が障害され、せん妄では主に注意力が障害されます。
認知症は典型的には徐々に発症し、いつ始まったのかをはっきり特定できません。せん妄は突然発生し、始まった時点を特定できる場合が多いです。
認知症患者の10人に1人が前頭側頭型認知症です。典型例では、65歳以下で発症します。男女差はほとんどなく、
前頭側頭型認知症は家族内で遺伝する傾向があります。前頭側頭型認知症のおよそ半数が遺伝性のものです。
脳細胞中のタウタンパク質の量または種類に異常がみられます。
前頭側頭型認知症では、前頭葉と側頭葉が萎縮して、神経細胞が失われます。これらの領域は、人格や行動に関わっています。
前頭側頭型認知症には複数の型があります。例えば、ピック病は、特定のタイプの前頭側頭型認知症による一部の脳の変化を指す用語です。これは重度の萎縮、脳細胞の喪失、異常な脳細胞(ピック細胞)の存在を特徴とします。
前頭側頭型認知症の症状
前頭側頭型認知症は進行性の病気ですが、一般的な認知症の状態に至るまでの期間には個人差があります。
概して、前頭側頭型認知症はアルツハイマー病と比べて、人格、行動、言語機能への影響が大きく、記憶への影響は小さい傾向があります。前頭側頭型認知症の人は、抽象的に考えること、注意を維持すること、言われたことを思い出すことなども困難になります。ある課題を遂行するために、アイデアを出したり、正しい手順を踏むこと(順序立て)も苦手になり、すぐに気が散ります。一方で、通常は時間、日付、場所に関する認識は維持されていて、日常生活行為は行うことができます。
筋肉が侵される場合もあります。その場合、筋力が低下し、筋肉が萎縮していきます。頭頸部の筋肉に異常が生じると、飲み込む、食べものをかむ、話すなどの行為が困難になります。食べもの、唾液、嘔吐物を肺に吸い込む(誤嚥する)と、誤嚥性肺炎が起こることがあります。
発生する症状は、前頭葉または側頭葉のどの部分が侵されているかによって異なりますが、具体的には以下のものがあります。
人格および行動の変化
言語能力に関する問題
複数の種類の症状がみられることもあり、特に認知症が進行するとその傾向が強くなります。
人格および行動の変化
前頭側頭型認知症では、遠慮をしなくなる結果、不適切な行動が増えることがあります。失礼な発言が増えたり、性的な興味が異常に強くなったりする場合もあります。
衝動的な行動や強迫的な行動がみられることもあります。例えば、同じ行動を何回も繰り返す、毎日同じ場所に歩いて行く、
このタイプの前頭側頭型認知症の患者は、身の回りの衛生状態に気を配らなくなります。
前頭側頭型認知症の一部の患者は、クリューバー・ビューシー症候群を発症します。この症候群の症状としては性への関心の増大、またはやみくもに物を手に取っていじる、物を口に入れようとする強迫行為などがあります。この症候群の患者は、自分の唇を吸ったり、舌を鳴らしたりすることがあります。見慣れた物や人を視覚から認識できないことがあります。過食や極度の偏食をする、などの症状がみられます。
言語能力に関する問題
前頭側頭型認知症患者のほとんどは、言葉を見つけるのが困難になり、言葉の使用と理解が次第に困難になります(失語)。声を出すことが物理的に難しくなる人もいます(構音障害)。また、注意力を維持するのが非常に難しくなります。10年以上にわたって言語障害だけで推移する人もいる一方、2~3年で別の症状が現れる人もいます。
言葉を理解できなくても流暢に話す人もいますが、その場合、話す内容はまったく意味を成しません。物の名前を思い出すのが難しくなることや(失名詞)、人の顔を認識するのが難しくなることもあります(相貌失認)。
認知症が進行するにつれ、患者はますます話さなくなり、自分や他者が言ったことを繰り返すようになります。最終的には、まったく話さなくなります。
前頭側頭型認知症の診断
医師による評価
CTまたはMRI検査
医師は、患者に認知症があるかどうかを判定し、あればそれが前頭側頭型認知症であるかどうかを判定しなければなりません。
認知症の診断
診断では以下のような情報が参考にされます。
患者が自分の症状に気がついていないこともあるため、家族から事情を聞くことが必要になる場合もあります。
