腹部外傷の概要

執筆者:Philbert Yuan Van, MD, US Army Reserve
レビュー/改訂 2023年 6月
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腹部は多くの種類の外傷によって損傷されることがある;損傷は腹部に限局する場合もあれば,重度の多発外傷を伴うこともある。腹部損傷の性質および重症度は,受傷機転および関与した力によって幅広く異なり,したがって死亡率および外科的治療の必要性に関する一般化は誤りを招く傾向がある。

以下の通り,損傷はしばしば損傷を受けた構造の種類によって分類される:

  • 腹壁

  • 実質臓器(肝臓,脾臓,膵臓,腎臓)

  • 管腔臓器(胃,小腸,結腸,尿管,膀胱)

  • 血管系

肝臓脾臓,および泌尿生殖器への損傷など,腹部外傷によるいくつかの特定の損傷については,本マニュアルの別の箇所で考察されている。

外傷患者へのアプローチも参照のこと。)

腹部外傷の病因

以下の通り,腹部外傷は一般的には受傷機転によっても分類される:

  • 鈍的

  • 穿通性

鈍的外傷は,直接の打撃(例,蹴り),物体との衝突(例,自転車で転倒しハンドルにぶつける),または突然の減速(例,高所からの転落,自動車事故)によって生じる。最も受傷頻度が高い臓器は脾臓で,次いで肝臓と管腔臓器(典型的には小腸)が多い。

穿通性損傷は,腹膜を穿通することもあるが,穿通しないこともあり,たとえ穿通しても,臓器損傷を引き起こすとは限らない。刺創は銃創より腹腔内の構造が損傷する可能性が低いが,どちらの場合も,あらゆる構造が損傷する可能性がある。第4肋間(または乳頭線)より下の胸部に生じた穿通性外傷は,呼吸周期の中で腹部臓器が胸部に位置している瞬間があることから,腹部損傷の可能性も考慮に入れて評価すべきである。

分類

臓器損傷の重症度をグレード1(最小限)からグレード5または6(重大)に分類する損傷の評価尺度が考案されており,重症度が高いほど死亡率や外科的治療の必要性が高くなる。評価尺度としては肝臓用(肝損傷の重症度の表を参照),脾臓用(脾損傷の重症度の表を参照),および腎臓用(腎損傷の分類を参照)のものが存在する。

合併損傷

腹腔内の構造を損傷する鈍的または穿通性損傷が,脊椎肋骨,および/または骨盤の損傷を引き起こすこともある。大幅な減速を経験した患者では,しばしば胸部大動脈など身体の他の部位に損傷がみられる。

腹部外傷の病態生理

鈍的または穿通性外傷が腹腔内の構造の裂傷または破裂を引き起こすことがある。あるいは,鈍的損傷が実質臓器または管腔臓器の壁に血腫のみを引き起こすことがある。

裂傷は直ちに出血する。軽度の実質臓器損傷,微小血管の裂傷,または管腔臓器の裂傷による出血はしばしば少量であり,生理学的な影響は最小限である。より重篤な損傷はショック,アシドーシス,および凝固障害を伴う大量出血を引き起こすことがあり,介入が必要となる。出血は内出血である(穿通性外傷によって引き起こされる体壁の裂傷による,比較的少量の外出血を除く)。内出血は腹腔内でみられることもあれば後腹膜腔でみられることもある。

管腔臓器の裂傷または破裂によって胃,腸管,または膀胱の内容物が腹腔内に流入し,腹膜炎を引き起こす。

合併症

腹部損傷の遅発性の結果としては以下のものが挙げられる:

  • 血腫破裂

  • 腹腔内膿瘍

  • 腸閉塞またはイレウス

  • 胆汁漏および/または胆汁性嚢胞

  • 腹部コンパートメント症候群

膿瘍,腸閉塞,腹部コンパートメント症候群,および遅発性の腹壁瘢痕ヘルニアは治療の合併症であることもある。

血腫は,大きさおよび部位に応じて典型的には数日~数カ月で自然に消失する。脾臓の血腫,もしくは頻度は低いが肝臓の血腫は,破裂することがあり,典型的には受傷後最初の数日(ただし,ときに最大で数カ月後)に起こり,ときに重大な遅発性の出血を引き起こす。腸壁血腫はときに穿孔を来し(典型的には受傷後48~72時間以内),腸管内容物を放出して腹膜炎を引き起こすが,大量出血は引き起こされない。腸壁の血腫はまれに,典型的には数カ月~数年後に,腸管狭窄を引き起こすことがあるが,鈍的外傷から2週間後という早期の腸閉塞の症例報告がある。

