術後ケアは手術終了時から開始して,回復室で継続し,それ以降の入院期間と退院後の通院期間も通じて継続する。極めて重要な緊急の懸念事項は,気道確保,疼痛コントロール,精神状態,および創傷治癒である。その他の重要な懸念事項は,尿閉,便秘,深部静脈血栓症(DVT),および血圧変動(高値または低値)の予防である。糖尿病患者では,良好な血糖コントロールが治療成績の向上につながることから,患者が覚醒して食事を摂れるようになるまで1~4時間毎の指先採血で血糖値を綿密にモニタリングする。
気道
大半の患者は手術室を出る前に抜管され,すぐに気道から分泌物を除去できるようになる。患者が自ら痰を除去して気道を確保できるようになるまでは,患者を回復室から出してはならない(集中治療室[ICU]に入る場合は除く)。挿管処置後には,肺および気管が正常な患者でも抜管後24時間は軽度の咳嗽が生じ,喫煙者や気管支炎の病歴がある患者では,抜管後より長期間にわたり咳嗽がみられる。挿管していた患者の大半,特に喫煙者と肺疾患がある患者には,インセンティブスパイロメトリーが有益である。
術後の呼吸困難は,胸部または腹部切開に続発した疼痛が原因で生じる場合(低酸素以外による呼吸困難)と,低酸素血症により生じる場合(低酸素による呼吸困難)がある(酸素飽和度の低下も参照)。肺機能不全に続発する低酸素血症は通常,呼吸困難,頻呼吸,またはその両方を伴うが,過鎮静が生じると,低酸素血症を来す可能性がある一方,呼吸困難,頻呼吸,またはその両方がわかりづらくなる可能性がある。そのため,鎮静した患者はパルスオキシメトリーまたはカプノメトリーでモニタリングすべきである。低酸素による呼吸困難は,無気肺から生じるか,特に心不全や慢性腎臓病の既往がある患者では体液過剰により生じる。呼吸困難が低酸素によるものかどうかは,パルスオキシメトリーのほか,ときに動脈血ガス分析を行って判断すべきであり,体液過剰と無気肺の鑑別には胸部X線が役立つ可能性がある。
低酸素による呼吸困難は酸素投与で治療する。低酸素以外による呼吸困難は抗不安薬または鎮痛薬で治療する。
疼痛
疼痛コントロールは患者の意識回復後すぐに必要になる可能性がある。オピオイドは一般的に第1選択肢であり,経口的,または非経口(parenteral)的に投与される。しばしば,オキシコドン/アセトアミノフェン1または2錠(各錠オキシコドン2.5~10mgおよびアセトアミノフェン325~650mgを含有),経口,4~6時間毎,またはモルヒネ,開始量2~4mg,静注,3時間毎,を投与し,その後必要に応じて調整する;個々の必要量および耐性は数倍も異なる。投与回数が少ないと,突出痛(避けるべきである)が起こりうる。さらに重度の疼痛に対しては,必要に応じて患者自身が管理できる静注が最適である(用量および調節を参照)。患者に腎疾患も消化管出血の病歴もなければ,非ステロイド系抗炎症薬(NSAID)を定期的に投与することで,突出痛を軽減し,オピオイド投与量を減少できる。
精神状態
全ての患者は麻酔から覚めたとき,一時的に混乱を来す。高齢患者は,認知症がある場合は特に,術後せん妄のリスクがあり,退院遅延および死亡リスク増大の可能性がある。抗コリン薬が使用された場合,せん妄のリスクは高くなる。抗コリン薬は,ときに術前または術中に上気道分泌物を減らすために用いられるが,可能であれば避けた方がよい。高用量のH2受容体拮抗薬と同様に,術後投与のオピオイドもせん妄を引き起こす。高齢患者の精神状態を,術後期間は頻繁に評価すべきである。せん妄が出現した場合,酸素化の評価を行い,必須のもの以外の全ての薬剤を中止すべきである。患者は歩行ができるようになれば歩行を開始すべきであり,いずれの電解質または体液平衡異常も是正すべきである。
創傷ケア
外科医は個々の手術創に対して個別化したケアを施さなければならないが,手術室で適用された無菌のドレッシング材は,感染の徴候(例,疼痛の増悪,発赤,排液)がみられない限り,一般に24~48時間そのままにしておく。ドレッシング材の除去後は,感染の徴候がないか調べるために創部を1日2回チェックすべきである。感染が起こったら,創部の検索と膿瘍の排膿,抗菌薬の全身投与,またはこれら両方が必要になる。抗菌薬の外用は通常,助けにならない。排膿チューブがある場合は,集められた排液の量と質をモニタリングしなければならない。ただし,排膿チューブは感染源となる可能性があり,出血や吻合部からの漏出といった合併症の徴候がみられない場合もあるため,できるだけ早く抜去すべきである。縫合糸,皮膚ステープル,その他の閉鎖具は部位および患者の状態に応じて,通常は7日間以上にわたり留置する。顔面および頸部の傷は表面的には3日で治癒する;下肢の傷は同程度の治癒に数週間を要する。
