酸塩基マップと代償機構の概要
私たちの体内では,たった一瞬のうちに何兆もの生化学反応が起こっています。これらの反応は酵素によって媒介されており,これらの酵素が適切に機能するためには,体液のpHが厳密に調節された範囲内にある必要があります。このpHは,塩基(主にHCO3-)の濃度と酸(主にCO2)の濃度の比に依存し,pH = 6.1 + log HCO3−濃度 / 0.03 CO2分圧という長くて複雑な式によって算出されるのですが,これをHenderson-Hasselbalchの式と呼びます。
動脈血のpHに着目すると,HCO3-の濃度をx軸に,CO2分圧(PCO2)をy軸にとったグラフ,すなわち酸塩基マップを作成することができます。Henderson-Hasselbalchの式を用いると,原点から始まるisohydric lineと呼ばれる線を引くことができます。isohydric という言葉は,この線に沿った全ての点が,「等」しい濃度の「水素」イオン,つまり同じpHを共有していることを意味します。例えば,HCO3-濃度が24mEq/L,PCO2が40mmHgであるとします。Henderson-Hasselbalchの式によると,pHは7.4です。ここで,HCO3-濃度が36mEq/LでPCO2が60mmHgの場合,またはHCO3-濃度が12mEq/LでPCO2が20mmHgの場合にも,pHは同じ7.4となります。
実は,isohydric lineはほかにも引くことができ,例えばpH 7.35の場合とpH 7.45の場合のisohydric lineを別に2本引いてみましょう。正常なpHは7.35~7.45ですので,この2つの直線の間にあるたくさんのペアのHCO3-濃度とPCO2が正常なpHをもたらすことがわかります。さて,体内の状態がこの2本の線の間にあることが非常に重要であるため,我々の身体には恒常性や均衡を維持するためにいくつかの機序が備わっています。その機序の1つには肺が関与しており,肺は呼吸の速さと深さにより吐き出されるCO2の量を制御しています。もう1つの機序は腎臓が関与するもので,腎臓はHCO3-の排泄量を細かく制御することができます。
しかし,これらの調節機構がときに乱れることがあります。例えば,PCO2に対するHCO3-濃度の比が減少すると,pHは7.35未満に低下し,酸塩基マップの左上の部分に移動し,アシドーシスの領域に入ります。一方,この比が増加すると,pHは7.45より高くなり,酸塩基マップの右下の部分に移動し,アルカローシスの領域に入ります。
アシドーシスとアルカローシスは,その根本原因に応じて呼吸性または代謝性に分類できます。呼吸性pH障害は,呼吸器系の何らかの問題により,PCO2の値が過度に低下または上昇する病態です。例えば肺炎などの疾患により呼吸が浅くなりすぎると,CO2が効率的に除去されず血液中に蓄積します。その結果,PCO2は通常上昇し,pHは低下し,呼吸性アシドーシスに至ります。酸塩基マップ上では,pH値が7.35よりはるかに低く,PCO2が45mmHgを超える,濃い色のついた領域内の任意の点がこれに相当します。ただし,これは急性期のみの話であり,限られた期間(一般的には数日)しか持続しません。なぜなら,腎臓がpHの低下を認識し,HCO3-を保持する量を増やす(濃度は通常,26mEq/Lを超えて上昇する)ことによって不均衡を代償しようとするためです。これによりpHは正常ラインである7.35に可能な限り近づきますが,腎臓がこれを行うには数日を要するため,これは慢性期の状態であるとみなされます。
その一方で,呼吸が正常より速くなると,CO2が過剰に喪失されるため,PCO2は低下し,pHは上昇します。マップ上では,pHが7.45よりはるかに高く,PCO2が35mmHg未満に低下している呼吸性アルカローシスの領域に入ります。これも急性期ですが,数日で慢性期が始まって腎臓がHCO3-の排泄を増やし始め,HCO3-濃度は22mEq/L以下に減少し,pHは再び正常範囲に近づきます。
代謝性pH障害では,HCO3-濃度に異常があることが主な問題です。例えば,代謝性アシドーシスは下痢または腎疾患に起因することがあり,このような病態では重度のHCO3-喪失によりHCO3-濃度が22mEq/L未満に低下し,pHが低下します。それを代償するため,呼吸器系は直ちにCO2を「放出」しようと,呼吸をより深く,あるいはより速くするため,PCO2が低下します。この代償は数日もかからず,数分以内に起こり始め,その結果PCO2は通常低下するので,たとえ全身のpHが低下しても,この機構によりpHの過度の低下を防ぐことができます。マップを見ると,pHが7.35未満,HCO3-濃度が22mEq/L未満,PCO2が35mmHg未満を示す代謝性アシドーシスの領域を特定できます。
一方,代謝性アルカローシスは過剰なHCO3-を尿中に排泄できないことに起因することがあり,その結果HCO3-濃度が上昇し,pHの上昇を招きます。ここでもすぐに呼吸性代償が起こり,今度は呼吸が遅く,浅くなることによって,PCO2が45mmHgを超えて上昇し,pHの過度の上昇が防止されます。マップ上で,pH7.45以上,HCO3-濃度26mEq/L以上,PCO2 45mmHg以上である代謝性アルカローシスの領域は1つに絞られます。つまり,代謝異常では,呼吸性代償が直ちに始まるので,急性期や慢性期といったものはないということです。
単一の呼吸または代謝の問題があり,それがこれらの濃い色の付いた領域内のどこかにある場合,その結果は単純な酸塩基平衡障害です。しかし,ときに複数の酸塩基平衡障害が同時に存在することもあります。例えば,アシドーシスを引き起こす問題とアルカローシスを引き起こす別の問題が存在することがあり,その場合,この2つは互いに部分的に中和し合います。あるいは,両方ともアシドーシスを引き起こすか,または両方ともアルカローシスを引き起こす2つの問題があり,それらが互いに複合すると,代償がないために,より重度のpH障害を引き起こすという可能性もあります。これらは全て混合性酸塩基平衡障害と呼ばれ,マップ上で濃い色の付いた領域と領域の中間のどこかに位置します。
以上のように,酸塩基マップは呼吸性および代謝性アシドーシスおよびアルカローシスにおけるpH,HCO3-濃度,PCO2の関係と,腎性または呼吸性代償がある場合にこれらの値がどのように調整されるかを示すものです。要するに,呼吸性アシドーシスは急性期にはHCO3-濃度の変化を伴わない高いPCO2を特徴とし,pHは非常に低くなりますが,慢性期には腎性代償のためにHCO3-濃度も高くなり,そのおかげでpHは急性期よりは高くなるものの,それでも正常よりは低いままにとどまります。同様に,急性期の呼吸性アルカローシスはPCO2低値とpHの著しい高値を特徴としますが,慢性期には腎性代償によりHCO3-濃度も低下し,そのおかげでpHは急性期よりは低くなるものの,それでも正常よりは高いままにとどまります。対照的に,代謝性アシドーシスではHCO3-濃度は低下しますが,直ちに呼吸性代償が起こることによりPCO2も低下するため,pHは低下するものの代償作用がない場合ほど低くはならず,一方,代謝性アルカローシスではHCO3-濃度が上昇すると,PCO2がやはり直ちに代償性に上昇するため,pHは上昇するものの代償作用がない場合ほど高くはなりません。
Acid-Base Map and Compensatory Mechanisms (https://www.youtube.com/watch?v=cdGxtFqRBEw&list=PLY33uf2n4e6PT53f0Z5LmFHo7Vb0ljn5b&index=9) by Osmosis (https://open.osmosis.org/) is licensed under CC-BY-SA 4.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/).