腹腔内膿瘍は,発見されなかった管腔臓器の穿孔により生じるのが典型的であるが,開腹手術の合併症である場合もある。膿瘍が形成される割合は,非治療的な開腹手術後の0%から治療的な開腹手術後の約10%まで幅があるが,重度の肝裂傷の修復術後には50%にまで高まる可能性がある。

腸閉塞は,腸管漿膜または腸間膜の裂傷によって生じた腸壁の血腫または癒着によって,受傷から数週間~数年後にまれに発生する。腸閉塞は試験開腹の合併症である場合の方が多い。非治療的な開腹手術でもときに癒着を引き起こすことがあり,そのような症例の0~2%に発生する。

胆汁漏および/または胆汁性嚢胞は肝損傷のまれな合併症であり,さらに頻度は低いが,胆管損傷の合併症である。胆汁は,肝損傷部の粗い表面から,または損傷した胆管から排出されることがある。胆汁は腹腔内全体に広がることもあれば,隔絶されて明瞭な液体の貯留すなわち胆汁性嚢胞となることもある。胆汁漏の結果,疼痛,全身性炎症反応,および/または高ビリルビン血症が生じることがある。

腹部コンパートメント症候群

腹部コンパートメント症候群は,整形外科的損傷後の四肢コンパートメント症候群と類似している。腹部コンパートメント症候群では,腸間膜および腸管の毛細血管から漏出(例,ショック,長時間の腹部手術,全身性虚血再灌流傷害,または全身性炎症反応症候群[SIRS]による)が起こることで,腹部で組織浮腫が生じる。腹腔内では,四肢の場合よりも拡張するための空間が広いが,確認されなかった浮腫およびときに腹水によって,最終的に腹腔内圧が上昇し(20mmHg以上と定義),疼痛ならびに臓器の虚血および機能不全が生じる。腸管虚血はさらに血管漏出を悪化させ,悪循環を引き起こす。他の侵される臓器には以下のものがある:

  • 腎臓(腎機能不全を引き起こす)

  • 肺(腹圧上昇により呼吸が妨げられることがあり,低酸素血症および高炭酸ガス血症が生じる)

  • 心血管系(腹圧上昇により下肢からの静脈還流が減少し,低血圧が生じる)

  • 中枢神経系(頭蓋内圧の亢進[その原因としては中心静脈圧の上昇により脳からの十分な静脈還流が妨げられる機序が考えられる]によって脳灌流が低下し,それにより頭蓋内損傷が悪化する可能性がある)

腹部コンパートメント症候群は,血管からの漏出があり,かつ大量の輸液蘇生(fluid resuscitation)(通常は10Lを超える)が行われている状況で発生するのが一般的である。したがって,しばしばショックを伴う重症腹部損傷に対する開腹手術後に発生するが,重度の熱傷敗血症,および膵炎など腹部を主には侵さない病態でも起こることがある。多臓器不全が発生した場合,死亡を防ぐ唯一の方法は,腹腔内容の減圧であり,これは典型的には開腹手術による。著しい腹水がある場合,大量の腹腔穿刺が効果的となることがある。

腹部外傷の症状と徴候

典型的には腹痛がみられるが,その痛みはしばしば軽度であるため,より強い痛みを引き起こす他の損傷(例,骨折)や意識変容(例,頭部損傷,中毒,ショックによる)のために容易に不明瞭となる。脾損傷による疼痛はときに左肩に放散する。小腸穿孔による疼痛は典型的には初期は軽微であるが,最初の数時間にわたり着実に増強する。腎損傷の患者は血尿に気づくことがある。

診察でバイタルサインから循環血液量減少の所見(例,頻脈,脈圧の減少)またはショックの所見(例,暗褐色の皮膚,発汗,意識変容,乏尿,低血圧)が明らかになることもある。

視診

穿通性損傷とは,定義上は皮膚の破綻を伴う損傷のことであるが,腹部に加えて背部,殿部,会陰,側腹部,および下胸部の視診を確実に行う必要がある(特に銃器または爆発物が関与している場合)。皮膚病変はしばしば小さく,伴う出血はごく少量であるが,ときに創傷が大きく,内臓の脱出を伴うことがある。

