暴徒鎮圧剤は,最初は群集のコントロールのために開発された化合物であるが,軍事紛争でも使用されている(化学兵器の概要も参照)。暴徒鎮圧剤は擾乱剤,催涙剤,または催涙薬とも呼ばれ,しばしば催涙ガスという誤解を招く名称で呼ばれるが,実際は気体または蒸気として存在することはない。そうではなく,液体(固体を溶解させて溶液をつくり,溶液を噴霧する)またはエアロゾル(爆発により,または煙として放出される小さな粒子)として散布できる固体である。抗コリン剤と同様,重篤な損傷または死亡ではなく無能力化が意図されているが,肺水腫(急性肺損傷)による死亡が発生している。
そのような物質の軍事用の種類として,クロロアセトフェノン(CN,Mace®としても販売されている),クロロベンジリデンマロノニトリル(CS),ジベンゾオキサゼピン(CR),ジフェニルアミンクロロアルシン(アダムサイトまたはDM,いわゆる嘔吐剤)などがある。オレオレジンカプシカム(OC,唐辛子スプレー)はより最近開発された暴徒鎮圧剤であり,主に法執行機関や,護身用に個人が使用している。クロルピクリン(PS)は第一次世界大戦中に使用された化合物であり,ときに暴徒鎮圧剤とみなされるが,より厳密には窒息剤に分類される。
暴徒鎮圧剤による損傷の病態生理
CNおよびCSは乳酸脱水素酵素などの酵素をアルキル化する:この機序は一過性の組織損傷(不活化した酵素を迅速に補充することによって消失する)の原因である可能性がある。ブラジキニンなどのサイトカインの放出がこれらの物質によって生じる疼痛の一因であり,塩酸が大量に生成されることもまた一因となる。CRも同様の作用機序を有するようである。DMはそのヒ素成分のAs(III)からAs(V)への酸化および引き続く塩素の放出を介して,その作用の一部を及ぼすと考えられている。OCは,ニューロンのtransient receptor potential vanilloid(TRPV1)受容体に結合することにより疼痛を引き起こし,続いてこの受容体が刺激されニューロキニンA,カルシトニン遺伝子関連ペプチド,およびサブスタンスPを放出する。これらの化合物は,疼痛,毛細血管からの漏出,浮腫,粘液産生,および気管支収縮を伴う神経原性炎症を誘発する。
暴徒鎮圧剤による損傷の症状と徴候
化合物間でわずかな違いがあるものの,大半の暴徒鎮圧剤はほぼ即時に眼,粘膜,および皮膚に対する刺激および疼痛を引き起こし,短時間の紅斑も生じる場合がある。吸入による呼吸器系の作用は,一般的にはタイプ1の損傷による明らかに聞こえるもの(例,咳嗽,くしゃみ,および喘鳴)であるが,大量の場合はタイプ2の損傷(初期の急性肺損傷による遅発性の息切れ)が起こることがある。死亡は通常,閉鎖空間に大量に撒かれた結果生じる肺水腫による。非常に旧式の物質であるDMは,即時または遅発性の刺激および嘔吐を引き起こすことがある。
全ての暴徒鎮圧剤の作用は一般的には30分以内に消失するが,皮膚上に残存する物質により水疱が生じることがある。曝露から長時間経経過した後に反応性気道機能不全症候群(reactive airways dysfunction syndrome:RADS)が発生して無期限に持続することがあるが,どの患者にこの合併症が発生するかは予想できない。
暴徒鎮圧剤による損傷の診断
臨床的評価
診断は,病歴,徴候(流涙,眼瞼痙攣,紅斑,タイプ1の呼吸器徴候),および症状(一過性の刺激および疼痛,大量の場合は遅発性の息切れまたは胸部圧迫感を伴う)による。胸部X線は通常は異常がみられず,肺水腫を示唆する呼吸困難が発生しない限り必要ではない。臨床検査は診断に役立たない。
トリアージ
被害者は一般的に曝露を即時に除去する必要があるが,大量でない限り作用は自然に軽快するため,通常その後のトリアージで待機的治療群または軽処置群に分類される。初期の肺水腫の所見がある場合,肺の集中治療室へ緊急に搬送すべきである。
暴徒鎮圧剤による損傷の治療
曝露の終了
皮膚の除染
眼痛が自然に消失しない場合,眼の除染
疼痛に対して,必要であれば冷罨法および鎮痛薬
曝露の最初の徴候または曝露の可能性がある最初の徴候がみられた時点で,可能であればマスクを着用する。可能であれば,影響を受けた区域から人を退去させる。
除染は固体または液体の物理的または機械的な除去(ブラシで払う,洗浄,すすぎ)による。水はCSまたはOCによる疼痛を一時的に増悪する可能性があるものの依然効果的であるが,OCに対しては脂肪を含有する油または石鹸がより効果的な場合がある。眼は,滅菌水または生理食塩水による大量の洗浄で,または(OCの場合)眼を開けて扇風機の風に曝すことで除染する。細隙灯顕微鏡検査で物質の固体粒子が詰まっているのが認められた場合,眼科医への紹介が必要である。
暴徒鎮圧剤による大半の作用は一過性であり,除染以外の治療が必要になることはなく,大半の患者では4時間を超える経過観察は不要である。しかし,水疱形成や遅発性の息切れなどの作用が生じた場合は再受診するように患者に指示すべきである。
本稿で述べられている見解は著者の見解であり,米国陸軍省(Department of Army),米国国防総省(Department of Defense),米国政府の公式の方針を反映したものではない。