鉄欠乏性貧血

(慢性失血による貧血;萎黄病)

執筆者:Gloria F. Gerber, MD, Johns Hopkins School of Medicine, Division of Hematology
レビュー/改訂 2023年 6月
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鉄欠乏症は貧血の最も一般的な原因であり,通常は失血の結果として起こり,セリアック病などでみられる吸収不良ははるかにまれな原因である。 症状は通常非特異的である。赤血球は小球性および低色素性の傾向を示し,血清フェリチン低値,血清総鉄結合能高値,および血清鉄低値で示されるように,貯蔵鉄量は低値である。この診断を下した場合は,他の原因が証明されない限り潜在的な失血を疑うべきである。 治療としては,鉄補充に加え,失血の原因に対する治療がある。

赤血球産生低下の概要も参照のこと。)

鉄欠乏性貧血の病態生理

鉄の分布は動的代謝プールと貯蔵プールに分けられる。全身の鉄の量は健康な男性で約3.5g,女性で約2.5gであるが,この差には,女性の方が体格が小さく,月経による鉄の喪失のために貯蔵鉄が不足することが関係している。平均的な体内の鉄分布は以下の通りである:

  • ヘモグロビン:2g(男性),1.5g(女性)

  • フェリチン:1g(男性),0.6g(女性)

  • ヘモジデリン:300mg

  • ミオグロビン:200mg

  • 組織酵素(ヘム鉄および非ヘム鉄):150mg

  • 輸送鉄:3mg

鉄吸収

鉄は十二指腸および空腸上部で吸収される。鉄の吸収は,その摂取源および同時に摂取される物質によって規定される。鉄吸収は食物にヘム鉄(肉)が含まれているときが最もよい。食物由来の非ヘム鉄は通常は第二鉄(+3)であり,胃分泌物により第一鉄(+2)に還元されて食物中の結合体から外れる必要がある。他の食品(例,乳製品,野菜繊維のフィチン酸塩およびポリフェノール;リンタンパク質を含む茶のタンニン酸塩;ブラン[小麦の皮])および特定の抗菌薬(例,テトラサイクリン)により非ヘム鉄の吸収は減少する。アスコルビン酸は,非ヘム鉄の吸収を増加させることで知られる唯一の一般食品成分である。

米国の平均的な食事には,食物1000kcal当たり6mgの鉄元素が含まれており,鉄の恒常性を保つのに十分である。1日の食事に含まれる約15mgの鉄のうち,成人が吸収するのはわずか1mgであり,この量は皮膚および腸管から細胞剥離によって1日に失われる量にほぼ等しい。 鉄が欠乏した場合,鉄代謝の重要な調節因子であるヘプシジンの発現抑制によって鉄の吸収が増加するが,さらに鉄補充を行わない限り,鉄吸収が6mg/日を超えて増加することはまれである(1)。小児はより多量の鉄を必要とし,この需要を満たすためにより多くの鉄を吸収するようである。

鉄の輸送と利用

小腸粘膜細胞から吸収された鉄は,肝臓で合成される鉄輸送タンパク質であるトランスフェリンに結合する;トランスフェリンは,鉄を細胞(小腸細胞,マクロファージ)から赤芽球,胎盤細胞,および肝細胞の表面にある特異的受容体まで輸送する。ヘム合成のため,鉄はトランスフェリンにより赤芽球のミトコンドリアまで輸送され,そこでプロトポルフィリンIXに挿入されてヘムになる。トランスフェリン(血漿中の半減期は8日間)は再利用のために細胞外へ排出される。トランスフェリンの合成は鉄欠乏症に伴い増加するが,ある種の慢性疾患があれば減少する。

鉄の貯蔵と再利用

赤血球産生に使用されなかった鉄はトランスフェリンによって貯蔵プールに輸送され,以下の2つの形態で貯蔵される:

  • フェリチン

  • ヘモジデリン

最も重要な貯蔵型はフェリチン(鉄の核を取り囲む不均一なタンパク質群)であり,肝臓(肝細胞内),骨髄,脾臓(マクロファージ内),赤血球,および血清中に存在する可溶性で有効な貯蔵コンパートメントである。フェリチンに貯蔵されている鉄は,身体の需要に応じて容易に利用可能である。循環(血清)フェリチン値は全身貯蔵量に比例する(1ng/mLは貯蔵プールの鉄8mgに相当する)。