パール&ピットフォール

  • 全ての腹部穿通性損傷が腹壁の創傷に起因するわけではなく,背部,殿部,側腹部,会陰,および下胸部の刺入創も疑うこと。

鈍的外傷は斑状出血(例,seat belt signと呼ばれる横断性,線状の斑状出血)を引き起こすことがあるが,この所見の感度および特異度は低い。外傷後の腹部膨隆は典型的には重度の出血(2~3L)を示唆しているが,数単位の血液を失った患者でさえ膨隆が明らかでないことがある。

触診

しばしば腹部圧痛がみられる。腹壁の挫傷が圧痛を伴うことがあるため,この徴候の信頼性は非常に低く,また多くの腹腔内損傷患者では,他の損傷に気をとられている場合,意識変容がある場合,または損傷部位が主に後腹膜の場合は,診察の判断が難しい。あまり感度は高くないものの,腹膜刺激徴候(例,筋性防御,反跳痛)が検出された場合は,腹腔内に血液および/または腸管内容物が存在することが強く示唆される。

直腸診では穿通性の結腸病変による肉眼的血便が示されることがあり,泌尿生殖器の損傷による外尿道口の血液または会陰血腫があることもある。これらの所見は非常に特異的であるが,感度はあまり高くない。

腹部外傷の診断

  • 臨床的評価

  • しばしばCTまたは超音波検査

重大な外傷を負った全ての患者の場合と同様に,蘇生を行いながら,徹底的かつ体系化された外傷評価を行う(外傷患者へのアプローチを参照)。多くの腹腔内損傷は特異的な治療なしで治癒するが,医師が設定すべき第一の目標は,介入を必要とする損傷を同定することである。

パール&ピットフォール

  • 多くの腹腔内損傷は特異的な治療なしで治癒するため,医師が設定すべき第一の目標は,介入を必要とする損傷を同定することである。

臨床的評価後,以下がみられる患者など,少数の患者では明らかに検査より試験開腹が必要である:

  • 腹膜炎

  • 穿通性の腹部外傷による血行動態不安定

  • 銃創(ほとんどの場合)

  • 内臓の脱出

逆に,少数の患者ではリスクが非常に低く,肉眼的血尿に対する視診以外は検査をせずに,退院または短期間の経過観察とすることが可能である。そのような患者では典型的には,鈍的腹部外傷のみがあり,受傷機転は軽微なもので,感覚は性状であり,圧痛や腹膜刺激徴候はみられないが,疼痛が悪化した場合は直ちに再受診するよう指示すべきである。筋膜を貫通していない前腹部への刺創のみの患者も,短時間の観察の後,帰宅させることができる(1)。

しかしながら,大半の患者にはこのような明確な陽性または陰性の臨床像はなく,したがって腹腔内損傷の評価のための検査が必要となる。検査の選択肢としては以下のものがある:

  • 画像検査(超音波検査,CT)

  • 手技(創傷の探索,診断的腹腔洗浄)

加えて,横隔膜下の遊離ガス(管腔臓器の穿孔を示す)および片側の横隔膜挙上(横隔膜破裂を示唆する)を検索するための胸部X線を通常行うべきである。骨盤に圧痛を認めるか受傷に有意な減速が関与していた患者において,診察のみでは信頼できる評価ができない場合は,骨盤X線撮影を施行する。

臨床検査は補助的である。血尿(肉眼的または顕微鏡的)を検出するための尿検査が役に立ち,明らかに重篤な損傷のある患者ではベースラインのヘマトクリット(Hct)を確認するために血算が有用である。膵および肝酵素値は,重大な臓器損傷に対して推奨するには感度および特異度が不十分である。血液バンクは,輸血の可能性がある場合にタイプアンドスクリーンを行うべきであり,輸血の可能性が非常に高い場合には血液型検査および交差適合試験を行う。血清乳酸濃度または塩基欠乏の算出(動脈血ガス検査による)が,潜在性のショックの同定に役立つことがある。

