HIV関連認知症とは、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)が脳に感染することで精神機能が進行性に悪化する病気です。
他の大半の種類の認知症と異なり、HIV関連認知症は比較的若い人に発生する傾向があります。
この種の認知症は、発生当初は目立たないことが多いのですが、数カ月から数年間かけて着実に進行してい、典型的にはHIVの感染による他の症状が現れた後に発症します。
HIV関連認知症の診断は、症状と精神状態検査、HIVの血液検査、画像検査の結果に基づいて下されます。
抗レトロウイルス療法によるHIV感染症の治療は、ときに精神機能の劇的な改善をもたらしますが、この治療によって認知症が治癒することはありません。
(せん妄と認知症の概要と認知症も参照のこと。)
HIV感染症の後期には、ウイルスが脳に直接感染することがあります。HIVは神経細胞を破壊することで認知症を引き起こします。認知症とは、記憶、思考、判断、学習能力などの精神機能が、ゆっくりと進行性に低下していく病気です。
HIV感染症の患者では、別の病気から認知症が発生することもあり、例えば、脳を侵すリンパ腫や、免疫機能が低下しているHIV感染症患者がかかりやすい感染症などが原因になります。このような感染症は日和見感染症と呼ばれ、進行性多巣性白質脳症、トキソプラズマ症(寄生虫感染症の一種)、真菌による髄膜炎(表「エイズに合併する一般的な日和見感染症」を参照)などがあります。なかには治療可能な感染症もあり、いくぶんの改善がみられることもあります。
他の大半の種類の認知症と異なり、HIV関連認知症は比較的若い人に発生する傾向があります。
認知症は後期のHIV感染症患者の7~27%にみられますが、30~40%の患者により軽度のHIV関連認知症がみられることがあります。
認知症とせん妄は異なる病態であり、せん妄は注意力および思考力の低下、見当識障害、覚醒(意識)レベルの変動を特徴とします。
認知症では主に記憶力が障害され、せん妄では主に注意力が障害されます。
認知症は典型的には徐々に発症し、いつ始まったのかをはっきり特定できません。せん妄は突然発生し、始まった時点を特定できる場合が多いです。
HIV関連認知症の症状
HIV関連認知症は、発生当初は目立たないことが多いのですが、数カ月から数年間かけて着実に進行していきます。通常はHIV感染症による他の症状が現れた後に発生します。
HIV関連認知症の初期症状としては以下のものがあります。
思考やその表出が遅くなる
集中力の低下
無関心
しかし病識はあります。動きが緩慢になって、筋力が低下するほか、協調運動障害が起きることもあります。
一部の患者では、幻覚、妄想、パラノイアなどの精神病症状が生じます。躁状態になる場合もあります。すなわち、落ち着きがなく過活動になるということです。早口にしゃべったり、適切な判断をせずに行動してしまうこともあります。
HIV関連認知症は、治療しなければ通常は進行し、やがて重症化します。
HIV関連認知症の診断
認知症、HIV感染症、またはその両方についての医師による評価
HIV感染症の重症度を確認する血液検査
MRI検査のほか、通常は腰椎穿刺
一般に、HIV感染症患者における認知症の診断は、他の認知症の診断と似ています。
医師は、患者に認知症があるかどうかを判定し、あればそれがHIV関連認知症であるかどうかを判定しなければなりません。
認知症の診断
医師は、以下の点に基づいて認知症を診断します。
精神状態検査は、簡単な質問と課題から成り、患者が認知症を有するかどうかを判定する上で役立ちます。
より詳細な神経心理学的検査がときに必要となります。この検査は気分を含めた重要な精神機能をすべて網羅していて、通常は終了までに1~3時間かかります。この検査は、加齢に伴う記憶障害、軽度認知障害、うつ病などの類似の症状を引き起こす病気から認知症を鑑別する上で役立ちます。
上記の検査や情報は、症状の原因としてせん妄を除外する上でも役立ちます(表「せん妄と認知症の比較」を参照)。認知症と異なり、せん妄は迅速な治療によって回復を望めるため、せん妄を除外することは極めて重要です。
HIV関連認知症の診断
HIV感染症があるかどうか分からない患者に、認知症の症状が現れ、患者にHIV感染症の危険因子がある場合、医師はHIV関連認知症を疑い、HIV感染症の検査と同時に認知症の検査を行います。