鉄の第二の貯蔵プールはヘモジデリンであり,比較的不溶性で,主に肝臓(クッパー細胞内)および骨髄(マクロファージ内)に貯蔵される。

鉄の吸収には限界があるため,身体は鉄を再利用し,節約して使用する。トランスフェリンは,単核食細胞により貪食された老化赤血球から得られる鉄と結合して,それを再利用する。この機序によって1日の鉄所要量の約90~95%が確保される。

鉄欠乏症

鉄欠乏症は段階的に発生する。最初の段階では,鉄所要量が摂取量を上回り,そのため骨髄の貯蔵鉄量が進行性に減少して枯渇していく。貯蔵鉄量が減少するにつれて,代償的に食事からの鉄の吸収が増加する。さらに段階が進むと,鉄欠乏症によって赤血球の合成が妨げられ,最終的に貧血を引き起こす。

長期にわたる重度の鉄欠乏症は,鉄を含んだ細胞内酵素の機能障害を引き起こすこともある。

病態生理に関する参考文献

  1. 1.Nemeth E, Tuttle MS, Powelson J, et al: Hepcidin regulates cellular iron efflux by binding to ferroportin and inducing its internalization.Science 306(5704):2090–2093, 2004.

鉄欠乏性貧血の病因

非ヘム鉄はごくわずかしか吸収されないため,大半の人が食事からの鉄により1日の所要量をかろうじて満たしている。それでも,典型的な欧米型の食事をしている男性が単に食事からの摂取不足によって鉄欠乏症になる可能性は低い。しかしながら,たとえ少量の喪失や,所要量の増加,瀉血,カロリー摂取量の減少でも鉄欠乏症の一因となる可能性がある。

鉄欠乏症の主な原因は失血である。男性および閉経後女性では,最も頻度の高い失血の原因は慢性の不顕性出血であり,それらは通常,消化管からの出血(例,消化性潰瘍,悪性腫瘍,痔核,または血管拡張症に起因するもの)である。医療などの資源が少ない国々では,鉤虫感染症による腸管の出血が一般的な原因となっている。閉経前女性では,月経による累積失血(平均で鉄0.5mg/日)が一般的な原因である。比較的まれな原因としては,尿路からの失血,再発性の肺出血(びまん性肺胞出血を参照)や,溶血によって放出された鉄の量が血漿ハプトグロビン結合能を上回った場合の慢性的な血管内溶血または物理的損傷による(運動誘発性)溶血などがある。

鉄所要量の増加が鉄欠乏症の一因となる場合がある。急激な成長により多量の鉄摂取が必要な時期である出生から2歳まで,および青年期の間は,食事からの鉄ではしばしば不十分である。妊娠中は,月経がないにもかかわらず胎児の鉄需要によって母体の鉄所要量が増加する(妊娠中の貧血を参照)。また,授乳も鉄所要量を増加させる。

鉄吸収の減少は,胃切除または吸収不良症候群セリアック病萎縮性胃炎Helicobacter pylori感染症,無酸症,短腸症候群など)や,まれにIRIDA(鉄剤不応性鉄欠乏性貧血)の結果として生じることがある。まれに,低栄養に起因する摂食不足によって鉄吸収が減少する。

鉄欠乏性貧血の症状と徴候

鉄欠乏症の症状の大半は貧血によるものである。このような症状としては,疲労,持久力低下,息切れ,筋力低下,めまい,蒼白などがある。他の一般的な症状はレストレスレッグス症候群(RLS)で,これは動きが制限されていると脚を動かしたくなる不快な症状である。

重度の鉄欠乏症では,通常の貧血の症状に加え,特異的な症状がいくつか現れる。異食症,すなわち食物ではない物(例,氷,土,絵の具,糊,灰)を食べたいという異常な渇望を示すことがある。重度の欠乏症のその他の症状としては,舌炎,口角炎,爪甲の陥凹(匙状爪)などがある。