腹腔内損傷を検出するために選択する手段は,受傷機転および診察所見によって異なる。

穿通性腹部外傷

創を先の丸い器具(例,綿棒,指先)で盲目的に探るべきではない。腹膜に損傷がある場合,探査は感染を招く場合や,さらなる損傷を引き起こすことがある。

腹膜刺激徴候を認めず,血行動態が安定している患者における,前腹部(2本の前腋窩線の間)への刺創(串刺し状の創傷を含む)は局所的に調べてもよい。典型的には,局所麻酔薬を投与し,創傷を通過経路全体が完全に観察できるよう十分に開放する。前方の筋膜が穿通している場合,連続的な診察のために入院させる;腹膜刺激徴候または血行動態不安定が生じた場合には試験開腹を行う。筋膜が破損していない場合は,創傷を洗浄し修復して,患者を退院させる。筋膜を穿通している損傷には,一部の施設ではCT検査や,頻度は低いが診断的腹腔洗浄(DPL)が施行される。側腹部(前腋窩線と後腋窩線の間)または背部(2本の後腋窩線の間)への刺創には,これらの部位の基礎にある後腹膜の構造への損傷は連続的な腹部診察および/またはDPLの際に見落とされる可能性があるため,CTが推奨される。

銃創に対しては,創傷が明らかにかすり傷または接線方向のもので腹膜炎および低血圧がない場合を除き,大半の医師は試験開腹を行う。しかしながら,実質臓器(典型的には肝)損傷のみを認める選択された患者に対して手術以外による管理を採用している一部の施設では,状態の安定している銃創患者にCTが施行されている。局所の創傷の探索は,典型的には銃創に対しては行わない。

鈍的腹部外傷

痛みで注意をそらす損傷や意識変容がある多発外傷患者の大半には,診察で所見が認められる場合と同様に,腹部の検査を行うべきである。典型的には,超音波検査またはCTか,ときにこの両方が用いられる。

超音波検査(ときにFAST[focused assessment with sonography in trauma]と呼ばれる)は,初期評価中に患者を放射線部に移動させずに施行できる。FASTでは心膜,右および左上腹部,ならびに骨盤を描出するが,その第一の目的は,異常な心嚢液貯留または腹腔内の貯留液(free fluid)を発見することである。Extended FAST(E-FAST)は気胸の検出を目的とした胸部の画像を追加する。超音波検査は放射線被曝がなく,大量の腹部貯留液の検出に対する感度が高いが,具体的な実質臓器損傷を同定することはできず,内臓穿孔の検出感度が低く,肥満の患者や皮下気腫(例,気胸によるもの)がある患者では制限がある。

CTは,典型的には経口ではなく静脈内投与する造影剤を用いて行われる;体液貯留および実質臓器損傷に対して非常に感度が高いが,小さな内臓の穿孔に対しては感度が低く(ただし超音波検査よりは高い),同時に脊椎または骨盤への損傷を検出できる。しかしながら,CTは,患者を放射線に被曝させ,これは小児および繰り返しの検査が必要な場合がある患者(例,貯留液が少量で状態の安定している患者)で特に懸念事項であり,また患者を搬送して蘇生室から離れさせなければならない。

超音波検査とCTの選択は患者の状態に基づいて行う。他の部位(例,頸椎,骨盤)を評価するためにCTが必要な場合,CTはおそらく腹部を評価する妥当な選択である。一部の医師は蘇生段階でFASTスキャンを行い,大量の貯留液が観察されたら開腹に移行する(低血圧の患者の場合)。FASTの結果が陰性または弱陽性の場合,患者の状態が安定した後に腹部についての懸念が残っている場合には,CTを行う。そのような懸念の理由には,増大する腹痛や,患者を臨床的にモニタリングできないと予測される場合(例,深い鎮静を必要とする患者または長時間の外科手術を受ける患者)などがある。

診断的腹腔洗浄(DPL)では,腹膜透析カテーテルを臍付近で腹壁から通して骨盤/腹腔内に留置する。視認可能な血液が吸引された場合は腹部損傷陽性と判定する。血液が吸引されない場合,1Lの電解質輸液を注入し,排液させる。排液中の赤血球数が1μL当たり10万個(100 x 109/L)を超える所見は,腹部損傷に対する感度が非常に高い。しかしながら,DPLは大部分がFAST検査およびCTに取って代わられている。DPLは特異度が低く,外科的修復を必要としない多くの病変を同定するため,DPLによる診断ではnegative laparotomyの頻度が高くなる。また,DPLでは後腹膜損傷が見逃される。DPLは,実質臓器損傷がなく骨盤内に貯留液が存在する場合や,FAST検査の結果がはっきりしない低血圧の患者などの限られた臨床状況で有用なことがある。

腹部外傷の合併症の認識

受傷後の数日間に突然の腹痛の悪化があった患者では,実質臓器の血腫の破裂または遅発性の管腔臓器の穿孔を疑うべきである(特に頻脈および/または低血圧がある場合)。初日のうちに着実に悪化する疼痛は,管腔臓器の穿孔,または数日後の場合には膿瘍形成を示唆する(特に発熱および白血球増多を伴う場合)。どちらの場合にも,状態の安定している患者では超音波検査またはCTによる画像検査を通常行い,続いて外科的修復を行う。