深部静脈血栓症(DVT)の予防
術後の深部静脈血栓症のリスクは小さいが,結果は重症となることがあり,また一般集団に比べるとリスクは高いため,しばしば予防が必要となる。手術自体が凝固を亢進させ,しばしば長期の不動状態を要することが,深部静脈血栓のもう1つの危険因子である(肺塞栓症および深部静脈血栓症を参照)。深部静脈血栓の予防は通常,手術室内で始める( see table 手術患者における深部静脈血栓症および肺塞栓症のリスク)。あるいは,出血リスクが減少している場合,術後すぐにヘパリンが使われることがある。安全に行えるようになれば,直ちに歩行または理学療法を開始し,運動を促すべきである。
発熱
術後の発熱の一般的な原因は,手術による炎症反応または代謝の活性化である。その他の原因として,肺炎,尿路感染症(UTI),創感染,深部静脈血栓症(DVT)などがある。また,薬剤性の発熱および植込み型装置やドレーンへの感染の可能性もある。手術当日または術後1週間にみられる発熱の一般的な原因としては,いわゆる「6つのW」がある:
創感染(Wound infection)
水(Water)(例,UTI)
呼吸(Wind)(例,無気肺,肺炎)
歩行(Walking)(例,DVT)
不思議な薬(Wonder drugs)(例,薬剤性の発熱)
器具(Widgets)(例,植込み型装置,ドレーン)
術後の最適なケア(例,早期離床および膀胱カテーテルの早期抜去,細心の創傷ケアおよびドレーンのケア)により,DVT,UTI,および創感染のリスクが低下する。インセンティブスパイロメトリーと定期的に咳をすることが肺炎リスクの低減に役立つ可能性があり,咳は1時間に最大10回の頻度でするよう奨励すべきである。
尿閉および便秘
尿閉および便秘が術後によくみられる。原因としては以下のものがある:
抗コリン薬
オピオイド
不動状態
経口摂取の減少
尿量をモニタリングしなければならない。患者が膀胱拡張を起こし苦痛を感じている場合,また術後6~8時間排尿がない場合には,典型的には直接カテーテル法が必要になるが,ときにはクレーデ法(排尿時に恥骨上部を圧迫する方法)が有用であり,カテーテル法が不要となることもある。長期の尿閉に対しては,原因薬物の回避およびできる限り頻繁に患者を起こして座らせることが最適な処置である。膀胱閉塞の可能性がない患者,および開腹を行っていない患者にはベタネコール5~10mgの経口投与を試してもよい;50mg/日を最大量とし,1時間毎に反復投与する。ときに膀胱カテーテル留置が必要となるが,それは,特に尿閉の既往がある場合,または直接カテーテル法の後大きな初期排出がある場合である。しかしながら,感染のリスクを減らすため,留置カテーテルはできるだけ早く抜去すべきである。
便秘はよくみられ,一般的には麻酔薬,腸管の手術,術後の安静,およびオピオイドによるものである。便秘の治療は,オピオイドなどの便秘の原因薬物の使用を最低限にすること,早期離床すること,また消化管手術でなければ,刺激性下剤(例,ビサコジル,センナ,カスカラ)を投与することによる。便軟化剤(例,ジオクチルソジウムスルホサクシネート)は術後の便秘を軽減しない。
筋肉量の減少(サルコペニア)
長期臥床が必要な全ての患者で,筋量減少(サルコペニア)および筋力低下がみられる。完全な臥床安静により,若年成人は1日当たり総筋量の約1%を失うのに対し,高齢患者ではこの量が1日当たり5%にものぼるが,これは成長ホルモンの量が年齢とともに減少するためである。サルコペニアを避けることは回復に不可欠である。そのため,外科および内科的状態に照らして安全になればすぐに,患者はベッドの上で身体を起こし,椅子へ移動し,立ち,運動することが望ましい。栄養欠乏もサルコペニアの原因となることがある。したがって,完全な臥床安静の患者における栄養摂取を最適化すべきである。経口摂取を奨励すべきであるが,経管栄養または,まれに静脈栄養が必要となる。
他の問題
ある種の手術は追加の予防措置が必要である。例えば,股関節手術では股関節が転位しないよう,患者を動かし位置を確認すべきである。肺の聴診をはじめ,いかなる理由であれこのような患者を動かす医師は全て,有害とならないポジショニングを知っておく必要がある;しばしば看護師は最良のインストラクターである。