鉄欠乏性貧血の診断

  • 血算,血清鉄,鉄結合能,血清フェリチン,トランスフェリン飽和度,網状赤血球数,赤血球分布幅(RDW),および末梢血塗抹検査

慢性失血または小球性貧血を伴う患者では,特に異食症が認められる場合,鉄欠乏性貧血が疑われる。このような患者では,血算,血清鉄,鉄結合能,血清フェリチン,および網状赤血球数を測定する(鉄,鉄結合能,フェリチン,およびトランスフェリン飽和度の典型的な血清正常値の表を参照)。

鉄量と鉄結合能(およびトランスフェリン飽和度)の関係が重要であるため,これらを測定する。様々な検査法があり,正常値の範囲は採用する検査法に関係し,検査室よって異なる。血清鉄の測定値は,鉄欠乏症と多くの慢性疾患で低下し,溶血性疾患鉄過剰症候群で上昇する。鉄欠乏症では鉄結合能が上昇するが,トランスフェリン飽和度は低下する。

血清フェリチン値は全身の総貯蔵鉄量と密接に相関する。大半の検査室において正常範囲は30~300ng/mL(67.4~674.1pmol/L)で,平均値は男性で88ng/mL(197.7pmol/L),女性で49ng/mL(110.1pmol/L)である。低値(30ng/mL[67.4pmol/L]未満)は鉄欠乏症に特異的な所見である。ただし,フェリチンは急性期反応物質であり,炎症性疾患,感染症(例,肝炎),および腫瘍性疾患(特に急性白血病ホジキンリンパ腫,消化管腫瘍)で高値となる。これらの疾患での血清フェリチン値は,最高100ng/mLまで鉄欠乏症と矛盾しない。

網状赤血球数は,鉄欠乏症では低値となる。末梢血塗抹標本では,一般に低色素性赤血球とともに顕著な大小不同変形赤血球症(anisopoikilocytosis)がみられ,これは赤血球分布幅(RDW)の高値に反映される。

鉄欠乏性赤血球産生に対して最も感度および特異度が高い判定基準は,骨髄貯蔵鉄の枯渇であるが,骨髄検査が必要になることはまれである。

表&コラム
表&コラム
医学計算ツール(学習用)

鉄欠乏症の病期

臨床検査の結果は,鉄欠乏性貧血の病期診断に役立つ。

1期では,骨髄貯蔵鉄の減少が特徴であり,ヘモグロビンと血清鉄は正常のままであるが,血清フェリチン値は30ng/mL(67.4pmol/L)未満まで低下する。鉄吸収の代償性増加により鉄結合能(トランスフェリン値)の増加がもたらされる。

2期では,赤血球産生が障害される。トランスフェリン値は上昇するが,血清鉄濃度は低下し,トランスフェリン飽和度が低下する。血清鉄が50μg/dL(9μmol/L)未満に低下し,トランスフェリン飽和度が16%未満になると,赤血球産生が障害される。血清トランスフェリン受容体値は上昇する(8.5mg/Lを超える)。

3期では,赤血球形態と赤血球指数がともに正常な貧血が生じる。

4期では,小球性から,続いて低色素性となる。

5期では,鉄欠乏症により組織が影響を受けるため,症状および徴候が出現する。

鉄欠乏性貧血と診断されると,その原因の検討が急がれるが,通常は出血である。失血が明白な患者(例,過多月経の女性)では,追加の検査を必要としない場合がある。失血が明白でない男性および閉経後女性では,不顕性の消化器癌を示す唯一の徴候が貧血である可能性があるため,消化管の評価を実施すべきである。まれであるが,慢性の鼻出血または泌尿生殖器の出血は患者が過小評価するため,消化管検査の結果が正常な患者でも評価が必要となる。

その他の小球性貧血との鑑別

鉄欠乏性貧血は,他の小球性貧血と鑑別しなければならない(赤血球産生低下による小球性貧血の鑑別診断の表を参照)。小球性貧血患者において検査により鉄欠乏症が除外された場合は,次に慢性疾患に伴う貧血およびヘモグロビンの構造異常(例,異常ヘモグロビン症)を考慮する。これらの疾患の鑑別には,臨床的特徴,ヘモグロビンの検査(例,ヘモグロビン電気泳動,ヘモグロビンA2),および遺伝子検査(例,αサラセミア)が役立つことがある。