重症の腹部外傷に続いて尿量減少,換気不全,または低血圧がみられる患者では腹部コンパートメント症候群を疑うべきであり,特に腹部が緊満ないし膨満している場合には強く疑う(ただし,身体所見の感はあまり高くない)。そのような臨床像は基礎にある損傷による代償不全の徴候の場合もあるため,リスクのある患者では強い疑いをもつ必要がある。診断には腹腔内圧の測定が必要であり,典型的には膀胱カテーテルに接続した圧トランスデューサーが使用され,測定値が20mmHgを超えれば腹腔内圧上昇と診断され,警戒を要する。そのような数値の患者に臓器不全の徴候(例,低血圧,低酸素症/高炭酸ガス血症,尿量減少,頭蓋内圧亢進)もみられる場合は,外科的減圧を行う。典型的には腹部は開放したままで,創は密閉し吸引するドレッシングまたは他の一時的な装置で覆う。

診断に関する参考文献

  1. Como JJ, Bokhari F, Chiu WC, et al: Practice management guidelines for selective nonoperative management of penetrating abdominal trauma.J Trauma 68(3):721-733, 2010.doi: 10.1097/TA.0b013e3181cf7d07

腹部外傷の治療

  • ときに出血のコントロール,臓器の修復,またはその両方のために開腹手術

  • まれに動脈塞栓術

出血性ショックを来したと思われる患者には,出血がコントロール可能になるまでの間,ダメージコントロール蘇生(damage control resuscitation:DCR)を行うべきである。ダメージコントロール蘇生では,電解質輸液の使用を最小限に抑えるため,血液製剤である血漿,血小板,赤血球濃厚液をおよそ1:1:1の比で投与する(1)。最終的な出血管理を待つ間は,蘇生中の収縮期血圧の目標値を100mmHg超とするのが理想である。電解質輸液は,血液製剤が入手できない場合の最後の手段として投与することができる。出血性ショックを来した患者では,凝固因子の欠乏,酸素運搬能の低下,およびpHの低下が起きているため,電解質輸液はアシドーシスや凝固障害の一因となる。

一部の血行動態が不安定な患者には,上述のように直ちに試験開腹が行われる。即時の手術は必要ないが画像検査中に同定された腹腔内損傷を認める患者の大部分では,管理の選択肢として経過観察,血管造影による塞栓術,および頻度は低いが手術介入がある。予防的抗菌薬投与は,手術なしで管理される患者では適応とならない。しかしながら,しばしば外科的検索の前に抗菌薬が投与される。

経過観察

経過観察(集中治療室[ICU]で開始する)は,血行動態が安定している実質臓器損傷の患者ではしばしば適切であり,その多くは自然に治癒する。CT中に貯留液を認めるが具体的な臓器損傷が同定されない患者も,腹膜刺激徴候がなければ経過観察としてよい。ただし,実質臓器損傷の所見を欠いた液体貯留は,特異度は低いものの,管腔臓器の損傷で最もよくみられるX線所見でもある。管腔臓器の穿孔(典型的には腹膜炎による敗血症を発症する)には経過観察は適切でないため,液体貯留のみを認める患者の状態が観察期間中に悪化するかまたは改善しない場合には,外科的検索に踏み切る基準を下げるべきである。

観察期間中は,1日に数回診察を行い(同じ検者が行うのが望ましい),血算を一般的には4~6時間毎に行う。評価は進行中の出血および腹膜炎の同定を目的とする。

進行中の出血は以下によって示唆される:

  • 血行動態の悪化

  • 有意な量の輸血継続の必要性(例,12時間で2~4単位を超える)

  • ヘマトクリット(Hct)の有意な低下(例,10~12%ポイントを超える減少)

輸血の必要性とヘマトクリットの変化の重要性は,患者の生理的予備能に加え,損傷した臓器と他の合併損傷(すなわち,同じく失血を引き起こした可能性のあるもの)にある程度依存する。しかしながら,大量出血の持続が疑われる患者では,血管造影とともに動脈塞栓術または緊急開腹手術を考慮すべきである。

