分娩後異常出血の概要
分娩後異常出血は分娩後の著しい失血であり,世界における母体の合併症および死亡原因の第1位となっています。具体的には経腟分娩後の500mLを超える,または帝王切開後の1000mLを超える失血と定義されています。もちろん,分娩は煩雑になることがあり,失われた血液の正確な量を測定することは不可能で,また内出血の可能性もあります。そのため,分娩後異常出血に関して考慮すべき追加基準として,ベースラインから10%以上のヘマトクリット減少のほか,母体の心拍数,血圧,および酸素飽和度の変化などがあり,これらはいずれも有意な失血を示唆します。分娩後最初の24時間にみられる有意な出血は,一次分娩後異常出血と呼ばれ,以降にみられるものは,二次または後期分娩後異常出血と呼ばれます。
分娩後異常出血の最も一般的な原因は4種類に分類することができ,緊張(Tone),外傷(Trauma),組織(Tissue),トロンビン(Thrombin)という「4つのT」として容易に覚えることができます。緊張(Tone)とは,子宮の緊張が欠如している状態を指し,これは子宮弛緩症としても知られていて,子宮が基本的に軟らかく,海綿状で,ブヨブヨした状態になり,これは分娩後異常出血の主な原因であり,一般に緩徐な一定の失血を招きます。子宮は筋肉でできた臓器で,子宮筋層と呼ばれる3層の平滑筋に覆われていて,陣痛時に収縮することで子宮頸管を開大,展退させ,最終的に胎児と胎盤を押し出します。
分娩後,子宮筋層が収縮し続けることで胎盤動脈が子宮壁に付着している部位が圧迫され,胎盤動脈が締めつけられて遮断され,子宮からの出血が減少していきます。この収縮は分娩後の数週間,続きます。
しかし子宮弛緩症では,分娩後に子宮が収縮せず,胎盤動脈が遮断されないため,過度の出血と分娩後異常出血が生じます。
子宮弛緩症の原因となりうる要因はいくつかあり,複数回の妊娠による子宮増大の反復,双胎や品胎による過度の伸展,あるいは過度の子宮伸展を引き起こす病態によって効率的な子宮収縮が妨げられると,緊張の低下から最終的に子宮弛緩症が生じる可能性があります。子宮弛緩症は,遷延分娩のために分娩過程で子宮筋が疲労した場合にも起こりえます。また充満した膀胱は子宮を圧迫して子宮収縮を妨げる可能性があるため,女性が膀胱を空にできない場合にも起こりえます。
最後に,麻酔薬(特にハロタン)や硫酸マグネシウム,ニフェジピン,テルブタリンなど,産科診療でよく使用される一部の薬剤は,いずれも子宮収縮を妨げて子宮弛緩症のリスクを上昇させる可能性があります。
子宮弛緩症は,典型的には分娩直後に臍近くに位置する子宮上部,すなわち子宮底をマッサージすることで治療できます。子宮底マッサージは子宮壁の平滑筋を収縮させ,硬くします。充満した膀胱が収縮を妨げているとみられる場合には女性が排尿するか,自分で排尿できなければカテーテルを留置することができます。子宮を硬くするのに役立つ薬剤を投与することもあり,必要であれば,出血を外科的に止血することもあります。
次の「T」である外傷(trauma)は,性器(子宮,子宮頸部,腟,会陰)のいずれかの損傷を指します。これには帝王切開による切開,産道を通過する胎児による偶発的な外傷,または娩出に使用された器具による外傷などが含まれます。例えば,鉗子の使用,吸引分娩,会陰切開(腟の開口部を大きくするために行う小さな切開)も意図しない出血の原因になる可能性があります。ときに隠れた部位で出血し,血液の塊または貯留である血腫が形成されることがあり,分娩後何時間にもわたり気づかれないことがあります。血腫を認識する鍵は,重度の痛みと,子宮が硬く収縮しているにもかかわらず持続する鮮紅色の性器出血です。一般に,外傷に関連する出血は全て緊急事態であり,一般的には圧迫し裂傷を縫合することにより出血部位を直ちに修復しなければなりません。
次のTである組織(tissue)は,子宮腔に残留した胎盤断片を指します。正常では,分娩第3期に胎盤全体が子宮壁から分離しますが,ときに胎盤の一部が子宮内に残ることがあります。癒着胎盤では,胎盤が子宮筋層に浸潤するため,子宮から容易に分離しません。癒着胎盤や,ただ臍帯を過度に牽引したことのいずれもが,胎盤遺残の原因となりえます。これが次に効果的な子宮収縮を妨げ,子宮弛緩症に至ります。
この場合の目標はこのような事態がそもそも起こらないようにすることであり,胎盤が完全に無傷で娩出されるようにし,遺残した組織があれば可能な限り速やかに除去します。
最後のTであるトロンビンとは,正常な血栓形成を妨げる何らかの病態が母体にある状態を指し,例えばフォン・ヴィレブランド病のような遺伝性疾患や,子癇や常位胎盤早期剥離のように凝固障害を引き起こす可能性のある産科疾患などがあり,これらは播種性血管内凝固症候群(DIC)につながる可能性があります。これらの病態は出血時の血栓の正常な形成を妨げ,小さな出血であっても容易に止まらないため,重篤な問題となる可能性があります。これらの治療はそれぞれ基礎にある原因に対して行います。
このように分娩後異常出血は産科的緊急事態であり,十分な循環量を維持することが重要な優先事項です。原因にかかわらず,重要臓器が十分に灌流されていることを確実にするために,輸液および血液製剤を使用することがあります。
以上のように,分娩後異常出血は全世界における母体合併症および母体死亡の最も一般的な原因となっていて,その原因は4つのT,すなわち緊張の喪失(Tone),外傷(Trauma),組織(Tissue),およびトロンビン(Thrombin)です。最も一般的な原因である子宮弛緩症は,子宮底マッサージと子宮収縮を助ける薬剤で通常は管理できます。
This video is created as a collaboration between The Manuals and Osmosis.