その結果HIV感染症の診断がついた場合や、HIV感染症の患者に精神機能の変化がみられた場合には、MRI検査を行ってトキソプラズマ症やリンパ腫など脳機能不全の他の原因がないかを確認します。突然精神機能の変化が起こった場合は、早く治療すれば余命を延長できる可能性があるため、原因を迅速に特定する必要があります。治療しなければ、HIV関連認知症の発症から6カ月以内に死に至ります。
CTまたはMRI検査の結果から頭蓋内圧の上昇が疑われる場合を除き、通常は腰椎穿刺を行い、髄液のサンプルを採取して分析します。ただし、検査結果によってHIV関連認知症の診断を補強できることはあっても、確定診断を得ることはできません。
HIV感染症がある場合、またはHIV関連認知症が疑われる人の場合には、血液検査も行い、以下の項目を測定します。
これらの検査の結果は、HIV感染症の重症度を判定する際に参考になります。CD4陽性細胞数が非常に少なく、ウイルス量が非常に多いと、脳感染症、リンパ腫、HIV関連認知症のリスクが高まります。
HIV関連認知症の治療
抗レトロウイルス薬
HIV関連認知症は、治療しなければ死に至る病気です。しかし、HIV感染症を抗レトロウイルス療法で治療すると、ときに精神機能が劇的に改善することがあります。抗レトロウイルス療法とは、HIV感染症の数種類の治療薬を組み合わせて投与することです。しかし、HIV感染症そのものが治癒するわけではないため、認知症が再発する可能性もあります。
治療では、他の認知症の場合と同様に、安全と支援を提供するための一般的な対策が講じられます。
安全対策と患者の支援
患者の支えとなる安全な環境を整えることは非常に役立ちます。
一般に、明るく楽しげで、落ち着いた安全な環境が望ましく、また見当識を保つ工夫をするとよいでしょう。ラジオやテレビなどの適度な刺激も有用ですが、過度の刺激は避けるべきです。
物の配置や1日のスケジュールを定型化することは、認知症患者が見当識を保つのに役立ち、安心感や安定感を与えます。周囲の環境や日課が変わる場合や、介護者が交代する場合は、明確かつ簡潔に説明します。
入浴、食事、睡眠など日常生活のスケジュールを一定に保つことは、HIV関連認知症患者の記憶の助けになります。就寝前の手順を一定に保つと、睡眠の質を改善できる可能性があります。
その他の活動を定期的なスケジュールで組み込むと、楽しい活動や生産的な行為に注意が向き、自立して他者から必要とされているという感覚をもつのに役立ちます。こういった活動には身体的活動と精神的活動を両方含めるべきです。認知症が悪化してきた場合には、活動を細かく分けたり単純化したりする必要があります。
介護者に対するケア
認知症患者の介護は多くのストレスがかかる重労働であり、介護者は自分自身の精神的・肉体的健康に無頓着になりがちで、抑うつ状態になったり疲弊困憊したりすることがあります。以下のような対策が介護者の助けになります(表「介護者に対するケア」を参照)。
認知症患者のニーズを効果的に満たす方法を学び、認知症患者に何が期待できるかを知る:介護者は、このような情報を、看護師、ソーシャルワーカー、関係団体、雑誌やインターネットから得ることができます。
必要な場合は支援を求める:介護者は、ソーシャルワーカー(地域病院にいる人を含みます)に相談し、デイケアプログラム、訪問看護、パートまたはフルタイムのホームヘルパー、住み込みでの介護サービスなどの適切な支援について検討することもできます。また、家族支援団体に相談することも有用です。
介護者自身に対するケア:介護者は自分自身にも気を配る必要があります。友人との交流、趣味、種々の活動を諦めてはいけません。
終末期の問題
さらなる情報
役立つ可能性がある英語の資料を以下に示します。こちらの情報源の内容について、MSDマニュアルでは責任を負いませんのでご了承ください。
Dementia.org:このウェブサイトでは、認知症の原因、症状、治療、病期に関する情報が提供されています。
ヘルスダイレクト:認知症動画シリーズ(Health Direct: Dementia Video Series):この動画シリーズでは、認知症に関する一般情報、認知症の警戒すべき徴候に関する推奨事項、治療および研究、ならびに認知症患者のケアについての情報が提供されています。また、妊娠と性感染症に関する一般的な情報へのリンクも掲載されています。
米国国立神経疾患・脳卒中研究所の認知症情報ページ(National Institute of Neurological Disorders and Stroke's Dementia Information Page):このウェブサイトでは、治療法や予後に関する情報のほか、臨床試験へのリンクが掲載されています。