腹膜炎には,診断的腹腔洗浄(DPL),CT,または一部の症例では試験開腹によるさらなる検索が必要である。

安定した状態が続く患者は,典型的には腹部損傷と他の損傷の重症度に応じて12~48時間後に一般病棟に移送される。患者の活動および食事は耐えられる程度に応じて段階を上げていく。典型的には,2~3日後に自宅退院となる。患者には,最低6~8週間は活動を制限するよう指導する。

どの無症状の患者で完全な活動を再開する前に画像検査が必要かは不明である(特に重量物の持ち上げ,コンタクトスポーツ,または体幹外傷が起こる可能性が高い場合)。重症度の高い損傷の患者では損傷後の合併症のリスクが極めて高いことから,画像検査を繰り返す基準はできるだけ低くすべきである

開腹手術

開腹手術は,当初の損傷の性質と臨床状態(例,血行動態不安定),または結果として生じる臨床的な代償不全を理由として選択される。大半の患者では,1回の手術で出血をコントロールし,損傷を修復することが可能である。

しかしながら,広範な腹腔内損傷に対して最初から長時間の外科手術を受けた患者は予後不良となる傾向があり,特にほかにも重篤な損傷があるか,ショックが長期間続いている場合,その可能性が高くなる。最初の外科手術がより広範で,より長時間であればあるほど,アシドーシス,凝固障害,および低体温症を併発して多臓器不全を来すという非常に死亡リスクの高い経過をたどる可能性が高くなる。そのような症例では,最初の対応として,出血と腸管内への漏出はコントロールするが(例,腸管のパッキング,結紮,シャント,縫合またはステープラーによる),根治的な修復は行わずに腹部を一時的に閉鎖する,はるかに短い時間で完了できる手術(ダメージコントロール手術と呼ばれる)を最初に行った場合,死亡率を低減できる可能性がある。

一時的閉鎖は,タオル,ドレーン,および大きなバイオ閉鎖性ドレッシングから作成される閉鎖式吸引システムか,市販されている腹部の陰圧ドレッシングを使用することで可能である。その後はICUで患者の状態を安定させ,正常な生理機能が回復してから(特にpHおよび体温の是正後),典型的には24時間以内に(蘇生を行っても臨床的な悪化がみられればもっと早く),パッキングの除去および根治的修復を行う。ダメージコントロール手術が必要な患者は最も重篤な損傷を受けているため,死亡率は依然高く,結果として生じる腹腔内合併症がよくみられる。

血管造影による塞栓術

進行中の出血は,ときに経皮的な血管造影法を用いて出血している血管を塞栓(血管造影による塞栓術)することによって手術せずに止血できる。血栓形成物質(例,粉末状のゼラチン)または金属コイルを出血している血管に注入することによって止血が得られる。完全なコンセンサスはないが,一般的に受け入れられている血管造影による塞栓術の適応としては以下のものがある:

  • 仮性動脈瘤

  • 動静脈瘻

  • 蘇生後の輸血が必要となるほど重度の出血を伴う,実質臓器損傷(特に肝の損傷)または骨盤骨折

放射線部は集中治療を行うためには最適な場所ではないため,血管造影による塞栓術は状態の不安的な患者には推奨されない。さらに,出血に対し継続的な輸血が必要な患者における塞栓術の長時間の試みは控えるべきである;外科的管理がより適切である。しかしながら,ハイブリッド手術室(血管インターベンション装置を備えた手術室)が増えていることにより,不安定な患者は血管造影を受けた後,必要に応じて迅速に外科管理を受けることが可能となる。

治療に関する参考文献

  1. Holcomb JB, Tilley BC, Baraniuk S, et al: Transfusion of plasma, platelets, and red blood cells in a 1:1:1 vs a 1:1:2 ratio and mortality in patients with severe trauma.JAMA 313(5):471-482, 2015.doi: 10.1001/jama.2015.12

要点

  • 腹部損傷の合併症は急性(例,出血)または遅発性(例,膿瘍,閉塞またはイレウス,遅発性の血腫破裂)の場合がある。

  • 腹部の診察では,確実な腹部損傷の重症度は示されない。

  • 内臓の脱出,穿通性の腹部外傷によるショック,または腹膜炎がある場合は,診断検査のために遅らせることなく試験開腹を行う。

  • 開腹手術が適応となる,または受傷機転が軽微であるという明らかな証拠がない限り,鈍的または穿通性外傷後は典型的には画像検査(典型的には超音波検査またはCT)が必要である。

  • 疼痛が徐々に増大する場合,または臨床徴候が悪化を示唆する場合,遅発性合併症を疑う。

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