精神状態検査は、簡単な質問と課題から成り、患者が認知症を有するかどうかを判定する上で役立ちます。
より詳細な神経心理学的検査がときに必要となります。この検査は気分を含めた重要な精神機能をすべて網羅していて、通常は終了までに1~3時間かかります。この検査は、加齢に伴う記憶障害、軽度認知障害、うつ病などの類似の症状を引き起こす病気から認知症を鑑別する上で役立ちます。
上記の検査や情報は、症状の原因としてせん妄を除外する上でも役立ちます(表「せん妄と認知症の比較」を参照)。認知症と異なり、せん妄は迅速な治療によって回復を望めるため、せん妄を除外することは極めて重要です。
前頭側頭型認知症の診断
前頭側頭型認知症の治療
症状の緩和
患者の支援
前頭側頭型認知症に対する特別な治療法はありません。
一般に、治療では以下の点に重点が置かれます。
症状の管理
支援の提供
例えば、強迫的な行動が問題である場合には、抗精神病薬が使用されることがあります。言語に関わる問題がある場合は言語療法が役立ちます。
安全対策と患者の支援
患者の支えとなる安全な環境を整えることは非常に役立ちます。
一般に、明るく楽しげで、落ち着いた安全な環境が望ましく、また見当識を保つ工夫をするとよいでしょう。ラジオやテレビなどの適度な刺激も有用ですが、過度の刺激は避けるべきです。
物の配置や1日のスケジュールを定型化することは、前頭側頭型認知症患者が見当識を保つのに役立ち、安心感や安定感を与えます。周囲の環境や日課が変わる場合や、介護者が交代する場合は、明確かつ簡潔に説明します。
入浴、食事、睡眠など日常生活のスケジュールを一定に保つことは、前頭側頭型認知症患者の記憶の助けになります。就寝前の手順を一定に保つと、睡眠の質を改善できる可能性があります。
その他の活動を定期的なスケジュールで組み込むと、楽しい活動や生産的な行為に注意が向き、自立して他者から必要とされているという感覚をもつのに役立ちます。こういった活動には身体的活動と精神的活動を両方含めるべきです。認知症が悪化してきた場合には、活動を細かく分けたり単純化したりする必要があります。
介護者に対するケア
認知症患者の介護は多くのストレスがかかる重労働であり、介護者は自分自身の精神的・肉体的健康に無頓着になりがちで、抑うつ状態になったり疲弊困憊したりすることがあります。以下のような対策が介護者の助けになります(表「介護者に対するケア」を参照)。
認知症患者のニーズを効果的に満たす方法を学び、認知症患者に何が期待できるかを知る:例えば、認知症患者の間違いやもの忘れを叱っても、患者の行動がますます悪化するだけであることを介護者は知っておく必要があります。
必要な場合は支援を求める:介護者は、ソーシャルワーカー(地域病院にいる人を含みます)に相談し、デイケアプログラム、訪問看護、パートまたはフルタイムのホームヘルパー、住み込みでの介護サービスなどの適切な支援について検討することもできます。また、家族支援団体に相談することも有用です。
介護者自身に対するケア:介護者は自分自身にも気を配る必要があります。友人との交流、趣味、種々の活動を諦めてはいけません。
終末期の問題
さらなる情報
役立つ可能性がある英語の資料を以下に示します。こちらの情報源の内容について、MSDマニュアルでは責任を負いませんのでご了承ください。
Dementia.org:このウェブサイトでは、認知症の原因、症状、治療、病期に関する情報が提供されています。
ヘルスダイレクト:認知症動画シリーズ(Health Direct: Dementia Video Series):この動画シリーズでは、認知症に関する一般情報、認知症の警戒すべき徴候に関する推奨事項、治療および研究、ならびに認知症患者のケアについての情報が提供されています。また、同様のトピックに関する記事へのリンクも掲載されています。
米国国立神経疾患・脳卒中研究所の認知症情報ページ(National Institute of Neurological Disorders and Stroke's Dementia Information Page):このウェブサイトでは、治療法や予後に関する情報のほか、臨床試験へのリンクが掲載されています。