表&コラム
表&コラム

鉄欠乏性貧血の治療

  • 経口鉄補充剤

  • 非経口鉄剤

原因追求をせずに鉄剤を投与することは不適切な治療であり,軽度の貧血であっても,出血部位を同定しておくべきである。

経口鉄剤は,各種鉄塩(例,硫酸第一鉄,グルコン酸鉄,フマル酸第一鉄),または食前30分に投与する含糖鉄により供給できる(食物または制酸薬が吸収を低下させることがある)。典型的な初回量は,鉄元素65mg(例,硫酸第一鉄325mg)の1日1回または隔日投与である(1)。これを超える用量で投与すると,ヘプシジンの産生により,ほとんど吸収されなくなる一方,有害作用(特に便秘やその他の消化管障害)が増加する。鉄剤を服用する際にアスコルビン酸を錠剤(500mg)として,またはオレンジジュースとして摂取すると,胃の負担を増すことなく鉄吸収が高まる。

非経口鉄剤では,経口鉄剤より急速な治療効果が得られるが,有害作用を引き起こすことがあり,最も一般的なものはアレルギー反応または輸注反応(infusion reaction)(例,発熱,関節痛,筋肉痛)である。かつては,重度のアナフィラキシー様反応の大半が高分子量の鉄デキストラン(現在では入手不能)によって引き起こされていた。非経口鉄剤は以下の患者のみを対象とする:

  • 経口鉄剤に耐えられない患者

  • 経口鉄剤で効果が得られない患者

  • 毛細血管または血管疾患(例,遺伝性出血性毛細血管拡張症)のために絶えず大量の血液を喪失している患者

  • 重度の貧血,待機手術,または第3トリメスターの妊娠のために速やかな鉄補充を必要とする患者

非経口鉄剤の用量は,体重およびその時点のヘモグロビン値に基づいて計算するが,一般に最初の累積用量は1000mgで十分である。

経口鉄剤の投与は,組織貯蔵鉄を補充するためにヘモグロビン値が正常化した後も6カ月以上継続すべきであり,また十分な補充を保証するため,非経口鉄剤の投与から少なくとも4週間が経過した時点で再び鉄検査を行うべきである。治療への反応は,赤血球値が正常化するまで経時的にヘモグロビンを測定して評価する。ヘモグロビンは2週間までほとんど上昇しないが,その後は週に0.7~1gの割合で上昇し,正常値付近に達した時点で増加の割合が緩徐になる。貧血は2カ月以内に是正すべきである。正常な反応を下回る場合は,出血の持続,基礎疾患としての感染または悪性腫瘍,鉄摂取量の不足,または経口鉄剤の吸収不良が示唆される。貧血の回復後も疲労,脱力,息切れなどの貧血症状が軽減しない場合は,貧血以外の原因を疑うべきである。

治療に関する参考文献

  1. 1.Moretti D, Goede JS, Zeder C, et al: Oral iron supplements increase hepcidin and decrease iron absorption from daily or twice-daily doses in iron-depleted young women.Blood 126(17):1981-1989, 2015.doi: 10.1182/blood-2015-05-642223

要点

  • 鉄欠乏性貧血は通常,失血(例,消化管出血,月経)により引き起こされるが,溶血,吸収不良,または鉄需要の増加(例,妊娠,授乳,小児の急速な成長期)が原因となることもある。

  • 鉄欠乏性貧血を他の小球性貧血(例,慢性疾患に伴う貧血,異常ヘモグロビン症)と鑑別する。

  • 血清鉄,鉄結合能,および血清フェリチン濃度を測定する。

  • 鉄欠乏症では,典型的に血清鉄低値,鉄結合能高値,および血清フェリチン低値となる。

  • 貧血が軽度であっても,必ず鉄欠乏症の原因を検索する。

  • 通常は経口鉄剤で十分であり,非経口鉄剤の使用は選択された患者に限定する。

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